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Blame Blade  作者: 天川優
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07

今回はヒロインちゃんのキャラがブレブレです。

  「よっこいしょういちっと」


  黒い渦を抜けると、いつもの見慣れた教室に戻ってきていた。机や椅子は列ごとに並べられていて、窓ガラスもきちんと戸締まりしてある。さっきの惨状が嘘のようだ。


  「寒っっ!」


  俺は思わず肩を抱いて身震いした。携帯で確認すると、時刻は午後6時半近く。太陽はとっくに沈んでいて、教室は先ほどよりも一層冷え込んでいた。


  「俺のカバンは...と」


  俺はそう言いながら教室の窓側最後尾の机の上にある自分のカバンと、椅子に掛けてあったコートを取る。カバンの取っ手も、すっかり冷えきってひんやりとしていた。


  「ごめんなさい、こんなことに巻き込んでしまって」


  振り向くと、先に渦を抜けていた佐ヶ宮が頭を下げて言った。長い前髪に隠れて、その表情を伺うことはできない。


  「そんなこと今さら言っても仕方無いだろ。それより、あんたはこれからどうするんだ?俺は一旦家に帰るけど」


  最後の一言は、暗についてくるなと言ったつもりだった。が、顔を上げた佐ヶ宮はそれを見事にスルーしてみせた。


  「私も当然ついて行くわ。きちんと監視していないと、あなたがこの状況から逃げ出す可能性もあるしね」


  なん...だと?貴様、俺の心が読めるとでも言うのか!?もしやさっきのばあさんが使ってた魔法か?確か、精神なんちゃらかんちゃら...やっぱり諦めます、はい。

 

  「それで、あなたの家はどこなの?」


  俺の自己完結もいざ知らず、佐ヶ宮は背筋を伸ばして言う。


  「ここから少し歩いたところにある駅の電車で30分。その後チャリで30分ってとこかな」


  「結構遠い所から通っているのね。もっと近い高校とかはなかったの?」


  佐ヶ宮が当然と言えば当然の質問をしてくる。俺は初対面の人間からはよく同じことを訊かれるので、今度も変わらず、決まり文句のように答えた。


  「俺ん家のほうは結構田舎でな。近くに高校が無いんだ」


  しかし、これは真実半分、嘘半分の回答だった。確かに家が田舎だというのは本当だが、実際のところ家の近くに高校はあったし、そこに進学するのも俺自身やぶさかではなかった。そうしなかった理由は単純、俺の学力不足である。しかし別段その高校の偏差値が高かった訳ではない。俺自身バカだっただけなのだ。こんな嘘半分の理由を言うのは、ただ単にこんな遠い高校に通っている同級生がいないだけであって、それなら無理に俺の株を下げなくても良いだろうという、どうでもいい下心からだった。本当、どうでもよくてすみません。


  「ふぅん、まあいいわ。とにかく行きましょうか。時間もあまり無いことだし」


  佐ヶ宮がそんな浅はかな理由を知るはずもなく、適当に相づちを打って教室を出ていく。


  俺は何か嫌な予感がした。



 

  「あんたさ、分からないなら素直にそう言えば良いじゃないか」


  正門を出た俺は今日何度目か分からないため息をつきながら、隣を歩く佐ヶ宮に言った。


  この高校の前には車線が3つある大きな公道があり、道なりに沿って東に10分ほど歩けば、目的の駅がある市街地に着く。


  「こんなはずじゃ...」


  佐ヶ宮は消え入りそうな声で言う。


  あれから佐ヶ宮は、昇降口がどこにあるのか分かるはずもないのに先陣をきったあげく、校舎を永遠と闊歩し、じっくり30分ほどかけてやっと昇降口にたどり着いた。俺は何度も道順を教えたのだが、


  「こ、こんな小さな建物、自分で出られるわ!」


  と言って頑固に譲らなかった。仕方なく別行動をとろうとすると、佐ヶ宮は俺の首根っこを捕まえて強引に引きずり回す。3階のガラスを破って外に出ようとした時には、止めるのに苦労したものである。


  「あんた、今までどうやって生きてきたんだよ」


  この頑固な性格といい、どこぞの海賊狩りにも引けをとらない方向音痴ぶりといい、今まで生きてこられたことに驚きである。


  「こんなはずじゃないのよ...」


  当の本人は俯いたままブツブツと何か言っている。彼女の周りに怨念のようなどす黒いオーラが見えるのは俺の気のせいだろうか。


  「ま、まあそれはそれとして、あんたには色々訊きたいことがあったんだよ」


  これ以上突っ込むのはまずいと直感的に判断した俺は、とりあえず話題を変えてみた。


  すると佐ヶ宮を纏っていた黒いオーラが一瞬で消え、俯いていた端正な顔立ちがこちらを見上げた。


  「私に分かることだったら、なんでも訊いて」


  佐ヶ宮の救われたとでも言うようなその笑顔を見て、俺は一つ確信した。


  CUTE IS JUSTICE!!


  「.....ああ、ダムレクトのことなんだけど」


  たっぷり3秒間その笑顔に見いってしまった俺は、慌てて話題を提供した。


  すると、佐ヶ宮がいつもの真顔に戻る。俺は気を取り直して続けた。


  「さっきあんたの婆さんが言ってたな。人類は何千年も前からダムレクトと戦ってきたって。そりゃダムレクトは人間の敵だってのは分かるけど、そもそも、何でダムレクトは人間を襲うんだ?」


  俺は先ほどの佐ヶ宮とダムレクトの戦いを思い出す。長大な鉤爪を振り回す怪物と、刀を自在に操り立ち向かう少女。今でも信じ難いが、あちらの世界では、それが日常茶飯事のことなのだろう。女の子が命懸けで戦わなければならない世界など、知りたくもなかったが。


  俺の質問に一瞬の逡順を見せた佐ヶ宮は、やがてゆっくりと口を開いた。


  「ダムレクトがダムレクトホールから出現した後の本能行動はただ1つ、魔力を喰らい続けることよ。凶暴な肉食動物だと思えばいいわ。魔力は人間の身体エネルギーの源だから、人間は魔力を奪われてしまうと生命活動を維持出来なくなってしまう。魔力を持っているのは人間とダムレクトだけで、比較的魔力量の多い人間が標的になるのよ。その過程で町が焼かれようが国が滅びようが、あいつらにはお構い無しってことよ」


  佐ヶ宮は最後に皮肉っぽく付け加える。


  なるほど、そういうことなら納得だ。つまり人間は魔力が無くなるとご臨終してしまい、その驚異となるダムレクトと長年戦っていると。だが、それだと一つ矛盾が生じてしまう。


  「でも、だったらなんで魔法師がこっちに来てダムレクトを始末する必要がある?そもそも、魔力が存在しないこっちの世界にダムレクトが来る理由がないだろ」


  俺の質問に、佐ヶ宮は待っていましたとばかりに大きく頷いた。


  「確かにその通りよ。でもね、水渡辺くん。さっきのお婆様のおっしゃったことをもう一度思い出してみて」


  「婆さんが言っていたこと?」


  あの例の巻き貝婆さんの言ってたことか...。えーと、確か一番最初に言ってたのは、


  「魔法という事象が認められて.....ん?認められて?」


  何かが引っ掛かる。そもそも簡単に「魔法がある」ってだけ言えばいいのに、わざわざそんな回りくどい言い方をする必要は...


  「ちょっと待てよ。まさか」


  俺が顔を上げて佐ヶ宮を見ると、佐ヶ宮は再び頷いた。


  「あなた、察しは良いみたいね。そう、私達の世界では《魔法》というものが公式に認知されているけれど、あなたの住むこちらの世界では、それが認知されていない。つまり、こちらの世界にも魔力は存在するのよ。ほんの僅かに、だけどね」


  「おいおい、冗談だろ?」

 

  まさかの予感的中に、俺はその場に立ち止まって絶句してしまった。佐ヶ宮も、一歩遅れて立ち止まる。


  「お婆様じゃないけど、私だって真面目な話の最中に嘘偽りを言うほど不埒な性格はしていないわ。今言ったことは全て真実よ」


  そう言った佐ヶ宮の表情には、一片の偽りも無く、生真面目な黒い瞳が、戸惑う俺の顔を見つめてくる。


  そうだ。俺は、この表情を知っている。たった数時間前、彼女と初めて出会った、あの化け物を倒したときの、夕日を背に俺を振り返ったときの表情。あの姿は、俺が今まで見てきたどんなものよりも気高く、清らかで、そして美しかった。しかし同時に、美しすぎるその姿は、決して他人を寄せ付けず、そして自らも他人を拒絶しているようにも見えた。美しすぎる花が、他の花を見劣りさせてしまうように。強すぎる光が、他の光を飲み込んでしまうように。そんな人間を、俺は知っている。どこからどう見ても似ていないのに、それでもどこか同じ人間を。世界に裏切られ、絶望を知った人間を。振り返った時の佐ヶ宮の瞳は、それとまったく同じものだった。


  けれども唯一、佐ヶ宮は根本的なところでそいつとは違っていた。それは、絶望を知ってもなお、それでも希望を持ち続けていることだ。そう、佐ヶ宮は諦めていない。まだ信じているのだ。この世界に、自らが信じられるものがあるということを。


  気づくと、俺は自分が絶句していたことも忘れ、佐ヶ宮の目を真っ直ぐ見つめ返していた。


  「わかったよ。そういうことにしておく。でもそれってつまり、こっちの世界の人間も魔力を持ってるってことだよな?だったらダムレクトに狙われちまうじゃねーか。いくらあんたたち魔法師がいても、この世界の人間全員を守りきれるとは到底思えないな」


  俺の安っぽい挑発に、佐ヶ宮は眉一つ動かさずに答えた。


  「その心配は要らないわ。こっちの世界の人たちが持っている魔力は、本当に僅かなものだから、ダムレクトに狙われる危険はほとんどないの。でも、ダムレクトだって自分の魔力が尽きれば、どんなに僅かな魔力でも得ようとする。それを未然に防ぐために、私たち魔法師がダムレクトの駆除を行っているのよ。それに、門はそういくつも出現するわけじゃないし、場所も特定できるから、こちらの世界にきたダムレクトは全て倒すことができているわ。今までこちらの世界の人たちに危害が加わったことはほとんどないし、あなたが心配するようなことはないわ」


  最後に一言念を押すと、佐ヶ宮は俺を安心させるように優しく微笑んだ。相変わらず文句一つない完璧な笑顔である。


  「他に、何か聞きたいことはある?」


  佐ヶ宮は微笑を崩さずに訊ねてくる。無意識のうちに見いってしまっていた俺は、慌てて言葉を探した。


  「ああ、えっと…そういえば、あんたがさっき使ってた刀、あれってどうなってんだ?確かさっきは鞘が必要ないとかなんとかって言ってたけど」


  あの時、ダムレクトを倒した直後に長刀は佐ヶ宮の手に吸い込まれるようにして消えてしまった。それだけで判断するとすれば、今あの長刀は彼女の体のなかに納まっていることになる。だが、人間の体に刀を納めるなどどう考えても物理的に不可能だ。まあ魔法を知った今の俺に、物理的、なんて言葉は無いに等しいのだが。


  「それって、これのこと?」


  俺の質問に佐ヶ宮はそう訊き返すと、右手を自身の前に真っ直ぐ伸ばした。すると、彼女の手のひらから、突然鋼色の切っ先が顔を出した。そのまま這い出るようにゆっくりと美しい刀身が露になる。俺はその光景が、なぜだか幻想的なものに見えた。人間の手のひらから刀が飛び出しているというのに、全く違和感を感じない。

 

  「蛍光月華(けいこうげっか)。それがこの刀の名よ」


  柄が最後まで出ると、佐ヶ宮は刀を降ろしながらそう言った。


  改めて見ると、蛍光月華と呼ばれた長刀は、不思議と佐ヶ宮の右手にちょうど良く納まっているように見えた。刀と少女。全く合間見えるはずのない二つの存在が、互いに反することなく一つの存在となっている、そんな気がした。


  「魔法師はみんなそんな物騒なもの持ち歩いてんのか?つーかなんであんたの体から出てくる?それから、こんなところで刀なんか抜くんじゃありません。誰か見てたらどうするつもりだよ」


  俺が早口に捲し立てながら辺りに人がいないか確認していると、佐ヶ宮がクスクスと笑い出した。


  「あなたが見たいって言ったんじゃないの。それに、心配しなくてもこの辺りに人の気配はないわ」


  「どこぞの方向音痴にそんなこと言われてもねぇ」


  俺が思ったことを正直に口にした途端、首筋に何か冷たいものが当たった。


  「何か言ったかしら?」


  佐ヶ宮が今までとは違うニッコリ笑顔で、しかし目だけは笑わずに、蛍光月華の切っ先を俺の喉仏に突き立てていた。


  怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、マジでもう少し加工したらホラー映画に出演できちゃうレベル。いや本当怖い。


  「いえいえ、何でもありません。人違いでありました。許してください」


  これ以上この少女を怒らせたら首が何本あっても足りないと判断した俺は、素直に謝った。


  すると佐ヶ宮はため息をつきながら蛍光月華を降ろした。


  「これは別名【ブレイム】と言って、私たち人間の命の源でもある魔力の核たるものを具現化したものよ」


  佐ヶ宮はまだ機嫌が直っていないのか、そっぽを向きながらも、律儀に説明を始めた。


  「ブレイムの姿形は人それぞれ違っていて、この蛍光月華のように形のあるものもあれば、具体的な形を持たずに事象を改変する能力もあるわ。例としては、炎を出したり、氷を造り出したりといった分かりやすい能力から、空気中の粒子を把握して天候を予測したり、お婆様のように人の精神に影響を及ぼしたりといった特殊なものまで、ブレイムには様々な性質があるわ。まあ言うなれば、その人特有の魔法、といったところかしらね」


  「特有の魔法、ね。そのブレイムってのは、俺にも出せるのか?」


  「それはまだ何とも言えないわ。あなたは元々魔法を使える私たちとは違う世界の人間だし、魔力もどのくらい許容しているのか分からない。おまけにルセオ・クラビスだって言うし、とにかく何もかも常識はずれだから、私には判断できないわ」


  「そうか」


  佐ヶ宮の最もな解釈に、俺はそれ以上追及することはできなかった。どちらにせよ、俺自身、今自分がどういう立場なのか正確に把握していないのだ。これ以上色々知ったところで、全て理解する自信がない。


  「魔法師、か」


  俺はふと呟く。魔法師はダムレクトに対抗して戦う。その過程で多くの魔法師が死んでいくらしい。あちらの世界ではそれが日常であり、しかし俺には十分すぎる非日常だ。毎日が戦争状態だなんて、俺には考えられない。


  だからこそ、俺は疑問に思う。


  どうして、こいつは魔法師になった?


  国を守るためか?家族を、友人を、恋人を守るためか?例え戦わなければ死ぬと分かっていても、多分俺は誰かに守られることを選ぶだろう。それが俺という人間だ。そんな正義の味方みたいな考え方、俺には理解できない。


  いや、理解は、できる。


  正確には、理解できた、そのつもりだった。


  理解し、共有し合い、そして正義の味方になろうと。


  だが知った。


  知らされ、突き付けられ、そして悟った。


  そんな人間など、どこにもいないということを。


  そんな人間になど、なれないということを。


  「なあ、佐ヶ宮。あんた、どうして魔法師になろうと思ったんだ?」


  一方的な解釈だ。しかし、俺は知りたくなった。見たところ、彼女はおそらく俺と同い年ぐらいのはずだ。そんな女の子が、どうして死ぬ危険のある魔法師なんかになったのか。


  理想、憧憬、同情、嘲罵。俺はこの少女に、一体どんな眼差しを向けているのだろうか。そしてこの少女に、誰を重ねているのだろうか。


  佐ヶ宮はしばらく黙っていた。そして、意を決したように口を開いた。


  「それは.......ッ!?」


  佐ヶ宮は何かを言いかけたが、突然その表情が変わった。彼女は、今俺たちが歩いてきた歩道の、一つ手前の路地裏をじっと見つめている。いつかの、あの教室で初めて出会ったときの少女が再び現れる。


  「お、おい。一体どうした...」


  「水渡辺くん、少し離れてて」


  俺が最後まで言いきる前に、佐ヶ宮がそれを制止する。彼女は腰を落とし、見つめる方向に向かって右足を前に出す。右手にもった蛍光月華を自分の左半身に絞り、切っ先を斜め下に傾ける。彼女が左手を刀の鎬に当てると、刀の刀身が三日月色に輝き、周囲の気温が下がり始める。


  「おい、何してんだ...」


  しかし、またもや俺が最後まで言い終わらないうちに、佐ヶ宮は行動を始めていた。


  「氷華月光ッ!!」


  佐ヶ宮の気合いとともに、蛍光月華が目にも止まらぬ速さで空を切り裂いた。切り裂いた虚空に透明な揺らぎが生まれる。と思った瞬間、キィィィィンという耳障りな音とともに、アスファルトで舗装された道路が捲れ上がった。そのままかまいたちのような斬撃が、油その他でできた化合物の塊を意とも容易く分断していく。そして、コンマ何秒とかからずに、斬撃は路地裏の曲がり角にぶつかり、コンクリートの壁を粉々に粉砕してから消滅した。


  しばしの静寂。


  やがて、佐ヶ宮が捲り上げられた道路を辿るように路地裏へと歩き出した。


  俺は、弾かれたように我に帰った。


  「おいおい何してくれてんだよ!ちょっとかっこよかったけど...ってそういう問題じゃねーよ!本当どうしてくれるんだよ!俺警察とか呼ばれたら全部お前のせいにするからな!」


  俺の一人芝居がかった必死の訴えに、佐ヶ宮は耳をかすことなく歩いていく。路地裏の入り口にたどり着くと、その場にしゃがんで何かを探し始める。


  俺は仕方なく、ため息をつきながら彼女の後を追って歩き出した。まったく今日で一体いくつ幸せが逃げていったのやら。


  「うぅわぁ…」


  路地裏につくと、思わず声が漏れてしまった。近くから見ると、コンクリートの壁は見るも無惨な姿となっていた。壁は横一メートルにかけて崩落しており、そこから瓦礫の山が道路一面に散らばっていた。幸いと言えば、奥の民家には被害が出なかったことだが、早くここから離れないと、本当に面倒なことになりそうだ。事の発端である佐ヶ宮を見ると、いつの間に刀をしまったのか、まだその場で何かを探している。


  「おい、取り敢えず説教は後だ!とにかく早くここから離れて...」


  と言いかけてから俺はふと思った。


  そうだよ!別にこいつと一緒に逃げる必要なんてないじゃん!これ起こした原因は全部こいつな訳だし、逆にこいつをここに置いていけば、俺は何の関係もない一傍観者になるだけだ!


  そうと決まれば話は早い。俺は早速逃亡を開始するべく、クラウチングスタートの構えをとる。足はそんなに速くないが、ここから駅まで全力で走れば二、三分でつくはずだ。そこからは即行で電車に乗ってトンズラ。完璧や。


  「よーい、ドン!」


  俺は体育で習った50メートル走を思い出す。まずは重心を低くして加速を...


  「グヘッ!!」


  と、俺は首に強烈な閉塞感を感じて情けない声を上げてしまった。少し首を動かして見ると、立ち上がった佐ヶ宮にまたしても襟を掴まれていた。さっき校舎を引きずらてれた時も思っていたのだが、俺と佐ヶ宮は結構な体格差がある。いくら俺が帰宅部だからと言って、本気で逃げる男をこんな華奢な少女が止められるものなのだろうか。


  しかし、重要なのはそこじゃない。大事なのは、これを傍から見たら完全に俺がこいつの共犯であると思われてしまうということである。もっと言えば、この状況は佐ヶ宮が現場から逃走しようとする俺を拘束しているようにも見えるわけであり、俺に理不尽な疑いが向けられる恐れもあるということである。どうにかして逃げなければ。


  「誰かに覗かれてた」


  そのとき、もがく俺をよそに、佐ヶ宮は一人呟いた。


  「そいつはますますヤバいじゃないか。早くここから逃げて...」


  「こっちの世界の人間じゃないわ。あの気配は、魔法師よ」


  「は?だったらなんで攻撃なんかしたんだよ」


  つーか気配とかわかるなら、まずそのどうしようもない方向音痴を直すべきなんじゃないだろうか?という言葉は胸の内にしまっておき、俺は佐ヶ宮の次の返答を待つ。


  佐ヶ宮は俺の襟から手を離し、左手を差し出してくる。


  「覗かれてたって言ったでしょ?多分、あまりいい連中じゃないわ」


  「だからっていきなり攻撃することないんじゃないか?」


  「これを見て」


  佐ヶ宮が右手を差し出してくる。どうしていつも俺の言葉はシカトされるのだろうか。こいつの耳は飾りか?


  差し出された佐ヶ宮の右手には、数本の青い毛糸が握り締められていた。佐ヶ宮が手を開くと、冷たい北風がそれらを夕暮れの空へとさらっていく。


  「何かの服の切れ端か?」


  「青いマフラーが見えたわ。多分、それのだと思う。」


  「青いマフラー、ねぇ」


  俺が上の空のように呟くと、佐ヶ宮は駅の方角へと歩き出す。


  「取り敢えずこの件は後でお婆様に報告するとして、今は駅に急ぎましょう。ちょっと派手にやり過ぎたわ」


  「いや、だからさっきから言ってるよね、俺」


  しかしやはり佐ヶ宮は聞く耳持たず、そのまま先に行ってしまう。まったく、調子の良いことだけ聞こえるとは、なんとも高性能な耳じゃないか。俺にも譲ってくれ。


  「クシュン!」


  と、可愛らしいくしゃみが聞こえたのはそのときだった。見ると、佐ヶ宮が肩を抱いて震えている。今更ながら、佐ヶ宮の格好はどこの学校かも分からない黒いセーラー服のみであり、防寒着らしいものは何も身に付けていない。さすがに2月の頭に外を出歩く人間の格好ではない。


  俺は思った。ここは男としてどうするべきなのだろうか、と。いや、俺がいちいちこいつに気を使う必要など皆無だ。大体こいつは何の躊躇もなく、人々の税金で造られた公共物をメチャクチャにしたのだ。これくらいは当然の報いであろう。従って、俺が何かをする必要はない。ない、はずだ。


  「まったく、寒いなら強がらずに言え」


  俺はコートを脱ぎ、ぶっきらぼうに佐ヶ宮の小さな背中にかける。


  佐ヶ宮は、呆気にとられたような顔で振り向いて言った。


  「べ、別に強がってなんかないわよ!しかも、これじゃあなたが風邪引いちゃうじゃない」


  急いでコートを返そうとする佐ヶ宮を、俺は左手で制する。


  「心配すんな。俺はこれでも暑がりだからな。なんならもう一枚脱いでも大丈夫だぜ?」


  さすがに最後のは強がりだったが、俺が暑がりだというのは本当だ。実際、電車を降りてから家まではコートを脱いで自転車をこいでいる。駅まで我慢するのはそう辛いことでもない。それに、頑張ればネクタイを外してマフラー代わりにすることも...いや、無理か。


  俺が冗談めかしてブレザーをはだけて見せると、佐ヶ宮は可笑しそうに笑った。


  「なにそれ。強がってるのバレバレよ。しかもこのコート、私には大きすぎるわ」


  「こんの、文句言うんじゃねーよ。何も羽織ってこないお前が悪いんだろ。ったく、せっかく貸してやったというのに、感謝の言葉の一つくらい...」


  「うん、ありがと」


  そのあまりにも素直な言葉に、俺は耳を疑った。佐ヶ宮はコートの裾を伸ばして顔まで持っていき、首は襟元まで隠している。


  「あったかい」


  その頬が仄かに染まっているのは、おそらく顔が冷えてしまったからだろう。そうだ、そうに違いない。


  「それから、その...いい忘れてたけど...」


  佐ヶ宮は続けて何かを言おうとするが、なかなか続きが出てこない。一体どうしたのかと続きを待っていると、佐ヶ宮は目を反らしながら呟いた。


  「あの時は、助けてくれてありがとう」


  言ってすぐ、佐ヶ宮の顔がりんごのように一層赤くなった。どうやら、あの教室の出来事を指しているようだ。つか何?この告白みたいなシチュエーション。なんでそれを今言うんだよ。あと顔赤くするの止めなさい。かわいすぎるから。こっちまで恥ずかしくなるだろうが。食べちゃうぞ☆


  「あ、ああ。どういたしまして」


  無意識に言葉が早口になってしまう。なんとなく気まずさを感じた俺は、頭をガシガシと掻いてから、できるだけ普通に言葉が出てくるよう注意して言った。


  「まあ、なんだ。その、今は駅に向かうのが第一目標であってだな...」

 

  駄目だ。女子とほとんど会話したことのない俺にとって、この状況は手に余る。自分でこの状況を作っておいて墓穴を掘るとは、我ながら情けない。全く、情に流されて慣れない奉仕活動をするなど、そもそも俺の等価交換という座右の銘に反する行動じゃないか。よし、これからは自重しよう。情けは人の為ならず、否、情けは俺の為ならず。


  「まあ、取り敢えず...」


  相変わらず顔を埋めたままの佐ヶ宮に再び声をかけようとしたそのとき、不意に遠くで爆発音が聞こえた。


  「おいおい」


  今度は何だよ、と言いかけたとき、またしても爆発音が聞こえてきた。それを境に、次々と爆発音が鳴り響く。


  爆発音は、今まさに俺たちが向かおうとしている方角から聞こえてくる。


  「なんだ?火事か?」


  「いえ、この爆発.....まさか!」


  佐ヶ宮はそう呟くと、唐突に駅のほうへと走り出した。


  「おい!なんだってんだよ!」


  「ただの爆発じゃない、嫌な予感がするわ!」


  「なんだよそれ!大体、俺はトラブルとかそういう厄介ごとには関わらないことにしててだな...」


  「ごちゃごちゃ言ってないで走りなさい!」


  「は、はい!」


  どちらにしろ、駅に行かないことには俺も家には帰れない。佐ヶ宮の気迫に気圧されるように、俺も走り出した。


  とりあえず俺のコート、返してもらえませんかね?

 

現在ストックを吐き出しているだけなので、なくなり次第投稿スピードは激落ちします。

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