1-07 キツネ?2
「……帰りとうない。帰りとうないのじゃ!」
「……お主、何故泣いておる?」
リビングの机の向かい側で、妾と同じように困惑しておるルシア嬢と顔を見合わせてから、妾は問いかけたのじゃ。
「あそこに戻っても、皆、ワシに対して願いを言うばかりで、ワシの言葉を一向に聞こうとせんのじゃ……」ぐすっ
一体、どんな状況じゃろうか……。
願いばかりを言われて、自分の話を聞いてもらえない家庭……。
その瞬間、妾の脳裏に、ビビッ、何か稲妻のようなものが走ったのじゃ!
……いや、ルシア嬢の雷魔法ではないぞ?
……昔のことなのじゃ。
妾の小さいころ……まだ、父も母も生きておって、ミッドエデンの王族として雁字搦めの生活を送っておった頃のことを思い出したのじゃ。
あの頃は、我儘を言うことは禁じられておったのじゃ。
そのくせ、周りの者達は欲にまみれた願いばかりを口にする……本当に嫌じゃったのう。
まぁ、そんな時に、『性格の矯正』とか言われて入れられておった教会を抜けだして、ワルツの元に逃げ込んだんじゃがの?
まぁ、それからいろんなことが起ったのじゃが……少なくともこれまで、妾は幸せだったと思うのじゃ。
……じゃが、もしかすると、こやつの前には……ワルツのような者が現れなかったかも知れぬのう。
「……ねぇ、テレサちゃん?なんでそんな難しそうな顔してるの?」
「ぬ?そうじゃったか……。いやの。昔のことを思い出しておっただけなのじゃ。気にするでない」
「……ふーん」
どうやら、心の中で考えておったことが、表情に漏れだしておったようじゃ。
このままじゃと、くーるびゅーてぃーにはなれないのじゃ!
いや、冷たい人間にはなりたくないがのう?
……関係ないかも知れぬが、ユキ殿は物理的に熱い雪女なのじゃ。
まぁ、そんなことはどうでもいいのじゃ。
「じゃがのう……主よ。帰りたくないと申しても、家では家族が待っておるのじゃろう?それに、ペットならまだしも、人を養うほど余裕が主殿にあるかどうか分からぬのじゃ」
そんな妾の言葉に……キツネは必死な様子で答えたのじゃ。
「な、ならば、ペットとしておいてもらっても構わぬ!それに、ワシはこれまでずっと一人暮らしじゃったから家族などおらぬのじゃ。どうか何卒、この身をここに置かせては貰えぬか?!」
「えっ……ペットでもいいって、そんなに帰りたくないの?」
「本当に、もう……帰りたくないのじゃ…………うわぁぁぁん……」
……そう言うとキツネは、本格的に泣き出してしまったのじゃ。
「……これ、仕事に出掛けてる主さんが帰ってこないと……分かんないね?」
「そうじゃのう……妾たちが勝手に決めて良い問題は無いからのう……」
それから妾たちは、泣いておるキツネに対してどう接して良いのか分からなくて、しばらくの間、一人にさせたのじゃ。
その際、ルシア嬢が何かを思い出したかのように、深くため息を吐いておったのは……どうしてじゃろうのう?
と、言うわけでじゃ。
キツネが泣き止んで、リビングのソファーでぐったりしておる頃、妾は夕食の準備をするために、キッチンに立ったのじゃ。
それでのう。
今日は月曜日なのじゃ。
つまり……妾が稲荷寿司を作る日なのじゃ。
いやの?
一週間の献立の内、月曜と金曜は必ず稲荷寿司と決まっておるのじゃ。
……カレーではないから、海軍では無いぞ?
シャクシャクシャク……
米を研ぐ妾。
……なかなか様になっておるじゃろ?
これのう……実は最初から出来たわけではなかったのじゃ。
この世界に来た当初は、妾も料理が出来るわけではなかったのじゃ。
王女じゃったし、国家元首じゃし……料理なんぞ、メイドたちが作って当たり前のものじゃと思っておったのじゃ。
……ただし、狩人殿が作る料理は、善意から作ってくれておるものじゃから、話は別じゃがの?
……しかしのう。
この世界に来て、ルシア嬢と共に住むようになってから…………分かるじゃろう?
唯一料理の作れた主殿がおらんかったら、一体誰が料理を作るのか……。
……せいぶつへいきは二度と食べとうないのじゃ!
ブルッ……
ぬっ?!
な、なんじゃろうか……。
今、一瞬、寒気が……。
……気のせいかのう。
シャクシャクシャク……
ジャー……
「うむ。これを……」
ピッ……
「熟成炊きにせっとおん、なのじゃ!」
この世界には、スイッチを押すだけで美味しい白米が炊きあがる炊飯器なる魔道具があるのじゃ。
もちろんそれが魔力ではなく、高周波の電流が磁力としてステンレスの釜に伝わった際に、その内部を流れた誘導電流が釜の電気抵抗で発熱する……などという初歩的な知識は、科学の遅れておった異世界の民である妾だって分かる簡単なことなのじゃ(IH)。
……渦電流損か、ヒステリシス損かは知らんがの。
…………まぁ、色々細かいことは気にするでない。
「さてと……次じゃのう」
それから妾は……稲荷寿司の皮を作る準備を始めたのじゃ。
……で早速、ルシア嬢と揉めた工程なのじゃ。
薄く切った木綿豆腐に重しを載せて、水分を数時間掛けて抜いた後、150度前後の低音の油で揚げて『油揚げ』を作る……なんて面倒なことはしないで、最寄りのスーパーで買ってきたふっくらとした油揚げを、沸騰したお湯の中に『落し蓋』を使って沈めて、油抜きを行う。
この工程じゃ。
嬢と揉めたのは、何回茹でるか、ということだったのじゃ。
嬢は1回でいいと言っておったが……やっぱり、妾は3回はお湯を交換したいところなのじゃ。
……仕方がないから、中間をとって2回にしておるがのう……。
ブクブクブク……
……で、2回お湯を交換して出来上がったお揚げを、触れられる程度のぬるま湯か水で洗浄した後、『ひゃっきん』なる場所で買ってきた竹串の網……何と言えばよいかのう……小さすぎるからすのこではないしのう……まぁ、なんでも良いのじゃ。
ともかく、その網で挟み込んで、上から体重を掛けて水を抜くのじゃ。
……おっと、ここから先の味付けは国家機密なのじゃ。
なんて言っても、かの有名な稲荷寿司の屋台の店主から直接手ほどきを受けた秘伝のレシピじゃからのう。
これを漏らしてしまったなら、ルシア嬢に対する妾の優位性……ではのうて、世界の狐人たちの胃袋を支配することが難しくなるからのう。
で、皮が完成して、
ピーピーピーピーピーピーピー♪
米の方も炊けた……そんな頃合いじゃった。
「…………クンクン」
……主は犬か?
先程まで、ソファーの上で、電池の切れたエネルギア嬢のような姿勢で突っ伏しておったはずの狐が、匂いに惹かれたのか、こっちに近寄ってきたのじゃ。
「……稲荷寿司を作っておるのか?」
「そうじゃよ?食べたいか?……案ずるな。もちろん主の分も作っておるのじゃ」
ゴクリ……
……妾の言葉が聞こえておらんのか、ふらりふらりと、出来立ての皮へと近寄っていくキツネ。
……じゃから、妾は、言霊魔法に変わる新しい魔法の言葉を唱えたのじゃ。
しかもこの魔法、魔力を一切消耗せん、画期的な詠唱なのじゃぞ?
「……それを口にしたら、ルシア嬢に文字通り消されるんじゃなかろうかのう……」
ビクゥッ?!
その言葉に、赤と白の服の隙間から覗いておった尻尾の毛が逆立ったのじゃ。
そこまでは、魔法の効果として、申し分ない効果を発揮しておった、と言えるじゃろうのう。
じゃがのう……。
この魔法、呪いの効果まであるらしいのじゃ……。
ヌッ……
「テレサチャン、ヨンダ?」
『ひ、ひぃ?!』
……じょ、嬢が、天井に張り付いておったのじゃ……。
「お、お主……いつから……」
「えっ?今さっきだよ?テレサちゃんがお米を研ぎ始めた時くらいから?」
「それもう一時間くらい前じゃろ?!」
シュタッ!
そして地面に体重を感じさせない様子で、颯爽と着地するルシア嬢。
そんな嬢に……
「あ、あ、あやかs」
ブゥン……
何かを言おうとしたキツネは、不思議といつも温かい浴槽送りになったのじゃ。
……ふむ。
この家の中でのキツネのひえらるきーは、最下層一歩手前のペットで固定じゃのう。
……え?最下層は何なのか?
……そうじゃのう……。
この話、いつになったら出来るんじゃろうかのう……。
本編で語らぬ限り、奴の登場は暫く無いじゃろうなぁ……。
ぐぬ……ぐぬぬぬ……
これ、あかんやつなのじゃ……。
毎日更新ルートに突入しておる……。
まぁ、書けぬ時は書けぬから良いのじゃがの。
で、なんじゃったかのう?
補足すること……あ、そうだったのじゃ。
キツネの名前……
書くタイミングが無いのじゃ……。
……もちろん、主役の一人じゃから、近いうちに名前を出すがのう。
……奴が主役とか……世も末じゃのう……。