2.1-06 ゆきおんなとおんせん?1
泥々になる、という経験は、誰しもが経験することなのじゃ。
人生、生きておれば、泥濘んだ地面の上で作業することも多々あるはずじゃからのう。
で、どうしてこんな話をしてるかというと……妾は今、ドロドロな狐になっておるからなのじゃ。
耳の先端から、尻尾の先端まで、満遍なく泥まみれなのじゃ。
確かどこかの地方で、泥まみれになる祭りがあったと思うのじゃが、妾がその祭りに参加したとすれば……きっとこんな感じになるんじゃなかろうかのう。
じゃが、まぁ、妾が泥まみれになったのは、そんなよく分からぬ祭りに参加したからでも、昨日のキャンプの片付けを泥の中でしていたから、というわけでも無いのじゃがの。
「……テレサちゃん、泥の中で転んだくらい気にしちゃダメだよ?」
「……しておらぬ」
昨日、天候を書き換えてしまったせいか、テントから出た途端、世界が妾に向かって襲いかかってきた(?)のじゃ。
意訳すると、溝に気付かず、足を取られて、泥の中へと顔からダイブした、とも言えるかの?
もうダメかも知れぬ……。
まぁ、そのおかげもあって、妾と狩人殿以外に長靴を持ってきてなかった他の面々も、皆、泥々になりながら、キャンプの片つけを手伝ってくれたのじゃがの?
……え?昨日の流星群の話はどうしたか、じゃと?
いや、いつも見慣れておるから、特に言うことはないのじゃ。
キラーッ、あ、今光ったと思ったじゃろ?それは飛蚊症なのじゃー……その程度しか言いようが無いのじゃ。
他に変わったことと言えば……アメのやつが、
『昔、流星は天狗だと考えられておったようじゃ。それで、その天狗とは、空飛ぶ狐じゃと考えられておった時期もあったようじゃぞ?』チラッ
とこっちに意味深気な視線を向けておったくらいかのう。
……いや、妾の鼻は、一般的な人間と同じくらいの高さしかないゆえ、よく見かける鼻の長い魔物(?)とは似ても似つかないんじゃがの?
まぁ、そんな事はさておいて、なのじゃ。
昨日、一時的に空を晴らせて、流星群を見て……その後で雨雲を元に戻したが故、再度降り始めた大雨のせいで、地面が緩んでしまったのじゃ。
そのせいで、キャンプの道具の撤収作業を手伝った皆が、全員、泥だらけになった、というわけなのじゃ?
もちろん、度合いは、人それぞれに違うがの?
まぁ、ソレもコレも、この後に控えておるスケジュールを、皆、知っておったから、泥だらけになることを受け入れたのじゃろうのう。
「温泉かぁ。久しぶりだね?」
「うむ。1週間行ってないと、温泉の有効成分不足で干乾びて、カッサカッサな狐になってしまいそうなのじゃ」
「……お前たち、一体、なに分けわかんないこと言ってるんだ?」
そんなやり取りをするルシア嬢と妾と、そして狩人殿の前には、大きな茶色い建物があったのじゃ。
木造で、大きな庭があって、近くに川が流れておる……そんな感じの場所なのじゃ?
とは言っても、築造が古いわけでなく、この十数年で建てられた、といった真新しい雰囲気じゃがの。
つまり、なのじゃ。
キャンプに参加した面々が、家への帰り道の途中で、温泉に立ち寄ったのじゃ。
泥々な上、汗臭くなっておった身体を清めるには、温泉が一番じゃからのう。
ちなみに、この施設には、昼間じゃと言うのに人は殆どおらぬ。
近くに国道は通っておるが、『酷道』と呼ばれるほどに酷い道で……それにあまり大きくはない人里じゃから、やってくる人が絶対的に少ないのじゃ。
少子高齢化が叫ばれる世の中じゃが、妾たちのような異世界民が温泉を満喫するには、都合が良い……って言ったら不謹慎なのかのう……。
「ねぇ、テレサちゃん?」
「む?何じゃ、ルシア嬢?」
「あのさー。ユキちゃんは良いとしても……冷花ちゃんって、お風呂に入れるのかなぁ?雪女らしいし……」
「ユキ殿なら、マグマの中にでも喜んで入っていくかも知れぬがの?」チラッ
「ん?なんでしょう?」
「いや、なんでもないのじゃ」
じゃが、まぁ、元魔王であるユキ殿がマグマに入れたとて、冷花嬢も風呂に入れるとは限らぬのじゃ。
嬢が日本中を冬に逆戻りさせた際も、その理由が、母親を溶けさせないため、じゃったからのう。
じゃから、冷花どの本人も、熱には弱い可能性があるのじゃ。
と、妾が考えておると、狩人殿がこんなことを言い始めたのじゃ。
「そりゃぁ……風呂に入れなければ、色々ひどいことになると思うんだが?」
そうじゃよな……。
風呂に入らねば、一体、何に入るというのじゃろうのう?
冷水かのう?
もしもそうだとすれば……辛い人生じゃのう……。
「……テレサよ?微妙な表情をしてどうしたんじゃ?どこか哀れむような表情というか……」
「うむ……。冷花殿のこれからの人生を慮っておったのじゃ。冷たい風呂にしか入れないとか、人生、生きている意味はあるのかと思ってのう……」
「……主の人生は風呂の温度で決まるのかや?」
「ならばアメよ。想像してみると良い。風呂に入る前、頭や身体を洗うじゃろ?その際、シャワーから冷たい水しか出てこなかったらどうする?水が顔に当たった瞬間の、あのあっぷあっぷな感じが、石鹸が落ちるまで、延々と続くのじゃぞ?しかも水が冷たい故、なかなか石鹸も落ちない……。そうなれば、もはや風呂は苦痛以外の何物でもなかろう?」
「昔は……それが普通だったんじゃがな……」
「そ、そうだったのじゃな……」
アメのやつ、相当に過酷な人生を送っておるようなのじゃ。
風呂に入るのに、湯を沸かせぬほど困窮するとは……。
向こうの世界から渡ってきてから、恐らく、先立つものが無くて、ガスや電気の契約ができなかったのじゃろうのう……。
「……のう、テレサよ?今、ワシについて、何か失礼なことを考えなかったかのう?」
「いや、そんなことはないのじゃ。まぁ、それは置いておいてなのじゃ。冷花嬢の正体を知っておった主なら、嬢が風呂に入れるかどうか、知ってはおるのではないのか?」
「いや……流石に知らぬ。というか、本人も、その保護者であるユキも近くに居るんじゃから、直接聞けば良いじゃろ?」
「うむ。確かにそうなのじゃ。……仕方あるまい。聞くとするかのう」
「…………」
……どうして早く聞かなかったのか、とアメが視線だけで言っておるが、妾には事情というものが色々とあるのじゃ。
温泉施設に付いたら、まずは施設の入り口前で仁王立ちせねばならぬ…………いや、冗談なのじゃ。
妾が冷花殿に直接理由を聞かなかった理由は……彼女に話しかければ、すぐに分かるはずなのじゃ。
では、実践みるのじゃ?
「のう、冷花嬢?」
「……?!」ぐすっ
まぁ、幼子の反応なんぞ、こんなものじゃろう。
泥だらけな姿の狐の姿を見て、喜ぶ者はどこにもおらぬのじゃ。
じゃから、マトモに話をするためには、一度キレイに……って、ルシア嬢?
その指の先端に浮かべておる丸い水球を、こっちに向けるの、やめてほしいのじゃが……。
ドゴォォォォン!!
こうして、妾は、温泉に入ることもなく、キレイなりましたとさ、なのじゃ。
頭が痛いのじゃ……。
ナレーターを書くのと違って、キャラクターの思考で言葉の隙間を埋めるというのが、とても大変なのじゃ。
この辺は、訓練せねば、身につかぬのじゃろうのう。
というわけで、冷花嬢が温かい風呂に入れるかどうかについては、次回にまわせてもらうのじゃ?
色々と忙しくて、書く時間が取れないのじゃ……。
それでも、どうにか時間を見つけて書いていくんじゃがの?




