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Blame Blade  作者: 天川優
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04

  黒い渦の中に入ると、先に入った佐ヶ宮が待っていた。


  「遅かったじゃない。あなた、意外と臆病なのね」


  佐ヶ宮がそう言って嘲笑する。


  「うるせぇ、意外ってなんだよ。大体、あんな得体の知れないもんに躊躇なく入れるかっての」


  「そう。でも、そうやって躊躇していると、知らないうちに人生の好機を逃していることもあるのよ?時には思いきった行動をとる勇気も必要だわ」


  佐ヶ宮のこの言葉に、俺は嘲笑をもって答えた。


  「ハッ、お前はバカか?いいか、臆病っていうのは悪い言葉じゃない。逆に言えば用心深いってことなんだよ。つまり、臆病な俺は人生の選択において、頭でよく考え、慎重に行動することができる人間だということだ。世の人間は俺の生き方を見習ったほうがいい」


  「あなた、相当屁理屈が好きなようね」


  「屁理屈だって、立派な理屈だぜ?」


  俺の嘲笑に、佐ヶ宮はため息をついた。


  「それにしても、ここは一体なんなんだ?」


  黒い渦も得体が知れなかったが、中はもっと不気味なところだった。


  前も後ろも上も下も、見渡す限りが闇に覆われていた。その闇が、生き物のようにうごめいている。まるで、大きな蛇に周囲を隙間なく囲まれているようだ。上下の感覚も曖昧なのに、俺はその空間に両の足で立つことができていた。


  「あまりじっくり見ない方がいいわよ。脳の平衡感覚が麻痺して、そのうち立つこともできなくなるわ」


  見渡す限りの闇に目を奪われていた俺は、佐ヶ宮の声で我にかえった。


  「ここに長居は無用よ。早く行きましょう」


  そう言って佐ヶ宮は歩き出した。俺もその後に続く。


  「なあ、ここはどこなんだ?」


  佐ヶ宮を見失なわないように意識を向けながら、俺は黒い空間に目を向けて言った。


  「次元の狭間よ。世界の終点とも言われているわ」


  「それってどういうことだ?」


  俺の質問に、佐ヶ宮は歩きながら答えた。


  「次元の狭間っていうのは、簡単に言うと、世界と世界の間にある空間のことよ。今私たちは、さっきまでいたあなたの世界と、今向かっている私の世界の2つの世界の間を渡ろうとしているの」


  「私の世界?」


  「そうよ。さっきも言ったでしょ?私はこっちの世界の人間じゃないって。つまりあなたから見れば、私は異世界人ってことになるのよ」


  「そんなこと言われてもなぁ」


  なんとなく理解はできるが納得ができない。


  「現実にこうして存在しているんだから仕方ないでしょ。それとも、あなたは今まで見てきたものがすべて幻だったとでも言うの?」


  そう言われると納得せざるをえない。さっきの怪物も、この得体の知れない闇の空間も、確かに現実として存在しているのだ。


  「それについては取りあえず納得しておく。それよりもう1つ気になること言ってたな。世界の終点ってのはなんだ?」


  「そうね、ここからはあくまで仮説なんだけど」


  佐ヶ宮はここで言葉を切ると、

 

  「君、ビッグバンって知ってる?」


  唐突な質問に、俺は意表をつかれてしまった。


  「知ってるけど、今そのこと必要か?」


  「必要だから訊いたのよ。」


  佐ヶ宮は続けた。


  「ビッグバンっていうのは、宇宙が生まれる、もしくは消滅するときに起こると言われている、超高温、超高圧の現象のことね。じゃあ、それが確実に起こるっていう確証はあるかしら?」


  「そんな確証あるわけないだろ。そもそも、ビッグバンっていう現象そのものが仮説なんだから。」


  「その通りね」


  佐ヶ宮は肯定した。


  「つまりこの空間は、そのビッグバンが起こらなかった世界なのよ」

 

  「は?」


  「要するに、この空間は、ビッグバンによる宇宙が生まれなかった、ただ何も存在しない世界ってことよ」


  俺は、佐ヶ宮の言っていることをまったく理解できなかった。


  「それってつまり、世界があって、そのなかに宇宙が存在してるってことか?」


  俺の指摘に、佐ヶ宮は再び肯定する。


  「そういうこと。まあ宇宙は無数に存在するって言われてるけど、ここはその宇宙が1つも存在しないってことなの」


  「なんかよくわかんないけど、それって色々おかしくないか?」


  仮説の上に成り立たせた仮説など、それは最早ただの想像、妄想でしかないのではないだろうか。


  俺の問いかけに、佐ヶ宮は振り返って答えた。


  「だから最初に言ったでしょ?あくまで仮説だって」


  佐ヶ宮はここで言葉を切ると、


  「そうね、どちらか片方の手を可能な限り伸ばしてみて」


  「あ、ああ」


  またしても唐突だったが、俺は言われた通り、恐る恐る右手を名一杯横に伸ばしてみた。


  と、何か透明な硬いものに手が触れた。


  「な、なんだこれ?」


  「それは魔力でできた障壁よ。横だけじゃなくて、上にも、もちろん下にもあるわ。私たちは、魔法でできたトンネルの中を歩いているのよ」


  なるほど、それでこの上も下もわからない空間を、俺たちは歩くことができていたというわけか。


  佐ヶ宮は再び口を開いた。


  「つまり、ここは魔法という事象を起こすことができる、1つの世界ということなのよ。私たちはここが何も存在しないから、世界の終点なんて呼んでるんだけどね」


  「う~ん、やっぱよくわかんねーな。そもそもここはビッグバンが起きなかった、つまり俺たちの世界とは違う世界、平行世界ってことにもなるんじゃないか?いや、でも平行世界はそういうものじゃないのか...?」


  俺がなんとか理解しようとするが、佐ヶ宮がそれをさえぎった。


  「別に理解する必要はないと思うわ。ここに来ることはほとんどないだろうし。それに、あなたにはできればもう来てほしく欲しくないもの」


  「は?それってどういう...?」


  「さあ、着いたわよ」


  またしても俺の思考は遮られてしまった。


  仕方なく佐ヶ宮の先を見ると、いつの間にか、そこに先ほどと同じような黒い渦が出現していた。


  「行くわよ」


  その一言と共に、佐ヶ宮が黒い渦に入っていった。俺も今度は躊躇せず、彼女のあとに続いた。


   

 

  黒い渦を抜けると、飾り気のない真っ白な廊下へと出た。


  「うっ...」


  別段明るいわけではないが、真っ黒な空間からいきなり真っ白な空間に出るというのは、いささか目に毒だったようだ。反射的に目を背けてしまう。


  「大丈夫?」


  声に反応して背けていた顔を上げると、至近距離から、佐ヶ宮が心配そうにこちらをのぞきこんでいた。


  改めて見ると、佐ヶ宮の整った容姿に、俺は目を奪われてしまった。


  白い肌に、長い睫毛と澄んだ黒い瞳がよく映えている。鼻は美しい曲線を描き、その下にある形のいい唇が薄いピンク色に染まっている。その1つ1つのパーツが、まるで黄金比のごとくぴったりと顔に納まっている。


  やべぇ、マジこいつかわいいな。うちの学校にいたら確実に男子生徒の半分以上から告白されてるレベル。まあ、俺はそんなことしないけど。


  べ、別にヘタレとかそういうんじゃないんだからね!!


  我ながら気持ちの悪いボケを心のなかでかましていると、佐ヶ宮が再び口を開いた。


  「もしかして頭クラクラしたりする?次元の狭間に酔ってしまったのかしら」

 

  佐ヶ宮がさらに距離をつめてくる。もう鼻と鼻がくっつきそうだ。


  近い!近い!マジで近い!ヤバい!


  「だ、大丈夫だから!ちょっと眩しかっただけだから!それより、近い」


  俺が挙動不審がちになっていると、佐ヶ宮も察したのか、慌てて顔を離した。


  「そ、それならいいんだけど。とりあえず、もう少しだから、ついてきて」


  佐ヶ宮はそう言うと、何事もなかったように廊下を歩き出す。当然、俺もそのあとに続く。





  もう少しというのは、時間で言うとどれくらいなんだろう。


  決して時計を確認したわけではないが、黒い渦を出てから、かれこれ30分以上歩かされたのではないだろうか。殺風景な白い廊下を、右へ左へ曲がるたびに扉があるのだか、扉を開けてもまた同じ白い廊下が続いているだけ。


  そろそろ我慢の限界に達していた頃、いくつ目かわからない扉を開けると、今までの殺風景な廊下とは違う、色合いのある廊下に出た。床には赤い絨毯が敷かれており、壁にはいくつかの肖像画が飾ってある。そして奥に、ひときわ異彩を放つ、上品な扉があった。


  「はぁ」


  佐ヶ宮が安堵と疲労の混じった溜め息をついた。


  「まさか、あんた道に迷ってたのか?」


  俺が恐る恐る訊ねると、佐ヶ宮の肩がビクッとはね上がった。


  「そ、そんなわけないじゃない。ここって同じような廊下が続くからわかりづらいのよねぇ」


  語尾に(汗)がつきそうなくらい慌てながら佐ヶ宮が答える。 おいマジかよ。俺こんな方向音痴に案内されて次元の狭間とか歩いてたの?


  俺は別の意味で汗をかきそうになった。


  「そんなことより、あそこが目的の部屋ね。行きましょう」


  俺にとっては命に関わる問題を、佐ヶ宮は「そんなこと」で済ませると、扉に向かって歩き出す。俺の命って安いなぁ…。


  真っ直ぐ歩いて目的の部屋にたどり着くと、佐ヶ宮が扉をノックした。


  「失礼します。佐ヶ宮咲、ただ今戻りました」


  「どうぞ」


  佐ヶ宮が入室の許可を求めると、扉の奥から少しトーンの低い女性の声が返ってきた。


  佐ヶ宮が扉を開け、中へと入る。俺もそれに続く。


  中は、仕事場の事務室のような部屋だった。部屋はさほど大きくはないのだが、家具と呼べるものが部屋の奥にある執務デスクと、中央にある向かい合った2つの黒いソファーだけなので、普通よりも広く感じる。床は廊下と同じ赤い絨毯が敷かれ、天井には小さなシャンデリアが吊るしてある。扉から見て反対側の壁は全てガラス張りで、そこから射し込む夕焼けが部屋を朱色に照らしていた。


  「お帰りなさい。ずいぶん遅かったわね」


  奥の作業机に座っている1人の女性が、そう言って俺たち(正確には佐ヶ宮だが)を迎えた。


  「すみません、少し手こずりました」


  佐ヶ宮がそう答えると、何か書類を書いていたのか、ペンを置くと、女性が顔を上げた。


  「さて、一体何に手こずったのかしら?まさかここまでの道のり、なんて言わないわよね?門からここまで廊下2つ分しかないんだもの。迷うほうが不思議よね?」

 

  女性はククッと笑いを堪えながら言った。それを聞いた佐ヶ宮の肩がビクッと跳ね上がる。


  おいおい、マジかよ。ざっと30分以上は歩かされたぞ。どんだけ方向音痴なんだこの可愛い娘ちゃんは。どこぞの海賊狩りじゃないんだからしっかりしてくれ。


  「まあいいわ。それより、その少年はどこのどなたかしら?あちらの人間を連れてくることは重大な禁忌違反だって前に教えたわよね?もしかして、今ここで処刑されたいの、咲?」


  そう言って、女性がこちらを見据えてくる。


  瞬間、俺は全身の毛が逆立ったような嫌悪感を感じた。


  女性の年齢は60代半ばといったところか。顔にはいくつものしわが寄っているが、不思議と衰えを感じさせない風貌だった。肩まであるだろう白髪を後ろで1つに束ねたその姿は、まだまだ現役といった感じの、威厳を感じさせるものだった。


  その女性にとりわけ不思議なところが有るわけではない。しかし何だ?この言うようのない違和感は。


  「申し訳ありません、お婆様。しかしこの少年は、私を救ってくれたのです」


  老女の脅しに意も介さず佐ヶ宮が答えると、白髪の老女はいっそう興味深く俺を見た。


  「それは、どういうことかしら?」


  老女が、俺から目を外さずに、佐ヶ宮に問いかけた。


  「この少年は、あちらの世界の人間であるにも関わらず、魔法陣を発動させました。また、私からのコンタクトにも、魔力干渉を起こしました。」


  「なるほど、これはまた面白いイレギュラーが出現したものね。あなた、名前は?」


  佐ヶ宮の答えに、老女は俺への問いかけで答える。


  その問いかけに、俺は苛立ちを込めて答えた。


  「水渡辺災斗。言っとくが、俺が魔法だのなんだの出した覚えはない。それに、俺がここに連れてこられた理由も教えてもらいたい」


  実際、わけもわからずこんなところに連れてこられて、平気でいられる人間のほうが少ないんじゃないだろうか。まさか変な宗教団体の本拠地とかじゃないだろうな。


  「まあ落ち着きなさい。自己紹介がまだだったわね。私は佐ヶ(さがみや) 都奈弥(つなみ)。よろしくね、迷える子羊くん?」


  ほほう、この婆さんは人に喧嘩を売るのがよっぽど好きらしい。年食ってるからって舐めてると痛い目にあうぜ?後できっちり、お仕置きだべぇ。


  と、今はそれより、


  「佐ヶ宮って、まさか」


  聞き覚えのある名字に、俺が隣の人物を見ると、


  「ええ、この方は私の祖母よ」


  佐ヶ宮がこちらを振り返らずに答える。どうやら、俺の予想は的中したようだ。こいつも年食ったらこんな婆さんになってしまうのだろうか。あー、やめやめ。夢をぶち壊されます、マジで。


  「さて、自己紹介も終わったことだし、こちらの世界について、少し説明しましょうか。あなたへの質問はそのあとにするとしましょう」


  都奈弥は俺を見ながら答える。きちんとそちらから説明してくれるとは、意外と礼儀をわきまえているのかもしれない。さっきのは撤回してやろう。ちょっと待って、俺って本当心広い。道路の水溜まり並に広い。.....狭いな。

ビッグバン云々は聞き流してもらって結構です。

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