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ニート狐たちのフォックストロット  作者: ポテンティア=T.C
9/66

1-08 キツネ?3

そして、キツネが目の前から消失してから、1時間ほど経った頃なのじゃ。


ガチャッ。


「ふぅ。いい湯じゃった」


……キツネのやつ、すっかりルシア嬢の転移魔法に慣れてしまっておるのじゃ……。

というか、何でルシア嬢の魔法はキツネに掛けることができて、どうして妾のはダメなのじゃ。

……まさか、妾の魔法の効果が消失……は無いか。

今朝まで変身魔法は使えておったしのう……。


「ところでお主。随分と長い風呂じゃったのう?半身浴というやつかの?」


「おぉ、そうじゃった。実はいくつか問題があってのう……」


「……何をやらかしたのじゃ……」


『風呂』『キツネ』『非常識(?)』……。

もうこの時点で、嫌な予感しかしないのじゃ……。

あれじゃろ?

しゃんぷーとりんすを山程使って頭を洗うとか、ぼでーそーぷを湯船の中に入れるとか……。

この世界に来た時は、妙に泡立つのが嬉しくて、妾も無駄に使ったものじゃ。


「実は、排水口に毛が詰まってしもうてのう……。どうしようもないから、排水口の蓋を開けて流したのじゃ」


……意外にまともだったのじゃ。

じゃがのう……その毛の捨て方はいただけんのう。

……いや、妾もたまにやりたくなる衝動には駆られるがのう……。


「……お主。後で毛が配管の中で詰まらぬように、洗浄剤を流しておくのじゃぞ?」


「う、うむ……」


と、どこか、煮え切らぬ様子で頷くキツネ。

妾の言葉に、何か承服できぬことでもあったじゃろうか……。


「どうしたのじゃ?何か浮かないようじゃが……まさか、風呂掃除が出来ぬとは言うまい?」


「そ、それは……うむ。確かにこれまでやったことはないのう。風呂に入る時は、神主の爺が沸かした風呂か、近くの銭湯に行っておったからのう」


「……そうじゃったのか……」


そのキツネの言葉に、妾は、妾のことを土下座しながら追ってきた、神主の老人のことを思い出したのじゃ。

あやつ、一見すると柔和そうな表情を浮かべておったが…………影ではキツネのことを折檻しておったんじゃのう……。

人は見た目によらぬものなのじゃ。


「……主も大変な思いをしてきたんじゃろうのう。妾も神主のご老体のことが苦手なのじゃ……」


「ぬ?何を言っておるのじゃ?爺はいいやつじゃぞ?」


「……えっ?土下座しながら迫ってくるじゃろ?」


「……えっ?そんな爺、見とうないのじゃ……」


……いよいよこやつが帰りたくないと申した理由が分からなくなってきたのじゃ。


じゃが、こやつが流したあの涙は偽物ではなかったのじゃ。

それに、一人暮らしとも言っておったし……。


……いや、もしかすると、家が無いことを悟られまいとして強がって、『一人暮らしをしておる』と申したのかも知れぬのう……。

それで、銭があるときは銭湯、銭が無い時は、神主に風呂を借りておったと……。


……ふむ。

中々に可哀想なやつなのじゃ……。

向こう側の世界(異世界)からこちらの世界(現代世界)に渡ったは良いが、家なし、銭無とは……大変じゃのう。


「……強く生きるのじゃぞ?」


「えっ?う、うむ……」


キツネのやつ、ちゃんと納得してくれたようじゃのう。

これにて、一件落着なのじゃ!


じゃがのう……


「……はぁ……」


奴め、まだ何かを思いつめた様子で、ため息を付きおったのじゃ。


「……何なのじゃ!何か言いたいことがあるなら、はっきりと言うとよいのじゃ!」


「…………ワシ……このままここにおられるんじゃろうか……」


「…………そうじゃのう……」


……そして2人の間に、妙な沈黙が流れたのじゃ……。




それからしばらくして、


ガチャッ


「…………」スタスタ


主殿が帰って来たのじゃ。


「お帰りなのじゃ!」


「おかえりなさい、主さん」


そんな感じで、いつも通り出迎える妾とルシア嬢。

その後で、


「お、おかえりなさいなのじゃ!」


……キツネがぎこちない様子で挨拶したのじゃ。

というかこやつ、妾の挨拶を真似しおったな……?

え?ちょっと違う?

似たようなものじゃろ?


……まぁ、それはそうとキツネのやつ、人の姿で主殿と会うのは初めてらしいのじゃ。

今朝は、妾の部屋で寝ておったから、主殿とは会わなかったらしいのじゃ。


「…………」ジーッ


眼を細めて、キツネをじっくりと吟味(?)しておる様子の主殿。

一方でキツネの方は……


「……まさかお主も……ワシのことが見えるのか……?」


……そんなよく分からぬことを主に対して呟いたのじゃ。


「…………」コクリ


今の主殿の副音声を考えるなら……『ったり前なのじゃ!このキツネ風情が!』と、怒っておるんじゃろうな……。

……未だ一度も主殿の声を聞いたことはないがのう。


「ま、拙いのじゃ!主殿、絶対、怒ってるのじゃ!お主、頭が高いのじゃ!この家に住みたくば、平伏するのじゃ!」


「さ、左様か?!」


するとじゃ、


ボフン……


キツネのやつ、そんな音と煙を立てながら……


「……きゅ?」


この家に来た時のように4本足の狐の姿に変身して、『お座り』をしおったのじゃ。

……こやつ、どういう態度を取れば、自分が可愛く見えるのかよく分かっておる……。


その際、魔力を感じなかった気もするのじゃが……あれかのう。

(獣)耳が遠くなってしもうたかのう……。

これが老化というやつなのかも知れぬのじゃ……。


まぁ、その件についてはさておきなのじゃ。


「……主殿。こやつ、家無しなのじゃ。どうか、一緒に住ませては貰えぬかのう?」


……ぬ?

妾は一体何を言っておるのじゃ?

勝手に、口から言葉が出てくるのじゃ……。


「家に帰れば、折檻されるらしいのじゃ。もしかすると、風呂にもマトモに入ることが出来ぬのかも知れぬ……」


こ、こやつのことなんて、どうでもいいのじゃ。

……どうでも……


「……自分の気持ちが表に出せない辛さを、妾はよく分かっておるのじゃ。じゃから、妾は、こやつをそんなところには戻したくはないのじゃ」


……だめじゃ……ダメなのじゃ!

やはり、無視することが出来ないのじゃ!


「……お願いするのじゃっ!」


そして妾は……主殿に頭を下げたのじゃ。

すると、不思議な事に……


「主さん。私からもお願いします」


……ルシア嬢も頭を下げたのじゃ。

嬢はそれ以外に何も言わんかったが……妾みたいな経験でもあるんじゃろうかのう?


するとじゃ。


「…………」ガシッ


主殿は、狐の脇に手を挟んで持ち上げると、


「…………」ジーッ


っと、キツネの顔を眺め始めたのじゃ。

これは……あれじゃのう。


「……キツネよ。主殿は、お主に、人の姿に戻って欲しいみたいじゃぞ?」


「…………」コクリ


ということなのじゃ。

あまり長い間、一緒に()るわけではないのじゃが、主殿が何を言わんとしておるかくらいは分かるようになったのじゃ。


それから主殿が、地面にゆっくりとキツネを降した時のことじゃった。


ボフン……


再び、そんな音と煙が辺りを包み込んだのじゃ。

……火災報知機が動かぬかどうか心配なのじゃ……。


「主……殿……と呼べばよいじゃろうか?」


「…………」コクリ


「左様か。では、主殿。ワシの願いを聞いて欲しいのじゃ」


そしてキツネは、先ほどの妾とルシア嬢のように頭を下げてから、言ったのじゃ。


「ワシをここに住まわせてはくれぬか?いや、お願いするのじゃ。どうか住まわせて欲しいのじゃ!」


そんなキツネの言葉に主殿は……


「…………」


……なんじゃろうかのう?

何か小さく呟いた気がするのじゃ。


「……?」


キツネの方も気づいておらんかったから、もしかしたら気のせいかもしれんがのう。

んー、何と言っておったかのう……なんたらたてまつり……そんな感じの言葉だったような気がするのじゃ。

……まぁよいか。


それでじゃ。


「…………」コクリ


主殿が笑みを浮かべて頷いたのじゃ!

じゃから妾は思わず問いかけたのじゃ。


「ほ、本当に良いのか?!主殿?」


ルシア嬢の方も、


「良いんですか?!主さん!」


嬉しそうにそんな声を上げたのじゃ。


「…………」コクリ


『よかったぁ(のじゃ)……』


妾とルシア嬢は、二人揃って胸をなでおろしたのじゃ。

一方でのう?


「……本当に良いかのか?」


キツネは、まだ半信半疑、といった様子だったのじゃ。


「…………」コクリ


「……本当に本当か?」


「…………」コクリ


「本当に本当に本当に……」


「いや、待つのじゃキツネよ!」


このまま放置しておくと、でっどろっくに突入しそうじゃったから、妾は途中でいんたらぷとをかけたのじゃ。

するとのう……


「本当に……本当に……」ぐすっ


……キツネのやつ、泣き出したのじゃ。

相当嬉しかったんじゃろうな……。


「これキツネよ。同じ質問を繰り返して、主殿を困らせるでない」


「う、うむ。そうじゃのう……」


そして、涙を拭いてニッとした笑みを浮かべるキツネ。

そんなキツネに妾は問いかけたのじゃ。


「お主、なんという名なのじゃ?キツネという名ではあるまい?」


「……もちろんじゃ!」


すると、キツネは妾たち3人に対して、姿勢を正すと名乗ろうとしたのじゃ。


「ワシの名は……」


……その瞬間じゃった……


ビーーーーッ!!


という音と共に、


ザーーーーッ!!


キッチンに立っておったキツネの、その頭の上にあった『すぷりんくらー』から水が降ってきたのじゃ。

……アレじゃのう。

変身魔法を行使した時の煙。


……全く、やれやれなのじゃ……ではない!

妾のらっぷとっぷが壊れるのじゃ!


「と、止めねば!」


慌てて、脱衣所にある水道の元栓へと必死に走る妾。

そして脱衣所に入ろうとしておった妾の眼と耳に飛び込んできたのは……


「雨じゃ」


全身びしょ濡れのキツネが、嬉しそうに、そう口にする姿だったのじゃ。

ようやく、キツネの名が書けたのじゃ。

……『雨』なのじゃ。

読み方はもちろん『あめ』じゃよ?


『あめ』という言葉には、いろいろな意味が含まれておるのじゃ。

・雨

・天

・空

等々、空に関する言葉だらけなのじゃ。

……実は『五月雨』とか『時雨』という名前にしようと思っておったのじゃが、付属してくる意味が余計じゃったから、『雨』の一文字だけにしたのじゃ。

この地に住まう人々が、奴に一体何を願ったのか……よく分かるじゃろ?

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― 新着の感想 ―
[良い点] 9/66 ・土下座しながら追ってくるというパワーワード [気になる点] 誤字報告キャンセルなんですね。小説のコンセプトを考えると納得できます。 [一言] 『雨』……なんて紛らわしい。
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