03
さて、まずは状況を整理してみよう。
教室のドアを開けると女の子がいた。←大いに結構。
黒髪ロングの美少女だった。←俺の好みにドストライクッ!
刀をもって怪物と戦っていた。←...俺の理解の許容範囲外。
これってあれか。俺の妄想力が現実になったってことなのか?なにそれスゴい!妄想で美少女出現ってどんな力だよ!確かに俺は暇さえあればアニメとかゲームのことばっかり考える妄想男だけどさすがにこれは初めてだししかも黒髪ロングだし今すぐ抱き締めて食べちゃいたいっ!
さて、ここで俺が取るべき行動はっ!
「失礼しました~」
ついさっき職員室を退出した時と同じ抑揚のない声でそう言うと、背筋を伸ばし、斜め45度の模範的な一礼をする。顔をあげから、右足を半歩後ろに下げ、かかとを中心として体を180度回転。回れ右を完了させ、早足にその場をあとにする。
「ちょっと待ちなさいよ!」
いつの間に距離を詰めたのか、少女の細い右手が俺の左腕を掴んでいた。振り返ると、黒髪ロングの美少女が、頭一つ分下の目線から俺を見上げていた。
まあ、そうなるわな。
良かったぁ。ちゃんと妄想じゃなくて現実の出来事だったよ~。うっかり自称妄想男から妄想具現化男に進化しちゃうところだったよ。ありがとう黒髪ロングの美少女さん、俺の進化をBボタンで止めてくれたんだね。このご恩は一生忘れません!
「もう一度聞くわよ?あなた一体何者?」
そりゃこっちの台詞だよ。人のこと聞く前にまず自分から名乗れってママンから教えてもらわなかったのかよ。てかまずその刀しまおうか。危ないよ?警察呼んじゃうよ?
俺が不愉快そうに少女を、正確には少女が握っている刀を見ていると、少女の方も察したのか、俺の腕を離し、一歩下がって口を開いた。
「ごめんなさい、今しまうわ」
少女がそう言うと、唐突に刀が小さくなり始めた。
いや、そうではない。
刀が柄の部分から少女の右手に吸い込まれているのだ。まるで最初から、少女の体の中にあったかのように。
てっきり鞘を出すのかと思っていた俺は、呆気にとられてしまった。
そんな俺を見かねたのか、少女が再び口を開いた。
「この刀は私の体の一部みたいなものなの。だから鞘に納める必要はないわ。どちらかというと私自身が鞘みたいなものだから」
少女はそう言うと、こちらを正面から見つめてくる。
「さて、今度こそ聞かせてもらうわよ。あなたは何者?」
さすがにここまで聞かれたら答えない訳にはいかない。先に名乗れなんて言える状況でもなさそうだ。
「俺は水渡辺災斗。この学校の生徒だ。そっちこそ何者なんだ?」
俺は簡潔に答え、ついでに少女に聞き返した。相手が知らない人間の場合には、こちらの情報はできるだけ与えずに相手の情報を聞き出す。選択肢としては間違っていないはずだ。
最も、与えて損をする情報など俺は持っていないのだが…
「私は佐ヶ宮 咲。一つ付け足すと、こっち側の人間ではないわ」
黒髪ロング美少女改め佐ヶ宮 咲は、顔にかかった長い髪を払いながら答えた。その仕草、80
点。
「こっち側の人間じゃないってどういうことだ?それに、さっきの刀といいそこの怪物といい、一体何が起こってるんだ?」
大体女の子が刀振り回して戦うとかアニメの中の話であり、それを現実でやられるとこちらとしては全然笑えない。
「その事については後でじっくりと説明するわ」
佐ヶ宮はここで言葉を切ると、
「それより、今はあなたの問題のほうが先よ。どうやってこの教室に入ったの?この教室は見た目は一緒でもあなたの世界とはまったく別のものなのよ?学校にだって精神系の結界をはって、人が近づかないように誘導していたのに。あなた、どんな魔法を使ったの?それとも、人の姿をした魔物なの?」
んー、ちょっと待って俺の話聞いて~。さんざん質問攻めしたあげくに、最後は人間扱いしないってどーゆーことかな~?初対面の相手を怪物扱いするとか、どんだけ非常識なんだよこのかわい子ちゃんは。こいつ絶対友達いないだろ。ま、まあ、と、友達とかいてもいなくても一緒だし?一人のほうが周りに気を使わなくて楽だし?もういっそのこと周りの人間はみんなおたんこナスだと思えば.....いや、それは俺の気分が害されるから駄目だな。......やばい...明日から学校来たくない。
明日俺が学校をサボるかどうかは置いておくとして、さすがにここで言い返さないと、本気でさっきの刀でぶったぎられそうだ。
俺は怪物呼ばわれされた腹いせに、少々挑発じみた返答をすることにした。
「さっきも言っただろ。俺はこの学校の生徒だ。特別な力が欲しいとか考えたことはあるし、今もそう思ってるけど、残念ながら普通の人間以上にも、以下にもなった覚えはないよ。 I'M NORMAL HUMAN.DO YOU UNDERSTAND?」
しかし、佐ヶ宮は全くこたえていないようで、軽蔑の眼差しを送ってくるだけだった。
「だったらさっきの魔法陣は何?」
言われて思い出す。そういえば、ついさっき怪物に殺されかけたとき、俺の頭の上に丸い模様が出て、怪物を吹き飛ばしたように見えた。あれは一体...
「ん?ちょっと待て。魔法陣?」
魔法陣って、あの魔法陣?アニメとかゲームとかの、あのmagic square?いやでも確かに、さっきの模様には見たことない言葉?みたいなのが描いてあったような、なかったような…
「あなたが発動させたんじゃないの?」
佐ヶ宮が疑惑に満ちた目でこちらを見てくる。
「冗談だろ?あんなの俺は初めて見たし。あんたが出したんじゃないのか?」
佐ヶ宮は首を振る。
「あの状況で、あなたとダムレクトの間に魔法陣を発動させるなんて不可能よ」
「ダムレクト?」
「ええ、私たちはそこの怪物のことを総称してそう呼ぶの。本当に何も知らないの?」
佐ヶ宮は、倒れた怪物の骸を指差しながら言った。
「知ってたらいちいち聞くかよ。なあ、マジで何がどうなってんだ?いい加減教えてくれたっていいんじゃねえのか?」
声に苛立ちが混ざる。さすがに聞かれてばかりで、こちらが何もわからないというのは気分が良いものではない。
佐ヶ宮もコクりとうなずいた。
「わかったわ。その前に、ちょっといいかしら?」
まだ何かあるのかよ、と俺が不満を漏らそうとしたとき、突然、佐ヶ宮が俺の胸に手を当ててきた。
「は?ちょっ、え?」
佐ヶ宮の理解不能な行動に、俺はどうすればいいかわからずシドロモドロしてしまう。
「動かないで」
「はいっ!」
佐ヶ宮の制止に、反射的に声が裏返ってしまった。え、マジで何なの、これ?
俺が耐えがたい緊張で体を強ばらせていると、佐ヶ宮の手が当たっている俺の胸が淡く光りだした。
と次の瞬間、ガラスが割れたような音とともに、佐ヶ宮の手が弾き返された。
「痛ッッ!!!」
佐ヶ宮が右手を押さえてうめく。その手が小刻みに震えている。
「え、ちょ、おい...」
俺は心配になって佐ヶ宮に声をかける。立て続けに起こった奇怪な現象に、頭がついていかない。
「大丈夫よ。それにしても、魔力干渉を起こすなんて。あなたの体、相当特殊なものみたいね」
まだ痛みが残っているのか、佐ヶ宮が右手を押さえながら言った。
「とりあえず、あなたをこのまま帰すわけにはいかないわ。私についてきて。この状況については、そこについてから話すわ」
そう言うと、佐ヶ宮は教室の中央に向かって歩き出す。言われるまま、渋々俺も彼女に従う。
不思議なことに、俺と佐ヶ宮が飛び散った怪物の体液を踏んでも、俺の室内用シューズと、佐ヶ宮の履いている黒いシューズが汚れることはなかった。
まるで飛び散った体液のほうが、俺たちから逃げているようだ。
佐ヶ宮は教室の中央にたどり着くと、右手を自分の前に突き出し、凜とした声で唱えた。
「Ego aperire ostium」
すると、彼女の右手を中心に、黒い渦のようなものが円上に広がり始めた。
直径が彼女の身長と同じくらいになると、渦は拡大を止めた。
「こっちよ。」
そう言うと、佐ヶ宮は躊躇なく、黒い渦の中へと足を踏み入れた。まるで底無し沼のように、佐ヶ宮の細い足が渦の中へと飲み込まれていく。どうでもいいけど、やはりスカートとニーソの間の絶対領域は正義だと思いました。
「お、おい!大丈夫なのかよ!?」
またしても声が裏返ってしまった。いや、違うよ?僕はあくまでこの美少女の身を案じただけであって、決して絶対領域に目が行ってしまっていた自分が我にかえって恥ずかしくて声が裏返っちゃったとかそういうんじゃないからね?
「大丈夫だから入るんじゃないの」
そんな俺の煩悩は我知らず、佐ヶ宮は黒い渦に足を突っ込みながら答える。
ま、まあ、そうなんでしょうけどね?とりあえず確認の意味も込めてさ。てかなんでどや顔?
いや、待て。まだ一つ問題が残されている。
「この教室はどうするんだよ?」
バラバラにされた机と椅子、木っ端微塵に割られた窓ガラス。そして極めつけには、胴体をぶったぎられた怪物の亡骸。さすがにこのままにしておくのはまずいんじゃないだろうか。まあ俺は何もしてないし、怒られるのは佐ヶ宮だからなんの問題もないのだが...
「大丈夫よ。ここはあなたの世界の教室を再現してつくられた、いわば仮初めの空間。オリジナルの教室はまったくの無傷だから安心して。ここもしばらくすれは勝手に消滅するわ。あなたも、このままここにいたら一緒に消えちゃうわよ」
最後にさらりと恐ろしいことを言い残し、佐ヶ宮は黒い渦の中に吸い込まれてしまった。
しばしの沈黙。
「ついて行かないって選択肢は、無いみたいだな」
最後に、めんどくせぇ~、とため息をつくと、彼女の言っていることに要領を得ないまま、俺は黒い渦の中へと足を踏み入れた。