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開戦

 走っている最中もさっきの奇妙な『顔』について考えていたが、全く答えはでなかった。

 人間は恐怖を感じると、同時に好奇心も生まれるらしい、と園原は改めて思った。

 家の姿が見えないところまで来ると、彼は足を止めた。後ろを振り返り、家がある方向を眺める。

 あれは、気のせいか――。

 結局、一番つまらなくて、無難な回答を彼は選んでいた。そして学校の方に向き直り、ゆっくりと歩き始めた。

 季節はもう冬で、今日はまた一段と冷え込んでいる。園原はマフラーを巻きなおして、白い息をはいた。両脇を民家に挟まれた一方通行の狭い道は、人の通りが少なく、やがて、歩いているのは園原だけになった。

 間もなく、十字路に差し掛かり、彼は視界の左端にメガネをかけた長身の男を捕らえた。

「脩平おはよー」男はポケットに手を突っ込んだまま、挨拶をしてきた。

「ああ、杉下、おはよう」

 園原はこの男を知っていた。同じクラスの人間で、親しい友人だ。

「寒いなー」杉下は歩きながら呟いた。

「本当だな」と園原は同調しながら、ファスナーを開けて自身のカバンの中を探る。

「何やってんの?」

 杉下は訝しげな表情を浮かべる。それを横目に園原は、カバンからDVDを取り出した。

「そ、それは……まさか……」杉下が不安げに言う。

「そのまさかさ! 俺が前々から面白いって言ってた、特撮ドラマの最高傑作! 『怪人デストロイ』のDVD! 第一巻!」ズバーンと園原は見せ付けた。「貸してやるよ。特別に」

「あ、いや、いいです」

「なんでぇっ?」ガクッと園原はこけそうになる。

「いやだってさ、このデザイン気持ち悪いもん、何だっけ、コウロギをモチーフにしてるんだっけ? まあ何にせよ、カッコよく作ってもらえればそれでいいんだけどさ、何これ。かなり、気持ち悪いよ。完全に悪役っぽいし、すぐやられそうな奴だし」

「それは食わず嫌いってもんだぞ。いいから騙されたと思ってみてみろよ。人間の心を持ってしまったデストロイの苦悩と葛藤が複雑で、深いはなしだからさ」

「深い、じゃなくて不快だろ?」

「誰がうまいこと言えと――」そう言って園原はDVDのパッケージに目をやった。怪人デストロイがポーズを決めている画が瞳に写る。その瞬間、彼は何だかおかしな感覚に陥った。懐かしいような、怖いような、とにかく言葉にできない感覚だった。

「どうかしたか」杉下が訊いた。

「いや……何でも」ない、と言おうとして彼は気づいた。「そうだ、あのときの『顔』、あれに似てる……?」

「は? お前何言ってんの?」

 あの時鏡に写ったのは、怪人デストロイの『顔』だったのか、と園原は思い、DVDを凝視した。

 瞬間的に違和感を感じる。酷似はしているものの、あの『顔』とは少し異なる顔立ちだった。別物だといっていい。

 また、それが何故鏡に写ったのかというのも不可解であった。――そしてさっきの感覚は、一体……?

 ゴゴゴ、と何かが道路を擦る音が聞こえた。音のなっているところに視線を移すと、マンホールが実際の位置から数センチだけ浮かび、摩擦音を奏でながら横にスライド移動していた。やがて、人一人が通れそうな隙間ができた。

 園原はそれを見て、多少驚愕したものの、下水道で働いていた人が上がってくるんだろうなとぼんやりと思った。しかし、穴から上がってきたのは、セーラー服を着た女だった。そのセーラー服は見かけたことのないものだった。

「えっ! ちょっ、えっ!」園原は目の前の状況が信じられない。完全に思考が追いついていなかった。

 そんな彼を無視して、謎の女子高生は穴から全身を出した。そして、道路に足をつけると、ご丁寧にマンホールを開口部にはめなおそうとしている。一連の流れが、さも当然かのように動いていた。

「ちょっ! す、杉下、どうなんだ、これ?」 

 園原は唖然としながら、杉下を見た。しかし杉下は、園原の問いかけにも応じずに、俯いて目を瞑っていた。

「す、杉下?」園原は怪訝な表情をしながら、杉下の顔を覗き込んだ。「ど、どうした? 具合でも――」

 瞬間、杉下は勢いよく開眼し、「何かしら?」と言って微笑んだ。

「杉下、なんで女言葉? まあいいや、それよりもマンホールが――」

 園原は女子高生のほうに向き直ろうとした。その時、予想外のことが起こった。頭痛が発生したのだ。今度は前回よりも痛みの度合いが段違いで大きかった。

「痛っ! またかよ……!」

 握力も弱くなり、DVDが地面に落ちた。彼は頭を抱え、歯を食いしばり、痛みに耐える。

 杉下が地面のDVDを踏みつけて、女子高生のほうに近づいていった。そして、「いつまで逃げ続けるのかしら?」と口を開いた。またもや女言葉だ。

「杉下……いつからお前、オネェ系になったんだよ……それとDVD……」園原は苦痛に耐えながら言った。

 謎の女子高生は立ち上がり、杉下を見据えていた。それでようやく園原は、女子高生の顔を確認することができた。大きくくりっとした瞳に小さな鼻、乾いた唇。間違いなく美少女の類に入るであろう器量だった。

 彼女は数回口をパクパクと動かしたあと、呟くように開口した。「そ、そそれが、あなたの、『特性』?」おどおどしている。

「そうよ、これが私の『特性』。相手を私に忠実な(しもべ)に変えるの」杉下は低い声で言った。

 依然として痛みに耐え続けている園原は、二人の会話を聞いていたが、まるで理解できなかった。杉下が突然、オネェになった理由も。

「ここは人がいないわね。坊やが一人いるけど、なんか苦しんでるし、どう? やる?」杉下は園原を一瞥する。坊や、とは園原のことだろう。「まあ、この姿じゃやれないけど、あなたがその気ならすぐに駆けつけるわよ」

「え、遠慮しとく。ここじゃ戦いたくない……」女子高校生は相変わらず、落ち着きのない言動をしていた。

「そう、なら仕方ないわね」杉下は回れ右をして、頭痛に苦しむ園原と向き合った。そして意地悪そうな笑みを浮かべる。「なんて言うと思った? 逃がさないわよー、あなたは私に殺される運命なんだから」

「お前、何言って……んだ」園原は搾り出すように声を出した。

 次の瞬間、杉下は、アスファルトに崩れ落ちた。と同時に、園原の頭痛は消え去った。彼は「杉下!」と呼びかけながら、倒れた友人を仰向けにする。

「杉下! 杉下! 大丈夫か? てか、なんでオネェ化したんだよ! なんで倒れたんだよ! おい! 杉下!」

 頬を叩いて意識を確認するが、全く反応がない。園原は鼓動の上昇を感じ、焦っていた。気温は低いはずなのに、嫌な汗がだらだら流れていく。

 園原の横を謎の女子高生が通過した。園原はそれを見逃さなかった。「ちょっと待てよ」と声をかける。

「何なんだよ、何が起こってるんだ? 何で杉下はオネェ系になったんだ? 何で意識不明になってんだ? あんた何か知ってんじゃないのか」

 女子高生は逡巡しながら、一言呟いた。

「忘れたほうがいいよ」

 彼女は園原に背を向け、学校とは正反対の方向に走り去っていった。「待て、待ってくれ」という園原の言葉は無視された。

「何なんだよ……」

 今すぐ追いかけたかったが、意識不明の杉下を見捨てて行くことはできなかった。しかし、意外にもその直後、杉下は意識を回復した。

 園原は「杉下!」と繰り返し呼びかける。すると、杉下は「うるせぇ」と言いながら目を覚ました。

「オネェ系じゃない……」と園原は安堵した。そして、あっという間に姿を消してしまった女子高生の、走っていった方向を眺めながら、冷静に思考を働かせる。

 それでも尚、追いかけるか、否か――。

 まず彼は、現在までの状況を頭の中で整理した。

 それによって彼は、杉下は自分の意思で女言葉を使ったわけではないのかもしれない、と直感的に察した。会話の内容も杉下自身が言ったにしては、意味不明で、おかしなことばかりだったからだ。

 もしかしたら、あの女子高生と不思議なつながりがあって、二人で何やらキャラ設定を作り、それを演じながら話していたのかもしれないが、だとすると杉下が急に倒れるというのが分からない。もちろん、全て杉下の自作自演で何もかもが仕組まれていた可能性もある。

 そこまで考えて二つの疑問点が浮かんだ。仮に自作自演だとしたらその目的は何なのか? 重さ五十kg以上あるマンホールをあんな華奢な女子高生が動かせれるのか?

「なあ杉下、あれって俺に対するドッキリなわけ? 結構びっくりしたんだけど」園原は訊いた。

「は? お前何言ってんだ? ドッキリ? 何の話?」

「いやだって、いきなりあんな口調であんな会話されたら驚くよ。誰でも」

「あんな口調? 何が? え、お前の言ってること全然わかんないんだけど」

 自作自演ではないのか――園原はマンホールに近づいた。マンホールは、穴にしっかりとはまっていなかった。開口部に大きな隙間が開いたままだ。彼はマンホールに触れて、少し力を入れてみた。

 びくともしなかった。園原はマンホールが本物であると確信した。となると、女子高生は、穴から出てくるときはマンホールを動かせていて、はめるときは動かせていない。

 また謎が増えたが、一つ減った。さっきの状況は茶番でも何でもない。本当のことだ。

 そして恐らく、園原の抱えている大部分の疑問の答えは、あの女子高校生が知っているだろう。

 そう思うといても経ってもいられなくなった。友をこの場に放置して、学校に遅刻してでも、知りたい。このまま謎を迷宮入りにさせてしまうのは、絶対に駄目だ、何か気持ち悪い、後悔する、と思った。

「すまん、杉下」と言い残して、園原は女子高生のあとを追うように走り始めた。「おいどこいくんだよ」と杉下が後ろで言っていたが、何も返事を返さなかった。

 白い息をはきながら走る。冷気が頬を切り裂くように通り過ぎていく。もうとっくに女子高生の後姿は見失っていたが、それでも走り続けた。あの女子高生に近づいたらまた頭痛が起こるかもしれない、と園原は思っていた。痛みが来たら、それが強くなる方向に進めば、会えるはずだ。確証はないが。

 休まず足を送り出していると、いつの間にか大通りの歩道に出ていた。街路樹の向こうで自動車が行きかっている。園原は女子高生の姿を探しながら移動していた。

 突然、目の前に女性が現れた。園原は避けきれず、派手に衝突してしまった。前方不注意が原因である。

「す、すみません。大丈夫ですか」彼は慌てて謝罪した。

「ええ、大丈夫よ。あなたこそ大丈夫?」女性は微笑みながら言った。

「ああ、はい、大丈夫です」園原は答えた。

 女性は金髪で挑発的な顔をしていた。大きな胸が特徴的だ。

 すると、園原の頭はズキズキと痛み始めた。

 来た、と彼は思った。あの女子高生が近くにいる。

「本当に大丈夫? 何だか苦しそうだけど」女性が訊いて来た。

「大丈夫です」と園原は答えてその場を離れようとしたが、意識が消えていきそうになり、おぼつかない足取りになった。

 何だ、これ――。

「やっぱり大丈夫じゃなさそうよ」

 女性が笑みを浮かべながら、言った。

 その瞬間、園原の意識は眠りに付くように暗闇の中に落ちていった。



 目が覚めると彼は、誰もいない教室にいた。窓際の列の後ろから二番目の席に座って、机に伏せている。即座に姿勢を正して、前方を見据える。黒板に数式がかかれてあったが、途中で途切れていた。

 しかも、周りをみるとちらほらと椅子が倒れていて、何かが起きたことを示唆していた。

 なんで、と園原は思った。さっきまで学校とは正反対のところにいたのに。確か、女性とぶつかってそれから意識を失って……。

「瞬間移動でもしたのか……? 俺」恐怖が体中を巡っていくのを彼は感じた。「みんな、みんなはどこにいったんだ?」

 園原は窓から外を眺めた。校庭では全校生徒が綺麗に列を成して並んでいた。教師たちは、点呼をとるために動いている。

「はは、なんだ、いるじゃん」

 安心した園原はすぐに外に出ようと決めた。色々と考えるのは校庭に出てからでいい。彼は早く身の安全を確保したかった。

 しかし、教室の出入り口に誰かが立っていた。金髪で挑発的な顔をした、豊かな胸が特徴の女性だった。

 園原は、あ、と声を漏らしていた。意識を失う前にぶつかった女性だ。

 彼女は悠然と振る舞いながら、園原との距離を縮める。園原は警戒しながら後退した。女性は彼との間を二メートルほどに近づけたあと、「始めるわよ」と言葉を放った。

「何、言って……」園原は当惑する。

 突如として、教壇に何者かが現れた。黒のローブを身にまとっている人間だ。性別は分からない。その人間が右手を挙げて、こう言った。

「立会います」

 女の声だった。

 たちまち彼女の挙げた右手から透明な球体が現れて、宙に浮かび、一瞬で大きくなっていった。球体は膨張を続け、学校を覆うほどの大きさになった。だが、肥大化は止まらず、校庭を越えて近隣の住宅を巻き込むまでの成長を遂げた。

 園原は咄嗟に両手で身を守っていたが、球体の内側に入っても身体になんの異常もないことに気づくと、ゆっくりと腕を下ろした。


 

 

  



 

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