4話 旅立ち
「ふい~~。」
とりあえず当面の危機が去ったことで令は緊張を解く。
脱力した令の前に、さっきまで彼の脅威だった存在が転がっている。
先ほどの一撃は、この生物の眉間を打ち抜き、そのまま何の抵抗も無いかのように貫いていった。
期待していた以上の、過剰とも言える破壊力であった。
そしてその代償もまた。
「だるい・・・
まるで体のやる気が全部持ってかれたかのようだ。
なんもやる気になれん・・・」
今の令にとって、いる場所が横穴であることはこの上ない僥倖だった。
今ならたとえ、ネズミにでも殺されてしまうのではないかと思うほど彼には覇気がない。
そのまましばらく全身の力を抜き、ぐて~とニートのように寝転がる。
しばらく、時間にして30分ほどそうしているとようやく気力が回復し、穴から出る。
そして、虎の体を調べ始める。
「この腹の傷・・・、何かの牙の痕だな。
これくらいの歯型の大きさだと、身体の大きさはおおよそ2~3メートルはあるな。
・・・おいおいなんだここ、巨大動物の巣窟か?
問題はその生物の強さか。
そういえばこいつは、初め手の刃に血を付けていたな。
そいつのものだったのか?
だとするなら、そいつは大体こいつと同じくらいの強さということか。
まあ、この血の持ち主はこの傷を付けた奴とは限らんし、相性というものもあるから参考程度にしか役には立たん考察だな。」
令は考察を一通り終えると、次は役に立ちそうなものを「某大人気狩猟ゲーム」の如くはぎ取ることにした。
「よっと。
まあこんなものだな。
毛皮、爪、牙、肉、そして刃・・・
なかなかの量が採れた。
苦労した甲斐があったな。」
令は他のものがはぎ取りやすいようにまず、刃を採ろうとしたのだが、これが面倒だった。
刃そのものは硬いので、付け根部分からへし折ろうとしても果たせず、仕方なく尖ったナイフ状の石を見つけたり、石を割って造ったりしたのだが、如何せん毛がとてつもなく頑丈で、石では一本も切れない。
伊達に銃弾を弾いたわけではなかったようだ。
仕方なく毛をより分け、皮に直接石を突き立て、ひっかくようにして地道に切るしかなかった。
そんなやり方なのだから時間がかかって仕方がなく、刃を採れたあとはそれを使うことでスムーズにいったが、終わったころには日が暮れてしまっていた。
「もう辺りが暗くなるな。
とりあえず都合がいいし、この穴を生活拠点にしよう。
しかし、急いで水場を見つけないとまずい・・・」
虎の肉を手に入れられたことで当分の食糧の心配は無くなったが、水はどうしようもない。
令は完全に暗くなる前にと、川か湧水を探しに駆け出した。
幸い、川が穴からそう遠くない場所で見つけることができ、令は近くに生えていた竹のような木を刃で切り、節と節の間の空洞を用いて水筒を作り水を汲んできた。
今彼はたき火で枝の串に刺した肉を焼いていた。
ちなみにこの火は、あんなことができたんだから念じれば火も出るだろうという予想に基づきやってみたら簡単に出せた。
(まったく便利なものだ、完全に魔法だな。
しかしこれにも何か法則のようなものがあるんだろうか?
もしあるなら、もっと簡単に魔法を使えるようになれる筈だ。
今までのことからして、魔法、もしくは魔法に匹敵する何かを習得することが俺がここで生きていくための必須事項であり生命線。
地道に調べていくしかないか・・・
お、もうよさそうだな。)
魔法について考えていたが、結局のところ地道に検証をしていくしかないという結論に落ち着き、焼けた肉に関心を移す。
その肉はほどよくサシが入り見た目にもうまそうだったのが、焼かれることで漂う香ばしい匂いが凄まじい誘惑を空きっ腹に送ってくる。
朝からなにも食べていない令がその誘惑に抗えるはずもない。
逸る気持ちを抑え、食べたことのない肉なので、もしダメなときはすぐに吐き出せるように覚悟して口に運ぶ。
「っっっ!!??」
だがその心配は杞憂だったらしい。
噛んだ瞬間に肉汁が口に広がり、濃密な肉の味が舌を直撃する。
何の味付けも必要としない、大自然の豊かさを感じる。
飽食の向こうでも食べたことがないほどの極上の味だった。
しばらくの間令は無心で肉を頬張っていた。
そして空腹も満たされ、水を飲み深く息を吐く。
「まさかここまでのものとは・・・
もしかしたら高級食材だったりするんだろうか?」
火が消えないように、拾った枝を投げ入れる。
そして、なし崩し的とはいえ、危険ではあるがこの森で生活することも不可能ではないということを理解した令は、もっとも重要な決断を迫られていた。
すなわち、この森を出るか、この森で暮らすかだ
(森を出ることの利点は、出さえすれば化け物に襲われる心配はないだろうということ。
そして、他の人と関係を結び、協力することで生活が楽になる可能性があること。)
令はそれぞれの利点と欠点を挙げていく。
(そして欠点は、森を出るまでにのたれ死ぬかもしれなく、それ以前にどの方角に人が住んでいるか分からない。
たとえ人に会えたとしても、今特に力もなく、この世界の常識もない俺は余程のお人よしでもない限り利用されるだけになる可能性が高いこと。)
(森で過ごすことの利点は、食糧には困らないだろうということ。
誰かを気にする必要もなく、力を付けることに集中できるということ。)
(そして欠点は、言うまでもなくあらゆる動植物による多大な生命の危機。
まったくどれも散々じゃないか。)
あまりと言えばあまりの状況に笑いすら浮かぶ。
爽快感とはかけ離れた笑みであったが。
しかし、生きるためにはどちらかを選ばなくてはならない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
そして、令は決断する
向こうの暦で半年後、令は森の中にいた。
死に瀕したことは両手足の指の数では足りない程。
だが彼は生き延びた。
そして彼はそれだけの目に合った価値に見合う様々な恩恵を得た。
物、薬、知識、そして力
彼は生き延びるために、魔法を最も重要視していた。
魔獣に対抗するためにはまず、即戦力となる力が必要だったからだ。
彼は毎日、暇さえあれば魔法を独自に研究していた。
彼は向こうでも成績は良かったものの、決して天才という努力を超越できる存在ではなかった。
故に彼はひたすら検証を繰り返した。
ただひたすら、愚直とすら言えるほどの真摯さで。
どれだけ遠回りだと思われても、ほとんど無駄のような些細なことでも。
その結果、彼は独自の魔法理論を確立することに成功した。
そして、この世界でも強大な魔獣がひしめくこの森(本人は知らないが)においても、彼を殺せる存在はいなくなっていた。
「もう十分だな。」
今の令の服装は、牛のような魔獣の皮をなめして作った、黒のレザージャケットとズボン
そして、蚕のような魔獣の糸から作ったTシャツと下着を身に着けている
どれも一流の戦士数人でしか対抗できないような奴らであり、売ればひと財産になる。
もちろんその性能も凄まじいの一言の代物だ。
彼の体もそれを身に着けるのにふさわしいものとなっていた。
身長は約180センチメートル
そして太くはないが、極限にまで引き締められた筋肉を手に入れていた。
強靭な肉体を得たことによる、魔法に匹敵する技術もまた。
「そろそろ次に進もう。」
半年前に彼が建てた計画は、計画とも呼べないような単純なもので、ここで満足できるだけの力を身に着けた後に、森を出ていくというもの。
そして彼は、自覚していないが過剰ともいえる程の力を手に入れ、その計画を実行しようとしていた。
「さあ、この世界はどんなものなんだろうな・・・」
好奇心を抑えきれずうずうずした様子で逸る気持ちを抑え、彼はゆっくりと歩を進める。
彼はまだ知らない
自分の構築した魔法理論が、この世界において革命にも等しいほどの画期的なものであることも
そして、望む望まずに関わらず、これから世界の動きに大きく係わっていくことも
彼はまだ何も知らない
こうして、元の世界でもこの世界においても『異常』である者の物語は幕を開ける・・・