1-24 かりゅうどのあさ?3
薄い雲の向こう側で輝いている朝焼けに照らされながら、私たちが住んでいる街の中を、静かに進んでいく市営バス。
そんなバスの中には、運転手と私たちの他に、誰もいなかった。
まぁ、その運転手も人間ではなくロボットなので、私たち以外には誰もいないと言うべきだろうか。
ちなみになんだが、運転手がロボットと言う時点で察することが出来たかもしれないが、この街のバスには、休業時間は無いんだ。
じゃないと、こんな朝っぱら早くから、バスが走ってるわけがないからな。
24時間365日、いつもホントお世話になってるよ。
……って言っても、普段利用するのは、大体、深夜の飲み屋からの帰り道だけだけどな。
「おぉ……。大きいことは良いことじゃな?テレサよ?」
「……アメよ。ガラスに対して、そんなにベッタリと顔を付けるべきではないと思うのじゃ。くっきりと顔の跡が残っておるのじゃ」
案の定、アメは、初めて乗るバスに、興奮してるみたいだ。
「凄いぞ?景色があんなにも早く流れてゆく……」
多分、40km/hも出てないと思うんだが……まぁ、喜んでるみたいだから、そっとしておいてやるか……。
「うわさに聞く、しんかんせんなる乗り物も、このくらい早のじゃろうか……」
「うむ。妾も乗ったことがないから分からぬが、大体同じくらいの速さではなかろうか?」
「いや、ちょっと待て」
ツッコミを我慢できなかった……。
……というか、テレサ。
お前ならどのくらいの速さくらいは分かるだろ……。
「あのな?まず比べること自体が間違いだと思うんだ。文字通り桁違いの速度だからな」
「ほう?桁違い……」
「む?なんじゃ?その、どこかの新しい量子回線のCMみたいな文言は?」
……りょうしかいせん?なんだそれ?
まぁいいや。
「桁違いってのは……そうだな。このバスの速度に比べて、最低でも10倍は早いってことだな」
「10倍?……いやいや、狩人殿よ。そんな子供騙し、ワシには通用せぬぞ?」
「騙してないぞ?事実さ」
「…………じゅ、10倍……」
それから指折りを始めるアメ。
……指折りで掛け算が出来るんだろうか……。
それからアメが10本の指を折った後で、頭をかきむしって外に眼を向け直していたところを見ると……多分、計算できなかったんだろうな……。
「……狩人殿」
私が前の席に座っていたアメに対して苦笑を向けていると、今度は隣りに座っていたテレサに話しかけられた。
「実はのう。妾たち、今、お金を貯めておるのじゃ」
「ほう?何か欲しいものができたのか?」
「うむ……。モノではないがのう」
それからテレサは、太ももの上で指を組んで、『んー……』と何か言いにくそうに唸ってからようやく口を開いたんだ。
「旅に出たいと思っての?」
「ほう……旅か……」
なんでだろう……。
テレサの『旅』という言葉を聞いてから、荒野のど真ん中で、野垂れ死にそうになっている彼女の姿が浮かぶのは……。
「……お前、歩けるのか?」
「……お主、何か変な勘違いしておらぬか?」
……意外と鋭いな……。
そんなやり取りをしていると、今度は前に座っていたアメが口を開いた。
「乗り物に乗って、日本の中を旅するという話じゃ。主殿に資金をせびるのは良くないからのう」
「そうなのじゃ。まだ、いつどこに行くという話すら決まっておらぬが、もし良かったら一緒にどうかと思ってのう」
「あー、そういうことな。てっきり、サハラ砂漠かどこかの人の住んでいない土地まで出向いて、油田でも探すのかと思ったよ」
……石油があるのかどうかは知らないけどな。
……と、そんなやり取りをしていると、車が少なくて、信号が黄色い色で点滅している街の中の移動に、それほど時間が掛かるわけもなく……
「おっと、次のバス停だな」
車内放送で流れてきた、聞き覚えのある地名に、私はそんな声を上げた。
……つまりだ。
「さぁ、アメ。一番の見せ場だぞ?」
「む?」
「このボタンを押すんだ!」
「う、うむ……よく分からぬが……とにかく押せばよいのじゃな?」
「あぁ。出来る限り無心でな」
「出来る限り無心で……」
そう言うと……アメは深呼吸を始めた。
……ほう。
まるで、武芸者のような息遣いだ。
……やはり、只者ではないようだな。
今度、一緒に酒を飲む機会でもあれば、これまで何をしてきたのか、お互いに話してみるというのも、酒の肴として悪くないかもしれないな……。
……でもな。
早くボタンを押さないと、バス停を通過してしまうぞ?
「アメ、ごめん。普通に押してくれ。無心で、って言ったの……あれは冗談なんだ」
すると、
「……えっ」
と驚いた様子を見せるアメ。
その拍子に……
ビー!!
『次、止まります』
「えっ?」
彼女の指が不意にボタンに触れて、押してしまったようだ。
私の余計な一言のせいで、アメの初『バス停車ボタン』の機会を台無しにしてしまったかもしれないな……。
……でも、このボタン。
不思議と、何度も押したくなるんだよな……。
「……狩人殿。顔がニヤけておるのじゃ……。もしや、子どものようなことを考えておるのではあるまいな?」
「そういうテレサだって、さっきボタンを押しそうになって、指を立てたままプルプルしてたじゃないか?」
「んぐっ……見られておったか…………」
まぁ、同じ穴のムジ……キツ……獣人ってことだな。
……一方で、だ。
「ほぉ……この釦を押すと、この馬車が止まるのじゃな?!」
どうやら、アメの方も喜んでくれたらしい。
「そうさ。だけど、このボタンを押すときは、注意したほうがいいぞ?中毒性があるから、無心になって押さないと、何度も押したくなるんだよ」
「……は?う、うむ……よく分からぬが、次回はそうさせてもらおうぞ?」
あれ……。
変だな……。
アメもてっきり喜ぶものかと思っていたんだが……。
まぁ、いいか。
「さぁ、降りるぞ?」
そして、バスが完全に止まりきる前に、整理券の番号に対応した小銭を2人に渡して…………そしてバスが停留所で止まった時、
「じゃぁ、私が先に降りるから、アメは私の後ろから……」
私がそう話していると、アメが首を振りながら口を挟んできた。
「いや、乗っておって、何となく仕組みは理解した。要するに、この『せいりけん』とやらを、小銭と共に箱のなかに入れればよいのじゃろ?ここはワシが最初に降りてみようぞ」
「お、そうか。何事もチャレンジする事は大切なことだからな」
「ん?ちゃれ……まぁ、よいか。では行くぞ?」
そして、バスの前側の扉へと向かうアメ。
……ほう。
ちゃんと、支払いができてるじゃないか。
まぁ、子どもでも出来るんだから当たり前か。
「よっこいしょ……。ぬー……こ、腰が痛いのじゃ……」
「テレサ……。完全にお婆ちゃんだな……」
通路側に座っていたテレサが歩き始めて……そして支払いを終えて、アメの後に続いた。
そして、私の番が来た時、問題が起る。
カラカラ……
200円と整理券を入れて、いつも通り、そのままバスを降りようとしたんだ。
すると……
『お客様。お釣りをお受取り下さい』
バスの運転主していたロボットに、不意にそんなことを言われた。
「……あれ?間違えて500円を入れたかな……?」
料金表には間違いなく200円と書かれていたし、入れたのは100円玉2枚だから、間違えようがないと思うんだが……。
100円玉と間違えて、50円しか入ってなくて、『足りない』って言われるなら経験があるんだけどな……。
「……済まないな」
そして私は、色々と腑に落ちなかったんだが、何か間違えたのだろうと考えながら、運転手からお釣りを受け取った。
……それも何故か200円を……。
あれ……?
どんな組み合わせのお金を入れれば、200円のお釣りが出てくるんだ?
少なくとも、間違えて500円を入れたわけでは無さそうだな……。
フィィィィン……
そんな甲高い音を上げて、立ち去っていくバス。
何かの間違いだと思うんだが……もう、行ってしまったし、仕方ない。
運が良かったと、受け取っておくか。
……あれ?
間違いだと分かっていてお釣りを受け取ると、この国だと違法だったか?
……まぁいいか。
「どうしたのじゃ?狩人殿」
と先に降りていた2人の内、テレサが問いかけてきた。
「いや、なぜかは分からないが、お釣りで200円が返ってきたんだ」
「ほう。妾もアメも、200円ずつしかもらっていなかったはずじゃが……」
「だよな?おっかしいなぁ……」
「……もしかして狩人殿。また影が薄すぎて、運転手に認知されなかったのではないのか?この前の温泉でもそうだったしのう」
「そうかなぁ…………」
……狩人という職業上(?)、否定はしないけどな……。
でも、私の影……そんなに薄いかなぁ……。
影って……どうやって濃くするんだろう……。
「……なに、狩人殿。気にすることではなかろう。ワシらにはちゃんと、主のことが見えてるのじゃからのう。それに恐らく…………いや、何でもないのじゃ」
「……?」
そう言ったアメの肩が……何となく小さく震えていたような気がしたんだが……。
少し、バスに酔ったんだろうか?
……私が。
「……まぁ、いいや。さ、帰るか。獲物をバラさないとならないしな」
「うむ。今日は焼き肉じゃな?」
「……ほう?肉とな?」
「捌くの手伝ってくれたら、分けてやるよ」
こうして私たちは、家まで残り100m程度の距離を、焼き肉談義を展開しながら、歩いて戻っていった。
……テレサが、怪しい動きをしながら歩いていたせいで、まだ随分と時間がかかりそうだけどな。
さーて、家に帰ったら、今夜に向けて、ワルツの大好きな肉料理の準備をするかな!
……書いていて思う。
アメのこれからの展開。
……このまま話が続いていくと、あまり明るい展開にならなのではないかと……。
まぁ、後の事は、テレサたちに任せるとするか。
それにしても、文を書くというのは、意外と難しいものだな。
これからも機会があれば書かせてもらおうとは思うんだが……私の執筆の遅さを、テレサたちが許してくれるかどうか……。
でも、まぁ、たまに、『疲れたのじゃ!後は狩人殿に任せるのじゃ!』とか言って、テレサが無茶振りしてくることがあるから、これからも機会だけはあるんだろうな。
……その時には、再びお付き合いしてもらえると助かる。
ではまた。




