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06. 英雄を慕う者

「いいですか、ロック。くれぐれも貴方が聖龍王の影武者だと悟られてはなりません」


 上層の貴賓室。ローブの女は、ロックに向かい強い口調で忠告した。


「現在、聖龍王ユーベル様のご容態を知るのは、わたくしを含め、ユーベル様のメイド長、学園副長、騎士団長、《守護王》二人など、極々一部に限られます」


「当然だな。あまり多くには知らせられねぇ」


「はい。ですから今後とも、この数を死守せねばなりません。人の口とはとても緩く、どんなはずみで外部に漏れるかわかりません。仮に『破滅信奉者』のような輩に知られれば、たちまち世界は混沌へ堕ちるでしょう」


「やっぱいるか。ここにも不穏分子な人間は」


「はい、残念ながら。職員の中にも。破滅を望むとまではいかなくとも、悲観する者も多いでしょう。付け加えるならば、この『学園の生徒』には、絶対に知られてはなりません。彼らは未熟者ゆえ秘匿する気概も手段もなく、早晩、真実は漏れてしまうでしょう」


「騎士団の見習いだろ? 未熟者の集まりだ。説明の羊皮紙に書いてあったな」


 ロックは影武者になるための一通りの知識は得た。

 

 聖カリス聖騎士団養成学園。長ったらしい名前のこの学園は、学び舎の形態をとってはいるが、実質、巨大な軍事施設だ。学生――つまり騎士団見習いは、日夜修行を重ね、戦いに必要な一流の騎士を目指すべく、励んでいる。


「はい。特にその中でも、『ファンサークル』に属する見習いに知られたら……」



†   †



「ねえねえライラ、本当にここを登れば、大丈夫なの~?」


「もちろんだ。この先は聖龍王の部屋。イリーナは黙って、ライラを運べばいい」


 高い尖塔の壁を、よじ登る影がある。


 騎士見習いであるイリーナと、ライラの二人組の少女だ。


「いくら聖龍王の部屋の見張りが厳しいからって、大胆よねライラは~」


「当然だ。聖龍王様のお部屋は、見張りが厳しい」


 ライラは不敵に笑う。


「だが意外にも、部屋へと続く塔の外側には、見張りは皆無。つまりこの塔を素手で登れば、聖龍王様のご尊顔を見るチャンスというわけだ!」


 聖龍王のファンサークルにも属する二人は、着々と、聖龍王のもとへ登っていく。



†   †



「ほう。ファンサークルねぇ。やっぱ聖龍王って人気あるんだな」


「はい。当代の聖龍王ユーベル様は、稀に見る美形。黄金のごとき頭髪と翡翠のごとき瞳。物腰は柔らかく、声は聖歌隊が欲するほど美しく、体はほどよく引き締まっている。何より――強い。高等部の女子を中心に、熱烈なサークルがいくつもあります」


「なるほどな……」


「特に注意すべきはそのファンサークルです。聖龍王様が最近、姿を見せない。何かあったのではないか――ゆえに一目見ようと、学園の管理局には日夜、『面会希望』が寄せられます。職員がうんざりするくらい。そのため、仮にそういった方々に知られれば、真実は爆発的に広まってしまうでしょう」


「やべー話だな。聖龍王を好きだからこそ広まるのも早い……気をつけねえと」


 聖龍王のファン達。加えて破滅信奉者や、不安を少なからず抱いている人間。隠蔽しなければならない輩が、多すぎる。細心の注意を払わなければ、破滅が襲い掛かるだろう。ロックはかすかに、身震いする。


「……で? そこまで無理難題を俺に押し付けんだ。相応の見返りはあるんだろな?」


「当然です。依頼を受けたのだから死ぬ気でやれ、などと馬鹿な精神論は強要致しません。それなりに対価は用意してあります。アイナ。リル。フィーレ。入りなさい」


 貴賓室に入り込んできたのは、年頃の美しい娘、三人衆だ。

 しとやかな仕草で、綺麗に三人、ロックの前に立ち並ぶ。


「向かって右からアイナ、リル、フィーレと言います。あなたの世話係、専属メイドとなります」


「ほう」


「この三人は若いですが、幼い頃より優秀な功績を残してきた聖騎士です。潜入、偽装、隠蔽……工作員として特化した者のうち、特にわたくしが信頼する者を集めました」


「計画の、貴重な駒というわけだ」


「有り体に言うならば。ロックが影武者となる上で、公私、様々な場面で活用して構いません。知識、秘術、武闘……おそらくは彼女らに勝る人材はないはず。あなたの右腕として期待してもらって構いません」


「なるほど。お前ら、よろしく頼むわ」


『はい』


 三人の娘たちは、一斉に返事をした。


 右から怜悧な美人であるアイナ。対照的にあどけない風貌のリル。そして小動物のような雰囲気のフィーレ。


 いずれも街中ではなかなかお目にかかれない、麗しい乙女である。


 アイナから順に、メイドスカートの端を摘み上げ、頭を垂れる。


「騎士としては半端な私に、手伝えることがあるのならば」

「リル、頑張っちゃうよっ」

「あの、よ、よろしくお願いします……っ」


 三者三様、冷静に、にこやかに、おどおどと、それぞれの反応で挨拶する。


「……」


 ロックは、美しい少女たちを見て、思案顔を取る。


 悪くはない。このまま依頼を蹴り飛ばし、犯罪者として逃げ続ける生活と比べれば、雲泥の差だろう。

 

 影武者に関する計画資料を見る。内容は、意外にしっかりしている。基本は三人のメイドが補佐。依頼人のローブの女と、その部下数名という少人数だが、皆上位の『秘術使い』だ。


『秘術』とは、この世に奇跡を呼び込む御業である。


 虚空に火炎、大地に水流、姿を隠蔽したり、幻覚を及ぼす霧なども発生は可能。


 創造神が起こした奇跡を、部分的に生じさせる大いなる力。その中には当然、変装や擬態に関するものもある。これほど頼もしい精鋭もいない。


「……わかった。まあそのうち俺への夜伽もしてもらうとして――」


 山賊流のジョークを受け、三人のうちフィーレがかすかに頬を赤らめた。


「他に、金銭での支援とかは?」


「わたくしの部下に命じて金貨五百枚を用意させました。その他豪邸を含め、影武者終了後の貴方の生活に支障のないものは用意させましょう」


「ありがてぇな。それがあれば、危険な橋も渡れるってもんだ」


 バレれば確かに身の破滅だが、逆を言えばやり遂げれば億万長者。一気に人生の勝ち組へと成り上がりだ。依頼を蹴り犯罪者として逃亡するより百倍いい。というより蹴ったとしても世界は《紅蓮獣》に滅ぼされ終わるだろう。破滅のルートばかりのくそったれな世界だが、唯一、世界でロックだけが希望の鍵を握っている。


 基本的に、好き放題の王。


 影武者として暮らせば金も女も何もかも手に入る待遇。山賊の下っ端なんぞよりよほどマシだ。


「ま、とはいえ当面の目標は、まず完全に聖龍王になりきることだな」


 ローブの女が即座に反応する。


「そうですわね。口調、仕草、趣味趣向や細かな癖など、数を上げれば相当な数に上ります。その中で、あなたに常について回る課題は、時間の無さです」


「時間の無さ」


「――一年間。およそ《紅蓮獣》が目覚めるまでの期間です。しかし当然、影武者作りにそこまで時間はかけられません。すでに本物の聖龍王は、ひどい消耗をされている。であれば一日でも早く、元気な聖龍王かげむしゃを皆に見せなければ」


「ならなるべくすぐにか?」


「はい。お疲れのところ、申し訳ありませんが、早速準備に取り掛かりたいと思います。目標は――そうですね、二週間。それまでに人前に出られるだけの影武者を作り上げます」


「理解した。まあ細けぇ事は頼んだわ。俺は第二の人生って奴を謳歌してみせよう」


 言うと、少なからずローブの女は安堵したように、息を吐いた。先程までずっと緊張が感じられる雰囲気だったが、ロックが断言したことにより、少しだけ、ほんの少しだけ、希望が見えたのかもしれない。

 

 誰より聖龍王の身を案じ、また対策に勤しむうちの一人だろう。心労は、並大抵のものではないはずだ。


 ふとロックは思った。この女の素性を知らされていない。


「そういえば――まだあんたの名前と顔、知らないな」


 ローブの女に向け、ロックは言う。彼女は初めて、自分が名乗らず、フードも降ろした非礼に気づいた。


「ああ、申し訳ありませんわ。すっかり失念していました」


 上品に、まるで一流の貴婦人であるかのように、礼をする。


 そして、彼女はフードを上げ、伸びやかな口調で名乗りを上げる。


「わたくしの名はマルガリー・フェニーチェ。当学園の学園長を勤めております」


 瞬間。


「――なんだ、思ったよりおばはんだ……、うわ、白髪すげえな……」


 ロックは言った。


 直後。カチンッと。


 思わず出た本音を前に、学園長は凍りついた。


 メイド三人娘も、全員手を口に当て、目を見張っている。


 まるで「言ってはならない」ことを言ってしまったことへ恐れるように。


 その後訪れるであろう修羅場に、身構えるように。


「お、お、お、お、お、お、」


 学園長マルガリーは、たっぷり数秒も溜めた後。


「おばさんではありません――っ! わたくしはまだm二十九歳っ! 麗しき乙女の年代ですわよ――っ!」


「な……に? 嘘だろ!? だっておい、ええっ!? 五十八歳くらいに見えたんだが!?」


「き――――――――――ッ! そんなことはありませんっ! 白髪多いけど、ほうれい線たくさんあるけどっ、眉間にしわばかりで枝毛多くて肌に張りがないけどっ! それでも二十九歳なのですわっ! わぁああああああ―――んっっ!」


 いきなり床に突っ伏して、鳴き始めた学園長。


 慌てたのは三人のメイドたちだ。


「あ、あの……ロック様。この場はちょっとマズイので、お時間頂きます」


「あ? ああ」


 三人のメイドのうち、怜悧な美人アイナと、おどおど系のフィーレが急いで学園長を奥の部屋に連れて行った。寝室だろう。分厚い扉の奥へ引っ込んでも、「二十九歳ですわ――っ」と、悲哀たっぷりの声が響いてきた。


「ロック様。学園長は、自分の歳をとっても気にしてるんだよ?」


 あどけないメイド娘のリルが話しかけてきた。


「スペックは高いんだけど、学園長の激務で老けて見えるの。お見合いにも連敗中で……だからくれぐれも、外見とか年齢のことは、言わないであげてね?」


「マジか。マジなのか。学園長は大変だな」


 そう言うと、リルは困ったように笑った。


 そして他の二人と一緒になだめるべく、奥の部屋へ行ってしまう。


 静けさに包まれる部屋。


 その直後。ロックはの笑みに浮かんだのは明確な歓喜。


「――ク。ククク。フフ――フハハハハハハッ!」


次回の更新は本日、20時頃となります。

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