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その日の昼休み。
愛梨はいつものように食堂を訪れていた。取り巻きたちも愛梨を構い倒している。
一際騒がしいその集団に、食堂を利用していた生徒は、一様に顔をしかめる。
人気者だった彼らを慕う者は殆どいなくなり、愛梨に好かれようと、敵と見なした生徒を排除しようとしたり、お互いを蹴落とそうとする姿に落胆と呆れを滲ませていた。
「あ!天音先輩!」
愛梨が駆け寄ったのは、風紀委員長の桐野天音。必要な時以外は滅多に話さないし、必要以上に他人と関わろうとしない彼は、普段食堂は利用しない。
愛梨は砂糖菓子のような笑みを浮かべ、頬を赤くしながら天音に話しかける。
愛梨の本命が天音であることは、生徒たちの間では有名な話だった。しかし、天音は愛梨に視線すら寄越さない。よく諦めないものだ、と感心さえする生徒もいるほどだ。
「天音先輩が食堂にいるなんて珍しいですね!
あの、一緒にお昼ご飯食べませんか?」
上目遣いで天音を見る愛梨。
ここで、周りの全員が驚くことが起きた。
いつもなら無視して通り過ぎる天音が、愛梨に視線を向けたのだ。
その反応に愛梨は目を輝かせる。
「なぜ俺がお前と食事をしなければならない?」
冷たい無機質な声と表情。
愛梨は、一瞬言葉の意味を理解できず、キョトンとしている。
やがて、意味を飲み込んだのか、みるみるうちに目に涙を溜める。
「わ、私・・・ただ、一緒に、ご飯を・・・・・・」
「だから、なぜ俺がお前と食事をする必要がある?」
「そ、それは・・・・・・!」
そこで言葉を詰まらせる愛梨。
一度、息を深く吸い込み、天音を見つめる。
「私が・・・天音先輩のことが、好ーーー」
「それ以上言わないでくれる?」
愛梨の告白を遮る声。
「誰!?」
「・・・・・・」
人ごみから現れたのは、不機嫌な雰囲気を漂わせる静稀だった。
彼女から少し離れたところには涼介が心配そうに様子を見ている。
静稀は睨みつける愛梨を無視して、静稀は天音を見る。
「天音、何をしているの?
私は、呼んだら来てって言ったはずだけど?」
風紀委員長への物言いに凍り付く周囲。
しかし、さらに周囲を困惑させたのは天音の反応だった。
「・・・・・・ごめん」
しょんぼりとして謝る天音。
静稀はその様子に吹き出し、腕を広げる。
「ふふ、いいの。意地悪を言い過ぎたわ。
ほら、おいで」
落ち込んだ顔から一転、パァァッと笑った天音は、静稀に走り寄り、ぎゅうぎゅうと抱きしめた。
天音は甘えるように静稀の首に顔を埋める。
少しくすぐったそうにするも、愛おしげにその頭を撫でた。
そして、思い出したように愛梨たちの方を見る。
「あぁ、えーと・・・・・・吉岡さんだっけ?」
緊張感のある空気が一瞬で崩れた。
涼介が「あっちゃぁ・・・」と頭を押さえる。
その空気に気付いたのか、静稀が天音の体を退かしながら首を傾げる。
「あれ?吉岡さんじゃなかったっけ? 吉井さん?」
「知らない」
静稀を背後から抱き抱えるような体勢で天音が答える。
「神崎、吉田だ。吉田愛梨」
「おぉ、そうだ。吉田愛梨さん。
ありがとう、田沼君」
涼介の助け舟に頷き、礼を言う。
「さて、吉田愛梨さん。
君は天音に手を出しているようだけど、この子は私のものなんだ。渡す気なんて無いし、手を出されるのも許さない」
「そんな・・・!
恋愛は自由よ!
ものだなんて、最低!」
「そうだ!愛梨に謝れ!」
「愛梨さんは優しいですね。
それに比べて、あなたは・・・」
「ていうか、愛梨の方が可愛いのにさ、桐野先輩も趣味わりぃよな」
「あはは、確かにそうだよね!」
愛梨に続いて、空気と化していた取り巻きたちが喚く。順に、会長、副会長、書記、庶務である。
しかし、彼らが勢いづいたのもそこまで。
「私の天音を、馬鹿にするな。」
冷たく、鋭い声。
たったそれだけなのに、動けなくなる。
静稀の瞳に宿るのは、自分のものを侮辱されたことに対する怒り。
「君たちは、吉田愛梨の取り巻きだったっけ?
仕事もしない無能共。私の友達を困らせた挙げ句、天音を馬鹿にするなんて・・・」
そこで言葉を切り、天音に目配せをする。それを受け、スッと天音が静稀から離れる。
愛梨と取り巻きたちと向かい合うと、淡々と話し出す。
「田沼を除く生徒会役員の職務放棄、一般生徒への脅迫行為、その他にも色々目に余る行為があった。
よって、田沼以外の役員にリコールを請求する。近々開かれる臨時生徒総会で正式に決を採る」
「よくできました、天音。
・・・・・・じゃ、行こうか」
良い子良い子、と天音の頭を撫でる。天音も静稀が頭を撫でやすいように身を屈める。
と、言い忘れていたというように天音が愛梨を見る。
「男を侍らせるような女は好みじゃない。
静稀を貶めるなんて以ての外だ。
二度と俺たちの前に姿を見せるな」
言い終えると、静稀に行こう、と笑いかける。愛梨はその場に崩れ落ちると、ポロポロと涙をこぼす。
それに一切目もくれず、二人は食堂を後にしようとするが、慌てて止める人物がいた。
「ちょっ・・・!神崎ストップ!桐野先輩もです!
俺、リコールの話なんて聞いてないし、そもそも二人の関係は!?」
具体的な内容を一切知らされていなかった涼介である。
「まぁいいじゃない。
・・・えーと、天音との関係?」
「今のところは俺が静稀の所有物だ。今後、肩書きが増えるだろう」
関係性だけ律儀に答える天音に、涼介の抗議をさらっと流す静稀。
「じゃあ田沼君」
あぁもう!と頭を抱える涼介の肩をポンと叩き、静稀は爽やかに笑いかける。
「私と天音は早退するから、後よろしく」
そう言い残し、颯爽と去っていく二人。
廊下を歩いている途中、静稀が口を開く。
「天音、ご褒美」
そう言って手を差し出す。
「今日は手をつないで帰ろうか」
「あぁ・・・・・・!」
「天音の家に着いたら、もっとご褒美あげる」
ぶんぶんと首を縦に振る天音。
「静稀、愛してる」
「な、ちょっ・・・」
いきなりの発言に顔を赤くする。
天音はそんな静稀の反応にとろけるような笑みを浮かべ、頬にキスをする。そして、静稀の手を引き、廊下を進む。
ーーー静稀の『恋人』になれるのは、案外すぐかもな。
そう思いながら。