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拒絶の代償

作者: しずな


私がこの国―――…ゴルゴドス国の王妃、ミノリ・ゴルゴドスとなってから二カ月が過ぎようとしていた。


あの後は怒涛の展開だった。担がれ、広い風呂場へ放り投げられたかと思うと多くのメイドさんに取り囲まれ、洗われ、磨かれ、乾かされた。その後強制的に着替えさせられ、私が契約を交わした瞬間退位となったあのばか王の父、バルティリウス様の元へご挨拶へ窺う事となった。

喚き暴れた私も床に付したバルティリウス様の前ではその態度を貫く事が出来ず、祝福を受けることとなってしまったのである。

私の顔には大きく不服!と書いてあったのであろう。義父様は優しく笑って言った。


「ガイアスは一人息子でな、甘やかされて育った所為か強引でわがままな所が目立つが、義に反するような事はせん男だ」


おもっくそ反してますが。強制召喚の挙句に騙してサインさせましたよ、この男。

私の心の声が聞こえたのか“義に反さない男”は乙女の尻を膝で小突いた。無論、私は今でもその事を根に持っている。


「あなたを不幸にすることだけはないでしょう。どうか優しい目で見守ってやって下され」

「あ、は、はぁ…」


曖昧な返事を返すと、バルティリウス様は皺を更に深く刻んで、楽しそうに笑った。


部屋を辞すと、そのまま流れ作業のように今度は脱がされ、着させられ、締め付けられ、婚礼の儀が執り行われた。恐らく司祭であろう人が朗々と何か読み上げていたが私の叫び声によりほぼ聞こえず、神聖な空気感は皆無だった。

食事は上手かった。しかし問題はその夜である。なんとか婚礼の儀をあげてしまった私たちは夫婦となった訳で。イコール今夜は初夜な訳で。ここにはイエスノー枕なんて些細な乙女の恥じらいを表す小道具すらなかった訳で…。


「私絶対ヤんないからね!!その位置から少しでも近寄ったら殺すからね!!」

「私もお前も加護を受ける身。外傷は受けぬし自害も出来んぞ」

「なんでそんな楽しそうな顔で言ってんの!?ちょっと、近寄んないでって言ってるでしょ!!」

「諦めろ」

「やだやだやだお母さんお父さんおばあちゃんおじいちゃんご先祖様どうかこの変態から私を守ってお願いします今の私お金なら腐るほどあるしなんだってお供えしますからていうか今すぐ魔法に目覚めろなんかシールド的なもの張らせろ強力なATフィールド希望ですハッ!ハッ!ハァァッ!!」

「……もういい、萎えた。寝るぞ」


両手を前に突き出して気を集める私にため息をひとつ落としたガイアスは躊躇いもなくこちらに近づき、私の体を抱えてベッドに投げた。もちろんキングサイズである。


「変な事したら元気玉くらわせるからね!」

「わかったからもう静かにしろ」


そのまま二カ月が過ぎた今も、私の日々の努力が実り、未だ未貫通である。



「おい馬鹿王妃、なにアホずら研究してんだよ。そんなヒマあったらさっさと勉強しろ」

「うっさいヘビ男!クビにするよ!」

「お前にそんな権限ございませ~ん!せいぜい夕食のメニュー替えられるぐらいですぅ~」

「ほんとあんた嫌い!嫌い嫌い嫌い!」


人が気にしていることを堂々と衝いてくるのはヘビ男もといセルディオン・レオン・ガーチスはガイアスの従兄弟であり、宮廷魔術師であり、陰険馬鹿性格悪男だった。

王妃という立場になった私だったが、その権限たるや無いに等しく、夕食のメニューすら変えられるかどうか微妙なラインである。

というのも異世界から召喚される王妃は文字を書くことも出来ないし、こちらの事を巷の子供より知らない。

そんな存在が政治や人事に口出し出来る筈もなく、このヘビ男は二ヶ月の間私の教育係として毎日顔を合わせていた。


「絶対に認められて絶対アンタを田舎に左遷してやる…!」

「叶うといいでちゅね~まじゅはちゃんちゃいレベルの書き取りをちまちょうか~」

「今日は100点とるもん!」

「…仲がいいな」


音もなく部屋に現われたのは憎き旦那さまであった。何故かブリザードを吹かせながらセルディオンにうすら笑いを送っている。


「めめめ滅相もございません!王妃様におかれましては『おはよう』『たいよう』『ありがとう』の単語の配置感覚が素晴らしく!」

「もうよい、下がれ。後は私が見る」

「はっ!」


この二人は従兄弟同士の癖に上下関係がはっきりしていて、砕けた会話をしている所を見たことがない。胸に手をあて簡素な礼をすると、脱兎のごとく部屋を飛び出したセルディオンを目で追う。視界に入るガイアスがあまりにも綺麗な笑顔をこちらに向けているのに気づき、私は身を固くした。この二カ月で学習したのは、この笑顔を見たに日は碌なことにならないって事だ。


「ナニカゴヨウデショウカ、ダンナサマ」

「今日は私が勉強を見よう。どれ、自慢の「おはよう」を見せてくれ」


決して目は合わせぬまま手元の紙に「おはよう」を綴る。背後に立ったガイアスは私の右手に自分のそれを重ね、耳元で囁いた。


「今日は他の文字も学ぼう。

これが「ミノリ」つぎに「ガイアス」、「愛してる」…。この三つを使って文を作ってみろ」

「すいません私貴方に何か無礼を致しましたでしょうか」

「ほら、練習せぬと上手くならんぞ」

「許してください。頭ならいくらでも下げますから」


最近私には悩みがある。

それはガイアスの時たまやらかすこの「魅惑のイヤガラセ」である。

この男はTPOを考えず、人前だろうが賓客の前だろうが気に入らない事があるとベタ甘な言葉を囁き、ぴったりと密着するのである。しかしそのスイッチがどこで入るのかがわからず、十六歳の純な私を悩ませていた。


「……お前は私の何が気に入らない。こんなにもお前に合わせ、歩み寄っているというのに。自分の希望ばかりで少しも私に紡がない」

「…自分の事ばかり、というのは自覚しています。私には“異世界の少女”というネームバリュー以外はガイアスの役に立っていない事も。帰れない以上王妃としての責務も受け入れなければいけないということも頭ではわかっていますが、わかって、いますが…!」


奈何せん体と心が拒否するのだから仕様がないのではないですか。


とまでは言えず、俯いた私の頭をガイアスは優しく撫でた。

こうした優しさも、私の心をかたくなにさせるのだ。

彼としては娶った以上仲良くやっていこうと色々手を尽くしてくれているのだろうと思う。日々のコミニケーションや会話の端々にそれは感じられる。

しかし私は日本生まれの日本育ちだ。自由な恋愛という常識の中で育った私は、こうした結婚の形を理解は出来ても受け入れることが出来ないでいた。

すきでは無い人と恋人にはなれない。恋人ではない人とキスもセックスも出来ない。付き合ってから好きになる、といったパターンもよく聞かれるが、それは互いにある一定以上の恋愛的好意があって初めて成り立つものだと思うし、自分でも自分の卑屈さに嫌気が指すが、ガイアスの行動のいちいちが何も持たない私への“施し”と感じられ、素直に向き合えないでいた。


「突然お前をつれて来てしまった事、申し訳なく思う心は変わらぬ。しかし私は“異世界の少女”がお前でよかったと思っている。急激に夫婦となったぶん、ゆっくりでいい。私と本当の夫婦になってはくれぬか」

「………いつか、それはいつかの話です」


私の拒絶の言葉に、添えられていた手のひらがそっと右手から離れた。後ろめたくて振り向けずに俯いたままでいると、ガイアスの気配が背後から離れ、扉の向こうへと消える。


その夜、ガイアスは部屋に来なかった。


私は自己嫌悪で少し泣いた。






「お前いい加減に諦めて存分に王妃生活楽しめばいいだろ。どっちにしろもう帰れないんだし。

イケメンの旦那がいて、何不自由ない生活出来て、何がそんなに不満なんだよ?」

「…あんたなんかにあたしの気持ちがわかるわけないじゃん。急に連れてこられて、強制的に結婚だよ?

こっちの世界と違ってお貴族様でなくっても私は不自由なんて感じたことなかったし、恋愛は自由なものだったもん。そっちの意見ばっかり押し付けないでよ」


朝食を一人で取り、いつものようにセルディオンがやって来た。勉強を始めるのかと思いきや席に着いた奴は何も持って来ておらず、職務怠慢で懲戒にしてやろうか、と脳裏に浮かんだが、珍しくその瞳に真剣な光が宿っているものだから、私は叱られた子供のように小さくなって上目づかいで奴を見上げた。

そして開口一番にコレなのだから、昨日の一件は思った以上に皆に広まっているのだろうか。


「切り返してくる声がもう死にそうじゃねえか。落ち込むぐらいなら素直になればいいだろうが」

「だって……、だって、“異世界の少女”としてあたしが呼ばれたのなんてただの偶然で誰でもよかった訳でしょ。アンタの言うとおりガイアスはイケメンだし、あたしは超平凡だし…。

どうしても憐れまれてるように感じちゃうっていうか、ばかなのは自分でも分かってるよ」

「…お前はほんっっっっとうに馬鹿だな!陛下の態度見て気付けよ!!この馬鹿女!三歳以下!!」

「昨日の問題は全部正解だったし!!」


セルディオンは椅子が倒れるほどの勢いで立ち上がると親の敵を見るような眼でこちらを一瞥すると派手に音を立てて部屋を出て行った。

いつもは何だかんだと私の愚痴に付き合ってくれていたセルディオンを怒らせてしまった事は、自分で考える以上に心にダメージを受けた。喧嘩する程云々というが、まさかのまさかだ。


「国王陛下も宮廷魔術師にも嫌われたし、強制送還とか…ないか」


乾いた笑いは広い部屋をより一層広く感じさせる。もはや口元すら笑みの形を取れていなかった。

机に突っ伏すと、自然と涙が零れてきた。


「ううっ、さみしい、むなしい、ばかばかしい。ほん、と、自分、ばか…。三歳以下…」


素直に向き合えばよかったのに。私は子供みたいにだだを捏ねて周りの反応を試していたのだ。

私がいくら嫌がっても突っぱねてもご機嫌を取って構ってくれるガイアス、セルディオン、女中のみなさん、みんなみんな…。

許される距離を測って、私は見誤った。ツケがまわってきただけ。ただそれだけ。超簡単。


零れる涙の量に比例して強くなる嗚咽、鼻水鼻づまり。ついには大声をあげて泣いてしまう。

涙は止まらないのに頭はなんでか冷静で、早くこうやってみっともなく泣いておけばよかったなぁと思った。

廊下がなんだか騒がしい。王妃がこんだけ泣いていれば誰か飛び込んできてもいい気がするが、誰も来てはくれなくて、それが私の涙腺を更に刺激する。しかし聞き覚えのある怒号が私の意識を扉に向けさせた。


「なにを怖気づいているんだか!あんたの嫁でしょう!あんたがなんとかしろよ!」

「お前の方が中が良いだろう!私が行ったところでミノリは喜ばぬ…」

「馬鹿夫婦が!いいから行けって!!」


ばん!と扉が開いてガイアスが文字通り宙を飛んできた(・・・・・・・)

ふわりと浮いたまま猛スピードでこちらに飛んでくる彼の顔は少し青ざめていて、しきりに扉の向こうのセルディオンに言葉汚く叫んでいるが、セルディオンは素知らぬ顔で杖を振りかざしていた。


「おいセルディオン!貴様後で覚えていろ!」

「ええ覚えていますとも。大手柄による大ボーナス、楽しみにしていますよ。

後はごゆっくり、ご心配せずとも、話が終わるまではしっかり施錠しておきますので」

「なに、なんなの」


ゆっくりと閉まる扉の向こうには優雅な礼をしながらもその額にくっきりと青筋を浮かべた宮廷魔術師がにっこり笑っていた。


突然の色々に思わず引っ込んだ涙は下睫毛に留められ、視界を歪ませる。折角よくなった視力がこれでは何の意味もなさない。

ふわりと目の前に着地したガイアスは私の顔を見るなりぎょっと顔をして固まった。そんなに酷いだろうか。でもまぁそうだろう。


「………………」

「………………」

「………………………………」

「………………………………」


机の上に出来た小さな水たまりを二人で見詰める。先ほどの騒がしさが嘘のような静けさが二人の沈黙によって守られていた。

勇気を出してガイアスを見上げると彼は少し身じろぎした。そんな事には気づかぬふりで、私はその静寂を破った。


「……まず、謝らせてください。三歳児でごめんなさい。あなたの好意を試すような真似をして、馬鹿は私です」

「そんなことはない!当たり前の感情と、私は受け止めている。私こそ配慮が足らず、お前を急かした。

昨日はすまなかった」

「ううん、違うの、昨日の事もだけど、私いろいろ足りなかった。ガイアスも、城の皆もこんなに気遣ってくれたのに、私なにもしなかった。

本当の事言うとね、まだ私非現実的だって思ってる、これが夢なんじゃないかなって。毎朝目を覚ますたびいつもの狭いベッドで、お母さんに『早く起きなさい!』って呼ばれるんじゃないかって。

でもいつも私の隣には貴方の寝顔があって、『ああ、今日も綺麗だなあ』って、また夢のような気がするの。

でもそんなんじゃもうだめだよね、もういい加減夢見心地から目を覚まさないと、思ってくれて、期待してくれてる皆に失礼だもんね」


再び湧き上がる涙は下睫毛の壁を越えて静かに落ちた。それをガイアスの長い指がそっと拭うと私は自然と笑顔になる。その手を両手で包んで頬に引き寄せると、固まった彼の体がゆっくりこちらへ傾いだ。


「初めてこっちに来た時もガイアスはこうやって私の涙を拭ってくれたね。

私、ガイアスのこと王様ってことぐらいしか知らない。これからはもっと教えてほしい。私も、頑張るから…」

「私もミノリの事をたくさん教えてほしい。どんなことで笑顔になって、怒って、涙するのか…。私はまだ恐怖に尻ごみする姿と猫のように逆毛を立てる姿しかしらんからな。セルディオンには負けぬ」

「なんでそこで奴が出てくるの…」


どちらともなくふっと笑顔が零れて、痛いほどだった空気も随分と柔らかくなった。

ガイアスは名残惜しそうに私の頬から手を離すとその長い両腕をこちらに伸ばして私を抱き上げ、机の上に座らせると視線を合わせた。


「一人で泣かせて悪かった。私も夫として可愛い妻の為全身全霊をかけて尽くそう」

「私も可愛い奥さんとして、この国の王妃として頑張るよ。

でも私のお尻を膝で小突いたことはまだ許さないからねっ」

「まだ言うか」


甘い空気を断ち切るようにガイアスの頬を抓ると、不満げに柳眉を寄せて彼も私の頬をつまんだ。


今日だけで沢山彼の事を知れた気がする。こうして毎日少しずつ本当の夫婦になれたらいいなぁと、私は心のときめく音を感じていた。



でもまだ、体はゆるさん。





この夫婦(とヘビ男)はとっても書きやすくて、続きを書いてしまいました。

再びのお付き合い、ありがとうございました。

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