56話 彼が望むコト③ 砕ける仮面
セフィリアのターン。
もう完全にセフィリアがヒロイン見たくなってますが、エルスとルルにも見せ場はありますよ、念のため。
そして新たな人の登場(令の過去の)
……展開が不自然でないか不安ですね
「どう言う意味ですか……?」
「独り言、と言ったはずです。
では伝言お願いしましたよ、ちゃんと届けてくれると嬉しいですな」
アリエルは表情を大きく変えはしないものの、顔を少し俯けた。
そしてそのまま何かを考えるかのように沈黙する
彼女は伝言を聞いたことを後悔していた。
収穫はあった。
令の使う不可思議な技術。
昨日の王族と『四剣』の間だけで行われた会議で、オルハウストの報告で知った、彼が独自に創り上げた下手をすれば固有魔法に匹敵する特異な代物。
その内の一つを、ほんの取っ掛り程度とはいえ情報を得られた。
わずかとはいえど、それは対策を立てる源泉となる。
無から新しく考察を組み上げるのと、あらかじめ始点が分かっているのとでは、掛かる労力も時間も桁が違ってくるのだ。
真剣な雰囲気、そしてこの話しぶりからして、情報が嘘という可能性は先ず無いだろう。
だが、その対価としてこんな話をされてしまった。
言葉そのものに重要性は然程ない。
ただ額面通りに受け取れば、『世の中は何が起こるか分からないから気をつけて』などという珍しくもないただの注意に過ぎないのだ。
それなのに、おかしなほどその言葉に揺れ動いている自分が居る。
『失う』という断言、『向こう』という妙な言葉、そのような言い回しをされたこともあるだろうが、それ以上にあることが彼女の関心を大いに惹きつけた。
確証などない。
表情も雰囲気も、真剣でこそあれそう感じる要素は全くない。
―――それなのに、令の言葉が何故か『懇願』のように聞こえたのだ。
「……失礼します」
顔を挙げたアリエルはその場を逃げるように教会の屋根にから飛び降り、彼と別れた。
令という人間のことをこれ以上見て、考えていては、自分は呑まれてしまうのではないかという予感。
彼女の令に対する評価が、そんな嫌な想像を生み出した。
意味が分からない存在。
何の呵責もなく他人などどうでもいいと思っているかのような発言をし、挙句国をひっかき回す。
そんなことをするかと思えば、今回のように心からこちらのことを慮るかのような行動も返してくる。
表情や言葉で直接そのことを示してきたのならばまだわかる。
だが令はそれをせず、人の心に直接語りかけるかのようにすんなりと人に自分の意識を染み込ませるのだ。
これまで、彼女は多くの人間と関わりを持ってきた。
だが令は今まで会ってきたどの人間とも違う。
まったくもって意味がわからない。
とにかく今はこの会話で得られた情報を報告することが先決。
彼女の中には既に伝言のことを報告しないという選択肢は無かった。
これを伝えなければ後悔するという確信に囚われていたがために。
だがそのためには、なぜそう思ったのかも報告しなければならない。
(自分でもよく分かっていないことを説明しなければならないなど、初めてのことですね……)
自分は恐らく、あの男に踊らされている。
そのことを自覚しているにも関わらずその通りに動いてしまう自分を情けなく思う。
だがそれでも、自分はこの国のために、いやあの人のために動こう。
例え、この想いが報われずとも。
そして彼女は地面に降り立つ前に、誰の目にも触れることなく光となってその場から消えた。
「さて、と。
そろそろ日も暮れてきましたし宿を取りません?
早くしないと予約できなくなりそうですし」
「うわー、これまでずっと放置してた人に向かってそう言いますか。
しかも始めから最後まで徹底して貴方が話どおしただけですし。
ここまで来るといっそ清々しいほどですね」
令の言葉にセフィリアは笑顔で返す。
だがその笑顔は何か妙な威圧感が備わっていた。
「……まあ不満もわかりますが。
ですが何かそちらから話したいことでもあるのですか?
言っておきますが伝言の意味については説明しませんよ」
これまでのものとは違うその反応に令は訝しげに眉をひそめ、先に釘を刺す。
彼にはこれ以上情報を大盤振る舞いする気はなく、最後の仕上げを彼女に仕掛けようと時期を見計らっていたのだが、この反応に少し調子を崩されてしまう。
なので話をテキトウに続けて時間を稼ぎ、新しくこのあとの話の構成を組み上げようとする。
セフィリアを甘く見ていたが故に。
「ふふっ」
この令の言葉を聞き、セフィリアは笑みをさらに深くする。
その反応に令は不覚にもほんの少しだがたじろいでしまう。
してやったり、という心の言葉が聞こえてきそうなほど不吉な様。
「なんですかその反応。
何かおかし―――!」
その反応の意味が読めず、聞き返そうとした令だったが直ぐに自分の犯した失態に気がついた。
令が渋面になる様を見て、セフィリアは楽しそうに言う。
「もう遅いですよ。
では私から聞きたいことを言わせてもらいますね?」
「……ええ」
セフィリアは『私から』という部分を強調して聞く。
それに令は苦虫を噛み潰したような顔で答えた。
先ほど令はこう言ってしまった、『何かそちらから話したいことでもあるのですか?』と。
つまり、彼女から話を振ることを許容してしまったのだ。
これまでずっと会話の主導権を握ってきた令が、初めてセフィリアに主導権を奪われた。
無論、令がそんなことを無視して『やっぱり無しで』とでも言えばそれまでではある。
だがそうした場合、その後の空気は相手に有利になってしまい再度主導権を握ることは難しくなる。
だから令はここで無理に話を変えることを諦めて、セフィリアの話を聞くことにした。
こう考えるのは、つまり令が後でセフィリアから主導権を奪うことが出来るという自信の顕れでもあった。
しかし、彼は直ぐに理解させられる。
それがただの過信であることに。
「そうですねー、何がいいでしょう……
あ、そうです! ついさっき気づいたことがあるんですがそれをお聞きしてもいいですか?」
「私が禁止したことではなければね」
「分かりました。
では聞きたいのですけど―――」
彼女の顔から先ほどまで会った笑顔が消え、視線が一気に鋭くなる。
「何故、貴方は彼らではなく私を連れてきたのですか?」
「なっ……!?」
今日初めて、令のその表情が驚愕に染まる。
王との会話、『四剣』との会話、挙句の果てに王の不意打ちにすら平静を保ち続けたこの男が。
流石と言うべきか、彼はその異常とも言える自己制御能力を以てすぐさまその驚きを表面上消し去ったが、その無理に表情を取り繕う様は逆に目の前の女にあるものを与えてしまう。
自分の予想が当たっていたのだと言う確信を。
「そんなに驚くことでしょうか。
当然の疑問だと思いますよ、誰だってより近い人を傍に置きたがる筈です。
そして貴方たちを知る人は誰だって私よりも彼ら、いつもの四人の方が仲が良いと考える。
そのことを、疑問に思うだけで、どうして、貴方ほどの方が、表情を変えるほど、驚くのでしょうね?」
追い詰めるように、言葉を細かく区切って話す。
その様子からこの場を完全にセフィリアが支配していることが分かる。
「今更そのような質問がされることが意外だったんですよ。
普通出かける時に聞かれることでしょそれ」
「ダーウト。
もし本当にそれだけが理由だったら貴方は自分から言っているはずです。
なのに貴方はそれをしませんでした。
それに今回の同行についての詳しい説明を受けたのは王都に来るあの鬼のランニングの後のことですし、一緒に来てくれと言ってきたのも私が忙しい時の合間。
そのお陰で録な説明もないことに疑問を挟む余地すらありませんでした。
それ以外の理由があるんですよね?」
その場凌ぎの反論も、直ぐに返される。
その通り。
普段の令ならばあらかじめしっかりと説明をしておき、後で何故そうなのかと聞かれるような愚は犯さない。
なのにそれをせず、しかも冷静に振り返って見ればまるでそのことを聞かれたくないかのような行動が目立っている。
そのことに今のセフィリアは気がつくことが出来た。
それは、ほんの少し前の彼女であれば気づけなかった筈のもの。
なのに気がついたということがある事実を物語っていた。
そのセフィリアを見て令は混乱する。
頭がぼやけ思考がまとまらない。
知らない。
こんな彼女は知らない。
自分の知っている彼女は流されやすく、ここまで深く物事を考えることはしなかった。
何が彼女を変えた?
何がここまで自分を追い詰める存在を作り上げてしまった?
だがそれよりも、何よりも。
そう、こんな彼女は知らないはずなのに、初めてみるはずなのに―――
「ああ……なんかもう面倒になった……」
―――なんなんだこの既視感は
「え……」
「ああすみません、ただの独り言です」
無表情になり、令は感情が見えない平坦な声を発する。
驚いたような声を発するセフィリアに、令はつぶやきを聞きとがめられたからだと思ったが、それは間違いである。
セフィリアが反応したのは令のその表情について。
それは以前彼の仲間が垣間見た、感情が籠められすぎて逆に表情がわからないが故の無表情がそこにあった。
彼をそれなりに知るものは、皆ある勘違いをする。
令の心が強いという勘違いを。
その認識は、一応間違いではない。
だが正しくもない。
令は、精神的攻撃への耐性が異常に高いだけなのだ。
そのため、罵詈雑言や権謀術数に対しては恐ろしいほどの力を発揮し、真っ向から他者を説き伏せたり陰謀を叩き潰したり出来る。
だがその反面、ある特定の分野に対しては無防備と言っていいほど脆い。
そのことが知られないのは、普段表に出ることがまったくと言っていいほどないからだ。
酷く限定された分野であり、何より攻めようと思って攻められるようなものではない。
だが時に、意図せずそこを突いてくる者が居る。
今の彼女のように。
彼は今、酷く短絡的な思考に支配されていた。
普段の彼であればこの程度の不測の事態は機転を効かせて、あるいは手頃なところで妥協して煙に巻いていたことだろう。
だが、彼を犯す意味の分からない既視感がそれをさせてくれない。
何かが彼女と被る。
それがなんなのか彼に分からない。
そのことが不安を呼び、苛立ちを募らせる。
その結果、彼は思考を放棄することにした。
それはある意味で賢い選択。
これ以上予想外の事態を呼び起こしたくない。
何より、この既視感が何故か不快でたまらない。
「セフィリアさん。
今から貴方に言うことは、自分でも正直どうかと思うことです。
ですので思う存分罵倒してくださって構いません」
「………………」
その一言に彼女は何も答えない。
薄々ではあるが察していたからかもしれない、彼がこれから何を言うのかを。
「貴方をディック殿のところへお送りします」
その言葉を聞いて、セフィリアはしばらくの間令を見つめる。
その視線はかつてないほど鋭い。
「それって要するに、私とここで別れるという意味で間違いないないですよね」
「ええ」
質問ではなく確認。
それに令は表情を変えず軽く返す。
「私を散々引っ張り回しておいて、私を安全なところへ追い出してはいさようなら。
そういうことですよね」
「ええ。
時間のことならば気にしないでください。
多少無理すれば、ここからルッソまで一時間ほどで着く方法がありますので」
無表情のまま、何でも無いことのようにとんでもないことを宣う。
馬車で二日かかる距離をたった一時間でたどり着くなど常軌を逸している。
だが彼女はそこには反応を示さず、令が肯定したことに不快げに眉をひそめる。
「巫山戯ないでください」
ただ一言。
だが今までにないほどの怒気が籠められている。
「そのようなことを私が認めるとでも?
というか分かってますよね、そんなことを言われたら私は反発するに決まってるじゃないですか」
セフィリアの性格を考えれば、この令の話を聞く筈もない。
今日ここまで一方的にやられておいてそれで退くなど、妙なところで気の強い彼女が止まるわけもない。
もちろんそんなことは令にも分かっている。
だからこそ、彼は先ほどのように言った。
「生憎ですが、貴方の要望を聞いている訳ではないんですよ」
「っ!?」
「言いましたよね? 『貴方をお送りします』と。
要するに、貴方が拒絶しようと関係ない。
既に決定事項だ」
いつの間にか、彼女の首筋にナイフが当てられていた。
ジッと見ていたはずなのにまったく気づけないほどの早業。
直ぐ目の前にある、自分を弑せる刃に息を呑む。
「これから先の私の行動に、貴方がいては邪魔になる。
だから貴方とはここでお別れ。
異論は認めない、あっても許さない。
力づくでも貴方を連れて行く」
その目には一切の感情が伺えない。
見るものに残らず恐怖を植え付けるであろうその視線。
「不思議ですね。
なんだか自分が自分ではなくなってしまったみたいに感じられます。
今までの私だったらその脅しに流されてしまっていた筈なのに」
それを見てセフィリアの思考は一つの想いに支配される。
確かに恐ろしい。
目をみるだけでその中にある負が垣間見えてきそうな、人の心を直接蝕んで来るその瞳。
「本当に、何故」
令を真っ直ぐに見て告げる。
「何故、貴方がこんなにも悲しい存在に見えるのでしょうか」
まるで、今にも泣いてしまいそうな悲しげな顔で。
「…………悲しい?」
『お前、可哀想な奴だな』
その言葉を聞いて、令の頭に再び既視感が奔る。
それも今度は音声付きで。
彼はその言葉の主を知っている。
忘れる筈がない。
「そんなことを言って私を遠ざけようとして、私の安全を考える。
自分のことを悪役にして、私に無理やりさせられたからここで令という人間に関わらなくなってもいいんだという認識を持たせる。
そうすれば私を守れるから」
まるで哀れむかのようなその眼差し。
それを向けてくる彼女の姿までが、『あの人』と被り始める。
「仲間までも遠ざけて、誰にも頼らず、自分だけを危険に晒そうとする」
『一人だけで居るのがそんなに楽しいのか?
そんな悲しそうな目をしておいて』
性別も違う。
性格も正反対。
語りかけてくる言葉も違うのに、『あの人』の姿が彼女と重なる。
「素直にすごいと思います。
私はそこまで自分を追い詰められない」
(やめろ)
彼はようやく理解した。
何故自分がここまで彼女に心かき乱されていたのか。
何故既視感が、『あの人』と姿が重なるのか。
「ですが、それで一度でも貴方は満足する結果が得られたのですか」
『馬鹿だろお前。
それで何か出来ると本気で思ってるのか?』
「やめろ」
―――自身の古傷がえぐられているからだ
目の前の女性、そして過去の男からの哀れむような、悲しむような視線。
「やめろ!」
―――どちらも、自分のことを心配しての言葉だからだ
令の顔が、影となり誰からも見えなくなる。
口から血が出るほど歯を食いしばり、突きつけているナイフが震え、ナイフを握っていない左手が身体の許容する力を超えた握力を出されたことでミシミシと悲鳴を上げる。
令のその様子を目にして心を痛めながらもセフィリアは、そして令の中の彼は止めの一言を放つ。
「どうして自分が優しいということをそこまで頑なに否定するのですか?」
『自分を信じられないでいるお前に、何かが為せたのか?』
令が見せる無表情。
それは彼の自己防衛の顕れでもある。
それ以上の感情の暴走を食い止めるための蓋が、無表情という形で顕れるのだ。
だが、その機能も絶対ではない。
許容を超えた時、その仮面は破裂してしまう。
―――今、彼の仮面が砕け散る