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Blame Blade  作者: 天川優
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08

  市街地の駅前広場に着くと、信じられない光景が広がっていた。

 

  「きゃあぁぁぁ!!化け物ぉぉぉ!!」


  逃げ惑う人々で、町は大混乱に陥っていた。皆、四方八方に走り、転び、泣き叫んでいる。その表情は、まるで地獄絵図でも見るように、恐怖一色に染まっていた。


  「まずいわ!」


  隣を走る佐ヶ宮が、周りの轟音にかき消されないように叫ぶ。


  「いや、まずいなんて状況じゃねぇだろ!」


  俺も、同じく叫び返す。


  俺たちが向かおうとしていた駅は、二階に新幹線が走る高架駅と、一階に商業施設と複数の路線が集まる地上駅で構成された、大規模な管理駅であり、爆発はそこで起こっているようだった。時折、人間ではない黒い影がちらほらと見え隠れしている。


  「おい、あれってまさか...!」


  「っつ!本部は一体何をしているの!」


  爆発から逃れるように、駅周辺の娯楽施設や商業施設のありとあらゆる出入口から、滝のように人が溢れ出ていた。昨夜の火事で消防隊や警察が常駐していて、今も警官が避難活動を行っているようだが、その肝心の警官のほとんどが他の人々と同じようにパニックになっていて、統制が全くとれていないようだった。


  「おい!なんでやつらがこんな所で暴れてるんだ!あいつらの狙いは魔力なんだろ!?」


  「ええその通りよ!だからこそ、あいつらはその魔力の源を求めて、ああやって破壊活動を行っているのよ!」


  俺の叫びに、佐ヶ宮が叫び返す。


  度重なる爆発によって、建物の瓦礫や窓ガラスの破片が宙を舞い、そして無数の凶器となって人々の頭上に降りかかる。見る限りまだ怪我をした人はいないようだが、それも時間の問題である。


  「早く止めないと!」


  佐ヶ宮が焦りを含んだ声で叫ぶ。しかし、爆心地から逃れようとする人々に遮られ、思うように前に進めない。その間にも、爆発は絶え間なく起こり、瓦礫が地面へと降り注がれていく。


  「おい佐ヶ宮、どうすんだよ!こんな状況じゃあ...!」


  ごった返す人々に巻き込まれ、俺は隣にいたはずの佐ヶ宮とはぐれそうになる。辛うじて見えるその華奢な体が、人の大洪水の中に、どんどん埋もれてく。


  「佐ヶ宮!おい佐ヶ宮!!」


  俺は必死に佐ヶ宮を探した。しかし、時すでに遅し。もはや佐ヶ宮の姿を確認することはできず、俺自身も逆らう人々の波に耐えきれず歩くこともままならなくなっていた。なるほど、これが数の暴力というやつか。まるでこの腐った人間社会の縮図を身をもって体感しているようである。どんなに優れた一個人が努力しても、結局は「数」という絶対的な優劣の前では潰されてしまうのが世の常だ。ま、まあ、俺そんな凄い人間じゃないんだけどね...。


  そんなことを考えていると、なんだか全てがどうでもよくなってきた。人間、不利な状況になればなるほど、その状況に身を委ねてしまうものである。俺は悪戦苦闘よりも行雲流水と言う言葉のほうが好きなのだ。だってそのほうが楽だろ?


  しかしごく稀に、こんな状況だからこそ、蜘蛛の糸が落ちてくるときがある。


  「水渡辺くん、捕まって!」


  その時、俺の前に小さな手が差し出された。人間とは不思議なもので、周りと違う動きをするものに無意識に目がいってしまう傾向がある。俺はその無意識の反射と、この濁流から逃れたいという願望から、藁にもすがる思いでその手をとった。


  「行くわよ!」


  その声が聞こえたときには、既に俺の足は地上から離れていた。物凄い勢いの風の抵抗で、顔が歪んでしまう。


  暫くして風の抵抗が止み、何が起こったのか分からず目を開くと、


  俺は、空を飛んでいた。


  いや、正確には、空を跳んでいた、と言ったほうが正しいかもしれない。今俺と手を繋いでいるこの少女は、ただの跳躍で、一気に地上から30メートル先の空中に飛び出したのだ。オリンピックに出場したら間違いなく金メダルである。最も、本物の魔法使いが出場するなど、反則もいいところだが。


  「すげぇ...」


  思わず感嘆の声が漏れた。夕日はとっくに沈み、水平線には茜色が僅かに残っている。地上30メートルと言っても、せいぜいマンション10階分といったところだが、それでも、何の隔たりもなく360度見渡せるのだから、感動するのも無理はないだろう。恐る恐る眼下を見渡すと、沢山の人々がひしめき合い、何とも言えない光景を作り出している。


  あれだな、こういうのを人がなんちゃらかんちゃらって言うんだよね。わかるわぁ。


  しかし、人間は自然の摂理には敵わない。それを証明するかのようにゆっくりと、地球が俺たちを元の地上へと引き戻していく。


  「ちょ、まっ」


  俺にかの有名な名言を言わせる間もなく、重力加速度が徐々に大きくなる。それに比例するように、感動が恐怖へと変換されていく。


  「おわぁぁぁぁぁぁぁ!!」


  自由落下よろしく、ジェットコースターのあの内臓が浮き上がる感覚を味わいながら、俺と佐ヶ宮は地上に落下していく。


  再び風の抵抗を受けながら顔を歪ませていると、不意に、俺の視界に様々な光景がフラッシュバックしていった。そうか、これが走馬灯というやつか、とうとう俺も死ぬんだな、と悟る。どれどれどんなものが見えるんだろうと待っていると、目の前に無数の光景が浮かび上がっては消え、浮かび上がっては消え...


  結論を言おう。


  速すぎて何のことか分からんがな☆


  走馬灯ってこんなものかよ!とツッコミを入れる間もなく、広場の地面がどんどん大きくなっていく。こうなったら最後に(物理的な)当たって砕けろ精神見せちゃるわ!と覚悟し、両目を思いっきり閉じて、この世で最後にして最大の痛みを味わおうと衝撃を待っていると、


  やって来るはずの想像を絶するだろう衝撃と痛みが、どんなに待ってもやって来ない。


  どう考えてもおかしい。そう思って目を開くと、ねずみ色のコンクリートが視界一杯に広がっていた。


  「あれ、生きてる?」


  俺はどうやら地上約10センチのところで浮いているらしい。なぜだ。ニュートンが発見した万有引力の法則はどうした?


  そこから、唐突に最後の10センチの降下が始まり、


  「いだっ!」


  俺は、固いコンクリートに鼻をぶつけて情けない声を出していた。


  鼻を擦りながら立ち上がると、佐ヶ宮が小馬鹿にしたように訊いてきた。


  「もしかして死ぬって思ったの?」


  「そりゃ当然思うだろ!大体、なんで人混みから抜け出すのに、あんなデタラメな跳躍する必要があんだよ!それから、ハビエルとニュートンに謝れ!」


  俺は堪らず叫んだ。しかし最後の一言がピンとこなかったのか、佐ヶ宮は訝しげな表情をしながら答える。


  「魔法を使えばあれぐらい当然よ。私は自分でジャンプして自殺するほど、間抜けな人間じゃないわ。」


  「お前なぁ!」


  「それに、ルセオ・クラビスを死なせるわけないじゃない。世界を救えるのは、あなただけなのよ」


  「いやそれは...」


  「そんなことより、来るわよ」


  せめて歴史の偉人たちに謝って欲しいところだったが、どうやらそうも言っていられないらしい。佐ヶ宮は着ていたコートを俺に投げ返すと、頭上を見上げる。俺もそれに従い頭上を見上げた。


  破壊された駅の中から、複数の黒い影がその姿を露にした。黒々とした鋼のような肉体。表面を走る無数の赤い軌跡。夕日を受けて鈍く光る長い鉤爪。そして頭部に嵌め込まれた、三つの青い眼球。


  俺達に気づいた数十体のダムレクトが、その禍々しい口部を緩ませるのが見えた。


  「嘘だろ?なんでこんなに沢山いるんだよ!」


  俺が思わず叫ぶと、佐ヶ宮が吐き捨てるように言う。


  「私も冗談だと信じたいわ。これだけの数のダムレクトを、魔法省がみすみす見逃すなんて。魔法師として、これほど恥ずかしいことはないわ」


  佐ヶ宮は蛍光月華を顕現させると、振り返らずに続けた。


  「水渡辺くん、下がってて。私がやつらを引き付けるわ。いい?絶対に前に出てきちゃだめよ。ダムレクトの腕に捕まったら、一気に魔力を持っていかれるからね!」


  「ちょっと待て!いくらなんでも、一人でこの数を相手にするのはっ...!」


  しかし俺の言葉を待たず、既に佐ヶ宮は飛び出していた。それに応えるように、ダムレクトたちが一斉に彼女に襲いかかる。


  佐ヶ宮は空中で一度静止すると、蛍光月華を自身の前に水平に構え、その刀身を指でなぞった。すると刀身が、青白い輝きを発し始める。彼女はそこで刀を下ろし、目を閉じた。

 構わず最初のダムレクトが、彼女の首筋目がけて鉤爪を斜めに振る。


  しかし、その一撃が佐ヶ宮の首筋に達する直前、まるでビデオをスローモーションにするかのように、ダムレクトの動きが急激に遅くなった。


  そこから、舞台は佐ヶ宮の独壇場と化した。


  襲ってきた鉤爪を身を翻してかわし、すれ違いざまに、ダムレクトの頸部をなぞるように一閃。しかしダムレクトに変化は無い。彼女はもう用済みだと言うように、次のダムレクトへと一閃。だが同じく、ダムレクトに変化は無い。そのまま遅延した空間の中で、佐ヶ宮だけが踊るように次々とダムレクトを斬りつけていく。


  佐ヶ宮は、襲ってきた数十体のダムレクトを全て斬り終えると、最初に斬りつけたダムレクトの前へと戻ってきていた。そこで、蛍光月華を自身の前で再び一閃すると、その美しく残酷な舞台に終止符を打つ。


  「氷姫演舞(ひょうきえんぶ)。」


  その言葉に従うように、彼女の斬りつけたダムレクトたちが、雪のように一斉に霧散した。血も出さず、音も発さず、ただ静かに白い光の粒となって、宙に佇む少女を彩らせる。


  「........」


  俺は声も出せずにただ見上げていた。いつか見た、夕日に染まる教室に佇む少女の光景が、再びよみがえる。その少女が今、暗い夜の空に雪を降らせ、一つの幻想的な光景を作り出していた。このままずっと見ていたい。そう思ったとき、


  「き、きゃあぁぁぁぁぁぁ!!」


  突然の悲鳴が、俺を物思いから引き戻した。何故だが、俺は背筋が凍りついた。決して聞いたことのある悲鳴ではない。しかし俺はこの声を知っている。子供の頃からずっと、そして今朝もその声と言葉を交わしてきた。


  そんなことがあり得るはずがない。しかしどんなにそう願っても、頭には最悪な想像しか浮かんでこない。俺はそいつと約束してしまっていた。今日、この場所で。


  「未来!!」


  俺は叫ぶよりも速く走り出していた。頭上から佐ヶ宮の引き留める声が聞こえた気がするが、今度は俺がその言葉を無視した。俺から約20メートル先の駅の入り口。一体のダムレクトが少女の首を掴み、軽々と持ち上げている。


  『いい?ダムレクトの腕に捕まったら、一気に魔力を持っていかれるからね!』


  佐ヶ宮の言葉が頭をよぎる。緊張が頂点に達し、全身を嫌な汗がびっしょりと濡らす。未来は手足をばたつかせて必死に抵抗をしているが、それが無意味なのは火を見るよりも明らかだ。その光景に、俺の全身の筋肉が張りつめ、鼓動をさらに加速させる。無我夢中で走る。俺から未来まで、あと約10メートル。


  ー間に合えぇぇぇ!!


  心の中で必死に叫びながら、俺は最後のスパートに身体中の全てのエネルギーを絞り出す。俺に気づいた未来が、恐怖に染め上げられた顔に安堵の表情を浮かべ、俺に向かって左手を名一杯伸ばす。その手まであと7メートル、5メートル。


  ーもう少しだ、もう少し!!


  俺も未来の左手に向けて右手を伸ばす。その距離あと

 3メートル。


  “助けて、兄ちゃん!”


  不意に、未来の声が頭の中に響いた気がした。


  ー届けぇぇぇぇ!!!


  未来の顔が喜びと安堵で一杯に染まる。俺もつられて顔に笑みを浮かべているのを自覚した。間に合った。そう確信して、差し伸べられたその手をー


  握ることは、叶わなかった。


  一瞬、未来の表情に陰りが射したかと思うと、その顔からフッと生気が抜けていった。その目から、鮮やかなエメラルドグリーンの輝きが失われる。伸ばされた左手が、力なく落ちていく。



  俺は、何を迷っていたのだろう。


  俺はそのとき、その正体を初めて自覚した。佐ヶ宮と出会い、怪物を知り、異世界に行き...その全ての体験を、俺は驚きや喜びを感じ、しかし本能的に信じていなかった。一番近くで知りながら、どこか他人事のように耳を傾けず、事態の重大さを、危険を、全く理解していなかった。それが今、倒れていく最愛の妹を目に焼き付けながら、心の一番奥に痛いほど伝わってくる。避けられない現実が、目を反らしたくなる真実が、俺に拒むことを許さず真っ直ぐにぶつかってくる。


  「未来ーー!!!!」


  俺は人知れず叫び、崩れゆくその小さな体を抱き止めた。伸ばされていた左手を握り、何度も呼びかける。しかし、未来の瞼が再び持ち上がることはなく、握った左手が俺の手を握り返してくることはなかった。その表情は眠るように安らかで、けれど生気を失って青白くなっていく様は、もう二度とあの小悪魔のような笑みを見ることはできないということを、静かに物語っていた。


  「グガァァァァ......」


  すぐ隣で雑音が聞こえてくる。その音はゆっくりと小さくなり、最後にドサッという大きな音を立てて消えた。次いでトン、トンという足音が俺に近づき、止まる。


  「何で...だって、嘘だろ?未来が...どうして...」


  俺は誰に訴える訳でもなく、ただ虚空に呟いた。現実が俺の遥か先を行き過ぎて、思考が追いつかない。それなのに、現実はそこにある一個の事実として、俺の胸をあまりにも重く貫いていく。悲しく、つらく、痛いはずなのに、どうしても涙は出てこない。瞼が瞬きを忘れ、瞳はまるで乾いた砂漠の大地のように涙を忘れていた。


  「水渡辺くん...その子は...?」


  佐ヶ宮が見なくても分かるほど遠慮がちに訊ねてくる。その気遣いが、さらに俺の心を抉る。


  「俺の...妹だ。」


  辛うじて絞り出した声は、自分でも驚くほど低く、そして乾いてガラガラだった。それ以上は言葉を紡ぐことができず、暫しの沈黙が訪れる。


  「怪我を...しているのね。」


  佐ヶ宮はそう呟くと、俺の反対側に向かい合うようにして腰を下ろした。スカートのポケットから少し大きめのハンカチを取り出すと、躊躇無くビリビリと破っていく。それを、包帯のように未来の怪我した右足に巻いていく。


  「よりによってどうして...何で未来が..」


  俺は再び呟いた。それしかできなかった。この残酷過ぎる現実を、受け止めきれない。


  「多分、未来さんは魔力量が元々こちらの世界の常人よりも多かったんだわ。それで...ちょっと言いづらいけど、魔力を覚醒させた水渡辺くんと偶然ここで居合わせたことで、血の繋がった水渡辺くんと何らかの魔力干渉が起こったんだと思う。その状態で偶然ダムレクトが未来さんの魔力を感知して、私たちよりも先に、未来さんを狙ったんじゃないかしら...」


  俺の答えを求めない呟きに、佐ヶ宮は律儀に答える。しかしその言葉すら、俺の耳を素通りするばかりで、全く意味をなさない。


  「未来....俺が...俺は...!」


  後悔だけが、俺の心を支配する。


  ー守ってやれなかった。俺は、兄貴失格だ。


  ダムレクトがどうした?そんなものは言い訳にもならない。世界を救う救世主だって?笑わせる。自分の妹一人守れないで、何が救世主だ。俺は、何の力も持たないただの高校生で、妹を守ることもできない兄貴失格ダメ人間だ。


  改めて腕の中で安らかに眠る未来を見る。端から見れば、未来は足を怪我した血の気がないだけの病人に見えるだろう。家に戻って休ませれば、すぐに目を覚ますだろうと考えるはずだ。しかし分かっている。既にこの身体に宿っていた命の灯火は消え、決して目を覚ますことはないことを。どんなに願っても、再びあの笑顔を見ることはできないことを。


  俺はこれからどうすればいい?未来に何をしてやることができる?兄として守ってやれなかった俺は、どうやってこの罪を償うことができる?


  いや、それ以前に、今の俺にはそんな資格があるのか?未来を守れなかったこの俺に、今さら何かしてやれるなんて甘いことが。そんなことは許されない。いや、俺自身が決して許さない。ましてや俺には今ここで悲しむ権利もありはしない。それは、未来のためではなく、俺が自分を慰める行為だからだ。悲しむというのは、それを理由にして自分の傷を自分勝手に癒す、最低の行為だ。


  ならば、俺はどうすれば、この罪を償うことができる?



  いっそのこと、俺が死ねば.....?


 

  そうだ。今俺ができることなんて、こいつと一緒に逝ってやることなんじゃないか?未来も、あるかもわからない天国に一人で逝くのは寂しいだろう。せめて俺が、一緒に逝ってやれば....


  いや駄目だ。それこそ自分の犯した罪から逃れる行為だ。考えることそれ自体がすでに罪なのだ。それに、未来がそんなこと望むはずがない。俺が死んだところで、決して未来が帰ってくることはないのだ。


  ーどうすればいい、どうすればいいんだ!罪を償うには、俺は何をすればいいんだ!わからない、わからない!


  考えれば考えるほど、俺の世界は小さくなっていく。未来を思えば思うほど、この現実から逃げ出したいと、自分の心が閉ざされていく。沈んでいく。引き込まれていく。暗くて深い、どこか分からない遠い世界へと........




  『私たちの世界とあなたの世界、救えるのは唯一、ルセオ・クラビスであるあなただけなのよ』




  そのとき、ある老婆の言葉が、沈みゆく俺を引き戻した。




  『救えるのは、あなただけなのよ』




  少女の言葉が、閉ざされた俺の心に温もりを与える。




  ー救えるのは、俺だけー

 

 

 

  世界が、開けていく。




  「佐ヶ宮、門はまだ学校の教室にあるんだよな?」


  俺は佐ヶ宮に確認を取る。


  「え、ええ。だけど...」


  佐ヶ宮は肯定しつつも、困惑の表情を見せる。俺はそれに構わず、未来を抱き抱えて立ち上がった。先ほど落としたコートの所まで行くと、それを拾って未来の上に掛ける。後から未来の鞄を持って小走りに駆け寄ってきた佐ヶ宮が、問いかけてくる。


  「もしかして戻るつもりなの?でも、これからご家族に会いにいくんじゃ...」


  「もうその必要はない」


  俺が即答すると、佐ヶ宮は慌てて問う。


  「じ、じゃあ未来さんは...?」


  「このまま連れていく」


  再び俺が即答すると、佐ヶ宮は一層慌てて問いただしてくる。


  「そ、そんなことできるわけないじゃない!未来さんはご家族に送り届けて、きちんと事情の説明を...」


  「怪物に魔力吸われて死にましたって言うのか?」


  「そ、それは...」


  佐ヶ宮はそこで押し黙ってしまう。少々意地汚いことを言ってしまったとは自覚していたが、俺は構わず続けた。


  「それに、俺もこいつの家族だ。その家族である俺が、責任を持って.....連れていく」


  口から出た言葉が、自分の心に突き刺さる。しかし止まってなどいられない。押し止めようとする佐ヶ宮を振りきって、俺は歩き始めた。


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