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08. 始動

「何か言い残すことはあるか?」


 数分後。貴賓室の中でロックが問いを放つ。


 彼の目の前には、イリーナとライラ、二人の少女。ロックに発見されて縄でぐるぐる巻きにされ、身動き取れないままに部屋に移動。縛られたままロックの前に座らされている。


「き、貴様こそ誰だ!」


 縛られつつも威勢よく問いかけたのは、ライラだ。


「なぜ聖龍王様のことをあんな詳しく知っている!」


「聞いてるのはこっちだぜ?」


 あくまで不敵に笑うロック。元山賊のにやついた笑みが少女たちに向けられる。


「まあ、何故わざわざ塔を登っていたなんて野暮なことは聞かねえ。が、俺の秘密を知ったてめえらには散ってもらう。まあしかし、末期まつごの言葉くらいは残したいだろう?」

「下衆めっ!」


 ライラが叫んだ。


「天罰が下るぞ! 聖龍王様の重症の原因のみならず、ライラたちを屠ろうなどと!」


「おいおい勘違いはしないでくれ」


 ロックはくくくと笑った。


「俺は別に聖龍王をどうこうしちゃいない。たまたまここに連れてこられ、そこで真相を知っただけだ。聖龍王の一角、ユーベルは危篤だってな」

「う、嘘だ」


「嘘じゃあない。俺も寝耳に水だった。世界の平和を司る守護王の一人が、瀕死で、しかも俺は聖龍王と瓜二つだってな。影武者に任命されて最初にすることが秘密を知った小娘抹殺ってのは、寝覚めが悪いが……まあ、運がなかったと思って諦めろ」


「――イリーナ! 縄を引きちぎれ!」

「えいっ! うううぅぅっ!」


 ロックは笑った。


「無駄、無駄だ。その縄は獣向けに作られた特注品。いくら塔を素手よじ登る怪力娘といえど、そう簡単には……」


 瞬間。

 ブチッ。ブチッ、ブチチチチッ! と。


 イリーナは自身の腕に渾身の力を込め広げるや、拘束を無力化。縛っていた縄を無理やり千切って、自由の身となってしまう。


 唖然と、ロックは呆れに呟くしかない。


「何だと? なんて馬鹿力だ――」


「奴を拘束しろ! イリーナ!」


「は~い! 任せて~」


 力強く、少女は頷く。鹿のように跳躍したイリーナに対し、獣のごとくロックは横に回避する。咄嗟に腰元からナイフを抜き出す。


「くそがっ! ここまできて捕まるか!」


 だが、イリーナは華麗にナイフを回避した。


 悪くない動きだ。


 まるで野生の鹿のように滑らか、山賊としてロックは経験を積んだが、さすがに聖騎士の卵。イリーナはいつでも飛びかかれるように両腕を広げ、ライラも秘術用の本を構える。数の上での、絶対的なロックの不利。


「……何か言い残すことはあるか?」


 先のロックの言葉をそのままに、ライラが笑みを浮かべながら問いかける。


「山賊風情が聖龍王様の危篤の虚言を吐くなどと。恥を知るべきだ」


「……くそ。くそくそ、くそっ」


 ロックはナイフを構え威嚇のまま少女二人を睨む。


 強い、だろう――二人は見習いとはいえ聖騎士団の候補だ。常人の能力では制圧される。ロックは元山賊の観察眼で敗北を予期する――ような顔に、見せかける。


「……ああ、わかった。降参だ。お前らに会ったのが俺の運の尽きだ」


 溜息をつくや、ロックはナイフを放り投げ、両腕を上げる。


 少女たちが、安堵に満ちた視線を互いに交わす。


 ロックが哀れを誘うような声音を作る。


「でもよ、最後に言いたい。俺ぁ死ぬときはとっておきの酒を飲んでからにすると決めている。頭領からちょろまかした名酒だ。最後に、それを飲ませちゃくれねぇか?」


 ロックが目で示したのは部屋の隅の彼の荷物だ。山賊のアジトから持ってきた小袋である。


 その袋の口から、琥珀色の瓶が覗いている。酒だ。イリーナは警戒しながら、


「どうする? ライラ?」


「……仕方ない。まあ山賊にも、最後の晩餐くらいは認めよう。晩餐にしては味気ない品だが」


「ありがてえ……お優しいお嬢さんたちだ」


 ロックは、感謝の気持ちを言葉に込めた。

 そして――少女たちの注意と視線が酒瓶に向かった一瞬を狙って――。


 タタンッ、タンッ、タタタタ。

 ――一定のリズムで叩かれた彼の靴から、濃紫色の霧が噴き出した。


「え? ……あぁ……」


 位置的にライラより目に出ていたイリーナが、それを吸い込み昏倒する。


 咄嗟に微量を吸っただけで口と鼻を塞いだライラだったが、それでも微量の霧が彼女の意識を曖昧にさせる。


 ロックが山賊の武装として隠していた、催眠用の霧である。彼の靴の踵には仕掛けが施されており、一定の間隔で叩くと昏倒の霧が噴き出す仕組みとなっている。


「く……図ったな……」


 膝をつき眠りかけるライラを前に、ロックは嘲笑顔。


「クハハハハハハハッ! ちょろいっ! なんてちょろい! さすがは見習い娘、隙だらけだっ!」


「く……罪人への情けなど、かけるべきではなかった……」


「クフハハッ。だがまぁ、俺は嘘は言わねえ。お前の最後の言葉、聞いてやってもいい。何でもいいぜ? 外道だろうが鬼畜だろうが、俺は何を言われても勝利の余韻に喜ぶだろう!」


 悔しそうに唇を引き結ぶライラに対し、ロックは上機嫌だった。造作もない。この程度、山賊時代の修羅場に比べれば赤子の手を捻るように容易い。この娘二人を始末すれば、当座の秘密は守られる。一瞬冷やりとしたが、影武者として、偽聖龍王として、悪くない最初の一歩だと言えるだろう。


 だが――ロックは次の瞬間、瞠目した。


 ライラが。


 今にも意識が落ちそうで必死に唇を噛みしめるライラが、イリーナを守るように、彼女を抱き寄せたのだ。


「何の真似だ?」


「い、イリーナだけは、殺させない……っ!」


 炎のように。

 まるで風に揺らめく橙色の炎のように。


 今にも消えかけているが、強く激しい感情が、ライラの瞳の奥に宿る。


「い、イリーナは……ライラが魔物に襲われかけたとき、ライラを助けてくれた。自分の命も危ないのに……たった一人で、牙と爪の鋭い魔物から……ライラを、守り通してくれた……っ」


 それは、追い詰められた人間が浮かべる、決死の表情。


 運命に抗おうとする尊き人間の叫び。


「こ、こんな終わりは嫌だ! ライラは、絶対に見過ごせない……何があっても、誰が相手でも……ライラは、ら、ライラは絶対に、イリーナを……守るっ!」


 哀れなほど純粋な叫びを吐く少女を前に――。

 ロックの脳裏に、かつて襲い掛かった悲劇が蘇る。


 お兄ちゃん、逃げて!


 ロック、早く逃げなさい! 逃げるんだ、あぁ……っ!


 ――火炎。火炎。火炎。燃え盛る紅蓮の炎に巻かれ、それでもロックを案じる家族。

 ライラの必死の形相に、ロックの中で、あの時の父や母、妹の姿が重なる。


 あなたたけでも逃げて! 私たちの代わりに生きて!


 いやああぁあぁぁぁあっ! お兄ちゃんっ!


 ロックッ! ロックッ、逃げなさい! 速く、速く、速く、ハヤク――グハッ!


 ――母さん! ――父さん! ――ペトラーっ!


 ロック、ロックッ! お兄ちゃんと叫びながら殺されていった大事な家族の最後。


 何の不自由もなかった子供の頃、ロックは優しい母と父と妹の生活に終止符を打たれた。火炎と悲鳴と立ち上がる暗黒の煙の柱。甲高い断末魔。むせ返る死の臭い。ロックの家族を根絶やしにした山賊の頭領は、ひび割れた声で、濁った瞳で、燃え盛る炎を背景にしながら、ロックの家族をあざ笑ったのだ。


 山賊の頭領の、呪わしい声が、蘇る。


「いィィィィィィィィい悲鳴だ! これこそ人間の奏でる甘美の響きだ! 人間とは! 死に様が最も美しい! ――んん? 小僧、絶望の顔をしているな。だがお前は殺さん。お前の人生は俺様のためだけにある。俺様のさらなる悦楽のためにっ! 俺様の最高の玩具として! お前だけは生かしておいてやろう!」

 

 ロックの家族が最後に残した悲痛の表情と、今のライラの必死さは重なる。


 愛しき者を失う怖さと悲しさ。

 身を引き裂かれるような大きな痛み。


 大事な人を奪われる痛みを知るロックが、あの時と同じことをしようというのか?

 それが、ロックの望むことなのか?


 それは、違うと明確に言える。

 そんなものは、父も母も妹も、望んではいないだろう。


 きっと今のロックの姿を見れば、彼らは哀しみに満ちてしまう。


 畜生の奴隷にされていたロックだが、魂まで畜生に汚されたわけではない。


 こんな光景は、ロックの望むものではない。


 ゆえに――。


「……これを飲むがいい。相方にも飲ませろ」


 家族の幻想から覚めたロックは、懐から小瓶を取り出していた。


 昏睡を解く薬草の汁。飲めば数秒で覚醒する。


「え……?」


 ライラは、突然声を和らげたロックに、戸惑っているらしい。困惑した目で彼を見ていたが、やがて小瓶を手に取った。


「どういう……風の吹き回しだ?」


「俺にだって、家族はあったし、殺される辛さも知っている」


 そう言うや、ロックは履いていた靴を脱ぐなり、いきなり床に叩きつけた。そして服の各所に隠していた――相手を昏倒、混乱、炎症、猛毒に侵す山賊の武装などを、次々と投げ捨てていく。


 本当の意味で山賊という肩書きから脱却したロックは、疲れた笑みで、その場に座った。


「お前らにチャンスをやる。俺の身柄を、決めるがいい。聖龍王の影武者だと密告しようが、ここで裁こうが、構わない。――そう言わなきゃ、俺は親父やおふくろやペトラに顔向けができなくなる」


 わけが分からず茫然としていたライラだったが――流石は学園の秀才というところだろう。何か察したようにロックを見つめると、渡された小瓶を飲み干した。


 彼女の体内で、昏倒の霧が中和されていく。


 厳しい目つきを、ロックに向けた。


「……お前の人生の行く末を、ライラに押し付けるというのか?」


「その通りだ。文句があるか?」


「自分の未来くらい、自分で決めろ」


 痛い言葉だった。この期に及んで、殺そうとした少女にそんなことを言われる。


 情けねえな俺は、とロックは思った。勝手に捕まえておいて、勝手に解放して、勝手な都合で、勝手なことを言う。


 ライラの言葉は、痛くて、鋭い言葉だと思った。けれどだからこそ、ロックは完全に目が覚める。


「……そうだな。俺ぁ、今まで山賊の頭領にいいようにされていた。その前は家族に守られていた。でも今は、俺一人だ。全部俺が決めなきゃならねぇ。自分でも何すりゃいいのか、何が正しいのか、明確ではない。けどな――」


 家族の中で唯一生き残り、またこれからも生きるチャンスを得た自分は、いい加減な気持ちでこれからはやってはいけないのだろう。


 父や母、妹が味わうはずだった、幸福の分まで生きるため。

 山賊の頭領に奪われた幸福を埋めるように。


 これからは、楽しくも愉快な日々を歩もう――。


 そう、ロックはこのとき、胸に刻んだ。


「未来は俺が作るものだ。誰かに委ねたり、決めたりするものじゃあ、ねえよな」


「当たり前だ。誰だってそうだ。何を今さらな事を言っている」


「――ふん、生意気な小娘だ」


 ライラが柳眉を逆立てた。


「小娘言うな。ライラには、ライラという名前がある」


「チビライラ」

「な、なんだとっ!」


「さっき拘束した時だがな、イリーナの方は縛った縄のせいで胸が凄く強調されていたが……お前はずいぶんと、残念だな?」

「な――なんだとぉっ!」


「まるで洗濯板というか、たいそう貧相な胸の持ち主だな?」

「うううぅぅぅ、うが――――っ!」


 顔を真っ赤にするライラに対し、ロックは、思わず笑ってしまった。

 そして立ち上がる。


 足元には――山賊だった頃に使った品々。

 壁際には――聖龍王の儀礼用の衣装。


 過去と未来。

 ロックの進んできた道と、これから進める道がそこにはある。


「質問がある。ライラ」

「なんだ! 元山賊っ!」


「俺ぁ、聖龍王の影武者として、完璧で豪勢な生活を送りてぇ。だがお前は、どうする? このまま真相を皆に密告するか? しないか?」


「――よくよく考えたらファンサークルの皆に聖龍王様の危篤を知られたらマズイな。学園内ばかりか、世界中に広まる恐れもある」


 賢い娘だ。

 一瞬で聖龍王の現状を明らかにした影響、危険を、計算し尽した。


「そして世界中に守護王の一角が欠けていることを知られれば、その後に起こるのは混乱だ。そうなれば残りの守護王様二人にも影響が出るかもしれない。そしてゆくゆくは、紅蓮獣との決戦にも差し支える。それはマズイ。いちファンとして、見過ごすことはできない」


「そうだな。その通りだ」


 聡い娘は良い。ロックは感心し、問いを投げかける。


「で、俺は聖龍王の癖なり動作なり、身につけなけりゃならねえ。翻ってお前は、聖龍王のファンだ。聖龍王のことは何でも判っている。ゆえに――」

 言って、ロックは手を差し出した。彼らの運命を決める、そのひと言を。


「――俺と手を組み、完璧な影武者を作り上げる気はねえか?」


「な……っ」

 小さな瞳を大きく見開かせ、ライラは驚いた。


「な、なんだと? ライラに犯罪の片棒を担がせようというのか?」


「犯罪じゃねえよ。これは救済だよ。皆を騙すが、俺たちは悪じゃねえ。むしろ逆だ。俺たちは世界を救うために、影で活躍する。なぁ? 悪くない話だろう?」


 ライラはむっつりと黙りこくり、思案した。しかし結論など改めて探る必要もない。聖龍王の窮地は間違いなく、断るほど彼女は愚かでもない。


「わかった。お前に協力しよう。だがな! ライラが協力するからには徹底的だ! 妥協は許さん! 隅から隅まで、聖龍王様に成りきってもらうぞっ!」


「成りきり上等。そっちこそ半端な影武者作りすんなよ」


「当たり前だ! ならば今から影武者の役作りだ! 元山賊! まずは口調を改めろっ!」


「ワタシは聖龍王デース!」


「誰だそれは! もっと本物の聖龍王様は凛々しく、賢く、優しい口調だ!」


「了解だ、洗濯板。ではこうか? 私は聖龍王だよ?」


「誰が洗濯板だぁぁぁ! 吹っ飛ばすぞ! 元山賊! そもそも聖龍王様はな――」

「う、うう~ん、ライラ……? 不届き者の人と言い合って、どうしたの?」


 昏倒していたイリーナが、自力で起きだした。


「イリーナ! 良かった。色々説明することがあるが、まずはこいつの――」


 さらに。ロックは失念していたことがある。


「はあ、ふう……ようやく、落ち着きましたわ。――さてロック。わたくしたちの影武者計画を遂行するためには、部外者に発覚してはなりません。もし仮に、一人でも発覚してしまえば――」


 学園長、マルガリー・フェニーチェが、奥の寝室から出てきた。メイド三人娘ともども。

 

 彼女らの視線が、ロックの目の前に移る。

 聖龍王ユーベルのファンサークル筆頭、ライラと。

 その相棒の少女、イリーナの二人。


「あ、あぁああ………………」


 発覚してはいけない二人を前に、ロックは。


「あ、学園長。さっそくですまねえが発覚した。帳尻合わせをよろしく」


「あ、あな、あなっ、あなた……っ」


「それとこいつらに影武者の指南を頼むことになった。その調整や、環境作りを、ヨロシク」


「はあああああぁぁぁ――――――!?」


 まったくの寝耳に水で思いもよらぬ言葉に、学園長が金切り声を上げる。

 三人のメイドたちが、「……うわ」と呟き、卒倒する学園長を慌てて介抱する。

 この日を堺に、学園長は小じわと白髪が増え、外見年齢五十代から六十代へランクアップするが、それは全くの余談。


 ライラとイリーナ。

 ロックと聖龍王。


 世界を救済する影武者の計画は、紆余曲折を経て、そうして始動する。


次回の更新は明日、17時以降になります。

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