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Blame Blade  作者: 天川優
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01

  人は失敗から学ぶ生き物である。


  誰もが一度は聞いたことのあるフレーズだろう。失敗は、自身に教訓を与え、もう二度と間違えまいと心に刻みこませる。これは人間に限らず、火を怖がる野生動物にも適用される言葉である。


  人は失敗を繰り返す生き物である。


  対してこの言葉は、唯一人間のみに適用される言葉である。なまじ知性と豊富な感情を持つ人間は、過去から学び、そして失敗するとわかっていても、目の前の誘惑と自身の欲望に耐えきれず、同じ過ちを繰り返す。歴史上の戦争という出来事が、それを如実に証明している。


  では、ここで一つ問おう。


  人とは、本当の意味で、“学ぶ”ことができるのだろうか。


  先に述べた通り、人は過ちを繰り返す生き物だ。傷つき、喚き、後悔し、それを何度も繰り返す愚かな生き物だ。すなわち、人間とは何度失敗しても学ぶことができないということ。ならば、失敗に価値など存在しない。結局は同じ過ちを繰り返して、その度に傷かなければならないのなら、始めから何もしないほうがいい。


  この世には正しさも、本物と呼べるものも、ありはしないのだからー

 

 

  「ヂリリリリリリッ」


  身を凍らせるような冷気と静寂に包まれていた部屋に、空気を引き裂くようなやかましい音が鳴り響いた。俺は朦朧とした意識のまま、反射的に右手を動かし、今なお俺の眠りを妨げる音源を手探りで探す。スイッチを押して音が鳴り止んだのを確認すると、危険を察したダンゴムシのように、再び毛布にくるまる。


  「ヂリリリリリリリッ」


  しかし暫くして、再び俺の安眠を脅かす騒音ががなりたて始める。

  「っるせぇ~なぁ...」


  俺は恨めし声で呟くと、設定した時間ジャストに自らの責務を果たした立派な仕事人に、理不尽な拳骨を降り下ろした。


 

  「サイトくーん?早くしなさーい!」

 

  下の階から祖母が呼びかける。歯磨きをしていた俺は、口をゆすぎ、ついでに顔を洗う。タオルで顔を拭き、ノロノロとした歩調で階段を降りる。


  「昨夜未明、都内の各地で起こった原因不明の火事は鎮火の兆しを見せており、現在も消防隊が消火活動を行っています。現在死傷者は確認されておらず...」 

 

  リビングに流れるテレビのニュースを聞き流しながら、俺は朝食の目玉焼きをご飯と一緒に頬張る。向かい側で同じく朝食を食べていた祖母が、つまらなそうにリモコンを操作した。しかし幾つかチャンネルを変えた後、お気に召す番組がなかったようで、諦めたように再び朝食に向き合う。

 

  「おい、未来(みく)、女なんだからいい加減あぐらかくのはやめろ。もう中学生だろうが」


  俺の隣に座っていた弟が、向かい側に座っていた妹に注意を促す。見れば妹は椅子の上であぐらをかき、さらに肘をついてテレビを観ていた。朝食はほとんど進んでいない。なんとも行儀の悪い食べ方である。


  「は~い」


  未来は返事をしたものの、一向に姿勢を直す気はないらしい。弟は1つため息をついたが、それ以上何も言おうとはしなかった。


  「ミクちゃん、ちゃんとタクくんの言うこと聞きなさい。見苦しいわよ」


  祖母が再度注意するも、未来はもはや聞く耳を持たず、リモコンを操作して番組を変えた。スポーツ特番のニュースが流れ、男性アナウンサーが昨日のプロ野球の解説を始める。


  「お前もよく懲りねーな、拓海(たくみ)。もう言っても無駄だろ」


  俺がそう言うと、すかさず拓海が言い返してくる。


  「何言ってんだよ兄貴。本当は兄貴が言わなきゃいけないことだろ?」


  それを言われると弱い。この家には父親も母親もいないため、長男である俺が、こういうことを任されているのだが、


  「お前がいるから大丈夫だろ。それにめんどくさい」


  あくびをしながら答えると、弟は何かを言いかけたが、

 

  「ご馳走さま」


  さえぎるようにそう言うと、俺は食器を手に取り台所へ向かった。食器を流し台に置き、椅子に掛けておいた厚手のコートと通学カバンを取る。


  「行ってらっしゃい。気を付けてね」

  「行ってきます」


  祖母の声にそれだけ答えると、俺は廊下を抜け、玄関へと向かった。上がり口に腰かけ、愛用のシューズを履く。すると後ろから、トタトタと可愛らしい足音が聞こえてきた。


  「兄ちゃん、今日放課後暇?」


  靴紐を結び終え、玄関のドアノブに手をかけると、少女の可愛らしい声が呼び掛けてくる。俺はある種の危機感を覚えながらも、顔だけ向けながら答える。


  「特に用事は無い....が、買い物なら付き合わんぞ」

  未来ぐらいの年頃の女子というものは、異常に買い物が長い。俺はここ最近でそれを嫌というほどこの小悪魔から教わっている。仕舞いにはここ1ヶ月以内に2、3回ほど買い物の代金を肩代わりされている始末だ。俺は今日こそきっぱりと拒否権を発動するべく、最後に断りを入れたのだが、


  「別に何か買ってもらう訳じゃないから。ちょっと、ね?お願い」


  未来は先ほどの行儀の悪い態度から一転、足をピッタリと合わせ、両の指先を胸の前で緩く交差させる。最後にここぞと言わんばかりの上目遣いでこちらを見ると、小首を傾げてウィンクを決めた。


  こういう仕草は普通ブリっ子と言われがちだが、相手が可愛い妹ならば捉え方が少し変わってくる。悔しいが、未来は中学に入学してから何人もの男子に告白されているらしく、ルックスもそれ相応のものである。更に未来の場合は少し特殊で、れっきとした日本人でありながら目の色が鮮やかなエメラルドグリーンなのだ。そんなことも相まって、この仕草もどことなく小悪魔めいた愛らしさを感じさせる。妹を愛でる趣味はないが、そのあどけない仕草に少なからず母性本能(?)を刺激された俺は、


  「仕方ねーな。ちょっと付き合うだけだぞ」


  とついつい承諾してしまった。言ってから、やっちまった、と後悔してももう後の祭りである。未来は顔をパッと輝かせると、文句無しの満面の笑みを魅せて言った。


  「ありがとう、兄ちゃん!駅で待ってるね!」


  そして跳ねるようにしてリビングへと戻っていく。

 どうやら俺は今日も拒否権を行使し損ねたらしい。まさしく、我が妹は小悪魔である。俺は一つため息をつくと、ドアノブを回した。


  「今日最も悪い運勢なのは、ごめんなさ~い、みずがめ座のあなた...」


  いつの間にコーナーが変わっていたのか、そんなリビングから聞こえてくる女子アナの声に後押しされるように、俺は玄関を後にした。


  長い1日が、始まろとしていた。 


  ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



  「それでよ、信号待ちしてたらさ、向こう側の空が光ったんだよ。あれ絶対UFOじゃねーかと思うんだよな~」


  昼食時の教室。購買、部室、その他各々の場所に向かう楽しげな生徒達の中で、俺の向かい側の席に座っている一人の男子生徒が言った。

  彼は長谷部 修斗(はせべしゅうと)。成績優秀、スポーツもそれなりにできるが帰宅部で、実にもったいないと俺は思っている。

 最も、俺も帰宅部なので人のことは言えないのだが...


  「それって飛行機のライトとかじゃねーの?」

  俺が苦笑いしながら答えると、


  「そんなはずねーよ。飛行機のライトみたいに規則的な光り方じゃなかったし。一瞬だけ光ったと思ったら、そのあと何も見えなくなっちまったんだぜ?」


  修斗が珍しく食って掛かってきた。こいつは元々自分の主張をあまり押し通す性格ではなかったので、俺は少し面食らってしまった。


  「どーせ寝ぼけて見間違えたんじゃねーのか? 」

  俺がめんどくさそうに言うと、


  「そんな訳ねーって。俺はしっかりこの目で見たぞ!」

  どうやら今日の修斗はいつもとは違うようだ。その姿が少しおかしくて、俺は茶化してみたくなった。


  「んじゃ、太陽と見間違えたとか?」

  「いや太陽は反対側から昇ってたぞ」

  「月と見間違えたんじゃね?」

  「月はあんな光り方しねーよ」

  「んじゃ、一番星?」

  「お前俺のことバカにしてるだろ」

  「バレた?」

 

  俺がわざとらしくニヤけると、修斗は苦笑いしながらもサンドイッチを食べ始める。こいつは頭は良いのに結構扱いやすくて面白い。そのくせ人懐っこく、男女や学年を問わず沢山の人間と通じていて、この学校では知らぬ者はいないと言われているほどだ。どちらかというと正反対の俺は、よく皮肉を込めて“八方美人”などとからかっている。


  「そういや昨日借りた300円、まだ返してなかったな」


  修斗はサンドイッチを頬張りながら唐突にそう切り出すと、財布を取り出し、こちらに小銭を差し出してきた。見ると、300円にしては少し量が多い。こいつ算数できねぇのか、と思ったらどうやら10円玉も混じっているらしい。ややこしい奴め。

  しかし、問題なのはそこではない。


  「ちょっと待った」

  「なんだよ」


  俺の制止に、修斗は訝しげな表情を見せる。

  「一昨日、俺はお前から85円を借りた。だから215円でいい」


  「そ、そうか?じゃあ...」

  「ちょっと待った」


  俺の二度目の制止に、修斗は再び顔を歪める。

  「今度はなんだよ」


  「確かに俺はお前から85円を借りた。しかし、俺は5日前にお前に45円を貸した。更に、一週間前には72円貸している。したがって、お前が俺に返すべき金額は差し引き332円だ。さあ、差し出せ」


  俺が右手をつき出すと、修斗がはぁ~っとため息をついた。


  「あのさ~、別に32円くらいよくね?奢ってくれよ」


  「バカ者。この等価交換が座右の銘の俺にそんな言い訳は通用せぬ。さあ、大人しく出せ」


  俺が口元にニヤリと薄ら笑いを浮かべると、修斗は渋々といった感じで、残りの小銭と一緒に差し出してきた。

  「お前、本当にがめついな」


  「だから言ってるだろ。俺は平等主義者なんだよ。貸したものをただそのまま返してもらっただけだ。利息がないだけありがたいと思え」


  「よくそんなことを堂々と言えるもんだよ」


  当たり前だ。こちとら貸した側なんだから、上から目線でも何ら問題はない。そもそも、奢る、という考え方自体間違っているのだ。なんで利益を求めずに他人に自分の私物を分け与えなきゃならんのだ。まるで自分の身体の一部を分けてるみたいじゃないか。そんなに分けたいならパン工場で頭をアンパンに変えてもらってこい。そんでみんなに自分の頭配っとけばいいだろ。元気100%で一石二鳥だぞ。まあ分け与えたら元気無くなっちゃうらしいけどな。どうでもいいけど、あれって交換するとき一瞬だけ頭部無くなるんだよね...なんか怖い。


  「あ、そういえば、お前今日暇?」


  サンドイッチを食べ終えた修斗は、思い出したように切り出した。


  「放課後ちょっと付き合わ」

  「断る」


  二つ目のサンドイッチに取り掛かろうとしていた修斗は、危うくそれを取りこぼしそうになった。


  「ちょ、まだ最後まで言ってないぞ!」


  修斗はサンドイッチを掴み直すと、体を乗り出して詰め寄ってきた。近い。


  「ほとんど言い終わってたじゃねーか」


  俺がシッシッ、と手を振ると、修斗は渋々椅子に座り直す。


  「まあそう邪険にするな。なんと、今日は渋谷と東田も一緒なんだぜ?」


  なんだよどっかの地名か?と思った俺をよそに、修斗は自慢気に親指で自分の後方を指差した。その先には、楽しげに話す二人の女子生徒。


  なんとなく見たことがあるような...


  「.....誰?」


  しかし、俺の脳にはインプットされていなかった。

  「お前なぁ~」


  修斗が呆れ顔でため息をつく。


  「同じクラスじゃねえか。なんで知らないんだよ。」

  そんなこと言われても困る。知らないのだから仕方ないじゃないか。世の中には知らない方が良いこともあるって言うだろ?


  「別に何かしらの関わりがあるわけじゃない。故に名前を覚える必要はなし。つかめんどい」


  そう言い切って昼食を再開すると、再び修斗がため息をついた。


  「そういう問題じゃねえだろ。まったく、クラスでも指折り、学年でも結構人気がある二人だってのに。いいか災人、中学からの好として忠告するけどな、そういう態度とってると、社会に出てから通用しねえぞ?」


  「社会?ハッ、笑わせるな」


  俺はタコさんウィンナーを飲み込むと、ニヤリと口元を釣り上げた。


  「なんでそんな曖昧なもんに気使わなきゃなんないんだよ。だいたい今の世の中民主主義だぜ?基本的人権じゃあ個人が尊重されてるんだよ。それを容認できない社会なんてゴミだ。だからもっと俺を敬え。俺が周りに合わせるんじゃあない。周りが俺に合わせるんだよ」


  俺の演説を、修斗は心底可哀想なものを見る目をして聞いていた。


  「お前、相変わらず腐ってんなぁ~」


  ほっとけ。これから先そんな社会で生きていかなきゃなんないんだったら、ニートになったほうがまだましだ。


  「んで、今日はどうするんだよ」


  「だから行かないっつの。それに、先客もいるしな」


  そう言うと、修斗はニヤニヤと口元を緩めた。


  「なんだなんだ、そういうことなら早く言えって」


  「おい、何か勘違いしてないか?」


  俺は妹と買い物に行くだけなのだが...


  「分かってるって。未来ちゃんだろ?まったく、可愛い妹さんとデートとは、災人も何だかんだ言って隅に置けないやつだな」


  おかしい。何故そうなる。


  「誰がデートだ。俺にそんな趣味は」

  「災人、隠す必要はないんだぜ?あんな可愛い妹さんと一つ屋根の下で暮らしてたら、そりゃ手を出すなってほうが無理だもんな。いや~、気づいてやれなくて悪かった」


  俺のことはいざ知らず、修斗は腕を組み、ウンウンと勝手に納得してしまっている。


  まずい。こいつの顔の広さは本当に侮れない。もしこいつがこの事を学校中に言い触らせば、俺に有らぬ誤解が向けられてしまう。実にめんどくさいことだ。まあ俺は全然有名じゃないし、そこまで困るわけじゃないが...


  「ちょっと待て、修斗...」

  「はい、静かに~」


  しかし俺の弁解は、教室に入ってきた一人の初老教師の言葉によって遮られてしまった。


  「お前らよく聞け~」


  教室にいる生徒たちに注目を促すと、このクラスの担任兼数学の担当教師である木村は、手に持ったプリントを読み上げた。


  「次に名前を呼ばれる者は放課後職員室に来るように。池田、戸部、中川、水渡辺。昨日のプリントの未提出者だ。水渡辺は進路指導も入っているから覚悟するように」

  それだけ言うと、木村は教室から出ていった。


  「嘘、だろ...!?」


  俺は自分の失態に頭を抱えて呟く。危うく箸を取り落としそうになった。


  それから未提出の言い訳を考えていると、不意に肩を叩かれた。


  「災人」


  顔を上げると、修斗が同情に満ちた顔で俺を見ていた。俺は救いを求めて有らん限りの潤んだ目を向ける。が、修斗の顔が一転、笑いをこらえて人を見下した目に変わった。


  「ドンマイ」


  こいつには今度からもっと酷いいじり方をしてやろうと、俺は心に決めた。

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