1-10 おんせん?2
妾たちが住んでおる街の中を40分程走った辺りで、信号の少ない町外れにたどり着いたのじゃ。
温泉まで行くのに、その時間の半分以上を街から出るために費やされるなど……街の設計を考えなおしたほうがいいレベルなのじゃ。
しかも、走った距離は、行程の1/5……。
絶対におかしいと思うのじゃ!
……まぁ、妾の国ではないから、何も出来ぬがのう……。
さて、なのじゃ。
後は色々な意味で『わいんでぃんぐ』な道をひた走ってゆけばよいのじゃが……
「……ところで主殿」
車を運転しておる主殿に対して、妾は何となく持っておった疑問を口にしたのじゃ。
「どうして、広い道ではなく、こんな狭い道を通るのじゃ?」
妾の眼から見た暗い外の景色は……どう考えても、国道ではなく、酷道の類だったのじゃ。
いや、むしろ、険道か……それとも死道かもしれぬのう・・。
まぁ、道が少々荒れておった程度では、らぐじゅありーな主殿の車が無駄に揺れるなんてことは無かったがのう。
それはさておき、なのじゃ。
温泉施設の前には、太い道路が繋がっておったのじゃ。
あれは恐らく、正真正銘の国道のはず……。
ならば、この街からも太い道路がつながっておってもおかしくはないと思うのじゃが……
「…………」ピッ
妾の疑問に答えようとしておるのか、主殿はハンドルに付けられていたスイッチを押して、カーナビを起動すると、履歴の中から、自宅から温泉施設までの道のりを2ルート分表示したのじゃ。
……ちなみにこのナビ、主殿が自分で作ったものらしいのじゃ。
じゃから、スイッチひとつで、思いのままに操れるらしいのじゃ。
……ところで。
押しボタンひとつで、どうやってマップのスクロールと文字入力をしておるんじゃろうかのう?
ん、まぁ、それは良いのじゃ。
で、ナビには、予想移動時間が書いておったのじゃ。
ルート1:国道○○○号線経由 3時間
ルート2:県道○○○号線経由 1時間15分
……ふむ。
国道を通っておったら、温泉のらすとおーだーに間に合わないのじゃ。
「何なのじゃこれは?」
「…………」さぁ?
どう考えても、国道のほうが真っ直ぐで近い道のはずなのに、なぜか倍以上時間がかかるのじゃ……。
ほんと、街の道路設計担当者は、町の設計から考え直すべきではなかろうか。
それから10分ほど車に乗っておると、とある文言が見えてきたのじゃ。
「あ、主さん。ここも温泉みたいですね?」
というルシア嬢の言葉通り、古風な作りの旅館の側におんせんまーくの書いた赤い旗がライトアップされて、浮かび上がっておったのじゃ。
それに、旅館の見た感じの雰囲気も悪く無さそうだったのじゃ。
じゃから、もしもこの旅館に日帰り入浴のサービスがあるのなら、わざわざ遠くのおんせんに行かなくとも、ここでも良い気がしてくるのじゃが……
「……確かにそうじゃのう。だがしかしなのじゃ、嬢よ」
それから妾は、主殿がここに立ち寄らぬ理由を口にしたのじゃ。
「町から近いということは、すなわち、人も多いということなのじゃ。つまり、どういうことか分かるじゃろ?」
「あっ……そうだね……」
そう言って悲しげに、通過していくおんせんに眼を向けるルシア嬢。
「妾たちが、安心して尻尾と耳を伸ばして入れる温泉は、もっと遠いところへ行かねば無いのじゃ。それに、今日は新入りもおるからのう」
そう言って妾は、妾を挟んでルシア嬢とは反対側に座っておったアメに視線を向けたのじゃ。
……ところでアメのやつ、食事を終えた辺りから、外を見たままで、ずーっと黙っておるのじゃ。
そう言う意味では狩人殿も静かじゃった。
まぁ彼女の場合は、周りの森の中にキョロキョロと視線を向けておったので、恐らく獲物でも探しておるんじゃろうのう。
……どっちかというと、温泉ではなく、普段立ち寄ることのできぬ森の景色が見えるから、一緒に付いて来たんじゃろうな……。
とはいえ、なのじゃ。
アメにはそんな野性味溢れる様子は無かったのじゃ。
となると…………もしかして、アレかのう?
「……お、お主……まさか……乗り物酔いではなかろうな?」
その瞬間。
ビクゥッ!
っと、反応して、尻尾を膨らませるルシア嬢。
……実はのう、前に妾たちと一緒に、ユリアとシルビアがこの車に乗ったことがあるのじゃが…………いや、その話を始めると長くなるので、また後日にするのじゃ。
じゃがのう。
アメのやつ、どうやら車酔いというわけでも無さそうじゃったのじゃ。
細い目をしながら、真っ暗な外を流れてゆく景色に、何やら思いを馳せておるようだったのじゃ。
『……?』
そんなアメに、妾とルシア嬢は怪訝な視線を向けたのじゃ。
話しかけても、何も反応を返さんかったしのう……。
するとじゃ。
「ぬ?」
……奴め、ようやく気づいたのじゃ。
あれかのう。
妾が問いかけても反応せず、しかしルシア嬢が視線を向けて反応したとすると…………さては嬢、視線に殺意を込めたんじゃろうな……。
非力な妾には真似できんのじゃ。
…………というか、嬢よ……。
妾にそんな疑い深い視線を向けるでない……。
妾は何も疚しいことは考えておらぬぞ?……多分。
「い、いやの?稲荷寿司を食べてから随分静かになっておったから、どうしたのかと思うてのう?」
妾は、嬢から飛んで来るいやーな視線を振り切るようにして、アメに対してそう問いかけたのじゃ。
するとじゃ。
奴は、思いもよらない事を口にしおったのじゃ。
「……実は……生まれてこの方、馬車というものに乗ったことが無かったのじゃ……」
「お、おぬっ……」
「えっ……」
「…………」ピクッ
「…………♪」
……妾たちは思わず唖然としたのじゃ。
……馬車とな?
いったい何時の時代の話なのじゃ。
いや、妾たちのいた世界なら当たり前の話なんじゃがの?
……じゃがここは科学の進んだ世界。
町に住んでおって、公共交通機関を使わずにどうやって今まで生活してきたと言うんじゃろうか……。
もしかして、乗り物に乗れぬほどシャイな者なんじゃろうか……。
……そういえばワルツも、料金の払い方がイマイチ分からないバスには乗ったことがない、と言っておったような……。
これは、もう仕方が無いのう。
妾が、国家元首……ではなく、同じ家に住まう者先輩……というか姉(?)として、主にお手本を見せて上げるのじゃ!
「……アメよ。今度、妾も一緒についていくから、共にバスに乗ってみよう、なのじゃ」
「うん。そうだね。一緒に電車にも乗ろう?」
そうやらルシア嬢も同じことを考えたようなのじゃ。
嬢の場合は……位置づけ的に何になるのかのう……。
そんな妾と嬢の提案に対してじゃ、アメは首を傾げながらこんなことを申したのじゃ。
「む?バスとは何じゃ?それに電車も…………分からぬ……」
『…………』
あぁ……。
これは重症なのじゃ。
流石に、バスと電車くらいは分かっておっても良いじゃろうに……。
そんなに、この世界の乗り物に興味が無かったのじゃろうか……。
ということは恐らく、新幹線にも、リニアにも、飛行機にも乗ったこと無いんじゃろうなぁ……。
……妾も無いがのう……。
「……もう、これはアレじゃのう。皆で旅をするしか無いのう」
「そうだね……。というわけなんですけど……どうですか、主さん?」
「…………」こくり
どうやら、主殿も、どこかに旅行に行くのは吝かではないようなのじゃ。
……というか主殿……ワルツと一緒で、ルシア嬢に対して妙に甘くないかのう?
もしも妾が、『共に旅に出るのじゃ!』と言っても、絶対に聞く耳を持たんかったじゃろ?
……まぁ良いがのう。
お金を出してくれるのは主殿じゃし……。
「……旅か……。旅か!」
『旅』という単語を聞いて、アメはそんな嬉しそうな声を上げたのじゃ。
……ほんと、こやつ、一体これまでどんな生活を送ってきたんじゃろうか……。
次回、温泉に到着、なのじゃ!
……いや、別に、移動経路上の色々なものを延々説明していくと言う話でも良いのじゃが……恐らく5話くらいが限界じゃろうか……。
さて……アメのことを忘れんようにせんとのう……。
あ、途中から、狩人殿が喋っておらぬのは、森の中に野うさぎを(略




