有りがちな携帯電話。
携帯電話を傍らに。
夏。
蝉の声が耳にこびり付く季節だ。夏の象徴とも言えるが、やはりうるさい。
そんな忙しない鳴き声が嫌と言うほど聞こえる林の中を、一人の少女が自転車で走っていた。ババチャリだが乗っているのは少女だ。
セーラー服を着ていて、自転車のカゴの中には真っ白なカバンが入っている。
田舎の中学校に通う森本千尋には、同じ中学の彼氏がいた。名前は陣内宏明だ。
つい最近付き合い始め、今、彼との仲は絶好調だ。
そんなある日、千尋の携帯電話が鳴った。彼からのメールだ。彼氏からの電話着信、メールは着信音を変えてあるからすぐに分かる。
嬉しそうな顔で携帯を開く。
いつものようにシンプルなメール。
『今日、友達誘って肝試しやらねぇ?』
その一行だった。千尋はすぐに返事を送った。
『いいよ! やろうやろう! じゃあ、あたしも友達誘っとくね!?』
しばらくしてまたあの着信音だ。
『三人くらいでいいから』
『うん! 集めれたらまたメールするね!』
そしてメールは来なくなった。千尋的には最後の『バイバイ』と言うメールが欲しかったが、いつまで経ってもそんなメールは来なかった。
(男ってそういうの嫌いなのかな・・・)
気が付くと少し膨れ顔になっていた。一人で笑って顔を元に戻すと、番号リストの中から女友達を選んで片っ端から声を掛けていった。
千尋が友人を集められたのは夕方になってからだった。「OK」と言ってくれた友人に急にドタキャンされたりなどしていて、無駄に時間を食ってしまった。
『遅くなってゴメンね! 三人集めれたよっ!!』
しばらくメールは来なかった。
(・・・ヤバイ、怒ったのかな・・・? どうしよう・・・)
三十分後、着信音が鳴った。
『サンキュ。八時頃友達と中央公園来て』
『わかった!!』
夜八時。
約束通り、宏明の友人等と千尋の友人等六人は中央公園に来ていた。
「ひろあきっ!」
「おう」
千尋が傍に寄ってくると、宏明は軽く手を上げた。
「肝試し、どこ行くの?」
「ココの近くの林の中にさ、廃校あったじゃん。あっこ」
「あー・・・あれ・・・」
その廃校とは、千尋の通っていた小学校だった。千尋が小学校四年生の時にクラスメイトが自殺した。その日から同級生内では「あの子の霊が出た」などと変な噂が流れ始め、元々ボロボロだった校舎は取り壊された。
児童達はみんな、その校舎からは正反対の丘に立つ真新しい学校へと移された。
それからは千尋達はその林に入る事など全く無かった。
そして宏明は転校生な為、その廃校に入る事は一度も無いまま中学生となった。
「あの学校で自殺した子がいるんだろ? 面白そうじゃねぇの!」
宏明と千尋の間に、友人が割って入ってきた。
「でも・・・なんか不気味だよね・・・」
「だけどやっぱ肝試しっつったらそういう事が起こったとこのがスリルあんじゃん」
そんな友人の言葉を聞き、千尋はため息を付いた。だが実際、千尋も自分の通っていた学校がどうなっているのか見てみたい気もしていた。
彼女達はその廃校に行く事にした。林の中に足を踏み入れると、なんとも言えないオーラが漂っている気がした。しかしそんな事気にせず入っていく。
―――じきに黒ずんだ校舎が見えてきた。木造建てだ。もう空は暗くなりかけていて、変に影がつく為校舎は更に不気味に見えた。
「・・・・・・なんか、やっぱ怖いね・・・」
「いいよ、いいよ。入ろうぜ」
友人がドアを開けた。古い建物特有の嫌な音が響く。みんなカラスが鳴くだけでも驚くくらいだった。
ドアを開けると、ホコリまみれの床はドアの開く範囲だけ綺麗になった。中にある机や椅子は、出ていった時のままだった。
(あぁ、あのままなんだ・・・)
千尋は少し嬉しくなった。だが嬉しがってなんている場合じゃない。
「うわっ。きったねぇ!」
机に手を置いた友人の手は、すぐに黒くなった。木の床は所々穴などが入っていて、気を付けていないと床が割れてしまいそうだった。歩く度にギシギシと音を立てる。暗い中で、それも自殺した場所ではその音は不気味以外の何物でもなかった。
とりあえずはみんなで一番上の二階まで行った。
「何も出ねぇのな。つまんねぇ・・・。これじゃあ肝試しの仕様が・・・」
「キャアッ!!」
突然、女の友人が声を上げた。みんな一斉に騒ぎ出す。
「何!? どうしたの!!?」
「・・・なんか、い、今っ・・・窓の外で何か浮いてたよ・・・!?」
彼女が指差す方を見る。何も無かった。
「ホントに? 見間違いとかじゃなくて・・・?」
「ホントだよっ!! もうヤダ・・・ねぇ、帰ろ?」
「自分一人で帰れよ」
「そんな怖い事出来るワケないじゃん!」
「ちょっと! こんなトコで喧嘩しないでよ!」
止めようとした友人も結局は喧嘩の仲間入りとなって、みんなで言い争いになった。
「ならなんでお前は来たんだよ!?」
「だってしょうがないじゃん! 千尋に誘われたんだもん!」
「ちょっと待ってよ! あたしのせい!?」
「お前ら一回落ち着けよ!!」
「だって千尋がッ・・・」
「ひ、宏明が誘ってきたんだもん!!」
「俺かよ!! じゃあやめるとか言えばいいじゃねぇかよ!」
「言えるわけ無いじゃんそんなの!」
「うるさい・・・」
「なん! ・・・・・・あれ?」
「・・・・・・ねぇ、今の、誰の声・・・?」
今までの言い争いが嘘だったかのように全員静まり返った。
「あたしじゃないよ?」
「俺も違ぇよ」
みんな口々にそう言う。だが確かに聞こえていた。空気に溶けるような、吐息のような、間違ってもこのメンバーでは出せない声だ。
「もしかして、これって・・・出た・・・?」
「やめてよ!」
「だってそうとしか・・・」
「お前らやめろって!!」
「足音・・・・・・」
「え?」
一人が聞いた足音は、奥の暗い方から来るようだ。みんなで息を殺してそちらを見た。ギシギシと音がする。その足音は段々と速くなっていった。
悲鳴のような、普通の声のような、そんな中途半端な声を出してみんなで固まった。
「やだ・・・何・・・?」
奥から出てきたのは、カッターナイフを持ち、首が半分裂けている少女だった。
丁度小学四年生くらいの―――。
「・・・・・・!!!!」
「・・・マジかよ・・・」
その少女の腕の中にはもう一人、赤ん坊らしき者が居た。千尋はその時、「そう言えば子供が欲しいって言ってたっけ・・・」と思い出していた。その赤ん坊はゆっくりとコチラを向いた。
瞬間、全員背筋が凍った。赤ん坊と言うと頬がふっくらしているイメージだが、その子は全くふっくらとはかけ離れていた。扱けてガリガリの、本当に骸骨のような赤ん坊だった。
女子の友人の一人は、とうとう泣き出してしまった。そんな友人を弄ぶかのように、少女は笑った。そしてそのままカッターナイフを手に、走ってきた。
「やだ・・・やだ! イヤッ!! 助けてぇ!!」
「とにかく走れ!!」
みんな一気に走り出す。もう床なんて気にしていられなかった。
廃校から出ると、もう外は真っ暗だった。校舎内からは、まだ足音が聞こえる。
(早く林からも出なきゃ・・・)
だがこの時、誰も気付いていなかった。
少女の腕の中にはもう赤ん坊が居なかった事に――――。
全員、林を全速力で抜けてやっと出てきた。息を切らしながらみんな居る事を確かめる。
「・・・やっぱり・・・やめといた方が良かったね・・・」
「でもなんとか無事帰ってこれたし・・・」
「うん・・・」
「これからどうする? もう帰るか?」
「そうだね・・・。みんなもう解散しよ!」
みんな頷いた。
そうして宏明と千尋だけとなった。田舎だからか、街灯は少ない。一つ灯りの下を通ると次の灯りまでは距離があった。帰り道で、千尋は宏明の手を握り締めた。
「どうした?」
「怖かったぁ・・・・・・」
「・・・うん。ゴメンな、変な事に誘っちまって・・・」
「ううん。あたしもゴメン。宏明のせいにしちゃった」
「いいよ、別に」
宏明はいつものように優しく笑うと、千尋の頭を軽く撫でた。
そして十の字の所で分かれる。
「じゃあね! また明日、学校で・・・」
「おう」
二人とも各自別々の方へと進んでいった。
翌日。
千尋は朝食のパンを齧りながら何気なくニュースに目をやった。
『昨夜、○○市内の林で男の子の死体が見つかりました。体の大きさなどから、男の子は市内の中学校に通う陣内宏明くんと見られています。死因は窒息死、首には手の痕が付いていたと言うことです・・・』
(・・・宏明・・・・・・!?)
そのニュースはまだ続いた。何人かが座り、色々と話している。
『しかし変なんですよね。手の大きさが物凄く小さいらしいんですよ』
『そうですねぇ。調べによるとこの手の大きさは、赤ん坊くらいと言われてるんです』
『赤ちゃんが首を締めれるんですかね?』
『そこが分からない所ですよね。えー、現在、まだ調査は続いており、更に詳しい情報が入り次第お伝えしたいと思います』
(赤ん坊・・・・・・)
千尋の頭の中に、昨日見た赤ん坊の顔が浮かんできた。思い出すだけで背筋がゾッとする。今日は少し学校に行く時間を早め、宏明の亡くなったとされる場所に行ってみた。警察が沢山来ていて、黄色いテープの外では野次馬達が顔を覗かせている。
千尋も恐る恐る近くに寄ってみた。そこにはもう宏明の姿は無く、白いチョークで書かれた人間の形があるだけだった。
急に恐怖が込み上げてきて、千尋はその場を立ち去った。学校に行くと昨日肝試しに一緒に行ったメンバーが集まっていた。
「千尋! ニュース見た!?」
「・・・うん・・・」
「首締められたって・・・。赤ん坊の手の大きさで・・・」
「あの赤ちゃんだよね・・・」
「だろうな・・・」
学校が終わり、家に帰った千尋は一目散に階段を駆け上がり、部屋に入った。
(宏明・・・・・・)
急に涙が溢れだし、その場に泣き崩れる。
「・・・宏明・・・宏明、宏明ぃぃ!」
名前を連呼して泣き続けた。
その日の夜、千尋は気持ちが悪くなって早めにベッドに入っていた。
しかし突然夜中に目が覚めた。時計を見ると夜中の三時だった。
「・・・・・・?」
トイレに行こうとベッドから出た時、着信音が鳴り響いた。それを聞いた千尋はその場に座り込んでしまった。その着信音は宏明専用の物だ。
(嘘だ・・・。もう宏明からは来るハズないのに・・・)
恐る恐る携帯を開いた。確かにデスクトップには『ひろあき』と書かれている。メールの内容を見ると更に凍った。
『後ろを見たら、赤ん坊が俺の背中に居たんだ』
(・・・・・・やっぱり・・・あの赤ちゃんなの・・・!?)
夏だと言うのに、携帯を持つ手がガクガクと震える。千尋は首を振ると、メニューを開いて消去ボタンを押した。消去された事を確認すると携帯を投げ捨てる。携帯に付いているストラップがジャラジャラと音を立てる。
だが次の瞬間にはまた着信音が鳴った。
「なんで・・・!?」
再度携帯を取り、メールを見る。
『千尋、俺の傍に居てくれ』
そのメールも震える手で消去した。消去した途端、またメールだ。
『俺は一人で怖かった。この恐怖を誰が分かってくれる?』
消している間に、千尋は泣きじゃくっていた。消しても消しても送られてくる。
『千尋?』
『なぁ、俺を一人にしないでくれよ』
『嫌だよ。一人は嫌だよ』
震える手で頬を伝う涙を拭いながら、携帯のボタンを押しまくる。
「やだ・・・。もうやめてよ、宏明・・・!」
―――途端、メールは来なくなった。さっきまでの恐怖が消え去り、千尋は床にボタボタ落ちる涙など関係なく、荒い息をしていた。震えながらも深呼吸をし、立ち上がる。何気なく後ろを向くと、ブラインドの隙間から宏明の目が覗きこんでいた。
両手で頬を覆って叫ぶ彼女の悲鳴は、家だけには収まらず、近隣住民の家にまでも響き渡った――――――。
どうでしたでしょうか?
最初のホラー小説「行き先は・・・」よりもホラーっぽくはしたつもりだったんですけど、やっぱり苦手なものは苦手なんでしょうかね・・・。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございましたっ!