42話 誘い
今回1日遅れました
すみません
何も見えない
日光も、人工の光も存在しない暗闇
あまりに絶望的な状況のためか、むしろ冷静になっている自分がいることを自覚する
自分の今の状況を確かめる
瓦礫の中に横たわっている
視覚は役に立たない
全身を強かに打ったはずなのに、痛みも感じない
いや、意識する余裕が無い
嗅覚
その一点に意識が集中しているために
この上ないと断言できるほどの、濃密な『死』の香り
体臭とも腐臭とも違い、まったく不快感を感じるようなことはなく、むしろ心惹かれる香り
死にかけているためか、それとも生物は本能的に『死』を求めるのか、それにしがみつきたくなる
死んで楽になってしまいたくなる
だが、それは無理だろう
―――『母』が、最初に発生した炎で焼かれた
―――『父』が、落下してきた瓦礫に弄ばれ原型をなくした
その後どのくらい時間が経ったか
初めのころは周りから呻き声や罵声や神への祈りなんかが聞こえていた
それも今は聞こえない
不思議と確信できた
今、ここで生き残ってるのは、俺たち2人だけなのだと
碌に周囲の状況が分かるはずもないのに、何故か確信があった
家族が死んだ
友好関係の少ない俺にとって、家族は絶対の存在
何物にも勝る、かけがえのないもの
故に
今俺の腕の中にいる『 』を死なせるなどということは、俺にとって絶対に考えられないことだった
俺が死ねば、誰が『 』を守る?
身寄りのない俺に、唯一残されたもの
それを残して、無責任に逝ってなるものか
―――そう考えていたはずなのに
目を覚ます。
いつもの木の上ではなく、街に着いた初めのころに月契約でテキトウに借りた納屋の中。
そこで研究をしていて、一定の成果を上げた安心感からいつの間にか寝てしまっていた。
『あの時』のような体勢で、床に。
この納屋は研究に適した環境とは口が裂けても言えないのだが、周囲にどんなことをしてるのかばれなければいいので問題ない。
しかしベッドも無く、床に寝ていた体勢が原因なのか、久しぶりに『あれ』を夢に見た。
「マズイな・・・」
思っていたことが、思わず口から漏れる。
不味いと思ったのは、感傷に浸ってしまうからとか、悲しくなるからとかではない。
「こんなに冷静で居られるなんて・・・」
快復した初めのころは、毎晩夢に見た。
悪夢として。
毎晩叫びを上げながら飛び起き、時には幻痛に襲われ、そして自らの情けなさに狂った嗤いを上げた。
それなのに、今は冷静にただの「事実」としか認識できなくなっている。
(人で居られなくなっている?)
俺の考え方では、自分を「人」だと思ってさえいればそれは「人」と言える。
だがそれは同時に、逆に言えば容易く「人」以外の「何か」になってしまう可能性もあるということ。
自覚するだけでそうなってしまうのだから。
そして、俺は人としての感覚が、だんだん麻痺しているように感じている。
このままでは取り返しのつかないことになる。
真剣にしばらく考えたが、一向に改善策が思いつかない。
すると。
「おーい。
お前が遅いなんて珍しいな。
待っても来ないものだから来たぞ。」
そう言ってレオンが納屋の扉を開けて入ってきた。
ノックもせずに。
そしてザクッという、気持ちのいい朝にどう考えても相応しくない音が響く。
「だ、か、ら・・・!
何故貴方はノックをしないの!
それで何度私たちから制裁されたか忘れた!?
貴方は鳥頭なの!?、3歩歩いたら忘れるのかしら!?」
「エルスさん、もうこの人には何を言っても無駄だと思いますよ。
この前なんかレイさんに「その紙に触るなよ」と言われて「分かった」と答えたのに、1秒後転んで台無しにしてましたから。
この人の場合、天才的に間が悪いんです。
自覚や記憶がどうこう以前の問題なんですよ。」
「そうですね。
今もノックを忘れたんではなく、ただしなかったんでしょうし。
親しい関係だからなんて甘えがあるせいで、する必要がないと思い込んでるんでしょう。
それでいつも酷い目に会っているのに。」
「お前ら容赦ねえな!?
というかエルス!、お前何でナイフで突っ込んでんだ!?
下手したら死んでたぞ!」
「貴方のそれはもう死ななきゃ治らないでしょう?」
「・・・・・・かもしれないな。」
「・・・兄さん、そこは男として、いえ人として否定するべきです。」
「ルルも大変ですね、こんな兄で。」
「まったくよ。」
「ルル!?」
朝っぱらからコントが始まり、俺はそれを呆然と眺めていた。
レオンが泣きながら妹に縋りついている。
何とも情けない、兄の威厳を微塵も感じさせない光景だ。
これを見て、呆気に取られない人間はいないだろう。
(おや。)
しかし、そこで気付いた。
さっきまでの重い気分が、吹き飛んでいることに。
(・・・助けられた、か。)
自然と穏やかな笑みが浮かぶ。
どうも、彼らには思いもよらないところで救われることが多い。
「おいおい、君ら。」
とりあえず、未だに騒いでいた彼らに声をかける。
すると、今までどんなことをしていたのか自覚してエルスとルルは顔を赤くし、クルスは気にしないでくださいと語るような笑みを浮かべ、レオンは話がそれて助かったという安堵の息を吐く。
そして、表情はそのままに、彼らに一言。
「レオンを弄るなら俺も交ぜてくれ。」
そして再開するレオン弄り。
鶏の代わりにレオンの叫び声がする、穏やかな朝だった。
いじめている間、彼らには感謝の念が絶えなかった。
数分後、真っ白の灰となったレオンを後目に、ルルに聞く。
「まだ怒ってるか?」
ルルは苦笑して答える。
「いいえ、もう怒ってなどいません。
結果的にはいいほうに進みましたからね。」
「それは良かった。」
3日経ってようやく機嫌が直ったことに安堵していると、エルスが拗ねたように言う。
「貴方が気にする必要ありませんよ。
あんないい目を見たんですから、それくらいのことがあったっていいじゃないですか。」
「あら、エルスさん拗ねてます?」
「くっ、その余裕が腹立つ・・・!」
「姉様もこの前抱きしめられたんだから、そんなに気にすることではないと思いますが。」
クルスが言わずとも良いことを口にしてしまう。
それにエルスが敏感に反応する。
「クルス?
女の嫉妬にそんなことは関係ないのよ?」
「は、はい・・・」
底冷えのする笑みに、クルスが震えた。
かなり迫力があったから無理もない。
あのルルを呼び出した時、密かに他の3人も呼んでおき、後ろの茂みに隠れさせておいた。
なので、もう全員がルルが「憑き人」だということを知っている。
ルルからすれば酷いことだったが、そうでもしなければ踏ん切りがつかず、いつまでもだらだらと話せないままだったろうからそうさせてもらった。
その結果は彼らの様子から分かるように、大成功だった。
ルルが俺に抱きついていたことで、レオンが泣き、エルスが嫉妬し、クルスがその2人の対処による心労でぐったりとしていたが、当然その程度のことで彼らの絆が切れることもなく、素直にルルは受け入れられた。
ルルが黙っていたことを、3人が助けになれなかったことを互いに謝り、最終的には抱き合ったりしていた。
黙ってこんなことをしていたことにルルは3日も憮然とした表情を崩さなかったが、今は特にそんな様子も無くなっていた。
上手くいったようで何よりである。
「ところでルル、もう一度確認がしたいんだが、頼めるか?」
俺がそう言うと、ルルは一瞬躊躇いを見せるがすぐに頷く。
そして、ルルの両目が赤く染まる。
「憑き人」の力を使用する前兆だ。
まるで何かに憑りつかれたかのようなこの様子こそ、「憑き人」の名の由来。
どうやら彼女らは、力を発動するとき目の色が変わるようなのだ。
そして俺の身体に違和感が。
「む・・・」
身体が動かなくなる。
まさに、『束縛』されている。
因みに俺なら力尽くで破れることはすでに検証してある。
今の目的はそれでないので、今回はやらない。
軽く、ある魔法を周囲に展開する。
「あ。」
ルルが驚きの声を上げ、あっさりと呪縛が解かれる。
「やはり、その力は運動神経に作用して相手の動きを封じるものなんだな。
救いなのは脳神経でなかったことか。
もしそうだったら俺でも危なかった。」
淡々と告げると、ルルは呆れたように言う。
「まさかたった3日で力を解明してしまうとは思いませんでしたよ。
こうなると今までの私の心労はなんだったのか・・・」
あれから3日がたち、その間ルルの力にどんな制限があり、どんな仕組みで発動してるのか検証していた。
それにより、力の仕組みは解明され、さらに力は「同じ人間には連続してかけられない」ことも分かった。
インターバルは全くの不規則で、数時間の時もあれば数十分の時もあり、かなり曖昧なものだった。
ルルは力を恐れていたために極力使わないようにしていて、それらをほとんど知らなかったのだ。
未知の力ほど恐ろしいものはない。
だから、それらを知ることは極めて重要なことだった。
「まあ過去のことを気にしてもしょうがないさ。
さて、急な話だが君らに渡すものがあるんだ。」
「?、なんですか?」
力の仕組みを改めて確認したところで、本題を切り出す。
エルスがいきなりの話題変換に不思議そうな顔をする。
それを無視して、物を渡す。
ルルとエルスには、預かっていたネックレスとリボンを、クルスには折られた「刃虎」製のナイフから作った、ナイフの機能を保持したお守りを。
因みにレオンにもクルスと同じものを用意している。
「このネックレスは分かりますが、このリボンはなんですか?」
ルルの質問に、真意を隠して答える。
「なに、以前エルスを泣かせた時に後で何か手作りのものをプレゼントすると約束してね。
それでせっかくだからとルルにも同じものを作ろうと思ったわけだ。」
そのリボンには、不規則な線が何本もある。
しかしそれが返って、不可思議な魅力を見る者に与える。
「そうなんですか。
ありがとうございます。」
「ありがとうございます。
ルルにも渡されたのは少しずるい気がしますが、とても嬉しいです。」
「僕ももらえるとは意外でしたね。
しかもこんな高価なものを。」
全員嬉しそうな顔をする。
だが、エルスは自分への謝罪の品なのにルルにまで贈られたことがほんの少しだけ不満そうだった。
だから続けて。
「ああ、エルスはそう言うだろうからこれも用意しておいた。
ほれ。」
「え、はい。
・・・て、レイ様こ、これ!?」
そう言って投げて渡した物を見て、エルスは顔を真っ赤に染めあわあわしだす。
あまりに予想通りの反応に、可笑しくなる。
他2人は不思議そうにしていたが。
「そう慌てるな、別に他意はない。
さて、ここで君らに言っておくことがある。
よく聞けよ。」
そう言うと、皆が浮ついていた様子を消し、真剣な表情になる。
そして一言。
「それを常に身に着けて、絶対に外すな。」
「え?」
「どういうことでしょう?」
「それだけですか?」
クルス、エルス、ルルが拍子抜けしたように顔を弛緩させる。
「もう一度言う。
それを常に身に着けて、絶対に外すな。」
だが、念を押すようにもう一度言うと、今度は気圧されたように頷いた。
その様子に満足し、これからどうするか考える。
だが、その必要はすぐに無くなった。
「レイさん!
大変なことになりましたよ!」
物凄く慌てた様子のセフィリアさんが駆け込んできたことによって。
グランドとしてネストを訪れる。
ここに来る過程で何があったのか聞こうとしたのだが、慌てすぎていて言語としてまともに機能していなかったのでなにがあったのかは知らない。
到着すると、周囲の視線が一気に集まってきた。
そして、ディック殿の前に居る男がこちらを向く。
その男の気配に息を飲む。
存在感が段違いだ。
この空間が、この男に支配されているような錯覚を周囲の人間は感じていることだろう。
この前のオルト殿に引けを取らないほどの美丈夫。
長い金髪にエメラルド色の瞳を持つ、穏やかな雰囲気の男。
年は恐らく俺と同年代。
背中に大きな弓を背負っている。
その武器からはどこか神聖な雰囲気を感じるので、生半かな代物ではないだろう。
不思議なことに何処にも矢は見当たらないのだが。
この前の使者がクズだっただけに、この存在の高貴さが余計大きく感じられる。
(まさか、それを狙ってあんな男を送ってきたのか?)
そんな突拍子のない考えが一瞬頭を過ぎるが、直ぐに思い直す。
そんなことをして利点があるわけがない。
とりあえず、話を聞くために男の前にでる。
「始めまして。
俺が「Gランカー」のグランドだが、貴方は?
どこぞの貴族とみえるが。」
失礼ではないが、決して友好的ともいえない声音で語りかける。
Gランカーの部分を、人となりを試してみるためにわざと強調して言った。
もしそのことで俺を侮るような男ならば、その程度の男だということ。
しかし、この男は穏やかな笑みを浮かべただけ。
「こちらこそはじめまして。
私はカズルエル家当主、オルハウスト・アル・カズルエルと申します。
若輩者ではありますが、デルト王国最高戦士、『四剣』を拝命している者です。
貴方とはこれから親しくなりそうですね、よろしくお願いします。」
そう、静かに言ってきた。
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
だが、この場で嘘をついても意味などなく、あの時のセフィリアさんの慌てようと周りの反応からまぎれのない事実なのだと推測できる。
『四剣』とは、デルト王国の王族を除いた最強にして最高の4人に与えられる称号。
それを持つ者は、王以外の何ものにも束縛されず、罰せられない。
例え任命者が元奴隷の者であろうとも、その者に逆らうことは許されない。
その常識はずれの特権故に、戦士としての腕以外に高潔な精神が求められるが故に、「最高」の戦士と称される。
下手をしたら『二つ名』よりも名誉な称号の持ち主たち。
(これは・・・想像以上に大物が釣れたものだ。)
前回のやり取りの結果としては、そこらの貴族が友好的に接して来るのが最高の結果だと踏んでいたので、これはイレギュラーすぎる。
しかも、ここから王都までは往復4日はかかるのに、この男はあれから3日で来た。
このことから、王が話を聞いた途端迷わずに『四剣』という手札を用いたことが容易に想像できる。
王に必要な決断力を有する男であり、そして侵略した国とすぐさま友好的になれる程の外交の知識、もしくは手駒も持っている。
(会うのが俄然楽しみになってきたな。)
だが、まだどんな用件で来たのか聞いてなかったので、警戒しながら聞く。
「なるほど、貴方が何者なのかはよく分かった。
それで何のためにわざわざこんなところまで?」
周りが今度はぎょっとした視線を向けてくる。
『四家』で、しかも『四剣』のものと知ってなお不遜な態度を崩さないことが信じられないらしい。
セフィリアさんは顔を青くし、ディック殿は冷や汗を流している。
この俺の問いに、オルハウスト殿は耐えきれないという風に、だが上品な笑みを浮かべる。
「私の素性を知ってなおそのような態度を取ってくれた者は初めてですね。
しかし、「何のために」などとは分かり切ったことを。
貴方が手紙で我が王を挑発したのでしょうに。」
その返答に今度は周囲から敵意が向けられる。
王はどうやら国民にも好かれているようだ。
周りの様子から冷静に情報を得ていく。
そして。オルハウスト殿は用件を告げる。
「貴方を国賓として、我が王のもとへとご案内いたします。
これは命令ではなく王の個人的なお願いですので、受けるも受けないも自由です。
どうなさいますか?」
「と言うことがあったわけだ。
よって俺はすぐにこの街を出る。
留守の間は金を金貨5枚、それと連絡用の魔符を置いていくから自由にするといい。」
「・・・私はもう何も突っ込みませんよ、いちいち気にしてたら身が持ちません。」
「貴方は本当に凄いですね。
どうやったらそこまで王に気に入られることが出来るのですか。
・・・いつか、僕も・・・」
「事前に言われていたことですが、また急な話ですね。
まあ何を言っても貴方は行ってしまうのでしょうから、何も言いません。」
「俺が意識を失ってる間にそんなことに・・・」
出立の準備を整えながら言った俺の言葉に、皆それぞれの反応を見せたが、どれも俺の行動を容認していた。
服装は依然の決闘の時と同じ、グランド時の正装だ。
オルハウストの話を聞いて大騒ぎになっていたネストの人たちとは大違いだ。
セフィリアさんは気絶してたし、ディック殿は青を通り越して白くなっていた。
因みに、オルハウストは同い年ということが分かったので敬語を使うことは止めた。
そして数分後、《アロンダイト》も背負い、装備を整えて出立の準備が整った。
「じゃ、行ってくる。」
「おい。
何で俺の襟首を掴んでいる。」
宿から出て行こうとしたところで、襟首を掴んでいたレオンから不満の声が上がる。
それに俺は当然のことのように答える。
「いや。
これからしばらく会えないとなるとどうもレオンを弄り倒したくなってな。
それでオルハウストと合流する前にヤッておこうと。」
「なんじゃそりゃあ!?」
「はい、いってらっしゃいです。」
「お土産期待してますよ。
義兄様。」
「ふふ、出来るだけ早く帰ってくることを祈ってますね。」
「お前ら止めないのかよ!?
て、おいレイ!?
うわあああああ!?」
そしてレオンを暗い路地裏へ連れ込んだ。
―――side レオステッド
気分はまさに処刑執行前の囚人だ。
親父もこんな気分を味わったんだろうか。
そして歩いていたレイが立ち止まる。
「ふむ、ここなら問題ないみたいだな。」
そして執行の言葉を告げる。
(ああ、俺の人生はここまでみたいだな。)
どこか達観した心で、既に受け入れる覚悟を決めた。
だが。
「レオン、これから話すことを良く聞けよ。」
「・・・は?」
予想してたこととずれたことを言ってきたので、呆然としてしまう。
「さっきのはあの3人を誤魔化すためのフェイクだ。
本題は今から話すこと。」
「え、ああ・・・そうなのか・・・
それで話ってのは?」
まだ動揺から立ち直り切れていなかったが、そう聞いた。
「俺が居ない間、お前は自分の思うとおりに行動するといい。
いざと言う時ならば、結果がどんなことになろうと構わない。
ただ自分の本能を信じて行動しろ。」
その言葉を聞き、俺の中で何かスイッチのようなものが切り替わった。
「・・・つまり、俺の独断で「奴」を仕留めてしまってもいいんだな?」
「あくまでお前がそうするのが最善だと判断した場合の限り、だがな。
俺というある種の抑止力が無くなる以上、「奴」は必ず動きだす。
お前たちと接触しようとするだろう。
お前はライガン、サムス、フルートの3人と話をして、その内容を逐一俺に報告してくれ。
その内容から、俺が「奴」を突き止める。」
「随分行き当たりばったりな作戦だな。
それに俺たちをダシにしようとするなんてお前らしくないぞ。」
コイツはいつも俺に対して厳しいが、それでも大抵の場合俺たちの身の安全を第一に行動してくれている。
そんな男が俺たちを「奴」と接触させる囮に使うなんて、不可解過ぎた。
それを指摘すると、レイは苦い顔をする。
「俺としても、本来ならこんなことしたくない・・・
だが、何やら嫌な予感がするんだよ。
このまま放っておいたら、取り返しのつかないことが起こってしまいそうな予感が。」
「・・・お前がそう言うと、本当にそうなりそうで恐ろしいな。」
「それに出来るだけの安全策は取らせてもらった。
万全とはいかないまでも、まず安全と断言できる。
お前もこれを肌身離さず持ってろ、絶対だぞ。」
そう言って、ナイフを渡してきた。
一目で高級品だと分かる代物だ。
「お前がそう言うからには、何か意味があるんだろうな。
そうさせてもらうさ。」
俺はそれを素直に受け取る。
そして、さっきから気になっていたことを聞く。
「ところで、そんな話を俺にしたってことは俺は「信頼」されたと考えていいのか?」
冗談めかしているものの、かなりの期待を込めて聞いた。
俺の今の目標の1つが、この男に信頼されることだからだ。
「悪いが、そう言うわけではない。
今回のことは絶対に必要と言うわけでは無く、お前が何もしなくても特に問題は無いんだ。
別にいろいろと動いてるからな。
お前にこれを言ったのは、やってくれればある程度楽になるからだ。
気が進まなければ、動かなくてもいい。」
だからこの言葉には、少しがっくりと来た。
だが気にしてもしょうがないし、何より。
「まあいいさ。
俺の手で「奴」を仕留める許可がもらえるんならな。」
それだけで俺にとって動く理由は十分だからだ。
「・・・言っておくが、俺が前言ったように「あれ」はあくまで可能性の話だぞ?
そこをちゃんと理解しているのか?」
「俺にとっては、その可能性があるというだけで十分だ。
正直自分で自分が止められそうに無いんだよ。
お前の静止が無かったら、今にも3人とも皆殺しにしてしまいそうなほどだ。」
「俺ができるだけ早く「奴」を突き止める。
だからそれまで待ってほしいんだが。
お前らの身に危険が迫った時以外は出来るだけ自重してくれ。」
「善処するさ。」
俺としても、率先として無関係の人を殺したいと思う程落ちぶれちゃいない。
だが、レイの言っていたことが本当で、また俺の家族を奪おうとするようならば、容赦しない。
「とりあえず、俺の言いたいことはそれだけだ。
それじゃあ行ってくる。」
「ああ。」
「 ・・・・・・・・・レオン!」
背を向けた男が、歩き出そうとしたところで、再び声をかけてくる。
そして何やら言おうかどうか迷っているようだ。
俺はいつも即断即決のこの男が迷っていることに驚いた。
「気をつけろよ。」
だが、次に出たこの言葉にはもっと驚かされた。
そしておかしくなる。
この男は、俺たちを自ら危険にさらそうとしていることを、本当に嫌だと思っていることが分かったから。
俺たちを、心配してくれていることが分かったから。
だから、言葉を返す。
「ああ、こっちは任せろ!」
そう告げるころにはレイは、「偽装」を展開して走りだしていたが、あいつなら問題なく聞こえたことだろう。
そしてそれを見送った後、まだスイッチの入ったままの俺は思ったことを口にしてしまう。
「もし「奴」が、レイの言うとおり俺の国を滅ぼした奴ならば、俺が必ずその喉笛を噛み千切ってやる・・・
覚悟しやがれ。」
そのまま俺は宿へと戻った。
五体満足で戻ってきた俺を見て、3人から不思議そうな目を向けられたのは言うまでもない。
面白いと思ってくだされば是非評価を