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料理

作者: ゆまち春

 冷蔵庫にはトマトや漬物、冷凍食品から卵やウインナーの素材まで完備されていた。しかし、作れるもののレパートリーには炒飯やオムライスしかない私には、まともな料理を作るためにどれを引っ張り出せばいいのかすら検討がつかなかった。

 戸惑っていると、棚の中段にこれみよがしに置いてある銀色のボウルを見つけた。ボウルの中には、葉っぱ、白ねぎ、封に入れられたタレのような茶色い液体、それに主食になりそうな生肉が詰め込まれていた。一目でこれが晩御飯になるんだと確信したが、残念かな私にはここから何ができるのか想像がつかなかった。

 白ネギと肉の組み合わせで何ができるのだろうか。

 常識的に考えれば、肉を焼いて白ネギをまぶしタレをぶっかけさえすれば料理のようになるだろう。それに緑の葉っぱを上に乗せてあげれば見栄えもよくなり、きっと家族は喜ぶだろう。

 しかし、食材が個々に袋詰めされてコンパクトに収められたボウルの中には問題があった。

 我が家は四人家族である。母は今寝ているから、晩御飯を食べるべき人間は父と私と弟だ。

 なのに、生肉を詰め込んだパックは二つしか準備されていなかった。

 誰も外食を予定していない以上、準備されるべき生肉のパックは最低でも三つである。

 では母が、二つの生肉、多量の白ネギ、何枚かの葉っぱを使って三人分用意しようとしていたものはなんなのか。

 ピー、ピー。

 おっと、冷蔵庫が怒り出したから退避しよう。

 中から持ち出したボウルは当たり前だが冷えていた。肉も冷たいが、解凍されて柔らかくなっていたのでとりあえずもにゅもにゅと触り心地を楽しんでいると、稲妻のような小さな電流が脳を刺激した。

 機知の富んだ発想に喜んで口をにやりと歪ませる。私は閃いてしまった。

 これは鶏肉だ。水炊きの主役と言っても過言ではない鶏肉に、少量のみ付随する白く唇のように柔いその皮。この感触を間違えることなどない。

 そして鶏肉にタレときた。タレに腿肉を長時間浸し、味を染み込ませた後に油で揚げれば皆大好きなから揚げだ。が、主夫スキルの欠片もない私に油などキッチンのどこに備えられているのかも知らなかった。

「足元の右の棚」

 弟が口出しをしてくるが、そもそも今から味を染み込ませていては食べるのが何時になるのかもわからないのにから揚げなぞできん。私は一蹴する代わりに無視をして、棚の中から小ぶりの油を取り出した。それをフライパンに注いでからボタンでアイエイチの火をつける。手順が間違っていると弟が言うが私は気にしない。

 フライパンの上に手をかざす。微かな熱気がチタンを通して手の平に伝わる。

 温まったな。

 私は鶏肉を取り出してフライパンに放り投げた。

 ひいた油と鶏肉から出る動物油が飯に飢えた男の食欲を刺激する。大きなフライパンに対する鶏肉の比率は少ないが、タレを入れることを調理予定に入れれば大きさはこれで問題ないだろう。

 私が作ろうとしているのは照り焼きだった。これならば同じ皿に乗せて適当に切り分けてしまえば文句も出ないだろう。そう自慢気になりながらお客を見ると、既に父と弟は有り物に食らいついていた。私は、父と弟がキッチンを隔てた向こう側で食べる煮物を指をくわえながら耐え、臥薪嘗胆と唱えながら近くに置いてくれた大根をつまんでいた。

 よく煮付けられた大根を食べ終わる頃には鶏肉に焦げ目がついていた。

 手軽なボタン操作で弱火にした後に気付いた。白ネギの使い方だ。

 照り焼きでの白ネギとはどのようなタイミングで投入するものなのだろうか。

 タレと混ぜるべきなのか、それともお皿に個々人で盛り付けるものなのか。ビニール袋に丸々と入れられテープで詰められた彼らはそれに答えてはくれない。

 鳥たちには私の手際の悪さが相まってもう黒く炭になりそうな個体もいる。ネットで調べている時間もなかった。私に関心のない父と弟には一切を聞かず、私はその場で白ネギを投入する。

 まるで消火器のようだった。鳥の油がじゅうじゅうと腹の虫を威嚇していた一瞬前が嘘のように無音となった。白ネギだと思っていた物体は鶏肉たちを覆い隠してしまうほどに多かった。

慌てて強火に戻して菜箸でそれを崩す。みずみずしいそれらをフライパンの上で散りばめて菜箸を持ち上げてみた。

 塊ではなくその一片だけを調べればはっきりとする。

 これは白ネギでなく玉葱であった。

 火を強くし手に持ったしゃもじでそれらを掻き混ぜながらも、私の思考は停止していた。

 浮かべていた調理後の照り焼きには白ネギが散らばっていた。

 しかし、実際に存在するのは玉葱。白ネギなんて最初からどこにもなかった。

 間違った推測が次の判断を鈍くしていく。どうすればいいのかわからずに同じ工程を永遠と繰り返しているように感じた。

 しかしいくら思案しても、照り焼きに玉葱を使うのかの見当もつかない。脳の回転は止まっているのにしゃもじだけがフライパンの上で空回りしていく。用意された食材は葉っぱとタレのみ。これだけで何が作れるというのだろうか。

 埋もれた鳥たちから出た油だけでは多量の玉葱を炒るには不十分だった。フライパンの底が見渡せないのに油を敷こうとすれば、食材に直接油が付着してしまう。後先が見えない私に取れる策は少なかった。

 苦肉の策の中でも最良を見つけ出し、私は茶色く透過性のあるタレの封を切ってそのまま注ぎ入れる。フライパンの下半分をそれで浸したのだ。

 伝えることも逃げることもされなかった熱が飛び込んできたタレをすぐさま沸点へと持ってきた。ぐつぐつと煮込むようになってまたすぐさま慌ただしくなる。持ってたしゃもじをぐるぐると回転させていると、まるで玉葱はご飯のように見えた。

 そのとき、私は天明を得たのだと再度確信した。

 カランと、木でできたしゃもじを横に投げ、慌てて冷蔵庫を開く。最初から見えていた。この料理のために必要な食材を取り出す。三つ、四つと取り出し終えて冷蔵庫を閉める。思い浮かべていた食材を取り出す数秒の合間では、冷蔵庫は怒らなかった。

 調理過程が正しかったそれの火を弱めてから、力を込めて一層強く掻き混ぜる。沸点より低くなったことを確認して、私は取り出した最後の食材である生卵を投入した。

 目玉焼きにならないように他の食材の上に被せるように真上で割る。黄身と白身と食材を魔法のような鍋で煮込んでいく。そして、茶色と白の混ざり合わなかったそれらが、ベールに包まれたように一つの料理に生まれ変わった。

 火を消した。大作が出来上がったとばかりに胸を張る。またひとつ私のレパートリーに名が刻まれた。

 出来上がったそれを白米をよそった丼茶碗に被せて、三つの茶碗に入れていく。

「あら、出来たの。頑張ったわね」

 廊下に体調を崩していた母親が立っていた。病人にこれを食べさせるべきか悩んだか、おじやみたいなもんだろうと結論付けて茶碗をもう一つ用意した。

 既にあらかた夕食を終えてしまっていた父と弟の目の前に、これが主食だと言いながら置いてやった。

 少し焦げた肉が混じった親子丼を。


あとがきその1

一昨日(か三、四日前)の話です。もう日記に書けよとか思ったのですが、何とか捏ねて創作にしました。


あとがきその2

親子丼初めて作りましたけど、玉葱の量が本当に多かったです。フライパン多い尽くすほどの玉葱で驚いたので、後で母親に聞いたら二回分だったらしいです。おいしかったんでよかったですけどね。

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