1-05 ばれんたいん?5
妾は思うのじゃ。
子どもが道端で拾った動物を家に持ち帰ることは、よくあることじゃと。
……まぁ、妾たちの世界では、魔物を拾ってくる、ということになるのじゃがのう……。
それはそうとじゃ。
こういった場合の展開は、大体1つしか無いのじゃ。
……親や家主に止められて、泣く泣く元の場所に戻してくるという展開なのじゃ。
難なく受け入れられるという話は……今のところ聞いたことが無いのう……。
と、いうわけでじゃ。
ルシア嬢がバッグの中に詰め込んだキツネを主殿の家に持ち帰ったのじゃ。
そして玄関を開けたところで、妾たちを出迎えた主殿に対して……
「……主さん。キツネ拾っちゃった!」
「ちょっ……ルシア嬢よ!随分、ストレートじゃな?!」
ルシア嬢は、全く勿体ぶること無く、バッグの中からびしょ濡れのキツネを取り出したのじゃ。
……妾はこの時点で確信したのじゃ。
捨てて来いと言われると……。
果たして、主殿の反応は……
「…………」ぷるぷる
「……?」
……何故か、小刻みに震えておったのじゃ。
キツネが怖いんじゃろうか……?
いやの?
妾個人としては、正直な所、ルシア嬢とカタリナ殿が怖いがの……。
それから主殿は……
「…………」びしっ!
いつも通り無言で、親指を立てたのじゃ。
「いやいやいや、本当に良いのか?!そこは普通、拒絶すべきところでは……」
妾は思わずそう口にしてしまったのじゃ。
……大体、この先の展開は読めるじゃろ?
「む?」
眉にシワを寄せて頬を膨らませながら、嬢が妾の方を振り返ったのじゃ。
「ちょっ、止めっ」
ブゥン……
……そして妾は、いつも通り、転移魔法で浴槽の中へと沈められたのじゃ……。
……流石に、風呂の中では、レインブーツも形無しだったのじゃ……。
ザバァッ!
「ぶはっ!…………全く、毎回、何を考えておる……」
どこかのキツネのように、全身びしょ濡れ状態で、主殿の家の湯船の中から起き上がる妾。
するじゃ。
その風呂場の床にの?
「……何で、お主がおるんじゃ……」
……件の、ばっちいキツネが転がっておったのじゃ。
要するに、洗えということなのじゃろうな……。
「……気を失っておるのに、洗って大丈夫じゃろうか」
……じゃが、どんな病気を持っておるか分からぬキツネを、そのまま主殿の家に上がらせるわけにもいかんかったので、妾は仕方なく洗うことにしたのじゃ。
ジャーーー……キュッ
「先ずは風呂おけに水を汲んでー♪」
ジャボン……
……キツネを漬ける……じゃのうて、浸ける。
頭を浮かせておけば、窒息することはないじゃろ。
「手にしゃんぷー付けてー♪」
ゴシゴシッ……
……あれかのう。
やはり、頭皮を洗う時のように優しく洗ったほうが良いのかのう……。
……まぁよいか。
そういえば、キツネというのは、匂いがキツイという話を聞いたことがあるのじゃが……こやつはそんな変な匂いがしないのじゃ。
……いや、妾たちからも、そんな変な匂いはしておらぬぞ?
人間じゃし……。
ゴシゴシッ……
ふむ。
まぁ、こんなもんじゃろう。
ジャーーー……キュッ
「次にりんすー♪……む?こんでぃしょなーと言ったかのう?」
ゴシゴシッ……
ジャーーー……キュッ
うむ。
出来上がりなのじゃ!
……しっかし……全身が毛で覆われておると良いのう。
身体を洗うのに、ぼでーそーぷなる物を使わのうて済むしのう。
……やはり、罰ゲームを喰らって毛むくじゃらになったユキ殿も、風呂に入るときは、全身しゃんぷーで洗っておるのかのう?
まぁ、どうでも良いがの。
それから、超速で自身もシャワーを浴びて、風呂を洗いなおして、湯を張った後、妾はキツネを持って風呂から外に出たのじゃ。
……それにしてもおかしいのじゃ。
何で一国家の元首たる妾が、こんなメイドのようなことをしておるのじゃろうか……。
まぁ、それはともかくじゃ。
「嬢よー?上がったのじゃ」
キツネを取りに来いと、妾は声を上げたのじゃ。
その際、妾は、あることに気付いたのじゃ。
……どこかで嗅いだことのある甘ったるい匂いがしてきたのじゃ。
あれじゃな……早速、ばれんたいんのチョコを作っておるのじゃろう。
じゃから妾は、一旦、溶かし始めたチョコは、焦げぬようにかき混ぜねばならぬから、直ぐには来れぬじゃろう……と思っておったのじゃ。
じゃがのう?
「はいはーい」
エプロン姿のルシア嬢が、直ぐに現れたのじゃ。
……その胸元に、口から垂れたような液体の跡が残っておるのは、どうしてなのじゃろうな?
「ぬ?お主……溶かしておるチョコはどうしたのじゃ?」
「あー、やっぱり匂いで分かる?」
「それはもちろんじゃ。これだけ匂っておったらのう。で、放置して焦げぬのか?」
「うん。今は主さんが代わりにかき混ぜてるから大丈夫。何か、主さんも作りたい的なことを言ってたんだけど、誰か渡したい人がいるのかなぁ……」
と、口元に指を当てて、その相手が誰なのかを考えこむルシア嬢。
ちなみにじゃ。
ここまで出てこなかったが、主殿の性別は……いや、今は書かないでおくのじゃ。
その内、然るべきタイミングで説明することになるじゃろうのう。
「そうじゃったか。なら安心じゃのう」
そして妾は安堵の息を吐いたのじゃ。
……ワルツに食べさせることを考えるなら、当然のことなのじゃ。
「……何か、腑に落ちないけど……」
そう言いながらも、再び妾を浴槽に転移させないところを見ると……ルシア嬢は、その胸に抱いたキツネに執心しておるようなのじゃ。
ふぅ、命拾いした……いや、なんでもないのじゃ。
「んじゃ、この子、持ってくね?」
2回バスタオルで拭いたキツネを3枚目のタオルで包むと、ルシア嬢はそのままりびんぐの方へと戻っていったのじゃ。
このパターンじゃと、ミルクでも与えるのじゃなかろうか……。
あやつ、獣人なのじゃがのう。
……というか、妾のバスタオル……。
それから、フェイスタオルでどうにか身体を拭きあげて、脱衣所から出た後。
妾もチョコレート作り、兼、夕食作りをするために、キッチンに立ったのじゃ。
「主殿主殿ー。妾の分のチョコは残っておるか?」
「…………」フルフル
「ちょっ……」
「…………」ニヤリ
スッ……
「お、脅かすでない!」
主殿はいつも、こんな感じで妾のことをイジってくるのじゃ。
妾がこういうことを嫌いじゃと知っておろうに……。
「……さてと。今日は狩人殿が飲み会でおらぬから、夕食は届いておらぬのじゃろ?」
「…………」コクリ
「ならば、適当に夕食を作りながら、ワルツに渡すチョコでも作るかのう」
妾がそんなことを口にした時なのじゃ。
「…………」スッ
主殿が妾に、一枚のチョコレートを見せてきたのじゃ。
出来立て……ではなさそうなのじゃ。
さっき溶かしておったばかりで、直ぐに固まるわけが無いからのう。
もちろん、ルシア嬢の魔法を使えば、この家ごと凍らせるくらい容易いじゃろうが……デコレーションの美しさを考えるなら、随分前から作ってあったものであることは間違いなかったのじゃ。
「ん?何じゃ?」
「…………」
「……まさか、妾に?」
「…………」コクリ
どうやら主殿は、妾のためにチョコレートを作っておいてくれたらしいのじゃ。
さっき、ルシア嬢が、主殿もチョコを作りたいと申しておったと口にしておったのは……あれかのう。
このさぷらいずを用意するための演出だったのかもしれぬのう。
「えっと……うむ。ありがとうなのじゃ」
「…………」ポッ
妾が礼を言うと、主殿は耳を真っ赤にしながら、ルシア嬢のためのチョコレート作りの準備に戻っていったのじゃ。
ちなみに、嬢の方は……
「んー……元気ないのかなぁ……」
……チョコレート作りを完全にほっぽりだして、キツネに付きっきりだったのじゃ。
「回復魔法をかけてるんだけどなぁ……」
……ならば、大丈夫のはずじゃから、放置しておけば良いものを……。
このままじゃと、ワルツが帰ってくる前に、作り終わらないのではないじゃろうか……。
そんなことを思いながら、妾は、主殿に貰ったチョコレートを夕食の後で食べるために冷蔵庫に仕舞ったのじゃ。
……そこに、似たようなデザインの別のチョコがあったのじゃが……まぁ、誰の物なのかは言うまでもないじゃろう。
で、話は一気に飛ぶのじゃ。
まさか、帰ってきたワルツが、妾のチョコレートを食べて、とても嬉しそうな表情を浮かべ……そして妾に抱きついた……なんて話を書いても、面白くもなんともないじゃろ?
……せめて、そのくらいの妄想は書いてみたかったがのう……。
え?
省略しすぎて分からぬ?
まぁ、要するにじゃ。
いつも通り、ワルツはツンデレな様子(?)で、妾とルシアと主殿の用意したチョコレートを一瞬でパクリと平らげて、斜め向かいの家にそそくさと帰っていったのじゃ。
……ユリアたちの家ではないぞ?
向かいの狩人家を挟んで反対側なのじゃ。
なにやら、主殿と同じく、夜は夜で、ワルツにはやることがあるらしいのじゃ。
ちなみに昼間に何をしておるのかは……本編が終わるまでは、まだ秘密なのじゃ。
まぁ、それはさておきなのじゃ。
こうして無事、バレンタインを乗り越えた妾は、幸せな気分で床についたのじゃ。
……幸せって、なんじゃろう……。
じゃのうて、とにかくじゃ!
一日、ドタバタとしておったから、恒例の回想録を書いた後で、気絶するように、眠ってしまったのじゃ。
それで、次の日になったのじゃ。
「……重……」
……あぁ、これが本物の金縛りというやつなのじゃ、と寝ぼけまなこを擦りながら、妾の意識は覚醒したのじゃ。
ぬ?
金縛りなのに、何で眼を擦れるか?
それは、腕が動いたからに決まっておろう。
それは金縛りとは言わぬ?
……そうじゃろうのう。
金縛りでは無かったからのう。
……もう、ここまで言ったら何が起こっておったか分かるじゃろう。
いや、原因はルシア嬢でも主殿でもないぞ?
……ワルツじゃったらよかったのにのう……。
「じゃ、邪魔じゃ!キツネ!さっさと退くのじゃ!」
……そうなのじゃ。
あの憎き胸の肉塊を押し付ける、金髪のおなごが、妾の上で寝ておったのじゃ。
……いや、掛け布団の上から抱きついておったのじゃ。
「……む?」
「む、じゃないのじゃ!朝から血圧が上がるようなことをするでないわ!というかお主、昨日はルシア嬢の部屋で寝ておったじゃろう。なんでここにおるのじゃ?!」
「……五月蝿いのう……」
「…………」ブチッ
……あれじゃのう。
堪忍袋の底が抜けたのじゃ。
さすがの妾でも、無防備になる就寝を妨害されることは我慢ならなかったのじゃ。
『……主に告げる。即刻そこを退けよ!』
……そうなのじゃ。
尻尾1本分の魔力を使って、言霊魔法を行使したのじゃ。
じゃがのう……
「……神に向かって退けろとは……頭が高いのう……」
奴には、妾の言霊魔法が効かんかったのじゃ……。
「なん……じゃと?!」
「ふん……神の抱擁を無下にするとは、罰当たりな奴m」
『キツネちゃーん?』
ビクゥッ!?
ドアの向こう側からルシア嬢の声が聞こえたかと思うと……尻尾と髪の毛を逆立たせて、やつは妾の背中に隠れたのじゃ。
「な、何をしておる」
「ワシを守れ!」
「何からじゃ?!」
「……あの狐娘……」
「……」
ガチャッ
「…………見つけたよ」
ビクゥ?!
……嬢の浮かべたとろけるような笑みに、妾も背筋が凍りついたのじゃ。
じゃがの?
キツネの方は更に怖がっておったのじゃ。
……一体、昨晩、何があったんじゃろうな?
ギュゥゥゥッ!!
「くっ……苦しいのじゃ……!わ、妾の首から……手を…………」
「い、嫌じゃ……そっちには行きとうないのじゃ!!」
ギュゥゥゥッ!!
…………そして妾は、二度寝に突入したのじゃ……。
これが、キツネと過ごす日々の、最初の一日だったのじゃ。
やつの、本名は……次回にするかのう。
第4次修正は後ほど、なのじゃ。
明日は朝から用事があるから、今日はもうこのまま寝るのじゃ!