1-01 ばれんたいん?1
「ばれんたいん?何なのじゃそれは?」
2月12日の夜。
聞いたことのない単語に、妾は思わずルシア嬢に対して聞き返したのじゃ。
「バレンタインはね……女の子が好きな男の子にチョコレートを渡す日だって、狩人さんが言ってたよ?」
と言いながら、妾のらっぷとっぷでチョコレートの作り方を検索しておる、狐娘のルシア嬢。
椅子の隙間から漏れていた彼女の黄色い尻尾が、ブンブンと左右に振れておるのは……誰か渡したい者がおるからなのじゃろうか……。
……じゃからそれを、妾は問うてみたのじゃ。
「好きな人?」
風の噂によると、アトラスのことが好きとか嫌いとかという話を聞いたのじゃが……
「うん。例えばね……お姉ちゃんとか」
どうやら、渡す相手は、同姓(?)でも問題ないようじゃ。
「ほう……ワルツに渡しても良いとな?」
「うん。なんか、家族の間でも渡していいみたいだよ?」
「そ、そうじゃったのか……そんな素敵なイベントが、この世界にはあるのじゃな」
それから妾は、ルシア嬢と一緒に、ネットを見ながら、チョコレートを使った料理について調べ始めたのじゃ。
その2日後の朝。
「主殿よ!買い物をしてくるから車の鍵をよこすのじゃ!どうせ、今日は休みなのじゃろう?じゃから車は使わぬじゃろ」
妾は、鉄で出来た乗り物を動かすための鍵を主殿にせがんだのじゃ。
じゃが……
「…………」ニヤリ
主殿は唇の右端を持ち上げると、ズボンのポケットから取り出した鍵を妾の前でちらつかせた後で……再び同じボケットの中にしまい込んでしまったのじゃ。
「ぬ……まさか、主殿!このイタイケな狐娘の妾の頼みが聞けぬというのか?!」
「…………」コクリ
「んな?!ならば、この嵐の中を歩いて買い物に行けと?!」
……そうなのじゃ。
2月14日は、日本全国的に、春の嵐(?)が吹き荒れておったのじゃ。
じゃから、雨風が凌げる車に乗って買い物にゆこうと思ったのじゃが……主殿の行動の通り、妾が鍵を手に入れることは出来なかったのじゃ。
なにやら、日本という国は、車を運転する際、『めんきょしょう』なるものが必要になるらしく、それを持っておらぬ妾に、主殿は運転させようとしなかったのじゃ。
全く、面倒極まりない国としか言いようが無いのじゃ。
「ならば……せめて店まで送るのじゃ!」
「…………」フルフル
「な、何故なのじゃ……」
「…………」スッ……
そして主殿が出してきたのは……何やら延々と機械の仕様が書かれた、分厚い説明書だったのじゃ。
どうやら、仕事とやらのために、この説明書を読まねばならなぬから外出しておる暇は無い、ということらしいのじゃ。
「…………」ビシッ!
それから主殿はとある方向を指さしたのじゃ。
その先にあったのは…………朝になると、決まってN○K教育をTVで見ておるルシア嬢の背中だったのじゃ。
「ぬ?嬢と一緒に行けと?」
「…………」コクリ
首を縦に振って、そして財布の中から1000円の紙幣3枚を取り出す主殿。
車は出せぬが、お金はくれるようなのじゃ。
そんな主殿に……妾は、折れることにしたのじゃ。
そもそも、車を出してもらっても、お金がなければ品物を買えぬからのう……。
「……ふむ。仕方ないのじゃ。この埋め合わせはいつかしてもらうのじゃ」
「…………」ヒラヒラ
まるで、はいはい、といった様子で手を振る主殿。
というわけで、
「嬢?一緒に買い物に行こうなのじゃ」
妾はピタゴ○スイッチを食い入る様に見ておるルシア嬢に話しかけたのじゃ。
……ところで。
最近は、ルシア嬢、ルシア嬢と呼ぶのが億劫になって、嬢、と略すことが多くなってきておるのじゃ。
それでも、ルシア嬢は反応するので、この呼び方でも問題はないようなのじゃ。
あだ名のようなものかのう……。
「いいけど……これを見終わってからでも良い?」
「うむ。もちろんなのじゃ。店は朝から開いておらぬはずじゃし、もうしばらく経ってからでも問題はないのじゃ」
「じゃぁ、後で」
こうして妾は、ルシア嬢に対して、一緒に買い物へ行く約束を取り付けたのじゃ。
それから3時間ほど立って、昼近くなった頃。
妾は、フードに狐耳の飾りのついた黄色いポンチョに、本物の狐耳を通して、尻尾を収納するためのリュックサックの上から羽織ったのじゃ。
もちろんそれは、妾だけではなくルシア嬢も同じで、二人で協力し合いながら、どうにか着込んだのじゃ。
3本の立派な尻尾をリュックの下に開けた穴の中へ通すのは、一人では大変じゃからのう……。
……本当にこの国は面倒な国なのじゃ。
耳と尻尾を隠さぬと、何やら黒い服を着た者達に取り囲まれて連れて行かれると主殿が話しておったのじゃ。
稀に、知り合いの獣人が忽然と消えておるから、どうやら彼らは実在する者たちらしいのじゃ。
一体、妾たちが何をしたというのじゃろうかのう……。
……まぁ、それはある理由から、仕方がない、と諦めておるから良いのじゃがのう。
それはさておき、なのじゃ。
「それじゃぁ、主さん。行ってきますね?」
「じゃぁのう、主殿。達者でのう」
「…………」フルフル
妾たちに手を振る主殿。
そして妾たちは……雨が横殴りに吹き荒れる玄関の外へと足を踏み出したのじゃ。
遂に……ポチってしもうたのじゃ……。
まぁ、仕方ないじゃろう。
このまま、あとがきに物語を書くわけにも行かぬしのう。