05
ここはほとんど説明です。途中で飽きてしまうかも。ご容赦ください。
「それで咲、水渡辺くんにはこちらの世界について、どれくらい教えてあげたのかしら?」
都奈弥がそう佐ヶ宮に訊ねる。俺たちは今、都奈弥に部屋の中央のソファーを勧められ、片方に俺と佐ヶ宮、反対側に都奈弥が座っている。
「はい。ダムレクトという名称と、次元の狭間について少々です」
佐ヶ宮がそう答えると、都奈弥がなるほどと頷いた。
「確かに、それしか教えていないのにここまで連れてくるなんて、水渡辺くんが怒るのも無理ないかしらね」
都奈弥が微笑みながら言う。
「とりあえずあのまま帰すのはまずいと思って、お婆様の所へ連れてくるのが一番だと思ったんです」
佐ヶ宮がそっぽを向いて言った。その仕草、80点。
「はいはい。それでは水渡辺くん、この世界と、それとあなたの世界について、簡単に説明しますね。少し長くなるので、質問があれば、その都度してもらって構わないわ」
俺が首肯すると、都奈弥が話し始めた。
「まず、この世界には魔法という事象が存在し、それにしたがって魔法師も存在します。私もその1人。咲はまだ見習いですが、一応は魔法師です。私たちは、この世界に存在している悪魔、怪物その他諸々を総称してダムレクトと呼んでいます。ダムレクトは、今から約2100年前、紀元前1世紀に古代ギリシャで初めて発見されたと記録に残されています。同時に、ダムレクトホールという特異点も出現し、ギリシャを初めとして、徐々にその数を増やしてきました。ダムレクトは特異点であるダムレクトホールから、今も無限に出現しています。当然、ダムレクトホールを破壊するため、人類ははるか昔からダムレクトと戦ってきたのですが、ダムレクトホールに近づくには困難を極めました。簡単に言うと、敵が強力すぎて近づけないのです。過去に数度、我々魔法師がダムレクトホールに到達し、その1つを破壊したという記録は残っているのですが、それ以上破壊することは不可能だったようで、現在は7つのダムレクトホールが存在しています」
「少し質問いいか?」
「何かしら?」
「今言ったギリシャっていう地名は、俺のいた世界にもあったんだけど...」
俺が歯切れ悪く言うと、隣に座る佐ヶ宮が口を開いた。
「水渡辺くん、こちらの世界とあなたがいた世界は、魔法とダムレクトの存在有無以外は、限りなく同一なの」
「それって...」
「ええ。パラレルワールドとも言えるわ。でも...」
「次元の狭間が存在する。」
俺の言葉に都奈弥が頷く。
「その通りよ。パラレルワールドは文字通り、二つないし三つ、もしくはそれ以上の世界が平行に進んでいて、決して交わることはないと考えられているわ。でも実際に、この世界とあなたの世界は、次元の狭間を通して繋がってしまっている。実に興味深いわね」
「なんか色々矛盾してないか?次元の狭間だって、一つの世界なんだろ?だったら、俺たちの世界とこっちの世界と繋がるなんて有り得ないじゃないか。いや待て。もしかして、次元の狭間っていうのは、世界と世界を繋ぐ世界ってことなのか...?」
俺が不信気味に言うと、都奈弥は頷いた。
「そうね、あなたの言う通り、決して世界と世界が交わることはない。けれど、実際に次元の狭間がそれを可能にしている。そうなると、次元の狭間は一つの世界ではないのかもしれない。しかし一方で、魔法という事象を起こし、その中で私達は存在を保つことができる。まさに矛盾。では水渡辺くん、あなたはこの次元の狭間を、何と定義すれば良いと思いますか?」
「そんなの、俺に分かるわけないじゃないか」
俺が即答すると、都奈弥はフフっと鼻で笑った。なんか、腹立つわぁ。
「お婆様。悪い癖ですよ」
佐ヶ宮がそう言ってため息をつく。
「ごめんなさい。少し意地悪だったわね。でもそれは至極当然のこと。だって、私にも分からないのだから。水渡辺くん、分からないことを分からないと認めることは、とても大事なことなのよ?」
俺はこの時、先ほどの違和感の原因をはっきりと理解した。明確な理由も無いのに、同じ部屋に居たり、話しているとどこかで嫌悪感を感じる相手。
これはまさしく世に言う、“生理的に無理”、というやつなのだ。
いやはや、もうこうなってしまえば俺にはどうすることもできない。世界にはどうにも解決できないことというのはあるものなのだ。真実はいつも一つとは限らないのである。よし決めた。私はこの婆さんと、極力関わりを持たないことを今ここに宣言致します!ジーク・ジオン!
俺が心の中で金髪赤軍服のガッツポーズを決めていると、都奈弥が苦笑しながら言った。
「詰まるところ、現時点で次元の狭間とは何なのか、私達には何も分かっていない。でもそれも仕方のないことなのよ。だって、私たちは神様にはなれないないし、自分たちの住んでいる世界を外から見ることなんてできないでしょう?私達にできるのは、せいぜい仮説を立てることぐらいなのよ」
「まあそれは置いといて、もう1つ質問なんだが、今ダムレクトホールには数度到達したのに、1つしか破壊できなかったって言ってたけど、それってどういうことなんだ?」
これ以上は話が平行線をたどってしまうと踏んだ俺は、2つ目の質問をする。というより、この婆さんからこれ以上余計な話を聞くのは生理的に無理なんです、はい。それにしても、自然と話の主導権を握っている辺り、俺ってコミュ力高い。友達少ないけど。
すると、都奈弥は微笑みながら答えた。
「あなた、きちんと人の話は聞ける人間のようね。少し感心したわ」
都奈弥が口元に手を当てて上品に笑う。どうしてこの婆さんはここまで上から目線なんだろう。一丁しばいたろか?
俺がこの婆さんをどうしばくか頭の中でシュミレートを始めていると、都奈弥が口を開いた。
「かつてダムレクトホールに到達した魔法師の1人が、ダムレクトホールを破壊するために必要な、鍵を持っていたのよ」
「鍵?」
「ええ。記録には、ルセオ・クラビスと記されているわ。ラテン語で、"輝く鍵"という意味ね。その鍵を持っていた魔法師は、その後の戦いで戦死してしまったらしいけれど、彼が死亡したと同時に、鍵も消滅してしまったらしいわ」
「そりゃまた不思議というかもったいないというか」
俺が何となくやるせない気分になっていると、都奈弥が言った。
「実は、"鍵を持っていた"という表現は正しくないのよ。正確には、"魔法師自身が鍵だった"と言ったほうが正しいの」
「それってどういう.....」
「記録には、魔法師がダムレクトホールに近づいた瞬間、魔法師の体が光り輝き、ダムレクトホールがそれに共鳴して消滅した、と記されているわ。その時魔法師の体に見えたものが、ルセオ・クラビスだった、ということらしいの」
「なるへそ~」
俺が納得したと見て、都奈弥が続けた。
「ルセオ・クラビスが確認されたのはそれが最初で最後だったそうよ。切り札を失った人類はダムレクトの侵攻に対抗しきれず、国や村を焼かれ、次第に追い詰められていきました。しかしその後の戦いで、人類はダムレクトへの対抗手段を発見しました」
「対抗手段?」
「そう、それは、超大規模魔術によって、大陸を分断することよ」
「は?」
あんた何言ってんだ?と続けなかったのは自分でもよく自制心が働いたものだと感心した。そもそも対抗手段と大陸分断の繋がりが分からん。それ以前に、大陸を分断することなど人間にできるものなのだろうか。
「まあ話は最後まで聞きなさい。ダムレクトの身体能力は人間の数倍にも匹敵するけれど、それでも欠点は存在するわ。まず1つに、十分な飛行能力が無いこと。もう1つは、遊泳能力がない、つまりは泳げないということよ。この2つを長年の戦いで学んだ人類は、大陸を分断し、ダムレクトからの侵攻を阻止してきたのよ」
なるほど、人類もただやられていたということではなかったようだ。ちなみに七転び八起きって言葉はとても損してる気がします。七回負けたのに勝ち越し一回とか効率悪過ぎる。経営業とか絶対やっていけない。だから働かないっつの。
と、そんなどうでもいいことより、気になるのは、
「島国の日本は...?」
俺の呟きに、都奈弥は的を得た、とでも言うように答えを返してきた。
「安全、だと思うでしょう?残念ながら現実はそう甘くなくてね。今から約40年前、当時の大阪府と奈良県の県境で、7つ目のダムレクトホールが出現しました。規模はそんなに大きくなかったのだけれど、結局、ダムレクトからの進行に対抗できずに、琵琶湖、日本海、太平洋の3つを結んで日本を2つに分断するしかなかったわ。それから四国、九州も本土から完全に陸路を切り離して、ダムレクトからの進行を阻止したの」
つまりは今日本は、北海道、東北、関東、中部地方を含めた東日本、中国地方、九州地方の3つに分断されているということだ。ここまで大規模なことをしたとなると、国際的地位や経済的にも相当大きなダメージを負ったはずだ。しかし俺は残念ながら理系専門のため、そんなことまでは分からない。
「そんな、陸を分断するくらいの魔法が使えるなら、ダムレクトを絶滅させることはそこまで難しいとは思えないんだが...。それに、今後空を飛ぶ、もしくは泳ぐことができるダムレクトが現れたりしたら、海を渡って来てしまうんじゃないか?」
俺の再三にわたる質問に、都奈弥がこれまた微笑みながら答えた。
「まず1つ目の質問だけれど、さっきも言った通り、ダムレクトを討滅するためにはダムレクトホールを破壊する必要があるの。どんな大規模魔法でも、"鍵"が存在しない限り、ダムレクトホールを破壊することは不可能よ」
「その"鍵"を持った人物は今まで現れなかったのか?」
「さっきも言ったでしょう?ダムレクトホールを破壊した魔法師を除いて、"鍵"を持った人間が出現したという記録はないわ」
「それって、事実上ダムレクトホールを破壊することは不可能なんじゃ?」
俺が控え目に言うと、都奈弥が苦笑いして答えた。
「ええ。だから私たちにできることは、これ以上のダムレクトの進行を阻止することだけなの。でも、それもここ10年でかなり危なくなってきてるわ」
「それって、どういうことだ?」
俺が訊ねると、都奈弥が表情を固くして答えた。
「これはあなたの2つ目の質問に該当するわ。さっき言ったわね、ダムレクトには十分な飛行能力が無いと。補足すると、今までのダムレクトの持続飛行距離は最大でもせいぜい5キロ程度。飛行速度もそれほど速くはなかったし、遠距離魔法が使える魔法師なら、簡単に倒すことができたわ。でも近年、ダムレクトの飛行距離が延びてきていている傾向があって、切り離した西日本から20キロ以上も離れている本土にやってくるダムレクトもいるわ。幸い、泳ぐことができるダムレクトはまだ発見されていないし、そういったことは稀で、東日本側は被害が出る前に対処することができているけれど、小島が多い四国や九州では、多数の被害者が出ているという報告も受けているわ。世界各地でもこのような被害は年々増加していて、状況はあまり芳しくないのよ。それともう1つ、私たちが懸念している問題があるわ」
「問題?」
「ええ。あなたもその被害者の1人なのよ、水渡辺くん」
都奈弥が俺を指差しながらいった。
「それって、俺がここに連れてこられたことか?」
あと、黒髪ロングの美少女に会えたこととか?いやでもそれは、被害者というよりむしろ加害者に近いんじゃ...
俺がそんなことを考えながら隣を見ると、
「スー…スー…」
佐ヶ宮がコックリコックリと船を漕いでいた。彼女の頭が揺れる度に、艶のある長い黒髪がハラリと揺れ、小さな肩がピクンと痙攣する。どんぶらこ~、どんぶらこ~。その仕草(?)、80点。
や、ヤベェ!寝顔マジかわいい!今すぐ写メっていいかな!?
俺が本気で携帯を取り出そうとすると、
「ウフフフフフ...」
振り返ると、都奈弥が口元に手を当てて笑いを堪えていた。あんたは番組の最後にじゃんけんする巻貝の仲間か。
「その子は昨日から一睡もしていないの。もう少し寝かせてあげて頂戴?」
都奈弥が微笑みながら言う。まあかわいいし、このままずっと寝ていてくれたほうが...駄目か。
沈黙を肯定と受け取ったのか、都奈弥が続けた。
「それであなたが被害者、という話だけれど、実は約100年ほど前から、あなたの世界とこちらの世界が繋がってしまったようなのよ。原因は不明。約4、5年おきくらいに黒い渦、私たちはわかりやすく門と呼んでいるのだけれど、それが出現することで、ダムレクトがあなたの世界に進入してしまうことがあるのよ」
都奈弥が深刻な表情を浮かべる。
「おいおい、それってかなりヤバくないか?つかそんなことになってるなら、こっちの世界はかなりパニックになってると思うんだが?」
俺は焦燥感を覚えながら早口に捲し立てた。しかし、そう言いながらも、俺は奇妙な違和感を感じた。俺が知る限り、俺の世界で怪物が出た、なんてことは聞いたことないない。もしかしてUFOや宇宙人がダムレクトの正体だったんだろうか。
そんな俺の思考を知ってか知らずか、都奈弥が頷きながら答えた。
「そうね。でも、門の出現はある程度こちらで予測できるわ。それに、もし門が出現してしまった場合にも、その時限定で、私たちも門を出現させることができるのよ。どうやら周期的に門が出現しやすくなるみたいで、ダムレクトがそちらの世界に侵入してしまった場合、私たちがそれを討伐することにしているの。今回は対処が遅れて、そちらの世界に被害が出てしまったみたいだけれど」
都奈弥が申し訳なさそうに言った。
そうか。ニュースで言ってた原因不明の火事。それに今朝の修斗が見たっていう奇妙な光。あれは全部ダムレクトの仕業だったのか。
「目撃者の対処の仕方としては、結界をはって人を近づけさせないようにしたり、一時的な擬似空間を作ったり、といったところよ。必要があれば、目撃者の記憶を少し弄ったりすることもあるわ。もちろん、ダムレクトについての記憶だけだから安心して頂戴」
都奈弥は俺を安心させるように念を押した。
「今の話だと、一応は問題なく対処できてるみたいだが、それのどこが問題なんだ?」
俺が不思議に思って質問すると、都奈弥が答えた。
「問題なのは、門の出現周期が短くなっていることなの。100年前初めて門が出現してから、次の門が出現したのが約80年前。その次は63年前、その次は48年前。このように次第に周期が短くなっていて、現在では4、5年周期になっているわ。ここで落ち着いてくれれば問題はないんでしょうけど、さすがにそうはいかないでしょうね」
確かにそうはいかないだろう。これまでの傾向を考えれば、門の周期はさらに短くなるはずだ。そうなれば、ダムレクトの対処も当然遅れることになる。これはこちらの世界だけの問題だけじゃない。俺のいる世界も、危険が迫っているということだ。
俺が思考を巡らしていると、不意に都奈弥が手を叩いた。
「私の話はここでおしまいよ」
そして、都奈弥が腰を浮かし、目を輝かせて言った。
「さて、今度はあなたについて質問させてもらいましょうか」
なーるほどね。本命はこっちってわけか。まあここまで好奇心旺盛なら、まだまだ現役でやれそうだな、この婆さん。
「まあ、俺にわかる範囲でなら」
俺が渋々答えると、都奈弥がソファーに座り直した。
「では、まずあなたが魔法を使ったことなのだけれど」
「そのことならさっきも言ったが、俺には全くそんな覚えはないんだよ。俺はただ、佐ヶ宮がダムレクトに殺られそうになったのを見たとき、なんかこう、頭ん中に声が聞こえてきて、それで、無我夢中で...」
俺が歯切れ悪く言いいながら都奈弥を見ると、都奈弥がいつの間にか真顔になっていた。
「それは、本当なの?」
俺は初めて見せた都奈弥の真面目な顔に、少し気圧されてしまった。
「あ、ああ。気のせいかもしれないが...」
モゴモゴしながら答えると、都奈弥が唐突に立ち上がった。
「あなたも、立ってもらえるかしら?」
「は、はあ」
言われた通りに立ち上がる。どうでもいいことだが、都奈弥の身長は佐ヶ宮より更に一回り小さかった。
「ふぁぁ...」
俺が体を強ばらせていると、不意に隣から可愛らしい声が聞こえてきた。首だけ回して振り向くと、佐ヶ宮が目に涙を浮かべながら、小さな口を開けてあくびをしていた。その仕草、80点。
あー、ごめんね佐ヶ宮さん。起こしちゃったかな~?よちよち、もう少し眠っていようね~。てか寝ててください。
しかし俺の願いもむなしく、完全に覚醒しまったらしい佐ヶ宮が、慌てて言った。
「ご、ごめんなさい!いつの間に眠ってしまって...」
「謝る必要はないわ、咲。初めてあちらの世界に行ったことが、相当こたえたようね。緊急だったとはいえ、慣れない任務を任せた私にも責任があるわ」
「そ、そんなことは!」
都奈弥の気遣いに、謙遜する佐ヶ宮。都奈弥はそれに微笑みで返すと、再び俺に向き合った。
「それでは水渡辺くん、あなたの心を少し覗かせてもらいます」
「はい?」
俺がよくわからない、というそぶりを見せると、横から佐ヶ宮が割って入った。
「お婆様、精神投影をなさるおつもりですか?しかし、なぜそのようなことを?」
佐ヶ宮の問いに、都奈弥は拝むように自らの手を合わせながら答えた。
「彼が魔法を使える理由を知るためです。それに、少し調べたいこともあるの」
都奈弥の手が淡い水色に輝き始める。
あの、俺の意思は?
「水渡辺くん、少し不愉快な気分になるかもしれないけれど、我慢してくださいね」
都奈弥の手が輝きを増す。もう十分不愉快なんだが...やっぱり俺の意思は尊重されないようだ。
「もう、好きにしてください」
何事にも、諦めが肝心だよね。
都奈弥は俺の同意に頷くと、目を閉じ、会わせていた両手を離した。そのまま右手を俺の胸の前にかざし、左手は自身の顔の前で印のようなものを組む。
「Proba nobis mundus tibi」
そう唱えると、都奈弥の両手が一際強い光を発した。
瞬間、俺の視界が都奈弥と佐ヶ宮と一緒にいた部屋から一転、どす黒い闇に包まれた。そして、睡魔に似た心地のよい感覚と、誰かに自分の心を覗かれているような、そんな錯覚を覚えた。
いや、錯覚ではない。先ほどの宣言通り、都奈弥が本当に俺の心を覗いているのだ。確かに、これはあまりいい気分ではない。別段見られてまずいことなどないが、人に自分の心を見られるというのは、いささか拒否感を覚える。
どれくらい経っただろうか。俺が睡魔と不快感の両方に意識を奪われかけていると、不意に視界が戻った。
眠気に未練を感じながら目を擦る。顔を上げると、目の前にいる都奈弥が、驚愕の表情をあらわにして硬直していた。
「あなた、まさか...でも確かに、それなら合点がいくわね...」
都奈弥が頤に手を当てながらブツブツと呟く。勝手に納得しているようだが、俺には何が起きたのかさっぱりわからない。
「お婆様、一体何が見えたのですか?」
見かねた佐ヶ宮が都奈弥に訊ねる。
都奈弥は大きく息を吐くと、幾分かトーンの低い声で答えた。
「ええ、見えたわ。とんでもないものがね」
「それって...?」
佐ヶ宮が都奈弥に先を促す。
都奈弥は俺に向き直ると、ブラウンの瞳を真っ直ぐに向けて言った。
「単刀直入に言います。水渡辺くん、私達の同士に、魔法師になりませんか?」
「は?」
いやはや本当単刀直入だな、この婆さん。何意味わかんないこと口走ってんだ?
「お婆様!何を訳のわからないことを言っているのですか!?それが何を意味するか、わかっておいででしょう!」
俺が呆気にとられていると、佐ヶ宮が物凄い形相で都奈弥に問い詰めていた。
都奈弥は、詰め寄る佐ヶ宮を制すと、再び俺に向き合い、口を開いた。
そして、先ほどの言葉を遥かに上回る、とんでもないことを言い放った。
「水渡辺くんの中に有ったものは、いえ、水渡辺くんは、ルセオ・クラビスです」
「は?」
俺と佐ヶ宮の初めて息が会った瞬間だった。