2.2-10 うみ?2
「ねぇねぇ、主さん主さん?海に行くのに……みんなのこと、誘っちゃダメかなぁ?」
週末に海に行くという話を終えた後。
一人だけ何処か浮かない表情を浮かべていたルシアちゃん。
そんな彼女は、僕たちだけでなく、近くに住む同郷の皆さんのことも誘って、一緒に海に行きたかったようです。
「…………」
「んー、そうだよね……。ちなみにだけど、私が転移魔法使うっていうのはダメかなぁ?」
「…………」
「そっかぁ。確かに、誰かに向こう側の安全確認をしてもらわなきゃ危ないよね……」
『……一体、何の話をしてるんですか?』
そりゃもう、思わず聞いちゃいましたよ。
どう見ても主さんは口を動かしているようには見えないのですが、ルシアちゃんには、彼女が何を言わんとしているのか、ハッキリと分かっているようです。
ルシアちゃんに、主さんとコミュニケーションを取る方法を、何度か教えて貰おうとしたことがあるんですが、いつも『気配で』という回答しか戻ってこないんですよね……。
でも今のやり取り(?)を見る限り、これは本当に、気配だけで会話しているのかもしれません。
というか、極端な話、相手が主さんじゃなくてマネキンでも、ルシアちゃんなら会話が成立するのではないでしょうか。
「……ポテちゃん、今、何か、失礼なこと考えたでしょ?」
『失礼かどうかはなんとも言い難いところですが、ルシアちゃんならきっと、どんな方でも自由に会話ができるんだろうな、って思いましたね』
「ホントかなぁ?まぁ、いいけど」
……なるほど。
相手が何を言わんとしているのか、気配と言うか……直感的に感じ取っている、というわけですか。
まったくもって、見習いたい技能ですね。
言葉を口にしない主さんと、長く一緒に住んでいるうちに、いつの間にか身に着けた技術なのかもしれません。
とまぁ、それはさておいて。
その後でルシアちゃんは、先程、主さんとどのような会話(?)をしていたのか、説明をしてくれました。
「えっとねぇ……お姉ちゃんとか、ユキちゃんとか、狩人さんとかを誘って、みんなで海に行きたいなーって思ってるんだけど、主さんの車って5人乗りでしょ?だから、みんなで行くとなると、テラちゃんにも車を出してもらわなきゃいけないんだけど、主さんによると、テラちゃん、今週末は忙しいんだって。だから、2台目車は出せないから、私が転移魔法を使って、みんなのことを運べばいいんじゃないかなぁ、って提案したの。だけど、私の転移魔法って色々とクセのようなものがあって、簡単には使えないじゃない?それで……」
『あ、あの、ルシアちゃん?』
「ん?何?」
『本当に、そんな長い会話を主さんと交わしてたんですか?』
「うん。そうだけど?」
『そ、そうですか……』
どうやら僕は目測を誤っていたようです。
これはもはや、テレパシーで会話をしていたと言っても過言ではないレベルでしょう。
それからもルシアちゃんの言葉は続きます。
「……それで、私は自分の転移魔法で移動できないから、どうすればいいかなぁ、って話をしてたの」
『そうですか……なるほど……』
そうなんです。
ルシアちゃんは、その膨大な魔力で、自由自在に転移魔法を使うことができる反面、自分自身を転移させることだけはできないんです。
話によると転移魔法には、絶対座標系と相対座標系、さらに回転座標系や座標変換系などの沢山の種類があるらしいのですが……。
まぁ、その話については、始めると長くなるので、止めておきましょう。
ともかくです。
ルシアちゃん自身は転移魔法で移動できません。
でも、周りの人たちのことは、自由に移動させることができます。
つまり。
車が1台しか無い現状において、皆で海に行くことを実現するなら、こんな感じのステップを踏まなくてはならない、ということになるでしょうか。
1、誰かが先行して目的地に行って、転移予定地点の安全確認と人払いをする
2、ルシアちゃんが、主さん以外の皆さんのことを転移させる
3、最後に主さんがルシアちゃんと一緒に車で移動する
って感じです。
中でも問題は、1番目と3番目でしょう。
どうやって、先行部隊が、現地の安全を確認しに行くか。
そして、どうやってルシアちゃん自身が後で追いかけるか……。
もしも、1番目の安全確認をせず、転移魔法を使って移動したとしたなら……転移先に誰かがいた場合、大変なことになってしまいますからね。
幸いなことに、転移した先で岩に埋まったり、誰かと融合したり……なんてことはならないみたいですけど、目の前にいきなり見ず知らずの人がブゥンと出てきたら、そりゃもう腰を抜かして驚いちゃうでしょう。
だからと言って、まさか主さんに、何回も往復してもらうわけにはいきませんし……。
まぁ、でも、ドライブが好きな主さんなら、頼めばやってくれるかもしれないですけれど。
順当に考えれば、バスとか電車とかを使うことになるでしょうか。
『もしもルシアちゃんが転移魔法を使うなら、誰かが公共交通機関を使って、先に行かなきゃダメ、ってことですね?』
「うん。そんな感じになると思う」
と、悩んでいるような表情を浮かべながらも、僕の言葉に同意するルシアちゃん。
ただ……。
どうやらルシアちゃんには、プランBがあったようです。
「でも、バスとか電車とかを使えば、それなりにお金も時間もかかるし、それにかなり朝早くに出ていかなきゃなんないと思うから……今回は、テレサちゃんを送り込めば、それで良っかなぁ、って思ってたけど?」
「なんで妾……」
「だって、テレサちゃん、誰かに見つかっても、魔法で無理やり記憶が消せるでしょ?」
「いや、そ…………うむ……」
「私だって転移魔法使うんだし、それくらい手伝ってくれてもいいと思うんだけどなぁ?それとも、みんなと一緒に行きたくないの?」
「も、もちろん行きたいのじゃ?ふむ…………仕方ないのう……。りすくこんとろーるができる妾が、皆のための血路を切り開くとするかのう……」
どうやら、テレサ様は、転移した先で、何かと戦う気のようです。
……あ。
そうそう。
ついでなんで、ルシアちゃんに相談してみましょう。
『……そうでした。ルシアちゃんに僕の分身たちも転移魔法で送ってほしいのですが……』
その瞬間でした。
「あ!そうだ!ポテちゃんが、セミの姿で転移すれば良いんじゃない?いきなり目の前にセミが出てきても、テレサちゃん以上に、誰も何も思わないんじゃないかなぁ?」
「わ、妾の扱いがヒドすぎるのじゃ……」
『なるほど。確かに、テレサ様が行くよりも、低いリスクで行けそうですね』
確かに、それは良いプランです。
でも、それ……よく考えてみると、できないプランなんですよ……。
『……ですが、すみません、ルシアちゃん。それはちょっと難しいです。僕の意識は、分身たちがお互いに電波でやり取りできる範囲内でのみ生じるので、例えば、セミの形をした分身の一部を向こう側に送ったとしても、電波の圏外である目的地までは、意識を送れないと思います。あるいは、分身たちをいっぺんに向こうに送れば、僕の意識も向こう側に移動しますが……』
「それ……後で間違いなく、ニュースになるよね……」
『えぇ……。僕もそう思います』
海水浴場を突如として真っ黒な虫たちが覆い尽くした……。
あるいは海水浴場で、正体不明の巨大戦艦が座礁……。
そんな感じの見出しのニュースが、報道されるに違いありません。
あ、でも、それを考えると、僕は、どのみち、転移できなさそうですね。
少しずつ分身たちを送ったとすれば、僕の意識が移るまで、むこうの海岸線は真っ黒に染まったままになっちゃいますし……。
もしも、いっぺん送るなら、こちら側で船体を再構成する必要がありますが、そのせいで町が壊滅しちゃいますし……。
まさか……僕だけ行けない?
そんな……。
巨体を持っているというのは、すごく大変なことなんです。
人目を憚りながら生活する場合は、なおさらですね。
もしも見つかったりなんかしたら……どうなるんでしょうね?
あまり想像したくないです。
まぁ、もしかすると……その内、書くことになるかもしれませんが。




