53話 その後③ 変わる人
山場が過ぎました~!
すごいきつかったです、これ書くの。
この先はある程度構想できてるので、更新早まると思います。
目指せ、10日以内(遅い、かな?)
「まあ偉そうなことをべらべら言ってはみましたが、はっきり言って今回ここまで上手くいったのは私だけの力ではないんですよね」
「?、どういうことですか?」
「あの謁見で、始めから私に協力的だった人がいるんですよ。
……不本意でしたけど」
今まで飄々とした空気を崩さずにいた令が、急に苦い顔をしながら語る内容にセフィリアは首を傾げる。
セフィリアの知る限り、令が誰かに協力してもらった場面など思いつかなかった。
強いて言えば、符で何か秘密の話をしていたと思われる祖父のディックには何か協力してもらったのかもしれないが、話に一切参加していないのだから謁見での話に関与出来たはずがない。
それに言葉の内容と令の表情も、噛み合っていないように感じた。
何故協力してもらったのに苦い顔をするのだろうか。
普通であれば嬉しく思うところだと思うのだが。
「その人は私も知っている人なのですか?
私には誰か分からないのですが」
「いるじゃないですか。
私があの場で話した、貴女と国民を抜かせば唯一の『人』が」
その言葉に固まる。
セフィリアにはその人物が一人しか思いつかなかった。
「へ、陛下……?」
呆然とした様子で呟いたセフィリアの言葉に令はさらに渋面を強める。
「ええ。
まるでこちらの意図を最初から知っていたみたいに、こちらの都合に合わせてくれましたよ。
と言ってもあちらはあちらの意図があったみたいですが」
「あ、合わせてくれたって……。
そもそも貴方と陛下が示し合わせたところなんて全くありませんでしたよね。
それに協力的な言動もありませんでしたし、それで一体どうやって貴方の味方をしたっていうんですか」
セフィリアは相変わらず言葉と裏腹な令の表情が気になったが、それよりもガイアスが令に協力したという発言の方に注意が向いていた。
ガイアスは令と雑談のような会話ぐらいしかしていないし、最後の方はどちらかと言えば対立しているに見えた。
剣で切りつけられておきながら友好的だというのは、いくらなんでも無理があるだろう。
そんな考えがあったために、セフィリアは令の言葉に疑問を覚えた。
「そう、特別なことは何も言いませんでした。
ですが沈黙というのは時に熱心な弁護よりも余程役立つものなんですよ」
だが、ようやくいつもの態度を取り戻した令は、そのセフィリアの意見を根本から揺るがす。
その言葉の意味がセフィリアには分からない。
「それに証拠だってちゃんとあります。
実にわかり易いものが」
「証拠?」
「今私が生きてここにいる。
その事実です」
意味の分からない言葉が次々と続き、セフィリアの思考回路が停止寸前になる。
首を傾げることしか出来ないセフィリアに説明を続ける。
「確かに私はできるだけ相手が反論出来ないよう手は尽くしました。
仕草で注意を惹きつけ、言葉を使い人を惑わして。
ですが、それでも王がその気になれば私をどうにでも出来たんですよ。
私が演説を終えてからではもう無理でしたが、それ以前の話し合いの段階では王の意志が何よりも優先されていた。
ガイアス殿であれば私が演説を始める前に何をしようとしているのかを大まかにでも理解できていた筈。
その時点で止められていたら私もどうにも出来なかった」
その言葉にセフィリアの顔に理解の色が広がる。
その通りだ。
すっかり令の非常識さに慣らされていたので思い至らなかったが、そもそも王の権限があればあの謁見を潰すことなど容易い。
謁見を切り上げるという方法でもいいし、令に話を止めるように命じれば流石に話を止めざるを得なかっただろう。
しかし王はそれをしなかった。
その意味することはただ一つ。
「つまり、貴方のすることを陛下は黙認していたということですか……。
あの状況で黙認するというのは確かに協力と言って差し支えないですね。
そういえばあの署名を見せる前に妙な会話をされていました。
確か自由に何でも聞いていいか、でしたか。
あれはそのことの確認の意味があったのですね」
行動を黙認することは、何もしないということと同義ではない。
その人物が何をしたいのかをある程度理解していることが前提となるからだ。
つまり、相手を理解した上で協力するという明確な意志を持った行動なのだ。
謁見で令は自ら作り上げたグランドという人物の設定や話の内容にわざと穴を残し、そこを突いてくるガイアスの行動から、ある程度の人格、言動や思考の癖などの個性を見極めようとしていた。
しかしいくら待てどもガイアスはそこを突いてくることは無かった。
それも当然だ、なぜならガイアスはその時点でグランドに協力しようとしていたのだから。
身のない世間話を続け、その返しに穴があろうと無視したことによって、ガイアスは周囲の人間に悟られることなく令にそのことを伝えていたのだ。
セフィリアがそのことを理解できていることを察し、令は内心驚く。
だがそれを表には出さない。
「へえ、確かにあの言葉は少々露骨な言い方でしたが、話の流れに埋もれて普通ならば気づき難いものだったのによく覚えていますね。
お考えの通りあれは言外での取引でして、あれのおかげで私は最大の不確定要素である王を無視とまではいかずとも、軽く意識に留めておく程度に済ますことが出来た。
まあ流石にあそこまでぶっ飛んだことをされるとは思ってなかったでしょうが」
「……やった本人が何を言っているのですか。
あんな馬鹿なことをする人間がいるとは思いませんよ誰だって」
セフィリアにはこの令の言葉は自分のことを軽く見られているように感じられた。
なのでちょっとした意趣返しで言葉に毒を込めてみたのだが、令は全く相手にせず笑って返す。
「まあ否定はしませんが、その言葉はその馬鹿なことを黙認していたガイアス殿にも波及すると思いますよ。
なにせあんな穴だらけの話や設定だけならともかく、演説の内容にすらなんら関与してこなかったんですから。
普通であれば、あんな国を根幹から揺るがしかねないものは止めないと駄目でしょうに」
相変わらずまったく悪びれる様子のない態度にため息が漏れる。
彼女の精神はこれまでの会話で相当摩耗していた。
自分の理解出来る範囲ギリギリのものばかりだったのでそれも無理はない。
それでも話を聞く姿勢を崩そうとはしなかったが。
彼女のそんな様子を見ながら、令は徐々に膨れ上がる不安を押し殺していた。
彼はセフィリアがここまで話について来れるとは思っていなかった。
ただ理解出来ることを言い聞かせるわけでもなく、ただ理解不能なことを垂れ流すわけでもなく、その人のレベルでギリギリ理解できる内容に改良もしくは改悪する。
理解出来ることならば、それを苦痛に感じることもなくそれをそのまま受け入れることが出来る。
理解不能なことならば、それを無視することで自身の精神を平静に保つことが出来る。
しかし、その境界を攻められた時、その人物は多少無理をしなければ話を理解出来ないために、その疲労の度合は格段に上がる。
そして令はそこを狙っていたのだ。
その結果、セフィリアの精神力を大幅に奪うことは成功した。
だが、その裏にあった目的は全く達成されていない。
確かに見た目にも疲れてきているが、その目の色には未だに強い光が見て取れる。
令の見立てでは、セフィリアはそれほど精神的に強いとは思えなかった。
だが、現在のこの状況はその見立てと矛盾している。
自分はもしかしたら、何かとんでもない誤算をしているのではないか。
そんな不安がのしかかり、令はことさら平静に振舞っていた。
そうしなければ何か取り返しがつかなくなってしまいそうだったから。
そしてそれ故に、彼は見落とした。
自分のこれまでの、そして次にとる行動が、どれだけ不用意なものかを。
「まあ、私が言えたことではないですね。
彼が黙認してくれたおかげで、何とかあの演説を正しいと信じ込ませることが出来たわけですから」
「え……?
待ってください、その言い方ではまるで―――」
今日何度目になるか分からない、いきなりの話題転換に怪訝な顔を隠せない。
セフィリアの認識では、あの演説で言っていたことは紛れもなく真実であり、間違いなど無いと思っていた。
そして、だからこそ多くの人の心を動かすことができたのだと。
だが、今の言い方では、間違った事実を人々に正しいと思い込ませたという風に聞こえた。
「まるで、貴方が演説で言っていたことが間違いだったように聞こえるのですが……?」
だからこそ、その前提を吹き飛ばす先ほどの言葉に動揺が隠せない。
「んー、確かに間違ってはいないかったんですけど、正しかったわけでも無いんです。
よく考えてみてください、貴女はあんなことを日常でいきなり話されたら納得していたと思いますか?」
令は困惑した様子のセフィリアを気にすることなく目を閉じ淡々と語る。
その言葉に従い、セフィリアはあの時の内容を振り返る。
当時の光景、その前後の言動を無視し、演説の内容のみを抽出する。
その結果出た答え。
「納得、できませんね」
令が語っていた内容は、あまりにも薄っぺらなものだった。
「でしょうよ。
例えば王が国民のための法をつくった、学ぶのは人の自由だ云々の話は、そもそも国民にそれを受け入れるための下地が無かった。
そんな状態であんなことをただ話したら変な奴と思われるのが関の山です」
演説の内容そのものを、仮に日常の街角で語ったとする。
それに対しての人々の反応は恐らくこうだろう。
「だからどうした」、「そんなこと出来るわけないだろう」など。
絶対にそのまま受け入れられることは無かったはずだ。
言葉が間違っているからではない、むしろ正しい。
だが、正しいだけで現実をみた言葉ではないのだ。
人々にはそれをするだけの余裕などないのだから。
デルトの民が、別に貧しいわけではない。
だが、当然のことだが一人一人が生計を立てるために働く必要がある。
働くことの負担は非常に大きい。
生きるための術なのだから妥協する余地などなく、それに一日の大半の時間を割かなければならない。
そんな人間に、令が言っていたような法律を学ぶ時間などあるわけもない。
さらに言えば、彼らにとって法律を学ぶというのは途方もない苦労と苦痛を必要とする。
こう言ってはなんだが、彼らはお世辞にも頭が良いとは言えない。
義務教育のような制度もなく、読み書きや常識を親に教えてもらう程度でしかないのだから仕方がないが。
法を学ぶにはただ読み書き出来るだけではなく、法律制定に深い関わりを持つ、専門的な用語、社会的な事情、国の歴史といった広範な知識が要求される。
ここまで言えば誰もが分かる、そんなことは不可能だと。
だが、実際には何故か彼らは令の妄言を信じてしまった。
それがセフィリアには分からない。
「だが、人々はそれ以前の常識という言葉をどこかに置いてきたような出来事の連続で心が動揺しきっていた。
あとはちょっと誘導してあげればアラ不思議、彼らはもう何がなんだか分からないうちに、私の言葉をいつの間にか信用してしまっていた、というわけです。
まあ一種の刷り込みですな。
まったくガイアス殿には感謝ですね、自由に動けたお陰で実にうまくいった」
そのセフィリアの疑問を読み取ったかのように、いや実際予期していたのだろう、令が疑問の言葉を発する前に機先を制す。
「そんなのって!
いくらなんでも非道が過ぎます、彼らは嘘を信じ込んだままこれからを過ごすんですよ?
貴方はそんなことをして、良心が痛まないのですか!」
セフィリアの非難する声。
それも尤もではある。
先ほどの言葉通り取れば、令はデルト王国そのものを詐欺にかけたということ。
それはいくら何でもやりすぎだ。
勝手な話だが、信用していたのに裏切られたような気持ちを感じたこともあり、彼女はそう吐き捨てる。
それに対して令は。
「…………ハッ」
鼻で笑う。
しかも、どこか嘲るような響きを載せて。
普通ならば、セフィリアはその様子に怒りを覚えただろう。
だが感じない。
代わりに感じたのは、寒気。
目の前の男が、自分の知る『者』とは違う『もの』に感じられた。
「セフィリアさん、嘘ってなんです?」
「え……あ……」
突然の質問。
それに動揺のせいで答えを返すことが出来なかった。
だが令はどうやら答えなど期待していなかったらしい。
「正しいかどうか、間違いかどうか。
それが事実?
それが嘘?
違う、まったく『チガウ』。
事実も嘘も、答えがその本人の中だけにしか存在しない主体的で独裁的な自己主張の顕れに過ぎない。
その本人が事実としか認識できないのであれば、それがいくら他者にとって『ウソ』であろうとそれは『ジジツ』に成り代わる。
その本人にとって認めがたい事実であれば、それを本当に嘘だと認識できるのであれば、世界が否定しようとそれは『ウソ』に成り下がる」
我知らず、一歩後ずさる。
彼女は怖くなった。
何を恐れているのかは分からない。
だが本能が警告している、このままでは取り返しがつかなくなると。
常人であればここで恐らく引き下がり、令との関わりを絶ったことだろう。
それほど今の令が放つ『ナニカ』は強烈だった。
殺意でも、怒りでも、悲しみでもない、『ナニカ』。
それは只人には荷が勝ちすぎる異常。
「それが事実か嘘かなど、何の問題にもなりえない。
そう思わせることさえ出来れば、ただそれだけがその人にとっての真実なのだから」
だがセフィリアには下地があった。
ただの人では居られなくなる可能性が。
それは果たして幸運だったのか、不幸だったのか。
それは誰にも分からない。
そう、本人以外には。
「セフィリアさん、私からも一つお聞きしたい。
貴方は人を騙すのは酷いと言った。
ですが、今のこの国を見て変えようとするのを悪いことだとおもうのですか?」
「………………」
その言葉に反論が出来ない。
彼女も分かっているのだ、今の危機的な状況を。
国が荒れた果ての長期的な破滅ではなく、もっと簡潔でわかり易い破滅。
「念のため断言しておきますが、今の現状では『侵攻』にどうやったって対抗できません。
間違いなく滅びます」
それが、目前まで迫ってきている。
「そもそも私がこんな無茶をしたのは、ほとほと今のデルトに愛想が尽きたからなんですよ。
本来ならあの謁見は、国の現状を探る様子見のためだった」
令は空を見上げる。
まるでその青い空に、求めるものが存在するかのように。
「だが駄目だった。
あの場を見て一目で気づかされた、今のこの国に『侵攻』に対抗する力が無いことを」
謁見で並んでいた者たちのことを思い出しているのか、その表情が渋くなる。
令にとって、あの場は一種の地獄だった。
今すぐクズどもを皆殺しにしてしまいたい。
だが今それをするわけにはいかない。
その感情を鋼鉄の意志で必死に抑えていた。
「権力という魔物に取り憑かれただの愚物に成り下がったクズのなんと多いことか。
それらが勝手に自滅するだけならばそれでもいい。
だがそれに付き合わされる者は?
あのままではただ必死に生きているだけの国民まであれらの道連れで滅ぼされてしまう」
ゆっくりと目を閉じる。
徐々に言葉が熱を帯びていく。
「気に食わない」
ただ一言。
今の自分の心境を、その言葉のみで的確に表す。
セフィリアはその様子をただ見つめる。
「私はあの謁見の時のように、人に選択を強制するような行為は本当は嫌いなんです。
行動を強制されれば、人の可能性は歪んでしまう。
そんなのは嫌だ」
それは令の自らに課したルールの一つ。
他人に一つの道を強制しない。
常に二つ以上の道を指し示し、その中から自分の意志での選択を迫る。
強制するという行為がその人物の将来を歪めてしまうことを理解しているが故のもの。
だが今回は違う。
あのような言い方では、実質選択肢は一つしかないも同然。
苦し紛れに二択の形をとってはいたものの、奴隷呼ばわりを良しとするような者はまずいない。
それでも彼はやった。
「だが、人が将来の可能性を理不尽に潰されるのは、大っ嫌いだ……」
やることが、なされることが、嫌いか大嫌いか、あまりにも単純な差異。
だが単純だからこそ分かり易く、己のルールを曲げようと思う意志を生んだ。
「だから決めた」
ルールを曲げてまで、人の可能性を歪めてまで果たしたいこと。
それはあの演説で既に紡いでいた。
それを再度、自らへの戒めも込めて口にする。
「壊す」
「っっ!?」
そのあまりにも生々しい宣言に、セフィリアの細い肩が震える。
だがそれは、恐怖の為ではない。
彼女は知ったのだ。
令の真実、その一端を。
令はその様子に気づかない。
「あのクズどもも。
あんなものを生み出したこの国の在り方も。
それを作り上げる苗床となっている、『正しいように見えるだけの常識』さえも。
『人』の可能性を遮ろうとするものすべて、引き裂き、噛み砕き、その身粉々になるまでぶち壊してやる。
もう行動に移した。
不特定多数の人々を巻き込んだ。
後戻りは許されない。
彼らにそうしたように、俺にもまた成功するという一つの道しか存在しない。
構わない。
それで壊せるならば。
変えられるならば。
俺は、コトを成し遂げる」
聴く者の耳に違和感なく届くほど、静かに。
聴く者の精神が酷く高揚するほど、苛烈に。
「必ず」
その言葉は、空へと融けていく。
肯定する者は誰もいない。
否定する者も誰もいない。
いるのはただ、途方もない愚行をなそうとする『愚か者』のみ。
しばらくの間沈黙が降りる。
セフィリアはじっと目を閉じている。
彼女は自らの勘違いを知った。
目の前の男は、傲岸不遜で天上天下唯我独尊を地でいく人格破綻者。
彼女は今回の謁見で、令をそう認識するに至った。
だがその認識は、正しくもあり間違いでもあった。
そう見えるのは、あくまで手段であって目的ではないのだ。
ただひたすらに己を選ぶ。
そこに他者の意識はまったく介在させず、自らの正しいと思ったことを全力で行う。
その全力の幅が、彼は凄まじく広いのだ。
常識など壊すためにあるものと言わんばかりのその価値観、それを基にした暴走列車のような行動、それが彼を傲慢に見せている原因。
そしてそのためか、目的を達成するためにはどんな手段も辞さない。
そう、自分の嫌なことを強行してまでそれを果たそうとする。
セフィリアの見立てでは、恐らく素の彼はもっと素直な人間と見ている。
どうも妙なところでこの男は脇が甘い。
先ほどの、熱弁をふるっている様子。
そこに虚飾の色などまったく無かった。
つまりは本心なのだろう。
あれだけ普段は飄々として本心を晒すのを避けている癖に、ディックとの交渉の時や先ほどの時、そしておそらくはあの謁見でも、容易く晒している。
好ましい。
そう彼女は思う。
これだけの力を、これだけの知恵を持ちながら、彼はあくまで人なのだ。
欠点を持ち、物事に努力し、為したいことを為そうとする。
そんな普通と異常を兼ね揃えたその在り方が、酷く好ましく、そして羨ましいと思った。
彼女は気づかない。
今の自分が、令の渇望しているある存在だということを。
令はこれ以上の不確定要素が出てくることを恐れ、話を早く終わらせてしまおうと考えた。
彼が最も恐れていることは、事が発展し自身の手が届かないところに行ってしまうことだったからだ。
だが令が無理に先を急いだことで、セフィリアの精神は追い詰められてしまった。
それこそが令の失態。
『人』は追い詰められた状況において、時に信じられない力を発揮する。
一種の防衛本能とも言えるその現象。
そして、令の行動により今までの常識を壊されたことによる小さな、それでいて大きな心境の変化。
それが、彼女の『殻』を粉々に打ち砕いてしまった。