幼馴染みの再生
祐介は、少女漫画に出てくるような格好いい幼なじみという幻想を打ち砕いてくれる、見事なフツメンというやつだ。
どの委員会にも所属せず、運動も勉強も中の中。底抜けに明るいわけでも、暗いわけでも、怒りっぽくも、優しくもない。
バレンタインのチョコは専ら母親と私からの義理チョコ位しか貰ったことが無いんじゃないかと言うぐらい、モテた経験もない。
趣味は、漫画とゲーム。でもオタクって言うほどでもない。
不本意ながら18年間お隣さんをやっていた私は、そんな祐介と、偶然の産物ではあるけれど、通う学校が12年間ずーーーーーっと一緒だった。
小学校中学校は私立にお受験しない限り地元の子どもが通うことになるから、誰それはどこに住んでいるなんてのが手に取るように分かる……そして、子ども特有の安直さ、思い込み、残酷さから、私のあだ名は9年間お隣に住んでいたというただ一点のみの理由で「嫁」
言わずもがな、祐介の「嫁」である。
多感な二次成長期をそうして過ごした私は、高校入学と同時に、祐介にこう宣言した。「お互いの青春を謳歌するためにも、高校生の間は家が隣同士であることは明かさない!」そうして、それはお互いのクラスが重ならなかった事と、余りお喋りではない祐介の性格も合わさって、卒業を迎えた今でも守られてる。
晴れて、幼なじみの呪縛から解き放たれた私は、高校3年間の間に、何人か彼氏が出来たり別れたりしたけれど、いまいち 長続きしなかった。
本日、卒業式を迎えたこの日に独り身なのは何となく寂しい気もしたけれど、女の子の友達は多かったし、卒業式の打ち上げだってこうして二次会のカラオケに参加するぐらいには高校生活を謳歌出来たんじゃないかなって思っている。
幹事の女の子がお手洗いから戻って来たとき、満面の笑みで「じゃじゃーーーん」とか言うから、私の歌の途中だったけど、思わず歌を止めて振り返った。視線の先にいたのは隣の部屋にいたという、他クラスの卒業生男子の一団だった。その中に祐介の姿を認めて「久しぶりにちゃんと祐介の顔見たな」なんて思ったりした。
結果として、合流した卒業生男女は妙な連帯感のお陰で、結構遅くまでカラオケをすることになった。祐介が意外に歌が上手い事を初めて知って新鮮な気持ちになったりもした
。
夜に出掛けるという滅多にしないことをしていて、テンションが上がっていたのだろうか、凄く楽しくて、カラオケが終わる頃には皆打ち解けていて、接点と言えば同学年と言うだけの人達とたった数時間でこんなに仲良くなるとはって、驚いた。
帰りは方向が同じもの同士で連れだって帰ることになった。当然、家の方向が一緒の祐介と3年ぶりに並んで歩く事になった。私がバス通学で、祐介は自転車通学だったから、本当に3年間一度も帰りが一緒になった事がなかった。
「なんか、久しぶりだね」
そう言って隣を歩く祐介の顔を見上げる。
桜も散り始めた春とはいえ、まだ夜中は寒さの残る時期で祐介はポケットに手を突っ込んで、背中を少し丸めて歩いていたが、それでも、見上げる程背が伸びていたことに気付く。
「ああ」
ちらりと目線を下げた祐介は、短い単語を紡ぐ。おしゃべりではない祐介にとって、この返事は普通のテンションである。ただ、その声に馴染みがなくて私は祐介の服の袖を引いた。
「ね、もうちょっと、しゃべってみてよ」
祐介は質問の意図を図りかねたのか、自分の袖を引く私に首をかしげる。
「や、さっきの歌といい、祐介また声変わりした?凄いいい声なんだけど」
中学校の半ばで鈴を転がしたような声から、一段低い声に声変わりしたところまでは知っていたのだけど、更に低い低音になっている気がする。久しぶりに会った幼馴染みの変化に、興味がわいたのだ。
「あほか」
そう言ってこちらを見る祐介の目は本当に呆れたという色をしていて嫌そうである。
「いやいや、なかなかどうして良い声だと思うけどねー。言われない?」
話しているうちに、向こうもあんまり中身が変わって無いのが分かってきて、どんどん幼馴染みの気安さと言うか、3年のブランクを感じないテンションになってくる。
「言われない」
居心地悪そうにしながらも、ちゃんと返事を返してくれる律儀さに免じて、私は話題を変えた。
「良い声なのにねぇ?あ、祐介は進学?就職?」
ちょっとだけ視線をこちらにして「○○大学」と答えた祐介の腕を掴む。
「え!私と一緒じゃない!スッゴい腐れ縁だねぇ!良かった、友達皆違う学校だったから、顔見知りいたら心強い!携帯番号教えて!」
凄い凄いと言う私の頭をポンと叩き「落ち着け」と言った後、祐介は携帯電話をこちらに向ける。中学生の時はお互い親が厳しくて「まだ持たなくていい」と言われていたけど、流石に高校生にもなったら持ってるわな。そりゃ。
「手、大きくなったねぇ。背が伸びたのは知ってたけど、声とか、パッと聞いたんじゃ分かんないねぇ。そんな声で口説かれた日にゃぁ、腰が抜けるわ」
しみじみと言いながら番号を登録する。
「何言ってるんだか」
何言ってるんでしょうねー
ふっと息を吐いて微かに笑う祐介を見て妙に照れ臭くて口を閉じる。私が口を閉じると祐介は無口だから二人の間に沈黙が降りる。
でも、それはあんまり気まずいものじゃなくて。
静かで暗い家路を辿りながら幼馴染みとの交流が復活したことに、何故か胸がざわつく春の夜でした。