47話 謁見① 土台作り
先の展開考えたらマズイことが分かったので、最後は変えました。
46話、改稿したんで見てない人はどうかご覧ください
扉を開けた先には、広大な空間が広がっていた。
豪華ではあっても、決して華美ではない美しい内装の数々。
だが、それには深く感心を払わず視線を前に向けて脚を踏み出す。
毛足の長い色鮮やかな絨毯が、足を軟らかく受け止める。
それを心地よく感じながら、真っ直ぐ進んだ先にある、玉座に腰かけた男を歩きながら見据える。
燃えさかる炎のような、一度めに付けば忘れられない髪と瞳。
座っているため詳しくは分からないが、恐らく俺とそう変わらない身長。
丹精ではなく精悍な、性別を問わず憧れを抱きそうなその顔を、じっとこちらに向けている。
当然、そのようにすれば目が合う。
お互いに何もしない。
何も言わない。
ただ見るだけ。
向こうは一歩後ろをついてきているセフィリアさんや、自分の位置に戻っているオルト殿には目もくれず、歩いてくるこちらのみを注視しているようだが、俺は視線を男に固定しながらも、同時に全体を「視て」いた。
周囲の反応、警戒、油断、侮り、嘲り、好奇の有無。
それぞれの、特に男の後ろに並ぶ、オルハウストを含んだ5人の人間の力量の予測。
それらから、どう話を展開すればいいかを見極めるために。
そして、男の目の前数mの位置にたどり着く。
(先ずは先制させてもらおう。)
ディック殿との時のように、先ずは相手のものとなっている場の空気を、俺のものに作り替える。
完全にアウェイのこんな空気では、まともな話は出来ない。
「はじめまして、でいいのだろうか。
冒険者グランド、貴方の願いを受け国賓という「対等」の立場として参上した。
して何用か?
大した理由ではないのなら早く帰らせて欲しいのだがな。」
「対等」だというところを強調して、最低限の礼儀はあるものの無礼であるとしか言えない言葉を口にする。
その言葉に、無言の怒気が周囲から向けられる。
セフィリアさんは顔色が目に見えて悪くなっている。
(これはこれは。
バラバラにも程があるぞ。)
だが、その怒気は質がバラバラである。
思わず苦笑いしてしまいそうなほどに。
純粋に王が軽んじられていることに対するもの
国が安く見られていると感じたことによるもの
そして平民がこのような場に出てきていることを良く思わないもの
予想はしていたが、やはりこの国の中枢は意志の統一が上手く行ってないらしい。
(だが、そのおかげでこちらもやりやすくなる。)
ここで肝心なのは、周囲の意思を俺に集めること。
いくら心に響きそうなことを言おうとも、それを相手が聞いていないのでは意味が無い。
しかも、ここには平民である俺を侮っている人間が多いようだ。
そう言う輩には、俺の言葉を無視されたり軽視される恐れがある。
そこで、まずは相手の注意を集める必要がある。
そのために怒らせた。
怒った人間というのはその相手を睨み付けることが多い。
つまり、その人間に注意を向けるのである。
これで、俺が言う言葉が無視されたりする恐れは格段に減る。
「はじめましてであっているぞ。
では、こちらからも自己紹介をさせてもらおう。
デルト王国国王、ガイアス・デルト・エルデルフィアだ。
後ろに居る者たちは、国王直属最高剣士『四剣』と私の娘だ。」
王は俺の皮肉とも言える言葉には何の反応も見せず、普通に返してきた。
しかし、『四剣』という力を見せつけることで暗に威圧を加えている。
そもそもこの男そのものが放つ存在感が違う。
常人とは一線を画す、その生命力と気迫。
この男を見れば、誰もが同じことを思うだろう。
―――『王』、と
そのオーラにかかれば、大抵のものは呑まれてしまうことだろう。
(ま、俺はこんなことを悠長に考えることが出来ている時点で呑まれることはないと断言できるんだが。
しかし、先制する気が返されてしまったな。)
空気を変えるつもりが、逆に軽く牽制されてしまった。
だが、まだ機会はある。
気を取り直し、ひとまずは周囲の注意を集められただけでも前進だと思うことにして、話を進める。
「彼らが『四剣』か。
オルハウストは知っているが、その他の方々をみるのは初めてだ。
しかしそこまで力のある者が一同に介するのは壮観だな。
娘を含め、貴方と同じ程度の力を感じる。」
「・・・ほう。
俺の力が分かるのか。
普通の奴らは王ということで、俺のことをこいつらの下だとみるものなのだが。
同じ程度と言うことは、俺の力の方が上だと思うのか?」
軽く目を細め、恐らくそっちが地なのだろう、一人称を「俺」と改めて聞いてくる。
「少なくとも、単純な力では。
尤も、彼らが持っている得物が加わればどうなるのか全く分からないが。」
「・・・挙句こいつらのもつものが『神器』だと見抜くか。
まったく呆れる。」
オルハウストが持つ、弓。
壮年の男性が持つ、斧。
老人が持つ、槍。
女性の持つ、杖。
そして王の娘と思われる、炎のような髪と瞳の俺と同年代の女が持つ、剣。
それらはどれも。不可思議な気配を放っている。
それについて詳しく聞きたいところだが、今はそっちが本題ではない。
後ろ髪を引かれる思いを振り払い、話を戻す。
「それで、俺を呼んだ理由は何なんだ?
話が進まんだろうこのままでは。」
そう言うと、相好を崩して笑みを浮かべる。
「別に特に理由はないな。
しいて言うならば、「四家」の人間の中でも素晴らしく期待されているオルトバーンを倒した人間を見てみたかったというところか。」
「帰っていいか?」
「まあ待て。
せっかく来てんだからゆっくり話そうじゃないか。」
俺が前言通り帰ろうとすると、軽い声で止められる。
その王の様子に、周囲からはため息を吐く音が聞こえる。
どうやら、王の威厳を感じさせない先ほどの言葉が気にくわないようだ。
―――愚かにも、自分たちの俺へと向けていた怒りを鎮めるためにやったということに気付いている人間はいなかった
これで、また空気はあちら側に傾き始める。
(やり難い・・・)
それが正直な感想。
この男は能天気に見せてはいるが、人の機微にかなり鋭い。
俺のやりたいことを理解してるわけではないだろうが、恐らくこうした方がいいだろう、という推測を行い的確にこちらの望んでいないことを言ってくる。
のらりくらりと言葉を交わし、相手のことを知ろうとしている。
そう、普段の俺のように。
まあ、性格の悪さは俺の方が数桁は上であるが。
しかし、やり難いことに変わりは無い。
(だが、立場という点では俺が有利。
今は望む言葉が出るのを待てばいい。)
俺は招かれた立場。
しかも、国賓と言うことで位も王と対等。
焦ることはない、待っていれば、あの提案を間違いなくしてくる。
そう、王として、有能な人間を見つけた時にする提案を。
それから数分間、雑談とも採れる会話を繰り返し、周りの空気が弛緩してきた時に、その時が来た。
「ところで、1つ聞きたいことがある。」
「何だ?」
期待を膨らませて、それを表情に出さず聞く。
「我が国に、仕える気はないか。」
待ちに待った瞬間が来た。
歓喜に震える心を押えるのに必死になる。
これこそが、待っていた言葉。
王ならば、有能な人材は確保しておきたいと考えるのは当然のこと。
だからこの提案は、至極当然のことなのだ。
「何を言い出すのですか、いきなり!」
「そこまで無礼な男を臣下に加えたら我が国の沽券に係わりますぞ!」
「そもそも冒険者という根無し草如き、このような場所に置いておくことも嫌だというのに!」
「・・・あんなやつらに同意したくはありませんが、私も反対です父上。
ここまで我が国を馬鹿にしている男、私は嫌です。」
口ぐちに反対の言葉が、特に恐らく文官と思われる者たちからもたらされる。
さっきの言葉から分かったが、予想通りあの炎髪の女が王の娘らしい。
「お前が望むのなら、直ぐに部隊長の地位を与えよう。
お前の力ならば、初めは部隊の連中は反発するだろうがすぐに収まると思うぞ。
どうだ?」
だがそれらの言葉を意に介さず、さらに爆弾を投下してくる王。
デルト王国の部隊長となれば、その肩書きは5大国を抜かせばどの国でも将軍級の扱いを受けることになる。
そんなものをポンと出そうとしてるわけだから、周りが騒ぐこともしょうがないと言える。
しばらくすると、場が収まりだし、周囲の目が俺に向く。
この状況はガイアスが望んでいたものではないだろう。
出来るだけ周りの反応を抑えようと、空気が弛緩し始めてから出した提案なのだから。
せっかく軽口をたたくことで戻した空気を、相手に引き戻されたいわけがない。
それでもこの提案はしないわけにはいかないものだったのだ。
実を言うと、この提案の結果をどうしようかは直前まで迷っていた。
仮に引き受けたとしたら自由が無くなってしまいそうなのだが、あくまで彼らが知るのはグランドという裏の顔のみ。
その気になれば、さっさと逃げ出してしまえばいい。
その引き換えに、権力を得られるのだからいいことだらけだ。
デルト王国で部隊長をしていたという肩書きも、いたるところで利用できそうなものだし。
それでも僅かとはいえ自由が無くなるので嫌だったのだが。
しかし、今この場でデルト王国の現状を見て、結論は出た。
だから言う。
「断る。」
その言葉にどよめきがまた起こる。
王の提案を断ったことによる憤怒の声もあったが、それと同じくらいに、平民が加わらないことに安堵の声もあった。
「ほう。
それはまたどうして?」
この男は面白そうな顔をしているだけだった。
まったくやり難い。
だが、その余裕のある表情もこれまでだ。
次の言葉で、場の空気を変える。
「でかいだけのボロ舟に、誰が好き好んで乗るというのだ?」
その言葉に、場が一瞬で静まりかえる。
オルト殿も、オルハウストも、セフィリアさんも、ガイアスも。
そしてどのくらいの時間がたったか。
「貴様ああああぁぁぁーーーー!!!」
誰かがそう言った瞬間、爆発する。
まあ言ったのは多分、最初から俺のことを血走った目で見ていたクズだろうが。
あれにもまだ愛国心が残っていたのか?、と一瞬だけ思ったが、酷く醜い笑みを浮かべている辺り、どうやら周りの敵意を俺に向けるための芝居だったようだ。
・・・まだそんなことを思いつくだけの頭があったことには驚きだが
(しかしまあ、都合よく踊ってくれるねえ。
本当に。)
この展開こそ、俺が求めていたものなのだ。
あれは意図せず、それを手伝ってくれたことになる。
あのクズのように、怒りという1つの感情に憑りつかれた人間ほど操りやすいものはない。
ここまで爆発させてしまった以上、ガイアスと言えど場を抑えることは出来ても、怒りを抑えることは難しいだろう。
「静まれ!
この馬鹿どもがっ!」
ガイアスがそう言うと、喧騒が収まる。
尤も、相変わらず俺への敵意は酷いものだが。
セフィリアさんは何かを諦めたかのようにか細く笑っていた。
そして、ガイエスが口を開く。
「何故我が国をボロ舟と言うのだ?
流石に王として、正当な理由が無ければそれなりの処罰を与えなければならないのだが。」
先ほどまでとは打って変わり、王として鋭い視線を向けてくる。
俺はそれを真っ向から受け止め、ガイアスだけでなく、この場の全員に語りかける。
「逆に聞きたいのだがな。
何故この国がボロ舟でないと言える?」
そのまま何か言われる前に続ける。
「ここに来て分かったが、この国は上の意志がまるで統一されちゃいない。
しかも、見た限りでは大きく分けて軍部と政党の間で対立がある。
その上軍部と政党の中で、さらに貴族と平民の間での確執がある。
この様子じゃあ、貴族と平民の中でも派閥争いがあるんじゃないのか?」
この言葉に何人かが息を呑み、何人かが顔を背ける。
その反応で俺の推測が真実だと分かる。
初め来た時に見せたその表情と反応、そして今の国の現状から立てていた推測が、見事に当たっていたようだ。
「・・・否定しても、周りの反応から意味などないか。
その通りだ。」
恐らくは、この場では自分の身内しかいないことに油断していたのだろう。
あっさりと認めてしまう。
(甘いよ、ガイアス。
その言葉が後で、お前の首を絞める。)
ここでは虚勢を張ってでも否定すべきだったのだ。
この場に居るのは確かに俺とセフィリアさん、そして彼らの身内だけ。
聞いてるのが2人だけならば、確かに口を封じるのは簡単だ。
―――そう、2人だけならば、ね
「内部が崩壊寸前の組織など、外からちょっと手を加えてやるだけで簡単に崩壊する。
しかも大国と呼ばれるほど大きな組織ならば尚更だ。
だから俺はボロ舟と言うのだよ。
それを理解していない貴方たちではないだろう?」
その言葉に、多くの者が冷静に戻る。
俺のことを、ただの無礼者ではないという認識に切り替えたようだ。
まだ敵意は捨ててはいないが、それでも対等の者を見る目になっている。
これで、この場の空気は俺側へと傾いた。
怒りにより俺へと注意をひきつけ、その上で俺が周りの反応などの僅かな手がかりから物事を理解できる、鋭い存在であることをこの場の連中に刻み込む。
これでこれからの話ではもう蔑ろにされる恐れは無くなった。
(最初の場の空気の奪い合い、これは俺の勝ちか。)
まずは初戦の勝利を確信する。
「ところでグランド。
お前に聞きたいことがある。」
「急な話題転換だな。」
「まあいいじゃないか。
そっちだって別に聞きたいことがあるわけではないだろう。」
「・・・まあそうなんだが。」
どう見ても不自然な話題転換。
こういうのはこのような場では好ましいものではない。
相手の意見を無視し、その上で自分の意見を押し通すようなものなのだ。
結果、相手に些細ではあるものの確かな弱みを与えることになる。
さっきはあんなことしたんだから、こっちだってこれくらいしてもいいだろう、というようなことになりかねない。
ほんの些細なことでしかないが、それでも相手に有利に働くことに変わりはない。
(そのような危険はあっても、無理に続けることでこれ以上俺に場を呑まれることを嫌ったか。
妥当な判断だ。)
ここは無理に続ける場面でもないし、乗ってもいいだろう。
「分かった。
何が聞きたいんで?」
「そうだな、たくさんあるんだが・・・
それでは、お前の力は一体どこで身に着けたものなのだ?
聞いた限りでは、相当なものらしいが。」
「すべて独学だよ。
体捌き、闘気、魔法、全てが。
誰かに教えてもらったものは1つもない。」
「なんと!
そんなことができるものなのか?」
「まあ現に実例がここにあるわけだし。」
会話しながら、これからの算段を練る。
ここまでの第一段階、話を進めるための土台をつくることには成功した。
ならば、次。
相手を呑む作業にかかるとしよう
さて、このやり手の王相手にどこまで行けるか
面白いと思ってくださればどうか評価を