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守護獣シリーズ

2つの願い

作者: 夜凪

「1つの祈り」と同じ世界観のお話です。

単独で読めます。

人間って勝手だなって思う。

勝手に心の中に入り込んできて、勝手に居なくなる。

勝手に願いを託して…。

あたしにしがみついてスヤスヤと眠る赤児を眺めながらそんな事をぼんやりと考えた。





この世界には東西南北それぞれに守護獣がいて、あたしが生を受けたのは、東の土地だった。

天銀狐を守護獣として育てられる家に産まれたのに、私の毛色はなぜか真っ黒で、だから、仲間からも人間からも出来損ないだと言われたのは至極当然の事だった。

だけど、お父さんもお母さんも優しかったし、他の兄弟達とも分け隔てなく接してくれたから、あたしはあまり気にしなかった。


ただ、成獣して兄弟達が次々と契約者を得ていく中、1人誰からも見向きもしてもらえないのは、流石に落ち込んだ。

私の方が、幻術も他の力も強いのに。

毛色が黒い。

それだけで、人間達は私から目を背けた。


兄弟達がみんな契約者を得て、1年が経ち2年が経ち、3年に入ろうという所でついにあたしはあきらめた。

どうせ、ここにいたって契約なんてできっこ無い。だったら、いるだけ無駄じゃん。


そうして、私は館を飛び出して、前代未聞の野良守護獣(守る人が居なくても守護獣っていうのか謎だけど…)となった。


…ヤケになってたのは否定しない。

だけど、本来楽天的で自由を愛していたあたしにどうやら放浪生活は合っていたらしく、それなりに楽しく暮らしていた。


野山を駆け巡って野生の動物を狩り、たまに人里に降り人間を観察し……。

気がつけば、結構な年月を1人で過ごしあたしは生熟していった。

どこか感じる空しさに目を背けながら。



そんな中、大きな戦争があって国が荒れた。


騒がしくなった人里を離れ、血生臭い風も届かないような山奥で、あたしは彼等をみつけた。

ボロボロの騎士の服を着た男と彼に守られるように背に庇われた少女。


風の魔法の気配がして、誰かが転移してきた事に気付いたあたしが、興味本位で近づいた時、彼等は怒り狂った手負いの熊に襲われていた。

3メートルを越す大熊に対して騎士の方はというと魔力切れを起こしかけ体も傷ついている様で、どう考えても分が悪かった。

助ける義理はない。けれど……。


迷う私を呼ぶように小さな泣き声が耳に入ったのはその時だった。

それは、生まれて間もない赤ちゃんの声。

あたしの耳だから拾えた程の小さな泣き声に気がつけば飛び出していた。


そうして、一声、熊に向かってほえる。

警告を込めたあたしの声に、だけど、手負いの熊はひかなかった。

……普通なら、守護獣に獣達が逆らう事は無い。勝てない相手に挑む野生の獣は居ないから。

だけど、手負いゆえに狂ってしまった熊は、そんな判断すらもう出来なくなっていたのだろう。

牙を剥き鉤爪を振るってきた熊を、ため息と共にあたしは風の刃で切り裂いた。

せめて、これ以上苦しむ事の無いように一撃で。


そうして、熊を屠った後には、奇妙な沈黙が流れた。

それはそうだ。

熊に比べたら半分も無い黒い狐が突然飛び出してきたと思ったら、あっさり魔法で殺っちゃった、ってなんの冗談だと思うよね。

そもそも、普通の獣に魔法は使えないし……。


厄介な事になるかな…とも思ったけど、私はその場から逃げることがどうしても出来なかった。

少女の腕の中。

柔らかな布に包まれた泣き声の主が気になって、気になって……。


「あなたはもしや守護獣なのか?」

少女を背に警戒した瞳のまま騎士が問いかけてきた。

少し迷った後、あたしは頷いてみせた。

「契約者は?」

その言葉に、思わず顔をしかめる。

確かに、守護獣が単独で動く事などめったに無い事だから、この質問はしょうがない。

例えそれが、割り切ったつもりでも実は割り切れていないあたしの心のどこかを抉ったとしても。


『契約してない。あたしは1人だ』

心に直接語りかけるあたしの声に、騎士は目を瞬かせる。

そして、しばしの迷いの後、剣を鞘に収めた。

「守護獣殿、助けていただき感謝する。私の名はライト=トゥルーディング。レンダ王国の騎士をしている」

騎士の礼をとり、きちんと名乗った相手をあたしはじっと見つめた。

『…あたしは天銀狐。名は無い。1人気ままにふらふらしてる所』

守護獣は、契約と共に名を与えられる。

だから、あたしには、名乗る名はまだ無い。まだ、じゃ無くて永遠に、かもだけど…。


「黒い狐さん。助けてくれてありがとうございました」

鬱々とした考えにはまり込みそうになった私の耳に、澄んだ声が飛び込んできた。

そちらに顔を向ければ、澄んだ春の空を思わせる瞳がじっとこっちを見つめていた。

16〜7歳位の少女は、その腕にしっかりと赤ちゃんを抱きしめ、こっちを見ていた。

撥水加工された黒いローブも隙間から覗くドレスも薄汚れていたけれど、とても綺麗な女の子だった。

「私はサラサ=トゥルーディング。彼の妹です。この子はカイン。私の息子」


そう言うと、サラサはあたしに赤ちゃんを見せてくれた。

サラサと同じ春の空の色の瞳がこっちを見ていた。

さっきまで泣いていたから、その大きな瞳はまだ少し潤んでいて木漏れ日を映してキラキラしてた。

その光に吸い込まれるように、気づけばあたしは赤ちゃんに歩み寄っていた。

視界の端でライトが迷うように身じろいだけど、結局動くのをやめ、見守る事にしたみたいだった。


そっと赤ちゃんの匂いを嗅いでみる。

ミルクの甘い匂い。

それは、幸せな匂いだった。

小さな手が伸びてきて、あたしの鼻先をくすぐる。ぷにぷにで、誰も傷つける事の無い手が、なんだかとても愛おしかった。

ペロリと柔らかな頬を舐めると赤ちゃんはくすぐったかったのかふにゃりと笑った。


その瞬間の気持ちをなんと表現していいのか、あたしには未だに分からない。

胸の奥にブワッと大きな熱の塊が生まれて渦巻き、あたしの全てを支配する。

ただ、「見つけた」って思った。

あたしはこの子に、…カインに出会うために今まで生きてきたんだと。






そうして、あたしは3人の仲間に加わった。


サラサは反乱によって殺された王様の妃で、カインはその第一皇子だった。

反乱軍にとっては、残してはおけない不穏分子で、ライトは、妹と甥を救うためにたった1人で二人を連れて逃げたらしい。

執拗な追っ手をまく為に、王に託された魔法石の力を使って転移した所を手負いの熊に襲われた…って、どんだけ運が悪いんだ。


呆れるあたしに、ライトは「きっと君に会う為に必要な事だったんだ」と大真面目に言ってのけた。

真面目な騎士にはかないません……。


3人に加わってしばらくしてから、あたしは、この真面目すぎて少し空回り気味な騎士と仮契約をした。

本当はカインとしたかったんだけど、カインはまだ言葉も理解できない小さな赤ん坊で、かといって、名前の無い守護獣では力の半分も出せ無いのが決まりだった。

だから、とりあえずライトに契約者として名をつけてもらい力の解放を図ってみたのだ。

そのままだと、みんなを護るには弱いと思ったから。


だけど、残念な事に正式な契約にはならなかった。

原因は幾つか考えられるけど、1番は、私の心が本当に求めているのはライトでは無いって事と、契約の儀式が聖域で正式な手順で行わなければなら無いものだという事。

契約って結構、面倒な物なのだ。


それでも、何もしないよりは力も使えるようになったし、まるっきり無駄だった訳じゃない。

なにより、あたしに名前ができて、みんなに呼んでもらえるようになった。

実は、この仮契約で、これが1番嬉しかったかもしれない。


ちなみに、名前が決まるに当たってかなり揉めた。

ライトには決定的に名付けのセンスが無かったのだ。

黒い狐だからコッコとか、ありえない。あたしはニワトリかっての!

結局、サラサが主導権を握り心の底から安堵したのはいい思い出だ。


取り敢えず、仮契約を正式にする為には、私の故郷に行くしかないという事で、東に向かう事になったのだが、実はみんなと会ったのは西の果ての森で、あたしの故郷にたどり着くには、途方もない距離を旅をしなければならなかったのだ。


力が全解放となれば、みんなを同時に運べるけど、今のあたしでは、一人運ぶのが精一杯。それも、何回かに分けて転移して往復2日はかかる。その間、残された者の事を考えればとても選択出来る手では無かった。

そもそも、赤ちゃんとお母さんを引き離すのはちょっと無理。


と、いうわけで、地道にコツコツ移動したんだけど、これがまた大変だった。

なにしろ、命を狙われてる身としては、極力人里は避けたいところで、かといって赤ちゃんとか弱いお嬢さん連れで道のりがはかどるわけが無かったのだ。


それでも、サラサの体力を見つつ前に進んで、追っても躱し、少しずつ故郷に近ずいてきたあの日。



突然の別れが来る。



油断があったのだと、今なら分かる。

3人と出会ってから半年近くが過ぎ、旅慣れてきてたし、西の国からもだいぶ離れたせいかしばらく追っ手にも遭遇していなかった。

だから、ようやく諦めてくれたんだろうと有りもしない希望を抱いてしまった。


深い谷を渡る長い吊り橋。

今までなら、逃げ道のないそんな所通る事は無かった。

だけど、長く続いた野宿の日々にサラサが体調を崩し、回り道をすると次の街まで到着が2日長引くとわかった時、えらんでしまったのだ。

その、吊り橋を渡る事を。


中程まで渡った時、突然、火矢が飛んできた。サラサを背負ったライトが、とっさに振り返り小手で払ったけれど、矢は、その後も次々と飛んできた。

あたしはカインを背中に括り付けられていて、咄嗟に動く事も出来ず、蔦と木で組まれた吊り橋は火で焼かれ始めていた。

背を向けて走れば矢の餌食。

だけど、矢を弾きながら後ろ向きに進めば間に合わず、渡る前に吊り橋は燃え落ちそうだった。


その時、ライトに背負われたままのサラサが私を見つめた。

熱が高いサラサは足が萎えていて、自分で走る事は叶わない。

「カインを連れて跳んで逃げて」

『なにをいってるの?!』


突然の言葉に、本気でサラサがなにを言っているのか分からなかった。

だけど、サラサは淡々と言葉を紡いだ。

「カインだけなら軽いから連れて転移もできるでしょう?」

『イヤだ!置いてなんかいけない!!』

今、2人と別れるという事は、2度と会えなくなるという事と同じだと分かっていた。


首を振るあたしにサラサは困った様に笑った。

「あなたが1番に護るべきはカインでしょう?間違えてはダメよ」

『あたしは2人だって大切なのに!置いてなんか行けないよ!!』

あたしが叫ぶと、サラサはゆっくりと首を振る。

「このままじゃみんな死ぬわ」


そんな事は分かっている。

だけど、感情が邪魔をする。

生きたいという本能よりも勝るものがあるんだ。


だけどサラサは、残酷な願いを口にする。

「お願い。カインを護って。この子を生かして」

長旅で荒れてしまった指先が伸ばされる。

本当なら、綺麗な白い手だっただろうそれは今は無残に傷んでいて、だけど、何よりも優しく強い母の手だった。


護る者の為に、邪魔な者は切り捨てて行けと促すそれに、あたしは最後の望みを掛けてライトを見た。

強く賢い彼ならば、この場をうまく切りける道を示してくれるんじゃないかと……。

だけど……。

「早く行け。橋が落ちる」

真面目な仮契約者は、言葉少なにあたしをうながした。


こんな願い、聞きたくない。

こんなの、イヤだ。

だけど、背中で泣いているカインを思えば………


「愛してるわ、2人とも。きっとどこかで会える」

ライトの背から滑り降りたサラサがその勢いのままにあたしごとカインを抱きしめた後、あたしの首に自分のしていたネックレスをかけた。


『もう一度会えるまで、カインはあたしが守るから!』

だから生きてと願いを込めて叫ぶと、今にも燃え落ちる吊り橋からあたしは、跳んだ。






クシュン、と小さなクシャミにあたしは我に返り、カインの体を引き寄せた。

まだ、夜は寒い。

柔らかい腹毛に寄り添った小さな体をふさふさの自慢の尾で覆ってやれば、もぞもぞと居心地の良い態勢を探し、静かになった。


あの時。

転移する瞬間に、あたしはもう一つ魔法を使った。

風の刃であえて橋を切り落とし、落ちていく2人の体を風の守護で包んだのだ。

上手くいけば、下の河に落ちる衝撃を和らげてくれているはず。


同時魔法を無理に使ったせいで、魔力切れを起こしかけて大変だったけど、おかげで希望は残った。あの2人ならきっと大丈夫。

…それを、確かめる術は無いけれど。



託された願いは1つ。

『小さなカインを護る事』

それに、あたしはそっともう1つの願いを添えた。


『もう1度会えます様に』






あたしの名は《サーシャ》

カインを護る者。

2人にもらったこの名に誓って、2人の願いはきっと叶える。


だから神様。

どうか、あたしの願いも叶えてください。











読んでくださり、ありがとうございました。

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