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09. ロックをどう思う?

「ぐうおおおぉぉ……ぐうぅぉおぉぉ……」


 翌朝、特別室の寝室。

 ロックは、豪快ないびきを立てて眠っていた。


 山賊の朝は早い。何しろ他人から物を奪うのが日常。人気のない里に降りる、旅の人間の荷物を漁る等は当たり前、時には同業の者から奪うことすらある。

 そのための段取りとしてルート選定や武装選定などを行う。成すすべき事は多い。ゆえに早朝にどれだけ準備を施すかが、山賊業において肝要である。


「ぐうおおおぉぉぉぉ……ぐうぅぉおおぉぉぉぉ……」


 だが、この日ロックはぐっすり眠っていた。いや爆睡していた。何しろ昨日は急も急、とにかく事態が急転の連続だったのだ。あれよあれよという間に自分の状況が変わっていったことで心身は疲労困憊。目まぐるしく起こる出来事に彼は睡眠欲に身を委ねた。


 山賊時代からの習慣で上半身は裸。

 下もごく薄い肌着を覗いてほぼ全裸である。

 

 豪奢なベッドの上で時折寝返りを打ち、酒や金の寝言を呟きながらロックはまたいびきを立てていた。


「おっはよ~、ロック、朝ですよ~」


 そこへ天真爛漫な笑顔を振りまき、イリーナが入ってきた。


 ふわふわの撫子色の長い髪を跳ねさせ、豊満な胸が歩くだけで揺れる。見事な腰の曲線やおっとりとした口調が特徴の少女。


 軽く鼻歌混じりに入ってきたイリーナだが、まだロックが爆睡中なのに気づくや、はたと止まる。


「あら、まだ寝てるわ~? もう、今朝は早めに起きるって決めたのに駄目ね~」


 イリーナは一瞬、困ったように笑ったが、眠るロックを見て、好奇心が沸き起こる。


 彼女は聖騎士の見習いだ。そのため日頃から訓練ばかり。あまり同世代と遊ぶ機会がない。ゆえに年齢がやや上の、それも山賊という未知の世界からやってきたロックに、少なからず興味がある。


「昨日はよく見なかったけど、この人、けっこう筋肉あるのね」


 ベッドに近づき、真上から覗きこむ。


 やや日焼けした肌は程よく引き締まっており、なかなかバランスが良い。

 

 背も程よく高く、顔立ちはかなり端正だ。聖龍王に瓜二つだから影武者に選ばれたと昨夜学園長から聞かされたが、なるほど、納得のいく話である。


 しかもその端正な顔と体の筋肉がアンバランスというか、妙な魅力を掻き立てる。繊細そうな顔なのに熊と格闘できそうな肉体。儚さと力強さ、相反するものがイリーナの好奇心を刺激する。

 というより、イリーナは怪力自慢なので、同じように筋力ある人に親近感が沸くのだった。


 ちらちらと背後を振り返り、誰も来ないことをイリーナは確認する。


「ロック、起きてる~?」


 小鳥にささやくように、静かに語りかける。

 ロックは、変わらず夢の中。


「起きてないなら、ちょっと、失礼するわ~」


 こっそり、ゆっくりと、イリーナはロックの上半身に掛かる羽毛を少しめくる。


 日焼けした胸板が外気に晒された。

 ロックの胸筋が時折ぴくぴく動き、思わずイリーナは目を見張る。


「きゃあ、すごい……」


 顔に似合わず筋肉質。そのギャップがイリーナに行動を促せる。

 もう少し、へそが見えるくらいまで毛布をどかす。


「きゃっ、硬そうな腹筋だわ……っ」


 歓声が思わず出た。

 見事に割れた腹筋があらわになっている。

 寝息を吐くごとにリズム良く揺れる。イリーナが思わずかがみ、五十センチ先で筋肉の鎧が上下する様に楽しくなる。


 ロックが寝言を言いながら寝返りを打つ。

 その瞬間に肩から腰にかけての逆三角形の筋肉が見え、イリーナの頬はほのかに上気し、思わず小躍りする。


「すごい、すごいわっ、ロックの筋肉、肉体美……っ」


 もっと、もっとスゴイ箇所はないか。上腕二頭筋はどうだろう。太い! 胸板に少し触れてみたくなった。硬い! イリーナは目を輝かせた。あっちを触り、こっちを触り、こっそりと、しかし忙しなく、眠るロックの体をいじくりまわしていって――。


「……イリーナ。お前いったい、何をしているんだ……」


 ライラが入り口で棒立ちをして、心底呆れていた。


「あっ、ライラ~っ」


 いつも仲が良い親友、小柄な少女ライラの冷たい視線に、イリーナははしゃいだ。


「ねえ、ロックったらスゴイのよ! まるで体が鎧のよう! 筋肉っ、筋肉っ!」


「お前は訓練のしすぎでとうとう頭の中まで筋肉になったのか? 寝ている男の部屋に入って触りまくるとか、駄目すぎだろう……」


「だって彼、すごく筋肉なのよ! 筋肉が筋肉みたいで筋肉を筋肉しているのよ!」


「人としての言語すら失っている……」


 頭を抱えるライラ。なおもはしゃぐイリーナ。


「ねえ! ロックって握力はどのくらいかしら? 強そうよね! それと背筋力は? 調べたいわ! 肩車とかされてみたい! きゃーっ、素手で私みたいに塔を登れるかしら?」


「どうだろうな。気になるのなら試させてみればいいんじゃないか……」


 そうよね! と嬉々として頬を上気させる相方に、ライラは冷えた瞳を向ける。


「なあ、イリーナ」

「なあに~?」

「あまり、そいつに近づかない方がいい」

「どうして?」


 爛々と瞳を輝かせるイリーナに対し、ライラはしごく真面目な顔。


「そいつは山賊だぞ。山賊は札付きのワルなんだぞ。強盗、暴行、そんなのは当たり前。日頃から悪行と呼ばれる行為に身を浸し、善人を陥れる。不用意に、ロックに近づくな」


「でも彼、もうやめたんでしょう?」


 昨夜、学園長からの詳しい話で、二人の少女はロックの半生を聞かされた。


 山賊旅団『蒼幻の牙』にさらわれ、頭領にひどい仕打ちを受けたこと。

 拷問の果てに、山賊として仕方なく身を浸したこと。全て聞いている。


「無理やり山賊にされたのなら、根っからの悪人ではないわ~」


「それは甘い考えだぞ。イリーナ、確かにライラはこいつの影武者の協力はするが、信頼はしない。なぜならこいつは、昨日、ライラたちを消そうとしたからだ」


 昨日、聖龍王の影武者を知られるや、ロックはライラとイリーナを縛り、始末しようとした。偶然にも心変わりをしたが、彼が必要に応じて命を奪う事のできる危険分子である事に変わりはない。


 いつ彼の気が変わり、襲い掛かるか――ライラは危惧する。


「性悪説をライラは信じてないし、そいつが根っからの悪人とも思わない。でも、距離は置くべきだ。そいつは、危険だ」


 人は生まれつき善と悪、両方の面を持っている。だが悪の領域に長年いた人間はそちらに傾き、光の方には戻れない。それがライラの持論だ。


 聖騎士見習いとして、何人かの犯罪者や囚人を見てきたが、『更生』なんてものはただの理想論に過ぎない。人は天使と悪魔、どちらかに傾けば、もう戻れない。

 悪人とは、一度その身に堕ちれば――生涯、悪のままなのだ。


「少なくともそいつは、自分の邪魔になるのなら、人を害するのに躊躇しない。仮にいつか、影武者の真実が露呈したとして、ためらいなく、こいつはライラたちをトカゲの尻尾として切り捨てるだろう」


「そうかしら、私は大丈夫だと思うわ」


「なぜ? 少し楽観的すぎるんじゃないか?」


「だって、本当にライラの言う通りなら、今ごろ私たち墓の下よ~。ここでこうしてるはずないわ~」


「たぶん家族か何かとライラたちを同視したんだろう。一時的なものだ。近づいていい理由にはならない」


「一時的でもなんでも、ロックは私たちを殺せる機会があった。でもそうしなかった。人は変われると思うわ~。だって――」


 少しためらいを見せてから、イリーナは言った。


「学園長も、昔は盗賊の首領だって聞いたことあるし~」


「……」

 ライラは口をつぐむ。


 今でこそ学園長は「三十路」や「結婚」、「老け」に過剰反応する女史だが、若い頃は大陸を股にかけた大盗賊の首魁だったらしい。七つの大陸、四つの海、およそ宝と名のつく全てを求めたらしい。二十の時に足を洗って学園へとやってきたが、それ以前は知らぬ者などいない大悪人だった。


「学園長はいま、立派な聖騎士を育てるため尽力してる。世界で一番有名だった悪人ですら変われるんだから、ロックもきっと変われるわ~」


「……全ての悪人が更生できるはずもない」


「ライラらしくない抗弁ね~。それなら私たちでサポートしてあげればいいじゃない」


「ロックの人生の矯正係だと? やめてくれ。ライラにそんな気はない。確かにロックにも同情すべき過去はあるが、だからといって無闇に心を許すのは論外だ。あくまでこいつとは影武者計画における同志、それ以上でもそれ以下でもない。必要最低限の交流で済ますべきだ」


 イリーナは何か言おうとして、あえて自分の中に押し込んだ。これ以上は平行線で進まないとわかったのだろう。


「……わかったわ~。今日みたいなことは、なるべく控える」


「それがいい。イリーナのためにも」


「でもロックが何か困ったことになったら、私は駆けつけるわ~。困ってる人を見捨てることだけは、したくないから」


「……イリーナは、優しいな」


 昔からこうだ。イリーナはライラが魔獣に襲われても、躊躇いなく助けてくれた。


 そういう高潔な心は、すごく眩しいし、ライラは憧れてもいる。けれど危険と紙一重な彼女の優しさを、ライラは憂いてもいた。


「さあさあ! あんまり辛気臭いこと言っていても、仕方ないわ~」


 ぽんっ、と両手を合わせて、イリーナは言う。


「ロックを起こしましょう。朝ごはんも一緒に食べないと」


「そうだな。何はともあれ、影武者として、最初の日だ」


 やがてイリーナがロックを優しく揺すると、彼は目を醒ました。そして寝起きの眼で二人の少女を見つめる。


「ほう。でっけえメロンと、ちっせえ洗濯板がある……」


「誰が洗濯板だっ!」


「おはよう~、ロック。今日、とってもいい朝ね」


 大きくあくびをして伸びをするロック。それを見守るイリーナ。ライラは複雑な顔をして嘆息したのだった。


次回の更新は明日、17時頃になります。

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