2.2-04 ほたる?4
夏至が近いこの時期は、夜が始まるのも随分と遅い時間になります。
日が落ちるのは7時少し前で、ホタルが飛び始めるようになるのは、それからさらに1時間ほどを要することでしょう。
ただ、そんな遅い時間に家を出たのでは、稲荷寿司屋さんの閉店時間に間に合いません。
なので僕たちは、日の入りよりもずっと早く、家を出発しました。
「ふっふっふ……用意しておいたお寿司用の保冷バッグが、ついに役立つ時が来たんだね!」
「……ルシア嬢?ちゃんと保冷剤は入れたかの?」
「うん。10kgくらい入ってるよ?持ってみる?」
「う、うむ……。そ、それなら問題は無いのじゃ。バッグは主が持つと良いのじゃ?」
ルシアちゃんの発言に、たじたじな様子のテレサ様。
ルシアちゃんが、軽々とバッグを振り回していることも異常な光景ですが、テレサ様なら…………おっと。
これ以上は言ってはいけない内容でした。
話せない内容ではないので、話してもいいと思うのですが、テレサ様が嫌がっているようなので、僕もこれ以上は伏せておくことにしましょう。
話を戻して……。
一見するとルシアちゃんは、ムキムキマッチョな狐娘ではないのですが、重い保冷バッグを持っている姿を見る限り、どうしてもそう見えてしまいます。
もちろん、魔法で筋力を強化しているか、重力を遮断しているのだとは思いますが、事情を知らなければ、それ以外に考えられないのではないでしょうか。
特にアメさんは、その良い例のようです。
「ルシア嬢……あの細い腕から、一体どうやってあんな力を出しておるというのか……」
『それ、僕も疑問なんですよ……。多分、魔法……というか、魔法を使わなければ説明がつかないというか……』
「魔法……魔法のう……」
と、僕の言葉を聞いて、『魔法』という言葉を繰り返すアメさん。
まるで魔法という言葉に納得出来ないかのような表情を見せていますが……アメさん?
あなたも、一応、あちらの世界から来た獣人なのですよね?
僕がそんな疑問を考えていると――
「時にポテ殿。魔法とは何じゃ?」
彼女は僕の疑念をより深くする言葉を返してきました。
まさか、『魔法とは何か』という哲学を問いかけてきているわけでは無いでしょう。
なので、聞き返します。
『もしかして、アメさんは、魔法をご存じないのですか?』
「神通力とは違うのか?」
『神通力ですか……また、古風な表現ですね。アメ様の考える神通力と、ルシアちゃんの使う魔法は……これは推測になりますが、似て非なるものだと思います。『魔法』というのは、体内にある『魔力』を、詠唱と共に身体の中で練り上げて、物理現象に変換する術……そう聞いています。まぁ、機械である僕には使うことが出来ないので詳しいことは分かりませんけれど。逆に……アメさんの言う『神通力』がどういったものか、僕に教えて下さいますか?おそらく僕が考えているものとは違うと思いますので……』
僕がそう口にすると、アメさんは、難しそうな表情を浮かべながらも、返答してくれました。
「そうじゃな……。神通力を説明するのは中々に難しい。……が、一言で言うなら、『想いの力』と言えるかも知れぬ。じゃから、『念力』とも呼ばれておる」
『想いの力、ですか?つまり、強く思えば、それが現象となって形になる……ということですか?』
「左様。適性があるゆえ、元々使えぬ者に説明をするのは骨が折れる事じゃがな」
と、口にして、苦笑を浮かべるアメさん。
そんな彼女の言葉に、嘘偽りはないのでしょう。
しかしながら、話を聞く限り、どうにも胡散臭くはあります。
まるで、思春期前後の人間たちが発症するという精神の病に近いというか、なんというか……。
そう言えば、適性があるという話をしていましたね?
調べる方法はあるのでしょうか。
『なるほど……。ちなみに、どうやったら適性がある、って分かるのですか?』
「そうじゃな……」
というやり取りをしていると――
「なんかそれ、私も気になるかな」
「じんつうりきとな?まーた、何か発症したのではなかろうの?」
「…………?」
前を歩いていた3人が、興味深げな視線をこちらへと向けてきました。
どうやら彼女たちも、神通力というものに興味があったようです。
そんな3人の反応を見てから、アメさんが再び口を開きます。
「あまり人に教えてよい類の話では無いが、主らはただの人間というわけでもないゆえ、教えても問題はなかろう」
そう言って彼女は周囲に眼を向けて、路地に誰もいないことを確認してから、手のひらを上に向けて、こう言いました。
「……これが『狐火』じゃ」
その瞬間――
ボッ……
と、アメさんの手の中に灯る、こぶし大の炎。
『狐火』という文字通りに、狐色の炎です。
それを見て、
「「おぉ……」」
「…………!」
と、驚いたような表情を見せる3人。
僕からすると、不完全燃焼をしたアセチレンバーナーの炎が、手の平から出ているようにしか見えませんが、彼女たちには少し違って見えたようです。
「魔力が感じられぬのじゃ……」
「しかも熱くない?」
「…………」ふーん
僕には魔力が感じ取れないので、よく分かりませんが……確かに言われてみれば、熱さを感じない炎ですね。
その不思議さを例えると、蛍の光を強くしたような……そんな感じに近いかもしれません。
「こんな感じで、起こしたい現象を心で強く想像しながら、手を翳すだけじゃ。さすれば、最初は上手く行かずとも、何らかの予兆が現れるはずじゃからな。もしも何も起こらなかったとすれば……それは才能が無かったと潔く諦めよ。主らは元より力を持っておるゆえ、今更、追加の力は必要なかろう?」
と、少しだけ眼を細めながら、手の中で見せた狐火を、握りつぶして消すアメさん。
彼女の言葉通り『神通力』は、あまり人には見せたくない類の『能力』だったようです。
「そっかぁ……。想いの力かぁ……」ボトッ
「なかなかに難しいの…………え?」
「……なんか、出ちゃった……」
「「「『…………』」」」
その瞬間、皆が無言になりました。
それはそうですよ。
神通力の前兆どころか、ルシアちゃんの手から……急に稲荷寿司が出てきたんですから。
どうやらルシアちゃんに適性があるのは、魔法だけではなかったようです。
詳しい話は次話に回すことにしましょう。
言いたいことは山ほどあるのですが、それを言ってしまうと、ネタバレになりますからね。
それはそうと、投稿が遅れてしまったので、すっかり蛍の季節になってしまいました。
この話は、もう少し前くらいの季節を想定していたのですが……まぁ、誤差ですかね。
一応、来週中にはあと2〜3話ほど書いて、蛍の話を終えようと考えています。
じゃないと、終わった季節の話をすることになりますので……。




