1-09 おんせん?1
「へ、へっ、へっくしゅんっ!」
う、うむ……。
身体が冷えてしまったのじゃ……。
それもこれも、アメのやつのせいで、妾もびしょ濡れになってしもうたからなのじゃ。
「こ、このままじゃと、風邪引いてしまうのじゃ……」
そう言いながら妾は、脱衣所から持ってきたバスタオルで頭を拭いておったのじゃ。
するとの、ルシア嬢が不思議そうな顔をして、口を開いたのじゃ。
「でも、テレサちゃんが風邪引いた所見た所無いよ?」
「……お主、何か言いたいことがあるようじゃのう?」
「ううん。特に何もないよ?ただ、勇者さんも同じ理由で風邪を引きそうにないなぁー、って思っただけ」
よーし、表に出るのじゃ、ルシア嬢!
今日こそは、きっちりと白黒付けてやるのじゃ!
…………妾は心の中だけで、そう意気込んだのじゃ……。
「……すまぬ。テレサよ」
するとアメが、椅子に座っておった妾の頭の後ろに抱きつくようにして、ベッタリと胸の肉塊をくっつけてきたのじゃ。
「お主……随分と馴れ馴れしいのう……色んな意味で……。というか、お主が濡れておるせいで、今拭いたばかりの妾の髪の毛が、また濡れてしもうたではないか!お主も早く身体を拭いて、着替えるのじゃ!」
「む?おぉ、それは済まないことをしたのじゃ。暫し待つが良い」
するとアメは、申し訳ないと思ったのか……自身の着替えを済ませる前に、妾の濡れた髪を拭き始めたのじゃ……。
一応、この家の中でのひえらるきーはよく分かっておるようなのじゃ。
……じゃがのう……
「……のう、お主。一つ聞いても良いか?」
「何じゃ?」
「……そのタオル、妙に濡れておるようじゃが、一体、どこから持ってきたのじゃ?」
拭いても拭いても、拭き切れない……むしろ、余計に湿ってゆく自分の髪に、妾はそんな疑問を浮かべたのじゃ。
これに気づかないほど鈍感な奴がおれば、いっぺん顔を拝んでみたいものじゃ。
……あ、ユリアがいたのう……。
……じゃなくてじゃ!
「おぬっ……それ、雑巾じゃろ?!」
……そうなのじゃ。
奴め、濡れた床を拭いておったタオルで、そのまま妾の頭を拭きおったのじゃ!
「いや、タオルじゃよ?」
「いや、そうではないのじゃ……」
……ダメじゃこやつ……。
そんな妾たちのやり取りを……どこか温かい眼で眺めておった主殿が、時計を見た後で、徐ろに立ち上がったのじゃ。
「……ぬ?!この気配……!」
「……!」
「ん?どうしたのじゃ?」
新入りのアメには分かっておらぬようじゃったが、妾とルシアにはビビッと来たのじゃ!
……もちろん、漏電して感電したわけではないぞ?
あと、散歩に行く直前のイブ嬢とも違うのじゃぞ?
……まぁ、大体、似たようなものじゃがの。
「おんせんフラグなのじゃ!」
そうなのじゃ。
時は18:25分……。
近所の山奥にある温泉施設まで、1時間15分……。
そして、らすとおーだーが20:00。
つまり、今すぐ準備を初めて出発すれば……いつも通りなら、大体19:55頃には到着するのじゃ。
なお、閉店は21時なのじゃ。
ということは、1時間は、人が少ない状態の大浴場の風呂に、ゆっくりと浸かることが出来るのじゃ。
平日であることを考えれば……下手をすれば、貸切状態なのじゃ!
……ただ、一つだけ問題はあるんじゃが……まぁ、それについては後ほどじゃのう。
「お主も、行く準備を……って、お主は準備するような下着は持っておらぬよのう……」
……徐ろに雑巾で身体を拭き始めておったアメに、妾はジト目を向けながらそう口にしたのじゃ。
「む?下着?あぁ、褌や晒のことじゃな?」
「……随分古風なモノを身に付けておるようじゃのう……。じゃが、それらの替えは持ってきておらぬのじゃろ?」
「う……うむ。社においてきたのじゃ」
「ふむ……。今更戻れぬしのう……。仕方ないのじゃ。主殿?狩人殿に声を掛けても良いかのう?」
「…………」こくり
「うむ。ありがとうなのじゃ!」
どうして妾が、狩人殿に声を掛けようと思ったのか?
これについても後ほど……というかすぐに分かるのじゃ。
コトンコトン……
夜の町中を山を目指して走っていく主殿の車。
道路にある段差から伝わってくる振動を、タイヤのゴムと空気、それにショックアブソーバに封入された磁性流体によるアクティブサスペンション、そしてマルチリンク式の独立懸架の各所に設置されたゴムブッシュによって、ハンドリングインフォメーションを損なうこと無く、滑らかに吸収してゆく様子は……まさに、らぐじゅありー、といった感じなのじゃ。
妾も早く運転できるようになりたいのじゃ。
……え?妙に詳しい?
いやそんなことはないのじゃ。
この世界では常識なのじゃろう?
主殿が前に、『生きていくのに必要』じゃからと、知識を叩き込んできたのじゃ。
……今のところ、その知識が役だったことはないがのう……。
まぁ、それはどうでもよいのじゃ。
問題は、車の中がはっきり言って狭かったことなのじゃ……。
いやの?
別に、主殿の車がアクティブサスペンション付きなのにコンパクトカーだったとか、ルシア嬢の成長が著しかったとか、妾の駄肉が邪魔……いや、そんなことはないのじゃ。
まだ、平均体重よりは軽いからのう。
……尻尾の重さを除いてじゃが。
では、何故狭かったのか、というとじゃ、
「温泉か……行きたかったんだよ。誘ってくれてありがとうな?」
狩人殿も一緒に車の中におったからなのじゃ。
いやの?
アメの着る服がない、ということはじゃ、借りるしかないからのう。
……下着を購入しに行くより、おんせんに行く方が、最優先なのじゃ!
で、体型が似ておって、すぐに声をかけられる者といえば……早朝以外は大体家にいる狩人殿くらいしか思いつかなかったのじゃ。
とは言っても、胸についた肉の大きさはまるで違ったがのう……。
まぁ、今晩くらい、晒がなくとも問題はないじゃろう。
で、じゃ。
助手席に乗った狩人殿が、前記のような言葉を妾たちに向かって掛けてきたのじゃが……彼女に対して、アメはどういうわけか、怪訝な表情を浮かべておったのじゃ。
……もちろん、人見知りが激しいとか、そいういう理由からではないのじゃぞ?
「あの……狩人殿?」
「ん?どうした?」
「お主も……ワシの姿が見えるのじゃな……」
どうやらアメは、自分の姿が、皆には見えないと思っておったようなのじゃ。
一体、どんな壮絶な生活を送ってきたんじゃろうのう……。
世界でただ一人、自分の姿だけが周りの者に認知されぬ……そんな物語をどこかで見たことがあるような気がするのじゃ。
……いや。
他人の人生に対して、不用意に首を突っ込むのは失礼じゃから、これ以上、考えるのはやめておくのじゃ。
「見えるって……当たり前だろ?普段のワルツではないんだからな……」
「……?」
「いや、なんでもない。気にするな。それで……」
するとじゃ。
狩人殿は、持参してきた袋の中から箱を取り出したのじゃ。
……美味しそうな匂いのする箱を、の。
要するに、移動しておる間、車の中で夕食を食べてしまおう、ということなのじゃろう。
「……というわけなんだが……良いだろうか?ワルツの…………いや、主さん?」
「…………」こくり
「よしっ!じゃぁ、私が横から食べさせるから、主さんは運転を続けてくれ」
「はい。これも一緒にね?」かぱっ
「嬢よ……お主、いつの間にお寿司を持って来おった……」
「うむ、実に良い香りのする夕餉と稲荷寿司じゃのう……」
……こうして、おんせんへと走る車の中で、夕食会が始まったのじゃ。
アメが生まれてこの方、一度も下着交換してないとか……間違ってもそんなこと言えなかったのじゃ。
ただ……社の中で褌を干しておる神とか……それはそれで見たくないがのう……。
あー、次回……アメの設定を忘れそうじゃ……。
……今から寝るまで、忘れないように、反復して呟いておくかのう。




