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異世界の愚か『もの』 ~世界よ変われ~  作者: ahahaha
デルト王国 ~望んだ望まぬ名声~
55/84

54話 彼が望むコト① 不協和音

今回は少し短めですか。

久しぶりの彼らの登場。


この辺りから、彼の異常さが出てきます。

 ルッソの街。

 その中にある、変哲も無いが、決して見窄らしくもない喫茶店のテラス。

 そこに四人の男女の姿があった。

 彼らの一般的な美形を遥かに超えた容姿に多くの者が立ち止まり、感嘆のため息を吐く者までいる始末。

 だがその空気のせいか、話しかけようという豪の者は誰もいない。


「はぁ…………」


 腰まで届く太陽のように輝かんばかりの金色の髪を持つ少女が、明るいその見た目とは裏腹の暗い雰囲気で、今日何度目になるか分からない物憂げなため息を吐く。

 見るからに消沈しており俯いてばかりで、注文した熱かった飲み物はすっかり冷えていた。


 その女性とは対照的な、見るものを落ち着かせる月の光のような柔らかい光を発する肩口までの銀色の髪を持つ、彼女より少し幼い年頃に見える少女は、上の空の様子で茫洋としている。

  たまに口まで飲み物を運ぶのだが、メニューを何も見ずにテキトウに指さして決めてしまった『激マズ青汁』などという、そもそも売る気などあるように思えないネーミングのとてつもなく青臭い飲みものを、何も表情を変えずに飲むその様子からして、味が分かっていないと思われる。


 尤もこの二人だけならば、他人が話しかけるのを躊躇わせる要素にはなりえなかっただろう。

 むしろその物憂げな様子や茫洋としている様は、見るものに退廃的な魅力を与えていた。

 問題は残りの二人。


「………………」


 金の少女と同じ髪を持つ少年。

 本来であれば幼くともその容貌から女性の視線を集めそうなものだが、目を閉じ眉間に深く皺を寄せているその表情がそれを妨げている。

 足を苛立たしげに鳴らしていることも相まって、どんな馬鹿でも一目で機嫌が悪いと分かる。

 この中で一人だけ飲みもの以外に軽い食事としてサンドイッチを頼んでいるのだが、それを食べる様子は囓み千切るという表現がぴったりと当てはまるほど荒々しい。

 小柄なその身体に似合わず強烈な迫力があり、見目麗しい少女たちの姿を見て頬を紅潮させて近づこうとしたところで、彼を見て顔を引きつらせる男性が周囲で量産されている。


「んー、あー……クルス、これを言うのはもう何回目になるかわからないんだがとりあえず―――」


「落ち着け、でしょう。

 ええ落ち着いていますとも、落ち着いてどうやってあのご老人に報復してやろうか考えているところです。

 ちなみにレオンさんのそれは既に八回目ですね」


「そんなことを言う時点で落ち着いてなんかいねえよ。

 つうか数えてたんかい」


 そしてその少年を先ほどから必死に宥めようとしている銀髪の青年。

 銀の少女と同じ銀髪だが、彼女のそれよりも鈍い光を放っており、どこか刃のような印象を受ける。

 その見た目は普段であれば見る者に威圧を与えていただろう。

 だが非常に不機嫌な金の少年、クルセルスの相手をしているその様子からは、苦労人のオーラをひしひしと感じる。

 近寄るなと全身で叫んでいるクルスとは逆に、銀の青年、レオンの場合は同情と哀れみから人が寄り付かなくなっている。

 この男、令がいなくとも貧乏くじを引かされるようである。


「おーい、エルスにルルもいい加減に帰ってきてくれないか?」


 自分一人では荷が重いという結論に達し、金の少女、エルスと銀の少女、ルルに助けを求める。

 だがそれに対して返答はない。

 これも今日何度繰り返したことか。


「どうしてこうなった……」


 疲れたようにため息を吐き、自分の頼んだ飲み物を一口啜る。

 いや、原因は分かっているのだ。

 最後にディックに言われた一言だと。


『ならば、お主らが奴と並ぶことは叶うまい』


 ただそれだけ。

 どこか独白のように彼が呟いたその言葉は、だがしかしこの四人の心境に大きな漣をたてた。

 レオンを除いた三人は、その言葉を聞いてどういう意味なのか必死に食い下がったのだが、彼はそれを気にすることなく去っていった。

 それからだ、こんな空気になったのは。


(いったい俺にどうしろってんだ……)


 彼としては、困惑するしかない。


 エルスとルルはまだ理解出来る。

 懸想している相手と並ぶことは出来ないと言われれば、それを目標としていると思われる彼女らにとっては衝撃的であろう。

 だが、どうしてもクルスが分からない。

 考え込むでも呆けるでもなく、必死に怒りを押し殺している。

 あまりにもらしくないその様子。

 これまで彼が怒りを露わにしたことなどほとんど無い。

 祖国が滅亡し、半年の間放浪していた間でもこのような表情を示すことはなかった。

 故にでた言葉。


「なあクルスお前どうしたんだ、ぜんぜんらしくないぞ。

 いつもはもっと冷静だろうし目上の人間には丁寧だったろう」


 心配するように問いかけられたその言葉に、クルスは応えない。

 黙々とサンドイッチを消化している。

 何かを堪えるような表情をしながら。

 その様子が三人の不安を煽る。


「おい」


 めげずになおも呼びかけるとクルスが痺れを切らしたようにテーブルを叩く。

 その音に今まで上の空だったエルスとルルは身体を震わせる。

 その様子に気づくことなく血走った目でレオンに一瞥をくれ、吐き捨てる。


「貴方に僕の何が分かるんですか」


 絶句する。

 この一言でレオンが何をやっても正気を取り戻さなかったエルスとルルまでも目を見開いていることから、その異常さがよくわかる。

 それほどの敵意に満ちた言葉。

 間違っても家族のような間柄の者に向ける言葉ではない。

 

「ちょっとクルス、そんな言葉はないでしょう。

 レオンだって貴方を心配して言ってくれたのに」


「そうです。

 それにあなたが自分を心配してくれた人に向かってそんなことを言うなんて、兄さんでなくともおかしいと思って仕方ないですよ?」


「さっきまで呆けてた奴らの言葉とはとても思えないな。

 つうか、さっきの話聞いてたんなら返事ぐらいしてくれたっていいだろうが……」


 流石にそのような言葉を見過ごせるはずもなく、エルスは様子のおかしい唯一の肉親に注意をし、ルルもまた唯一の肉親を擁護する発言をする。

 幸いというべきか、クルスのあまりにもおかしい様子はこの二人を正気に戻す一助となった。

 その言葉から、聞こえていたのに無視されていたことを知ったレオンは項垂れていたが。

 

 だが、そんな彼らの言葉も今のクルスには届かない。


「僕はそんなこと望んでいない。

 そちらが勝手にやったことで怒られるなんて筋違いにもほどがある。

 それともう一度言わせてもらいますが、『貴方たち』に僕の何が分かる」


「ク、クル、ス……?」


 今度は、レオン一人に向けた言葉ではない。

 ルルにも、姉であるはずのエルスにも向けられた、まるで他人に対してのような『貴方たち』という言葉。

 それに衝撃を受けたのか、信じられないといった様子でクルスを見遣るエルス。

 その様子に彼は気づかない。


「ディックさんだってそうだ、彼にあの人の何が分かる。

 過ごした時間だって僕の方が多い。

 なのにさも知ったようにあんな言葉……」


 それどころか、周りが見えていない。

 完全に一人の世界に入り込んでいる。


「………………うん」


「レオン?」


「兄さん?」


 レオンはそんなクルスの様子を見ていて一つ頷くと、おもむろに立ち上がる。


―――何故か、指を鳴らしながら。


 その様子に不吉なものを感じ、女性陣の顔が引き攣る。

 そして彼はクルスの元へと歩き―――


「分かってたまるか、もしそうだったら僕は―――へぶっ!?」


―――思い切り脳天に鉄拳を振り下ろした。


 その拳を受けたクルスは頭が割れるのではないかと見ていた者が思うほどの轟音を頭から発し、頭をテーブルにぶつける。

 鍛え抜かれた体躯を持つ男が、まだ幼さの残る少年に暴行をする。

 そんな非人道的な光景に遠巻きに事態を見守っていた誰もが二の句を継げなくなっている。


「何やってるんですかあなたは!」


「うげっ!?」


 しかし、あらかじめある程度予測出来ていたために直ぐに行動出来たルルの一蹴りが、後頭部を直撃する。

 足を大きく振り上げる格好だったのでスカートであれば大変だっただろうが、幸い(周囲の男共にとっては残念なことに)ズボンだったので大丈夫だった。

 後頭部に直撃し、脳を揺らされたレオンは立っていられなくなり彼もまたテーブルに突っ伏す。


「ちょっとクルス大丈夫!?

 今治すからね!」


 その一方、弟の心配をする姉は魔法を使い彼の回復を試みる。

 本人は何故かは分かっていなかったが、彼女の治癒魔法は以前と比べて格段に効果が上がっていたため、すぐにクルスは目を覚ました。

 しばらくきょとんとしていたが、エルスの顔を見て取ると何かに気づいたように顔を顰め、顔を背ける。


「どうしたの?」


 その様子に心配し言葉をかけるも、クルスはそのまま顔を手で覆い深呼吸を繰り返す。

 そしてしばらく経つと振り返り笑いかける。


「あれ、姉様どうしたのですか?」


 その様子は先ほどまでの鬼気迫るものではなく、彼らがよく知る『クルス』という少年のものだった。


「え……どうしたってそれはこっちの台詞よ。

 一体さっきのはなんだったの」


「うーん、覚えがありませんね。

 何があったのでしょう?」


 覚えてない筈がない。

 あまりにも浅いその嘘くさい言葉に怒鳴りそうになったところで、ルルが聞く。


「……先ほどまであなたが何を喋っていたのか覚えていますか?」


「いえ、覚えがありませんね。

 何か言ってましたか?」


 予想外の事態にエルスとルルは困惑するしかない。

 あれだけはっきりと恨み言を言っていたにも関わらず、それを覚えていないとクルスは言う。

 だがそれが嘘であることは先ほどの様子から明白。

 いったい何を考えているのか。


「あ痛てて……。

 じゃあディックさんが言っていたことは覚えているのか?」


 そんな時、頭を抑えて顔を持ち上げながらレオンが尋ねる。


「……ええ覚えてますよ。

 それが何か」


 その言葉に、クルスは飲み物を飲みながら答える。


「……いや、なんでもない」


 その様子にレオンは目を微かに細める。

 クルスの動作に、不自然なところは無かった。

 だがその飲み物を飲む動作がレオンから顔を隠すような形となっていた。

 先ほどの女性陣の時のように笑みを浮かべながら言うのではなく、顔を隠して表情を見せないようにする。

 そこに、いったいどのような違いがあったのか。

 それは彼には分からない。


(あいつなら分かったんだろうが……)


 自分と令は違う。

 違うからこそ比較してしまい、自分の情けなさが身にしみる。

 今だってそうだ。

 クルスの、普通ではない暴走とも言える行動。

 それを止める手として最も自分らしいものが実力行使だった。

 その結果、お世辞にもいい結果とは言えないだろうが、最悪の結果だけは避けられたと思う。

 だが、これがあの男だったらどうだろうか。

 そんなもの決まっている。

 クルスの抱えるものを察し、理解し、それに対しての対策を即座に練り、それを実行していた。

 その事実は、疑いようもないもの。

 ただ一人、家族の自分ですら知らない妹の苦悩を理解し、解決して見せたのだから。


(情けない)


 嘆いても仕方がないことは分かっている。

 だがどうしても止められない。

 何故、令だったのか。

 何故、自分では無かったのか。

 思えば、あの時からこの想いは醸成されていたのかもしれない。


 自分の知る限り、最も優れた男への、劣等感。


 思えば、彼に頼られたいと思うのもそこから来ているのか。

 頼られることで、その点だけでもあの男よりも優れているという実感が欲しかったのか。

 そんな情けない想いが自分を蝕んでいる。


「じゃあ何もなかったってことでいいな。

 さて、みんな正気の戻ったところでそろそろ出るか。

 いい加減周りの視線が辛いものがあるし」


 だがそれを押し殺す。

 そんなことを考えても何にもならないのだから。


「そうね、いつまでもここにいては店に迷惑でしょうし」


「さっさと出ましょうか」


 そんなレオンのある意味自分の罪を棚に上げる提案に、他の三人は反論することなく同意して席を立つ。

 最初はわからなかったのだが、今は彼女らも知ることができた。

 彼が彼女たちを、ひいてはクルスを助けるためにあんなことをしたのだと。

 そしてクルスも自分を止めてくれたことを感謝していた。

 だからその提案を否定することはしなかった。

 既に各自飲み物も食べ物もなくなっていたし、彼の言うとおり大騒ぎしたせいで周囲の注目を浴びている。

その視線から逃れるように、さっさと会計を済ませる。


「レオンさん」


「ん?」


 そんな中、店を出る直前にレオンはクルスに小声で話しかけられる。

 振り返ると、少年はレオンに出来るだけ近づき、その一言を告げる。


「……ありがとうございました」


 あまりにもありふれた言葉。

 だが、それはレオンの心に、染み渡る。

 その言葉で、自分の行動が少なくとも間違っていなかったのだと、自分以外の人からもそう見えたのだと理解出来たから。


「いいってことよ」


 そのお陰で、心が少しだけ晴れた。




 金と銀、好対照な四人組が街を歩く。

 その様子は普段の彼らとまったく同じもの。

 話をし、笑い合いながら進んでいく。

 それぞれ、同じ悩みを抱えながら。


 それは当然、ディックの言っていたことの意味。


 彼らは皆、敵意を剥き出しにしていたクルスすらも、その本心では彼の言っていることが正しいと理解していた。

 彼が自分たちよりも遥かに熟達した者で、その言葉は無視できるものではないということもある。

 だがそれ以上に、令という存在と身近で接していた経験が、かれの言葉に妙な信憑性を持たせていた。

 何故かは分からない。

 分からないが、漠然とそう思わせる何かが令と過ごした日々にはあった。

 だからこそ、彼らは考える。

 どうすれば彼と並ぶことができるのかを。


 その意志の根幹にあるのは、それぞれまったく別のもの。

 少女たちは、共にあるために、少しでも多くの時間を彼と添い遂げるために。

 青年もまた、共にあるために、だがそれは彼と対等の存在となるために。

 そして少年は―――




 意志の力は人を変える。

 良くも、悪くも。

 変化そのものには善も悪もない。

 結果としてそう見えるだけのこと。

 彼らは気づかない。

 今自分が、その分岐路にきていることを。

 その選択如何で、これからの人生が大きく変わってしまうことを。

 果たして彼らが選ぶのは、どちらの道か。




「おーい」


 その言葉に四人は振り向く。

 聞き覚えのある声。

 彼らのうち三名にとっては、何も警戒する必要の無い人物のもの。

 だが残った唯一人にとって、その声の持ち主たちは最重要警戒対象。


 彼らが振り向くと、そこには三人の男性。


「久しぶりだなお前ら。

 元気だったか?」


 以前ともに戦ったネストの三人、サムス、ライガン、フルートの姿があった。


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