2.2-01 ほたる?1
「ねぇねぇ、テレサちゃん、テレサちゃん」
ソファーの上で寝転がる狐娘のルシアちゃん。
彼女の両手には、タブレットと呼ばれる携帯端末があって、そこに何やら画像が表示されているようです。
ルシアちゃんは、その黒い背景に、明るい緑色の点がびっしりと描かれた画像を見ながら、長い銀色の髪と和服が印象的なテレサちゃんという狐娘に話しかけたわけですが……。
そのテレサちゃんの方は、ルシアちゃんの言葉に、随分と警戒しているようです。
「な、何じゃ?ルシア嬢……。お主、今度は、一体何を企んでおるのじゃ?」
いつも、ルシアちゃんに、謂れのない(?)虐げを受けているためか、戸惑い気味のテレサちゃん。
一方、ルシアちゃんは、それを知ってか知らずか、テレサちゃんの返事を聞いても、特に表情を変えること無く、こう返答します。
「ううん?何も企んでなんかいないよ?ただ、テレサちゃんは、『ホタル』って虫を知ってるかなぁ、って思って」
「ホタルじゃと?もちろん知っておるのじゃ。ここからちょっと歩いたところにある川にも住んでおるのじゃ?ほら、あそこなのじゃ。いつも稲荷寿司を買いに行っておる、すーぱーの横の川……」
「へぇ……あんなところにもいるんだね……」
「しっかし、どうしたのじゃ?急に。ホタルの話などして……」
「えっとねぇ……」
そう言って、テレサちゃんに見えるように、タブレット端末を掲げるルシアちゃん。
一見すると黒い画面のように見えたソレは、実は夜の川べりの風景だったようで……。
明るい黄緑色の点は、一つ一つが、ホタルの輝きだったようです。
「これ、見てみたくない?」
「ふむ……眼前いっぱいに広がるホタルのう……」
と、それを見て、眼を細めるテレサちゃん。
どうやら彼女も、それには賛成だったようです。
普段から星を眺めることが好きな彼女にとっては、もしかすると、蛍の輝きも、星と同じようなものに見えるのかもしれません。
するとそんな時。
もう1人の狐の獣人が、2人の会話に入り込んできました。
彼女の名前は、アメさん。
ルシアちゃんやテレサちゃんよりも、ずっとお姉さんで……クーラーの下にいるのが大好きな女性です。
でも、ユキさんや冷花ちゃんみたいに、雪女ではないですけどね。
「さよか……。もうホタルの季節か……。ワシも、アレを眺めるのは好きじゃぞ?最近は新種がおって、『あぱーと』や『まんしょん』のいたるところで、四季を通し、夜な夜な赤く光っておるようじゃ」
「ちょっ……アメよ。それ、ホタルではのうて、単に家の中から追い出された、哀れな喫煙者なのじゃ。そんなものと、本物のホタルを、一緒にするでない」
「もちろん冗談じゃ。分かっておる」
そう口にして、クーラーの下にあったソファーから立ち上がるアメさん。
それから彼女は、ルシアちゃんの隣まで行って、タブレットの中を覗き込むと、再び話し始めました。
「ふむ……これは確かに、すごい量のホタルじゃ。ルシアよ?これはどこの写真じゃ?」
「んーとねぇ……長野県?」
「この前、温泉に入りに言った信州じゃな」
「うん。あそこよりも、もうすこし北だけどね。だいたい100kmくらい」
「100キロ……よく分からぬ……」
どうやらアメさんは、単位というものが苦手なようです。
1km、1000m、1,000,000mm。
あるいは、1L、1000cc、1000ml。
それがどれほどの距離や量なのか、名前は知っていても、直感的につかめていない、そんな感じです。
逆に、里や升という単位は分かるみたいですけどね。
ただ、時間の単位だけは、例外だったようです。
「えっとねぇ、家から温泉までがだいたい3時間半くらいだったでしょ?で、温泉からホタルの場所までが2時間半くらい。単純に足し算をすれば、ここから6時間くらいの場所かなぁ?」
「なるほど……。かなり遠いのじゃな?」
「……ですよね?主さん?」
「…………」ふるふる
「近いって?」
「主殿……。前から思っておったのじゃが、主殿にとって遠いとは、どのくらいの距離……いや、時間からじゃ?」
「…………」3
「3……時間?」
「ううん。多分、3日だと思う」
「…………」こくり
「う、うむ……そ、そうか……」
そう言って、遠い視線を何処かへと向けるアメさん。
ちなみに、主さんは、テレサちゃんが前にも説明したと思いますが、この家の家主で、長い黒髪が特徴的な女性です。
身長はそれほど高くなく、155cmくらいで、この家にたまに来るワルツ様に何処か雰囲気が似ています。
ちなみに趣味はドライブで……。
それに付き合わされる……いえ、付き合う形で、この家の住人たちは、遠出をするようです。
……だから、思うんですよ。
たまには、僕のことも、どこかに連れて行って欲しい、とね。
僕が冷蔵庫の隙間から、そんなことを考えながら、4人のやり取りを観察していると……不意にルシアちゃんと視線が合いました。
……これは拙い。
オートスペルで攻撃されそうです……。
……と思ってたのですが、どうもそうではなさそうです。
「ねぇ、そこにいるの……ポテちゃんだよね?ちなみにだけど、ポテちゃんって、光ったりするの?」
と問いかけてくるルシアちゃん。
まさか!
僕が……光らないわけ無いじゃないですか!
キュピーン!
「……いや、そういうことじゃないんだけど……」
あれ?おかしいですね?
黒光りする身体のことを言っているわけでは……あ、そういうことですか。
『つまり、僕がホタルのように光らないのか、ということですか?』
「うん」
「お主……いつの間に、冷蔵庫の下に……」
「……主殿?ここでバ○サンを焚いても良いかの?」
「…………」ふるふる
と、僕の発言に、それぞれ返答するルシアちゃん、テレサちゃん、アメさん、主さん。
僕、ポテンティアもこの家の住人なのに、皆さん僕の扱いが、妙にぞんざいなんですよね……。
この黒光りする身体の高級感が、皆さんには理解できないのか、まるでゴキブリを見るかのような視線を、僕に送ってくるんですよ。
一体、どうしてなのでしょうか?
おっと。
話が脱線してしまいました。
『光るか光らないか、という話でしたら、光ることは可能です。ただそれは、ホタルのような淡い光ではなくて、レーザーと呼ばれる類の光ですけど。……どうします?試しに光ってみます?』
「うん。光った瞬間、蒸発させられるよ?……主さんにね」
「…………」ゴゴゴゴゴ
『え、えぇ。それはよく理解しているつもりです。僕としても非生産的な活動はしたくないですから……』
あぶないあぶない……。
もう少しで、床か壁か冷蔵庫に、穴を開けてしまうところでした。
最近、運動不足気味(?)なので、ついつい、家の中で力を使ってしまいそうになるんですよね……。
これは近いうちに、鬱憤を晴らす必要がありそうです。
これはもしかすると、ちょうどいい機会でしょうか?
皆でホタルを見に行けば、僕の悶々としたこの気持ちも、リセットと思うんですよ。
試しに主さんに聞いてみましょう。
『主さん、一つお願いがあるのですが……』
「…………」ふるふる
『えっ……』
まだ何も言ってないのに……。
やはり、この家での僕の扱いは、ぞんざい過ぎると思います……。
みなさま、こんにちは。
家でやることが、本をよむか、ゴキブリを駆逐するか、あるいは家具の隙間で黒光りするくらいしかやることの無い、ポテンティアです。
ここからは、僕が話を書こうと思います。
ここまで来るのに、かなり時間がかかってしまいました。
本編の方のあとがきに登場したのが、今から1年半前。
それからというもの、なかなか本編が進まず。
ようやく今日になって、書ける機会を得ることが出来ました。
ここからは僕のターンです。
さて何を書こうか……。
まぁ、書くことは決まってるんですけどね?




