1-04 ばれんたいん?4
サッ……
まるで、風を舞う木の葉のように気配を感じさせず、神社の境内へと侵入することに成功した妾。
この動きは、イブ嬢に教わった、『にんじゃー』なる者が使うという体術によるものなのじゃ!
……念のため言うておくが、強風のあまり、吹き飛ばされそうになったわけではないぞ?
「ふむ……流石に誰も居らぬな……」
ビューーーッ!!
「ふ、ふわっふ?!」
う、うむ。
誰も居らぬなら、ふざけておらんで、さっさと傘を回収して、寿司屋の軒先に避難するのじゃ。
ぬ?にんじゃーの動きはどうしたのか?
……もうこの話は終わり、なのじゃ!
それはさておきじゃ。
その頃には、幸いな事に、雨は止んでおったのじゃ。
風は強かったが、雨がないだけで、随分と楽になるのじゃ。
とは言うても、空にはまだ低くて分厚い雲が漂っておるから、もしかすると、再び雨が降ってくるかもしれぬがのう……。
じゃから妾は、そのタイミングを好機と捉えて、急いで傘を探して回ったのじゃ。
境内は微妙に水はけが悪かったのじゃが、主殿が買ってくれた、この赤いレインブーツの中が浸水する事は無かったのじゃ。
全くもって、この世界の製品は、上質に出来ておるのじゃ。
これが妾の国で作られた物じゃったら……あ、そうじゃったのう。
ワルツが国を良くしてくれたおかげで、良い製品が出まわっておったのを思い出したのじゃ。
まぁ、その話は本編の方でするとして……
「ぬ?おぉ、見つけたのじゃ!」
入り口から真っ直ぐに飛ばされた傘は……そのまま一番奥にあった建物の、何やら巨大な鈴のついた縄の下に置いてあった、木製の箱の隙間に、先端を刺すような形で引っかかっておったのじゃ。
何と言ったかのう……あの箱。
砕銭箱といったかのう?
そんな、罰当たりな箱だったじゃろうか……。
主殿が何か言っておった(?)気がするが、思い出せぬのじゃ。
というわけでじゃ。
「か、傘よ……。そのまま動くでないぞ……」
まるで棒の先端に止まる蜻蛉を捕まえるような格好で、妾は静かに、かつ、迅速に移動したのじゃ。
そして、傘に手が届く……そんなところまで妾の手が伸びた時のことじゃった。
「……お主。神に奉納されたモノを奪う気か?」
……そんな声が、傘の刺さっておった箱の影から聞こえてきたのじゃ。
もちろん、妾の独り言ではないぞ?
確かに、独り言が少なくないことは自覚しておるが、シラヌイ嬢ほどではないのじゃ。
つまりなのじゃ。
どことなく妾の喋り方に似ておる別の者が、そこに身を潜めておったのじゃ。
「……!?」
じゃから、妾は驚いて、傘も取らずに、思わず後ろに飛びのいたのじゃ。
するとの?
その箱の影から姿を出したのは……白と赤の特徴的な服を着込んだ、金色の髪をした狐娘だったのじゃ。
……何故かびしょ濡れじゃったがのう……。
「む?……なんじゃ、獣人か……。驚かすでない」
……ちなみにこっちは妾の言葉じゃ。
で、相手の方は、
「ぬ?獣人?お主、ワシのことを、獣の人と申すか?!」
……こんな喋り方だったのじゃ。
そうじゃのう……。
違いはいくつがあるのじゃが、大きく異なるのは一人称かのう。
その他には、上から目線的な点も異なるかもしれんの。
……え?妾もそんな喋り方?
う、うむ……自覚はないのじゃ……。
「何じゃ?では、違うと申すのか?その獣耳、尻尾……どう見ても獣人ではないか?まさか、こんな雨の日にこすぷれをしておるわけではあるまい?」
「……」
そんな妾の言葉に、何か思うところがあったのか、相手は怪訝な表情を浮かべると、考え込んでしまったのじゃ。
じゃから、妾は、言いたかった言葉をそのまま続けたのじゃ。
「……その傘、連れの者が不注意で強風に飛ばされてしまったものなのじゃ。じゃから返してもらえると助かるのじゃ」
「……そうじゃったか」
すると、意外なことに、彼女は素直に刺さった傘を箱から抜くと、妾に渡してきたのじゃ。
どうやら、本当に、盗人かどうかを疑っておっただけらしいのじゃ。
「……ありがとうなのじゃ」
一応、誤解は溶けたようなので、妾はそんな挨拶をしたあとで、傘を持ってルシア嬢のところに戻ろうとしたのじゃ。
……じゃがのう、
ズキッ……!!
「んあっ?!」
……極めて恥ずかしいことなのじゃが、運動不足が祟ったせいか、ばっくすてっぷを踏んだ際に、足を挫いてしまったのじゃ。
普段、やらぬことをすべきではないのう……。
これが身体の衰えというやつかのう……。
するとじゃ、
「……主よ?もしかして、足を挫いたのか?だったら、その痛みが引くまで……軒下を貸すから、ゆるりと休んでゆくがよい。そのついでに……どうか、ワシの話し相手になってはくれぬじゃろうか?」
びしょ濡れの狐娘は、何処か恥ずかしそうな様子で、そんなことを口にしたのじゃ。
そんな彼女の言葉の中に、どーしても気になったことがあったので、妾は思わずを問いかけたのじゃ。
「……一つ聞いても良いじゃろうか?」
「何じゃ?」
「……お主、貸せる軒下を持っておるのか?」
……そう思うのは当然じゃろう?
ずぶ濡れになって、社の下で寝転がっておったのじゃからのう。
するとじゃ。
「お主、バカにしておらぬか?こう見えてもワシは、この社の主ぞ?」
「……神主?」
「いや、違う!」
そう言うと狐娘は、社の階段を上がって、先程現れた箱の後ろに立つと……
「ワシこそが神ぞ!」
……などと言って両腕を広げながら、頭のおかしなことを抜かしおったのじゃ。
「ふーん。そうだったんじゃなー。さてと帰るかのう」
そうなのじゃ。
妾は、自称神が嫌いなのじゃ。
自称神の知り合いに、碌な奴がいないからのう。
「ま、待つのじゃ。ならば証明してみせよう!」
そう言うと、奴は、空に手を翳したのじゃ。
するとじゃ。
フワッ……
空に浮いておった雲が急に千切れて、青い空が露わになってきたのじゃ。
「……どうじゃ?こんなこと、神でなくては出来ぬぞ?」
「ふーん」
「……なんじゃその冷たい反応は……」
「いやの?それくらいなら、今、寿司屋で行列待ちをしておる連れが簡単にできるしのう。その気になれば、雲どころでなく、この星や空に浮かぶ月くらいなら、簡単に消せるのではなかろうかのう?この前は、太陽を造っておったぞ?」
「は?」
と、恐らく、今の妾と同じような表情を浮かべる狐娘。
きっと、何言っておるんじゃこいつ、と思っておるじゃろうな……。
と、そんな時じゃった。
「あ、テレサちゃん!凄いの買ってきたよー?」
びにーる袋を手にしたルシア嬢が、こちらに向かって走ってやってきたのじゃ。
あやつも運動不足のはずなのじゃが……どうして、動きに切れがあるんじゃろうか……。
今度、体重聞いてみようかのう……。
……というか、凄い稲荷寿司って……なんじゃ?
まぁ、後で聞くとするか……。
「む?無事に買えたようじゃな?」
「うん!……あれ?」
どうやら、ルシア嬢も、狐娘に気付いたようなのじゃ。
「知り合い?」
「いや、知らぬ。自称神の獣人なのじゃ」
「……本当に、納得しておらぬ様子じゃな?」
どうやら狐娘は、どうしても自分のことを神だと言い張りたいみたいなのじゃ。
じゃからのう?
妾は奴に、引導を渡すことにしたのじゃ。
「うむ。なんせ魔法を使えるのは、お主だけじゃないからのう?」
「……?魔法、じゃと?」
「うむ。ルシア嬢。ちょっと頼みがあるのじゃ。実はのう、妾、足を挫いてしまってのう……」
「え?回復魔法?……めんどい」
「ちょっと待つのじゃルシア嬢!最近、ワルツにものすごく似てきておるぞ?!というか、回復せねば、帰れぬのじゃ!」
「んー、仕方ないなぁ……(そんなにお姉ちゃんに似てきたかなぁ……)」
するとルシア嬢は……妾の足に回復魔法を行使したのじゃ。
おかげで、筋肉痛も取れて、無事帰れそうなのじゃ。
…………これも賢将たる者の戦略の内なのじゃ。
「すまないのじゃ。さて、怪我も治ったことじゃし、帰るとするかのう」チラッ
世界最強の魔法使いの回復魔法を目の当たりにしたのじゃ。
どんな輩でも、流石にこれにはグウの音も出んじゃろうて……。
じゃがのう。
狐娘は世界最悪レベルで諦めが悪いらしく……
「ま、待たれよ!」
この期に及んで、妾たちを呼び止めようとしてきたのじゃ。
まぁ、のう……。
そのまま放置して帰っても良かったのじゃが……真冬だというのに、ずぶ濡れのおなごを一人放置するのも冷酷すぎるかと思うて……妾は仕方なく振り返ったのじゃ。
もしも、同郷の者じゃったら、情けを掛けるというのも必要なことじゃと思ったしのう。
というわけでじゃ。
振り返ると……
「ぬあっ?!」
ドサッ!
……いや、べチョッ、かのう?
……ボイン、だけは認めぬ。
それはいいとして、妾が振り返ると、狐娘が石畳に足を取られたのか、こっちに突っかかってきたのじゃ。
……まぁ、それまでは良かったのじゃ。
では、何が問題かというと……
「キュゥ……」
……狐娘が、妾の腕の中で…………キツネに変わってしまったのじゃ。
キツネって……あれじゃよ?
黄色っぽい毛の塊に、黒っぽい手と足が4本ついておる、もふもふ……いや、こやつの場合、ベチョベチョかのう……。
「こ、これはエキノコックス?!……は、別によいか」
思わずネットで調べた寄生虫の名を口にしてしまう妾じゃったが……ここにはルシア嬢もおるし、最悪の場合、カタリナ殿もおるからのう。
……後で、ちゃんと手を洗うのじゃ。
いや、もちろん、妾や嬢は感染しておらぬぞ?
人間じゃし……。
「ふむ……変身魔法も使えるとなると……中々に厄介なやつじゃのう。……のう、主よ?聞いておるのか?」
「……」
……じゃが、キツネから言葉は戻ってこなかったのじゃ。
どうやら、気絶してしまったらしいのじゃ。
「……うむ、仕方がない。ばっちいモノはここにおいて、妾たちは帰るとするかのう。のう、嬢よ?」
妾は、雨水の滴るキツネを地面に下ろすと、ルシア嬢に同意を求めたのじゃ。
…………どうしてこうなったんじゃろうな……。
今でも思うのじゃ。
じゃがのう。
これが、物語の始まりじゃったんじゃろうな……。
「かわいい……」
「ちょ……ちょっと待つのじゃ!ルシア嬢!!」
……こうして、嬢は、キツネを(魔法の)リュックの中に放り込むと、主殿の家まで持ち帰ってしまったのじゃ……。
その際、空は晴れておるのに、雨が降ったり降らなかったりしたのは…………家無しギツネが使った魔法のせいかのう?
次でようやく『ばれんたいん』が終わる予定なのじゃ。
……バレンタインの次のイベントは……まぁ、よいか。
時間がある時に適当に書くのじゃ。
……最悪(?)、そのまま、毎日更新する可能性も否定は出来ぬがのう……。