55話 彼が望むコト②
今回つなぎみたいな感じです。
ていうか終わらん!
戦闘までどんだけかかるんだこれ!
ネタは山ほどあるのにそこまで進まない!
もっと話を簡単にした方がいいんだろうか、だが個人的にこの重さがなくなるのは不味い気がする……
デルト王国王都デルトライン。
その王都の中心街にある、この国で最も大きく荘厳な教会の屋根の上。
そこで令とセフィリアが向き合い、お互いに言葉を発することもなく静かな時間が流れる。
令は先ほどの自身の言葉の余韻に浸るかのように目を閉じている。
セフィリアはそんな彼を考え事をしながらただ眺める。
重くもなく、軽くもなく、敢えて言葉に表すならば無味の空気。
その空気を先に壊したのは男の方。
目を開けると、いきなり視線を厳しくして彼女を睨む。
「ところで、貴方はいつまでそうしているつもりですか」
「はい? え、えっと……。
私、特に何もしていないのですが。
何か駄目でしたでしょうか」
敵意に満ちた言葉。
セフィリアはその言葉と責めるような視線の意味が分からず、困ったような表情を浮かべる。
笑ってはいるものの、その表情は令の醸し出す威圧感に冷や汗で一杯である。
彼女はただ黙っていただけで指一本動かしてはいなかった。
それなのにこんなことを言われては、困惑するのも無理はない。
だが令はそんな彼女の様子を無視して腕を彼女へと水平に伸ばす。
「ちょっ!?」
すると周囲の温度が急に下がり、令の周りに数本の氷柱が浮かぶ。
下手な武器よりも殺傷性が高そうな氷の槍が、その切っ先をセフィリアに向け滞空している。
どう見ても、彼女を狙っているようにしか見えない。
その暴挙に慌てる彼女。
自分は何か彼を怒らせることをしてしまったのだろうか。
それも死んでもおかしくないようなことをされるほどの。
突然のことにろくに働かなくなった思考回路で、そんなことを考える。
「だんまりか、もしくはまだ気づかれていないとでも思っているのか。
どちらにしろここで行動しないというのは悪手だな」
令は感情の籠らない目をセフィリアへと向ける。
そして槍が放たれ、セフィリアへと向かう。
それを彼女は戸惑いながらも歯を噛み締め集中し、避けようと目を凝らした。
だがそこで気づく。
自分へと高速で迫ってくる氷柱、それがただの一つも自分に当たる軌道を描いていないことに。
そしてそのまま彼女を通り過ぎて行き、教会の屋根へと突き刺さった。
だがその途中で顔を軽く掠めていったので、表情から血の気が抜けている。
着弾した時の大きな破砕音がその威力を物語っていた。
確認してはいないが、間違いなく屋根は大きく抉れていることだろう。
始めは呆気にとられていたものの、直ぐに我を取り戻し怒りを露わにする。
「あ、あぶ、危なっ! なんてことするんですか!?
しかも教会を破壊するなんて罰当たりにも程が…………え」
攻撃されたことに文句を言いつつ、屋根の惨状を確認するために恐る恐る背後を振り返る。
こんな場面でも傷付けられそうになったことより先に、施設が破壊されたことを怒る辺り彼女の人の良さがよく分かる。
だが、自分の後ろに驚きに目を見開く。
今この場にいる人間は令とセフィリアの二人のみ、その筈だった。
「……一体いつから気づいていたので?」
「我々がここに着いたのとほぼ同時に貴方も来てたでしょう、始めっからです。
そういう貴方はガイアス殿の後ろに控えてた『四剣』の方ですね。
名前をお聞きしても?」
だが彼女の後ろ。
氷柱が突き刺さっているそこに、新たな客人が現れていた。
いや、今の令の言い分から察するに、もとから居たが気づかなかっただけなのだろう。
そこに居たのは、謁見の場でガイアスの後ろに控えていた人物。
女性としては高めの身長であり、腰まで長く伸ばした灰色の髪と切れ長の瞳が理知的で冷淡な印象を他者に与える。
令は何故か名前を尋ねたが、この国に住む者ならば子どもでもその人物の名前を知っている。
「アリエル様……」
セフィリアがその女性を見て、信じられないといった様子でその人物の名を呟いた。
セフィリアの言葉の通り彼女、アリエルには家名がない。
現在の『四剣』の内で唯一、平民から出世してその最高の栄誉を得た者なのだ。
これは余談だが、彼女の国民からの人気は非常に高い。
彼らにとって今回の令ほどではないものの、平民の自分でも出世出来るのだという実感を与えてくれる希望の存在。
当人が意図的か無意識かの違いはあるものの、その点では令と近いものがある。
さらに言えば悪いところまで彼と似通っており、彼女はデルトで至上とされている純粋な戦士ではないこともあり、彼と同様に主に貴族からの反発が根強い。
そんな彼女は氷の槍が足元の直ぐ傍に突き立ったというのに、動揺する様子も見せずに淡々と口を開く。
「……もう彼女が言ってしまいましたが改めて。
『四剣』が一、アリエルと申します。
接点がなくなるまでの間、お見知りおきを」
その冷たい雰囲気にあった透き通った声音が令とセフィリアの耳朶をうつ。
令はその言葉を聞いて苦笑を浮かべていた。
(『接点がなくなるまで』ってどう考えても仲良くする気はないと宣言しているようなものですよね……)
好意はないが敵意もまた感じられないところを見ると、特に含むものがあるわけではなく生来の気質なのだろうが、実質初対面にしてはきついことこの上ない。
アリエルはそんな彼らの内心を知ってか知らずか、相変わらず無表情のまま続ける。
「自信がなくなりますね、この場に来たその瞬間からもうばれていたなんて。
私の固有魔法は、視覚は愚か聴覚や気配といったものすらも欺瞞できるので、本来は見つけることなど不可能な筈です。
どうやって破ることが出来たのですか?」
自信がなくなると言いながらもそのことをまったく気にしていなさそうに見えるが、それはアリエルとセフィリアの心からの疑問だった。
《幽姫》。
それがアリエルの持つ固有魔法の名称。
言葉の通り、幽霊かのように人がもつあらゆる知覚から自身の存在を隠し通す魔法である。
令の光を応用した『迷彩』魔法でも、姿を消すことは出来るが歩く時の音や気配を消すことまでは出来ない。
そこまでは令の頭でも処理が追いつかないのだ。
《幽姫》は直接的に相手を倒すようなものではない。
だがその恐ろしさは数ある魔法のなかで随一と言っても過言では無いだろう。
諜報や暗殺に関して絶大な力を発揮する力。
暗殺の場合は実際に実行しようとする時に様々な制限があるため使われることはほとんどないのだが、後ろ暗いところがある者にとってこれほど恐ろしいものはない。
いざという時国防上の切り札にもなり得る、本来秘匿されている筈のその情報をセフィリアが何故知っているのかというと、それにはディックが絡んでいる。
彼は自前の情報網によりデルトや他の国の実力者の情報を集めており、アリエルの固有魔法についての情報も一部入手していた。
元平民ではあっても、独自行動権を持つ『四剣』である以上貴族とは比較にならない重要人物である。
それにも関わらず情報を入手していることから彼の能力とその情報網の優秀さが良く分かるのだが、そんな重要情報を孫娘に安全のためとはいえ教える辺り彼の爺馬鹿っぷりも相当群を抜いている。
尤も、王国側もこちらが知っているということを把握している可能性も在り、下手に交渉事の武器として利用したら最悪消されてしまうため、身内に教えるぐらいしか手に入れた情報の使い道が存在しないといこともあるだろうが。
閑話休題。
そういう事情もあり、彼女らは令が知覚されないアリエルをどうやって認識出来たのか分からなかった。
事実、セフィリアの感覚は決して鈍くはなくむしろ鋭いと言ってもいいにも関わらず、自分の真後ろに居たアリエルの存在にまったく気づけなかったのだ。
それ故のアリエルの問いだったのだが、令はその質問を聞いて鼻で笑う。
「自分の情報を教えるわけないでしょうが」
至極当然の言葉。
謁見で令とガイアスが協力していたことはそれなりの洞察力が在る者ならば気づいていたが、それはそれこれはこれ、あの時協力していたからといってこれから敵対しない保証など存在しないのだ。
これから敵になるかもしれない相手に余計な情報を教えるはずもない。
だが、彼がそうであるようにアリエルにも譲れないものがある。
「それでも私は貴方から聞かねばなりません。
私個人としては貴方のしたことを否定する気はまったくなく、むしろ汚物どもを消毒する貴方という薬には感謝したい位ですが、貴方は同時にこのデルトという大樹を枯らす可能性を持つ劇薬でもあります。
その可能性がある以上、貴方は最重要警戒対象です」
「腐りきった大樹なんていっそのこと駆除してしまった方がいいと思いますよ。
そうしなければ大樹の周りの木々まで枯らしてしまう」
「……それでも、です。
この国のためならば私はためらわない」
その言葉とともにアリエルは手に持つ杖、彼女に与えられた『神器』を構える。
そして同時に身を刺すような鋭い威圧感が令とセフィリアを包む。
実のところ、彼女はその出自の関係もありどちらかと言えば令の行動には賛成の立場である。
それでもあれだけやらかした令を野放しにするのは危険過ぎるので国の重役としてはその対処を考えなくてはならない。
そしてその対処をすることになる可能性が一番高いのは、暗殺に最も適した能力を持つ彼女だ。
それなのにもう自身の切り札を一つ、しかも尤も効果的なものを見破られてしまった。
その理由を知らなければ《幽姫》は令に効かない。
だからこそ、彼女は彼からその手段を聞き出さなければならないのだ、例えこの場で戦闘になろうとも。
「へえ力尽くでも私から聞き出そうと。
それが出来るとでも思うのですか貴方は。
私は敵意で以て襲ってくる相手には情けはかけても容赦はしませんが」
令は右手を身体に隠した《クラウンズ》をいつでも取り出せる位置に置き、左手を《アロンダイト》の柄にかけ臨戦態勢に移行する。
そしてそのまま両者の目に剣呑な色が宿り、互いににらみ合う。
(ああ~、会って数分でなんでこんな剣呑な空気に。
どっちも喧嘩っ早過ぎでしょうが……!)
そして両者の板挟みになったセフィリアは、この場でただ一人まともな人間として頭を抱えていた。
そのまま数秒が経過する。
「…………こんなもの、か」
「え……」
「はい?」
だが突然、敵意を完全に霧散させて令は笑顔を浮かべる。
その行動の意味が分からず、数瞬の間呆ける二人。
その二人を尻目に、令は構えを解き自然体に戻る。
「ガイアス殿に二つ伝言をお願いしたい。
それをして頂けるならヒントならお教えしましょう」
「……ヒント? 伝言?
さっきまで今にも襲いかかってきそうだったのにいきなりそんな要求をされても裏を勘ぐってしまうのですが」
「あれは予想を裏付ける確証が欲しかっただけです。
おかげでよく分かりましたよ、この場で戦っても私に利益は一つもない。
戦闘の情報をもっていかれ、『その』貴方を殺しても貴方は死なない。
それなら軽く情報を出して多少の要求をした方がましだ」
「なっ!?」
初めてアリエルの表情が驚愕に染まる。
それを見て令は自分の予想が正しかったと確信し、セフィリアは意味が分からず首を傾げる。
「何故そのことを……!」
「言うわけないでしょうに。
それでどうします?
要求を呑みますか、断りますか」
「くっ、……少し考えさせてください」
声を荒げるアリエルだったが令の様子からどうやっても聞き出せないことを察し、考えを纏めようとする。
「無茶なものではないですよ。
言い忘れたことと、ただの独り言です」
「独り言が伝言という時点でまずおかしいですよー、グランドさん」
「そこは突っ込まない約束ですよおっかさん」
「私は貴方にお母さんなんて呼ばれる年ではないです!」
「そこに突っ込みますか。
というか否定したいならいい人を見つけてからにしてください、このいきおく……年増さん」
「あはは……。
ほとんどいき遅れと言葉にした上に言い換えて酷くなってますよこの野郎」
「……夫婦漫才なら後にして頂きたいのですが」
アリエルは令の人外ともいえる鋭さに動揺し焦っていたのだが、なんとも言えない漫才じみたやり取りを繰り広げる二人に毒気を抜かれてしまった。
だが、冷静に考えてみれば別にこの要求を受け入れても自分たちに不利益はまったくないことに気づく。
「まあ冗談はこれくらいにしときまして、結局のところどうします?
断りますか? そして戦いますか?」
「いえ、その申し出ありがたく受けさせていただきます。
正直真っ向勝負では貴方に勝てる気がしませんから」
伝言は聞いたところで内容に問題があった時は伝えなければいいのだし、それでヒントとはいえ令の秘密が分かるならば儲けもの。
もちろん令が嘘を言えばそれまでだが、ここで戦ってもガイアスの本気の一撃に耐えた令をこの場で自白させることなど可能とは思えない。
それならば例え嘘の可能性はあっても、僅かでも情報を得られる方に賭けたい。
そんな打算があったために、アリエルは申し出を受けた。
―――その考えが、実に甘いものだったと思い知らされるのは直ぐ後のこと。
「では交渉成立で。
私は自身の知覚で察知した訳では無いので貴方の固有魔法を破った訳ではないですよ」
「馬鹿言わないでください。
それで私をどうやって察知したって言うのですか」
「私はある魔法を常時展開して、知覚に感じられずとも存在そのものを察知出来るようにしているんです。
ソナーと同じ要領なんですが、言っても分かりませんよねー」
令はこれからのことに支障がない程度に自身の技術を語る。
アリエルは令の言葉の意味を考えるも、答えはでない。
存在そのものを察知する手段など彼女には思いつかなかった。
「もう少し詳しく教えていただくことは出来ないのですか?」
「これ以上は無理です」
アリエルは困惑するような表情を浮かべ情報のさらなる開示を求めたが、令ににべもなく断られる。
その言葉を聞きアリエルは諦めたようにため息を吐いた。
だが、その概要だけでも分かったことだし収穫は無かったわけではないと思い直す。
なお、セフィリアは令の言葉を聞いてから考えるような動作をとっていたが、今は顔を上げて次に令がどんな伝言を頼むのかに注意を向けていた。
「それで、伝言とはなんですか。
私も忙しいので早くしてください」
散々弄ばれたせいか、アリエルの言葉には棘がありかなり不機嫌そうだった。
それを見て令は淡く微笑む。
「では先ず一つ、また直ぐに会いましょう。
そしてもう一つ、これは独り言ですが―――」
アリエルとセフィリアは直ぐにという部分に反応を示すが、令がまだ話そうとしていることからそれに対する質問を飲み込んだ。
そして、次の言葉に二人の頭からその疑問は吹き飛ぶ。
「貴方たちは、もう少しこの世界について疑問に思ったほうが良い。
でないとすべてを失うことになる。
この世界は、向こうほど人間に優しくできてはいないのだから」




