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異世界の愚か『もの』 ~世界よ変われ~  作者: ahahaha
デルト王国 ~望んだ望まぬ名声~
45/84

45話 下拵え

謁見は次回になりました

今回は次回の布石です

―――side セフィリア




(またあの人は厄介ごとを・・・)


溜息が漏れる。

しかし、今目の前で行われている光景に私は清々しさを感じていた。

私の視線の先には不敵な表情を浮かべたあの人が。

周りの人たちは展開についていけず困惑しているが、多くの人が好意的な目でレイさんを見ている。

それも無理はない。

これまで、貴族でもないのに『四家』に面と向かってあそこまで言える人は見たことはないだろう。

彼らに意見出来る存在は同じ『四家』か、それ以上の地位にある『四剣』か王しかいない。

オルダイン様は腹いせに暴力をふるっては権限を悪用し、有耶無耶にしてきた。

王もそんなことがあると噂では知ってるのだろうが、暴力程度は街の酔っ払いもよくするのだ、いちいち目くじらを立てていればきりが無く、明確な物証も彼は残さないので罰することが出来なかった。

虐げられてきた側としては、そんな人が圧されてるのをみて溜飲が下がる思いがしても無理はない。


(かくいう私も、その1人ですし。)


馬鹿貴族様はしばらく気圧されて言葉を発せなくなっていたが、直ぐに元の傲慢そうな表情を取り戻す。


「貴様が私を殺すとでも言うのか?

 馬鹿も休み休み言うがいい。

 そんな権力も、財力もないだろう?

 そして、私にはそれがある。

 お前1人消すことなど造作もない。

 どうだ、地面に這いつくばり靴をなめて許しを請えば寛大な心で許してやってもいいぞ?」


暗い愉悦と、どこまでも人を見下しきった嘲笑とともにそう言った。

この人は、自分の言葉に間違いなど無いと信じきっている。

平民を虐げることを何とも思ってないのだろう。

その様子に、温厚な方だと自負している私でも嫌悪感を禁じ得ない。

だけど同時に、あることに期待していた。


レイさんは、今度は何を仕出かしてくれるのだろう、と


私も相当彼に毒されていることを、今自覚した。

あの人がこの場面をどう乗り切るのかが楽しみでしょうがない。

以前よりも、彼と出会う前よりも、明らかに好奇心が増している。

そして、その思いに応えるかのように彼は行動を再開した。


「って何やってるんですかあの人は!」


驚きで思わずそう口にしてしまう。

だが、そう言ってしまうのも無理はないだろう。


いきなり袖の中に隠し持っていたナイフを取り出し、右手の一指し指を切ったのだ。


当然そこから血が流れ、石畳の地面を濡らす。

そしてその行動の真意が理解できず、困惑する馬鹿貴族様に。


「うっ!?

 何をする!?」


一瞬で肉薄し、彼の額に血を押し付けた。

手が一閃したようにしか見えなかったが、その額には彼の血で魔法陣のようなものが描かれていた。

どれほどの速さならばあんな芸当が可能なのか。

そして、額を押える馬鹿貴族様に酷薄な笑みを浮かべながら告げる。


「お前に呪いを仕掛けた。」


その言葉に馬鹿貴族様は目を見開き、周囲がどよめく。


「呪いって、そんなこと―」


出来るわけがない、と言おうとしたところで思い直す。


(―――出来ても全くおかしくないですね。)


思わずうんうんと頷いてしまった。

良く考えたら、そもそも広場で見せたような大魔法や、最初にネストで見せた正体不明の対人魔法からして常識はずれのものなのだ。

ここでまた、呪いなんて非常識なものを彼が作り上げても不思議などない。

しかし、そうとは知らない馬鹿貴族様は私から見たら愚かなことをしてしまう。


「馬鹿め、そんな嘘で私が怯えるとでも思っているのか?

 そして私に向かっての不遜な行いの数々、万死に値する。

 今すぐ切り捨ててくれ―――」


不敵な笑みを浮かべ、腰の剣を抜こうとした。

その様子に周囲の人はレイさんが斬られる姿を想像し、目を背ける。

だが、彼は笑みを深くしただけ。


「あららー。

 人の話は最後まで聞くものだよ?」


そうレイさんが口にした瞬間。


「~~~~~~~!!!???」


突然、声にならぬ叫びを上げ地面に倒れ、頭を押さえて転げまわる馬鹿貴族様。

その様子をみて楽しそうに笑いながら、彼は言葉を続ける。


「なんか後手になっちゃいましたけど、呪いの内容をご説明いたしますね?

 その呪いは、貴方が周囲の平民に危害を加えようとした場合作動します。

 作動すれば、今のように脳を直接かき回されるような痛みが発生、悪くすれば死にますね。

 ああ、心配しないでください。

 明日の今、つまり昼ちょい過ぎには効力は無くなります。

 しかし、それまでは例え額の陣を消しても効力は続くのであしからず。」


その言葉は果たして聞こえただろうか。

尋常の苦しみではなさそうなのだけれど。


「き、貴様・・・!

 こんなことをしてただで済むと思ってるのか。

 明日の昼など待たずとも、ここで貴様を捕まえることなど簡単なのだぞ!」


そう思ったのだが、この言葉からしてどうやら聞こえてたらしい。

射殺さんばかりの視線でレイさんを睨み付ける。

彼は、そんな視線すら心地よさそうに受け入れていた。


「ええ、ですから逃げます。

 では、また明日お会いしましょー。

 今度は王城で、ね?」


ひらひらと手を振りながらそう告げると、彼の身体が透けていく。

あまりの事態に、その様子を呆然と見つめることしか出来ない馬鹿貴族様と野次馬たち。

私はあの決闘の場で既に見たことがあったから驚かずに済んだが。


「あ、言い忘れましたがこの場合の危害は、「平民の自由や安全を阻害する行為」なので、傷つけることは無くても、誰かを捕まえて私をおびきだそうとした場合などにも作動しますから気を付けてくださいね?」


その声だけが、辺りに響く。

周囲の視線を独占していた彼がいなくなったことで、その視線は自然と1人に集まる。

つまり、馬鹿貴族様に。


「くっ、貴様ら!

 何を見ている殺され、があああアアアアア!!??」


視線を不快に感じて大声を出そうとした彼だが、再度頭の痛みに転げまわる。

その様子に、周囲から失笑がもれ始める。

それはだんだんと大きくなり、やがて大きな笑い声となった。


「・・・・・・・・・殺してやる。」


その中で彼は、憎悪に満ちた淀んだ目をしながら周囲から顔を隠すようにして逃げ去って行った。


(これは・・・、明日が大変ですね。)


明日の謁見の場には、馬鹿貴族様も出席する可能性が高い。

謁見のような場面では、身分の高い者が皆出席するのがこの国の習わしだからだ。

そして、その場には私も出席することになっている。

そうなると私も巻き込まれることだろう。

そして、その予想は間違いなく当たる。

でも、彼ならなんとかしそうと思えてしまうから、不思議なほど気にならない。


「え!?」


そこで突然私の身体が何かに引っ張られたので驚く。

だけど、直ぐに聞きなれた声が聞こえたので安堵する。


「すみません、ちょっとこっちまでお願いします。

 ここはしばらくこのままでしょうから。」


どうやら、消える魔法は姿を消す魔法だったようだ。

瞬間移動とどっちなのか、今まで気になっていたことが分かったので満足する。

言葉に従い、私たちは未だ笑い声に包まれるその場を後にした。









「あれ?、この人たちも連れてきてたのですか?」


それなりに離れた場で、姿を消す魔法を解いた(「偽装」は解いていない)レイさんに聞いた。

先ほどあそこで絡まれていた親子がこの場に居たからだ。

しかし、レイさんは私の問いには答えず、意味深な笑みをこちらに浮かべたあと、彼女たちに話しかける。


「とりあえず、怪我等はありませんか?」


「はい、助けて頂きありがとうございます!」


「ます~。」


母親の人が恐縮しきった様子で、男の子が舌足らずな喋りで感謝の言葉を口にする。


「いえいえ気にしなくて結構ですよ。

 ちゃんと対価は頂きますから。」


この言葉を聞いたら女性は固まってしまったが。

男の子は状況をうまく呑みこめていないらしく、首を傾げながら母にしがみついている。

私はその言葉に特に驚きはなかった。

この人がただの慈善でことを為すとは思えなかったからだ。

行為には必ず対価を求めるのがこの人のやり方。

それを酷いことだとは思わない。

無責任に好意を振りまいて相手にただ楽をさせるよりも、余程素晴らしいことだと思う。

しかし、この女性はそれを聞くと俯いてしまう。


「す、すみませんが、私は夫に先立たれてしまいお金などは持っていません・・・」


申し訳なさそうにそう言う女性に、私は同じ女として同情してしまう。

彼女は子供がいるとは思えない程若々しく、そして綺麗だ。

これからいくらでも幸せになれただろうに、最愛の夫を失ってしまうなんて。

レイさんに、どうか勘弁してほしいという意味を籠めた視線を送ってみる。


「別にその身体で払っていただければ結構です。」


「ちょっ!?、レ、グランドさん!?」


しかし彼はそれに応えることなく、とんでもない要求をしてきた。

思わず抗議の言葉と軽蔑の視線を送ってしまう。


「そんなことは冗談でも言っては駄目ですよ!

 性質が悪すぎます!」


「おや、別に冗談ではないんですが。

 これにちょっと協力してもらおうと。」


「へ?

 なんですかそれ?」


何やら懐から紙の束を取り出した。

それにスラスラと何かを書き込むと、女性に手渡す。


「これに署名を集めてきてください。

 明日の朝までに、出来るだけ多くの人のをお願いします。

 署名1人分につき銅貨10枚の報酬をお支払いしますので。」


「ほ、本当ですか!?」


(高っ!?)


彼の言葉に、彼女は驚きの声を上げる。

私は署名を何につかうのかという疑問よりも先に、その破格とも言える報酬の方に驚愕する。

銅貨10枚と言うと、節約すれば2人の家族なら3日は生きられる。

しかも署名となれば、王都の人たちは結束力が強いので、ものにもよるが上手くやれば100は余裕で行けるだろう。

少なく見積もっても銅貨1000枚、つまり銀貨10枚の収入、平民の平均月収と同じ。


(それはちょっと破格すぎると思いますが・・・)


なんだか彼らしくない、彼女を優遇してるかのような条件に、少し機嫌が悪くなる。

嫉妬してしまっているようだ。


「それにしてもセフィリアさん、貴方は「身体で払う」で何を想像したんですか?

 私は署名を集めるために「その身体で動き回る」という意味で使っただけなんですが。」


「う・・・」


ニヤニヤという言葉がこれ以上ないほど当てはまる顔で言う彼に、顔を合わせられず背けてしまう。

顔が熱い。


「やれやれ・・・

 少年、君はこんな大人になるんじゃないぞ?」


「ん~?」


「はは、分からないか。

 じゃあ質問だ。

 君は「身体で払う」で何を思い浮かべる?」


「えと、いっぱいお仕事する!」


元気一杯に無邪気に答える、少年の声が痛い。


「そう大正解だ。

 セフィリアさんは耳年増ですねー、この子の純粋さを見習ったらいかがで?」


「本っ当に意地悪ですね!、貴方は!」


(ああもう!

 この人はどうしてこう口が回るんですか!)


からかわれてつい熱くなってしまう。

しかし、子供の無邪気さまで利用した極悪なからかいだったので、それも仕方がないはず。

逸らしていた顔を戻して彼に向き直り、怒鳴ってしまった。


「君は、人の痛みを考える人間になってくれ。」


しかし、彼の表情に一瞬で冷静に戻される。


どこまでも深い、悲しみを湛えた瞳と、諦観に満ちた表情

どんな人生を送ればそんな顔が出来てしまう(・・・・・・)のだろう


「さて、それではお願いしますね。

 明日の朝にここでまたお会いしましょう。」


「はい、頑張らせて頂きます!」


「期待します。

 さよなら、少年。

 君は間違えるなよ。」


「うん!

 ありがとう、お兄ちゃん!」


そして去っていく彼女ら。

見えなくなったところで彼に聞く。


「グランドさん、いえ、レイさん。」


「何でしょう?」


「間違えるとは、何に対しての話ですか?」


一瞬の間の後。




「人生。」




そう答えた。

その表情には色が全くなく、無機質な非情さと、どこか儚さを感じさせた。








それを見て思う。

彼は強く、聡い。

とてつもなく、と付けてもいいほどに。

ここまで私は、彼が失敗するところを見たことがないくらいだ。

しかし。

だからこそ。




―――挫折を経験してしまったら、どうなってしまうのだろう


それを考えて私は、どうしようもない不安を覚えた




―――side out









買い物を終えたころにはもう暗くなり始めていたので、宿に泊まる。

因みに服はほとんど俺が選ばされた。

ほとんど、と言うのは下着の選別は断固として拒否したからだ。

自分も顔を赤くして恥ずかしがってたのに、捨て身で俺をからかってくるとは思わなかった。

冷静な表情を取り繕うのに苦労した。

彼女の評価が5上がった。


「それで、明日貴方はどうするつもりなんですか?」


2人部屋に備え付けられたソファに座ったセフィリアさんが聞いてくる。

別にどちらも何かをする気はないので、双方の合意の元そう決めた。

ニヤニヤ笑っていた受付のおばさんは睨み付けて黙らせた。

今彼女は着替えて、白い布地に美しい刺繍が入ったワンピースを着ている。

清潔感のある色がやはり彼女には合う。

なので、買った服は大抵明るい色合いのものだった。


「どうする、とは?」


「あの人を怒らせた以上、何をするかは考えてるのでしょう?

 凄まじい頭痛を引き起こす呪いなんて物騒なものまで使って。」


「ぶふっ!?」


その言葉に思わず吹き出してしまう。

笑いを抑えきれないまま、キョトンとしている彼女に言う。


「貴方、あんな言葉を信用してたんですか。」


「・・・え?」


「嘘ですよ。

 頭痛を引き起こす呪いなんてあるわけないでしょう。」


「はっ!?

 でもあの人は確かに頭を押さえて―」


「あれはただ、あのクズが暴力を振るおうとした瞬間を見計らって、貴方と最初に会った時ネストで使った魔法を使っただけです。

 そもそも魔法陣は自動で魔法が起動するようにすることすら出来ないものなのに、「平民に危害を加えようとした時」に起動する、なんて複雑な設定出来るわけがないでしょう?」


「いえ、貴方なら出来るんじゃないんですか?」


「出来ませんよ。」


「貴方にも出来ないことがあったんですか。」


「・・・貴方は一体私を何だと思ってるんですか。」


ちょっと不機嫌になる。

と、突然懐が光りだした。


「な、何ですか?

 て、ああそれですか。

 しかし本当に貴方はすごいですよね。

 そんなものまで作ってしまうなんて。」


「まあ知識があれば、そんなに難しいことではないですからね。」


セフィリアさんは驚いたものの、直ぐに何が起こっているのかを理解し、昨日と同じ賞賛の言葉を口にする。

それに応えながら、懐から連絡符を取り出し起動する。

彼女とオルハウストは、昨日の時点でこの符の存在を知っている。

別に隠すことでもないので2人の前で堂々と使ったのだ。

その時の反応は見ものだったな。


「あーあー、こちら令、こちら令。

 聞こえるか、そっちは誰だ?」


『俺だ、俺俺。』


「レオン、帰ったらくすぐりの刑な。」


『何で!?

 あれこの前食らったら数分で疲労困憊になったぞ、俺そんな重い罰食らわされるようなことしたか!?』


「そのネタを今更持って来るんじゃない。

 オレオレ詐欺のブームはとっくに過ぎたぞ。

 まあ無くなったわけではないが。」


「何言ってるんですか貴方は。」


『何言ってるんだお前は。』


「気にするなこっちの話だ、セフィリアさんも。

 レオンは次あった時のことを覚悟しておけ。」


「冗談じゃないのかよ!」と言う声が聞こえた気がするが無視。

本題に入る。


「それでそっちはどうだ?

 というか他の3人はどうした?」


『あいつらはお前と話すと、昨日みたいに収拾が付かなくなりそうだから、俺が勝手に定時報告することにした。

 こっちは特に問題無く、平和だな。

 そうそう、俺たちはFランクに上がったぞ。

 Fは手伝いなんかの細かい依頼が多いからすぐだった。』


(レオンよ、勝手に俺と話すという考えが後で自分に牙をむくことを何故想定しない。

 彼らが知ったら間違いなく襲われるぞ。)


彼らには特に用が無い限りは、この符を定時報告のときのみに使用するように言ってある。

これで他の3人は、明日の今の時間まで俺と会話できなくなったわけだ。

まあ面白そうだから放っておこう。


「そうか、その調子で頑張れと伝えてくれ。

 それからエルスとルルに甘いものを食べすぎるな、とも。」


『・・・何であの2人が甘いものをよく食べてること知ってるんだ?』


「勘。

 というか女性は大抵甘いものに群がるものだろ、予想して然りだ。

 止めることを渋るようだったら、俺が「俺は痩せてる君たちの方が好きだ」と言ってたと伝えてやれ。

 それで治まる。」


『分かった。』


「さてここからはこっちの話だ、よく聞け。」


気を取り直し、相手が真面目に聞く様子を漂わせたところで口を開く。


「レオン、明日は予定はあるか?」


しばらくの沈黙の後、答える。


『特には無いな。』


「そうか、ならば明日の昼から数時間の時間帯は必ず開けておいてくれ。

 それをディック殿にも頼んでくれ。」


「お爺様に・・・?」


『何故あの人が出てくるんだ?

 というか、あの人は忙しいだろうから無理じゃね?』


疑問の声が2つ上がる。


「ディック殿には報酬として連絡符を渡せばいい。

 「これさえあれば貴方の孫娘といつでも話せますよ」とでも言えば間違いなく落ちるさ。

 それと、彼に協力してもらう理由だが。」


人の悪い笑みが浮かぶ。


「ただの悪企みだよ。」


『そうか、いつも通りだな。』


「そうだ、いつも通りだ。」


「突っ込みたい・・・、物凄く突っ込みたい・・・」


どういうことなのか知りたくて、俺たちの会話が不審過ぎて、セフィリアさんは身悶えしていたが何とか抑えていた。


「じゃあ頑張れよレオン。

 いろいろと。」


『?、どういうこと―』


『あ、姉様!、ルル!

 レオンさんが勝手に義兄様と話してます!』


レオンにとっての絶望が始まったところで、この先の展開を想像しながら俺は接続を切った。


「これで下拵えは完了、と。」


やることが終わったので、身体を楽にする。


「て、そう言えば結局明日はどうするんですか?

 なんだかあやふやのまま聞いてませんでしたが。」


セフィリアさんが聞いてくる。

そう言えば話の途中だったか。


「まあ手っ取り早く答えだけ言いますと、謁見の場で私がすることは以上です。

 第1、私の人柄を示す。

 第2、王の人柄と器量を見極める。

 第3、この国の現状を見極める。

 第4、この国の貴族たちに―――」


ここで一旦言葉を切り、いつもの笑みを浮かべる。

人を貶める、非情の笑みを。




「―――貴族とはどういう存在かを、知らしめる。」




「・・・あの人に呪いを仕掛けた、なんて嘘を吐いたのもそのためですか?

 怒らせたら逆効果なのでは?」


彼女は若干気圧されたものの、特に俺に対して悪感情を見せることはなかった。

それに少し嬉しくなる。


「逆ですよ、セフィリアさん。

 怒りに我をなくしたクズほど扱いやすい存在はありません。」


確かに相手を怒らせると、一般的には交渉はやりにくくなるものだ。

だが、それはあくまで一般の話。


「怒った人間は視野が狭くなり、いつもなら気付けるようなことにも気付けなくなります。

 そうなればあとは簡単、誘導してあげれば勝手に堕ちていく。

 あのクズは私に公衆の面前で恥をかかされたことに怒り、さらに呪いをかけられたと思い込み、行動が制限されることでさらに怒りを蓄える。

 しかも、それをいつも発散している方法、平民に当たることで解決することも出来ない。

 今頃は歯ぎしりして怒りと憎しみに支配されてると思いますよ。

 そうなればもう、あの男は私の操り人形に等しい。」


俺の言い分に、セフィリアさんは絶句していた。

そんな彼女に微笑みながら今度は意味不明な言葉を続ける。


「それとですね、私があの男に呪いをかけてはいませんが、それに近いものは仕掛けてあります。

 それも明日、一役買ってくれるでしょう。」


そう言うと、セフィリアさんは困惑する。


「・・・あー、なんだか私にはもう何が何だか・・・

 さっき貴方は呪いをかけてなんかいないと言いましたよね?」


「私は確かに、「頭痛を引き起こす呪い」はかけてません。

 私が掛けたのは別のもの、人の意識に掛けるものです。

 そもそも、貴方は呪いとはなんだと思いますか?」


「え、・・・・・・あれ?

 ま、まったく想像できません。」


「そんなものですよ。

 そもそも呪いなんて代物に明確な基準など存在しないのですから。

 人にはよく分からないもの、それの便宜的な呼び方の1つにすぎないんです。

 私が考える呪いとは簡単。

 人々の意識に働きかけ、その人物を蝕むもの。」


「意識、ですか?」


その言葉に満足気に頷き、続ける。


「例えば、こういうのも私は呪いだと思いますよ。

 「貴方は明日、死ぬ」。」


そう言うとビクリと身体をふるわせる。


「ただの言葉、なんの確証もない戯言。

なのに貴方は先ほどの言葉に恐怖を感じた。

 言葉が貴方の意識に働きかけたわけです。」


「な、成程。」


「これの優れてるところは、相手が自分から考えた結果のもののために、その不安や絶望に対して疑いを持ちにくいという点です。

 実際に自分が生み出したものを疑う人間なんてそういません。

 そして、その疑念や誤解は、さらなる疑念や誤解を生み宿主の意識を蝕む。

 永遠の負の連鎖。

 相手は家族を信じられなくなり、世間を信じられなくなり、世界すら信じられなくなり、やがて―――」


目を瞑る。




「―――自分すら信じられなくなり、自滅する。」




セフィリアさんは何も答えない。


「どうです。

 世間一般で言われてるような呪いよりも、余程呪いらしいと思いませんか?

 もっとも今回はそこまでやって勝手に自滅されたら不味いので、そこまでやりませんでしたが。」


「ま、まるで今まで何度もやってきたかのような言葉ですね。」


恐る恐る言ってくるセフィリアさんに、俺は無表情で言う。


「よく分かりましたね。

 その通りです。」


「・・・え?」


信じられないことを聞いた、と言う風に聞き返される。


「今まで数人、私はこの方法で破壊しました。

 身体ではなく、心を。」


しばらくの間、沈黙が下りる。


「・・・嘘ですよ。

 本気にしないでください。」


その沈黙に耐えきれなくなり、正直に先ほどの言葉を撤回する。

彼女は分かりやすいくらい安堵していた。


「あ、そ、そうなんですか!

 よ、よかったです。」


「今日ももう遅いですし、そろそろ寝ましょう。

 私も今日は久しぶりにベッドで寝させてもらいます。」


「いつもは違うのですか?」


驚いたことにもういつも通りの様子で俺に接してくるセフィリアさん。

いつも通り疑問に思ったことを聞いてきた。


「ええ、外での生活が長かったのでいつもは木の上で寝てました。」


「ふふ、野生動物見たいですね。

 それではおやすみなさい。」


綺麗な笑みを投げかけてくる。


「ええ。」


俺はそれに応え、明かりを消し、床に就いた。










規則正しい寝息が聞こえてくる中、思考を重ねる。


(何故、あんなことを口にしてしまったんだか。)


いつの間にか言わずともいいことまで言っていて、自分で驚いた。

あんなことを言われて、怯えない人間などいないだろうに。


『今まで数人、私はこの方法で破壊しました。

 身体ではなく、心を。』


ああ嘘だ。

本当に嘘だ。




――本当は、二桁を超えてるのだから




俺はこの世界に来て初めて、人をこの手で殺した。

だが、言葉で惑わし、策謀で貶め、人を壊すことは向こうで既にやっていた。


(まあ、クズだったが。

 やったのは全員。)


生きるために、ただ必死に。

取り戻そうと思い、足掻いた。

過去を。

平穏を。

それがもう、取り戻せないことだと言うことを理解しながらも。

そのために、数多の命を狂わせてきた。


後悔はしていない。

どいつも裏社会に住むクズだったから。

だが、それでも他の人生を終わらせた事実に変わりはない。

何故、俺は彼女に言ってしまった?

まさか、無意識に罪悪感でも感じて誰かに聞いて欲しいと思ってるのだろうか。


(馬鹿馬鹿しい。)


今の状況はすべて、俺が招いたこと。

その状況に、過去の出来事に、文句を言う資格など俺には無い。

そうとも。




―――『あの時』、あんなことを考えてしまった俺に、文句を言う資格などないのだ




自らの思考に区切りをつけ、明日のことを思う。

下拵えは既に済ませた。

後は、予定通りことを進めるのみ。




―――明日、この国を変える布石を打つ




そのまま明日の行程を思い浮かべながら、俺の意識は眠りに落ちて行った。




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