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アウルベア-Ⅱ

 学園から馬車に乗り、鉄道を用い、ついた駅から乗り合い馬車へと乗り継いで数日かけて北上した。国の広さに嫌気がさしてきたところで到着したのは、小さな村だ。

 山肌にへばりつくような村だった。癒えや畑の隙間を縫うように、踏み固められた道が敷かれている。石と土の壁と、平たい粘土瓦が一部剥げた屋根の、慎ましやかな家々だった。村の周囲に巡らされた木の柵がむしろ頼りなくて、魔物の襲撃の一発で終わりだと誰もが思う。


 三人は村の主要道を歩いた。

 ぎゃりぎゃりぎゃり、ごとんっ、ぎゃりぎゃり。いつ崩壊してもおかしくない荷車を引いている村民の男が胡乱げな視線を寄越してくるので、三人はにこやかに挨拶して過ぎた。


 訪ねるのは依頼主の元である。

 遠目からでもわかる『宿屋』の看板が立ててあって、ドアに近づいて初めて村長を表すタペストリーに気付く。こういった村では、長も民も生活水準にそう大きな差はないことが多い。

 班長であるアズティスと、班員一名、そして二位。三人が入ると、小さな受付台には中年の女性がいた。家族経営だと聞いているから、彼女は村長の妻だろうか。

 アズティスが魔術研究所から遣わされたことを言うと、受付の女性と同年齢ほどの男性が奥から慌ただしく出てきた。彼が村長らしい。次いでやってきた妙齢の女性は、おそらく村長の娘だろう。

 アズティスは、受付台に羊皮紙の書状を差し出した。


「学園から参りました。こちらが研究所からの証明書になります。ご確認ください」


 それは研究所の認可印や担当者名など、特殊なインクで表された正式なものだ。

 最初は、不思議そうな顔だった。

 アズティスたちを見て、その服装が学生服であることを見て、だんだんと怪訝になっていく。その様子を敏感に察すると、一級生たちは覚悟した。

 怒鳴りつけられても怯まない覚悟だ。


「ふざけてるの?」


 第一声がそれだ。

 黙り込んだ村長の代わりに、その義娘が声を震わせる。


「人が、……ひとが、殺されたって言うのに」


 そんなことはアズティスも聞いている。任務の詳細にも犠牲者数ができるだけ正確に記入されているのだから、わからないはずがないのだ。


「村中必死でお金を搔き集めて、それで来たのが学生? は、何の冗談よ……ッ!?」


 だから、彼女の怒りもわからなくはない。わからなくはないけれど、アズティスは班の代表として毅然としていなければいけない。


「お怒りもご尤もです。弁解の余地もありません。これ以上犠牲者を増やさないためにも誠心誠意努めますので、」

「そういうことじゃないでしょうッ!?」


 受付台を挟んで飛んできた平手打ちを、アズティスは避けなかった。爪で頬を切るけれど、それも任務上では『仕方のないこと』だ。


「ミア、落ち着きなさい……!」

「夫と娘が殺されて! どうして、どうして……!」


 普段であれば愛想の良い女性なのだろうに。半狂乱になる彼女の眼には、怒りの涙が滲んでいた。よく見れば隈もあって、その精神状態がよくわかる。

 きっとこの女性は、該当の魔物を一番惨たらしく、圧倒的な力で屠ってほしかったのだ。無力な自分の代わりに。恐怖を与えるやり方で、苦しめてほしかったのだ。

 けれど来たのが魔術師資格もない学生――村人から見れば素人と変わらない若造たちだ。

 怒るのも当然だった。家族が死んだ事実を、()()()()()()()()に使われるなど、馬鹿にされているとしか思えないのだろう。

 開腹手術に、メスも持ったことのない新人を使われるような。身内を実験に扱われるような、そんな心地と近い。

 けれどアズティスも、じゃあ帰ります! とは言えないわけだ。


(……これだから)


 遺族がいて、且つ教官のついていない任務は、嫌だった。


「任務完遂の後、研究所へ一意見として報告いたします。なにとぞご容赦くださいませ」


 頭を下げたアズティスに続き、後ろの二人も頭を下げた。

 宿を出て歩きながら、


「というわけで、ごめん。今日は野宿ね」

「……大丈夫」


 こくり。眼鏡の女子生徒が頷いてくれた。

 二位はむっつりとして、明らかに怒っている。


「野宿はいいですけど、あの人たち何なんですか? 失礼じゃないですか?」

「失礼だけどね。あの人も不憫なんだよ。自分のために夫と子供が茸狩りに行って、帰ってこなかったって。思いつめてるんだ」

「その八つ当たりされたら、こっちだって堪ったもんじゃないですよ」

「そーだな。こういうときは、魔術師の基本性質を考えるといい」


 二位は少し考えて、ぶすくれながら、


「……魔術師は約束を破らない」

「それそれ。依頼受諾は契約。契約は約束。約束は破らない。任務は遂行しなきゃ」


 アズティスは一行の先頭で歩きながら、これからのことを考える。野営は、村からそう離れていない森の中でするとしよう。人目にさらされての野宿はご遠慮願いたい。


「とりあえずここからだな。買い出し班と寝床確保班に分かれよーか。はい任務開始ー」


 任務開始の号令は、どことなく悲哀にあふれていた。


 目立つ外見のアズティスは、一人で歩いていると注目を一身に浴びることになる。

 ひとまず最低限の食料を求めて、彼女は村の中を移動していた。辺境とはいえ、一つくらいは商店があるだろう。

 颯爽と歩いていると、


「あのっ」


 横合いから声をかけられた。癖がある栗色の髪の、男の子だ。


「さっき、僕のかあさんが、ごめんなさい。それ……」


 それとは、アズティスの頬の傷を指しているのだろう。となると、この子は遺族の一人だ。犠牲者に女児がいたので、その兄だろう。


「だいじょぶ。これくらいは傷の内には入らないから」


 資料が正しければ、この子は魔物に妹と父親を食い殺されたことになる。母親の怒鳴り声を聞いて、何を思っただろう。


「でも」

「へーき。放っとけば治るんだから」

「ほう?」

「でも痛くないの?」

「痛くないよ。……ん?」


 今、別の誰かの声が紛れ込んだ。気のせいだろうか。アズティスはその場でゆっくり振り返り、


「楽しそうだな、アズティス」


 いつの間にかそこにいたカイルと目が合った。

 なんだか知らないけどやっちまったな、と彼女は思った。



 二位は眼鏡の女生徒に同行していた。

 村の入り口から数百メルトル離れた森の中で、寝床と水場を探すのだ。

 宿泊所に泊まることを前提とした荷物で、持ち物は最低限だった。

 適度に拓けて水があり、魔物の痕跡がないところを条件に、土地を物色する。

 雨でも降ったのか、直接の陽が当たらない地面は所々が泥でぬかるんでいた。歩くたび、靴裏に泥が張り付いて重くなっていく。

 黙々と歩いていると、二位は嫌なことを思い出した。


『ふざけてるの?』


 おふざけなんかで、遥々こんなド田舎まで来るはずがないじゃないか。ミアと呼ばれた女性の態度と、鉄道の客室内でアズティスに言われた言葉も、嫌な方向に繋がってしまう。


「もしかして『先輩』って呼んじゃいけないのは、下級生が混じってるって思われたくないからですか」


 ただでさえ依頼者の不興を買う学生の中に、下級生まで紛れていると思われたくなかったのか。二位が聞くと、眼鏡の女生徒は包み隠さず「そう」と一言。


「犠牲者が出た任務だと、殆どの場合、依頼者と話すのは教官。一級生っていっても、魔術師資格のない学生は見習い。信用ない」

「だったら今回も教官がなんとかすれば……!」

()()()()()()()


 分厚い眼鏡の奥の静かな眼は、まっすぐ前を見ていた。


「任務直前だろうと、あたしたちで大丈夫と判断されたから、教官なしになっただけ。依頼料を払うので精一杯、特急料や指名料みたいな色も付けられない、こんな村の扱いは最低限でいい。トップのアズ様とカイルくんが揃ってるだけ運がいいと思う」


 けれど依頼人は、こちら側の序列なんて知ったこっちゃないのだ。

 びちゃ。高い水音が鳴った。二位が水溜りならぬ泥溜まりに足を突っ込んだ音だった。「うわ」という顔をした二位だが、気にしないことにした。


「学生の手に余るなら教官が行く。そうでなければ学生に任せる。過剰な戦力は要らない。遺族の感情に寄り添ってる余裕もない」


 解説されるえげつない温度差に、二位はぞっとした。


「研究所も学園も評判良くない。けど依頼は必要分をこなしてる。悪いこともしてないはず」


 言われてみればそうなのかな、と思う。

 眼鏡の奥の静かな目でじっと見られると「お前もいつかそうなる」のだと言われている気がする。魔術師は魔術師であるほど、生来の研究者気質だ。自分の好奇心が向く方に全霊を注ぐ。一喜一憂する明るさよりも、冷徹な無表情が好まれる――これが世間で謳われる魔術師の印象である。こんな典型的な魔術師らしい先輩を、二位は知っている。

 つまり研究所には、あの先輩――カイルのような者がうようよいるということだろうか。

 眼鏡にも、魔術師の『素質』が見えている。淡々とした語り口には人間味がない。周囲を見ていないように見えても、時々は立ち止まってあらぬ方向を見て耳を澄ませ、絶え間なく気を配って、仕事はこなそうとしているのだ。


「それより、今心配なのはアズ様。頬っぺたに傷。あたしは結界特化。治癒できない。カイルくんの班の男子は治癒できる。結界弱いけど」

「はい?」

「そろそろカイルくんと合流する時間」

「ええと……?」

「怒られるかもしれない」


 女の顔に傷を作ったのは常識的にいただけないかもしれないけれど、そこでどうしてカイルが出てくるのか。話が見えない二位の前で、眼鏡はどよんとしている。

 そろそろ夕暮れ時に差し掛かる。アズティスの言う『主力班』がこの村に到着するのは確かだ。あるいは、すでに――。


 ざり、


 靴の音がした。複数だ。遠い背後からだ。

 眼鏡は「……遅かった……」と小さく嘆いた。カイル率いる主力班二名と、途中で合流したらしいアズティスが到着したのだ。

 カイル班の金髪の男子生徒が、伝書烏入りの鳥かごを持っている。

 眼鏡はカイルをそうっと見て、すぐに目を逸らした。


「やっぱり、機嫌悪い」


 眼鏡はカイルが苦手らしい。

 今は、カイルに慣れたアズティスでさえ彼の隣で小さくなっている。アズティスの頬の傷は金髪が治したのか跡形もなくなっていて、その代わりにカイルの無表情からずもももももと重苦しい空気が発されていた。

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