39話 準備
王都には次々回向かいます。
ダダダダダダダダッ
階段を駆け上がる足音が聞こえたので読んでいた本を中断し、ドアの前に立つ。
そしてそのドアが勢いよく開く。
「おいレイ!、何勝手に宿に帰ってやがんだ!
しかも王都か―――」
「他のお客様のご迷惑ですっ!」
「ぐふおっ!?」
部屋の中へ飛び込んできたレオンの腹に蹴りをぶち込んで、無理やり後退させる。
レオンは数歩ふらふらと後退し、仰向けに倒れた。
「まったく、こんなところで大声を出したら営業妨害で苦情が来るぞ。」
「俺はお前に抗議がしたい・・・」
「そんな権限お前にやっとらん。
諦めろ。」
今俺たちが居るのはいつもの宿屋。
あの決闘から3日が経っている。
その間俺は、色々と下準備を整えていた。
そしていつもの漫才を繰り広げていると、残り3人が姿を現す。
「レイ様、王都から兵士が来たと聞きましたが何をしたんですか?」
「うっかり誰かを殺したところを見られでもしましたか?
義兄様なら影で数えきれない程の死人を出してても不思議ではありませんし。」
「私は貴方があくどい貴族から資金を強奪したと踏んでますが。」
「君ら、清々しいくらい俺が悪事を働いたと決めつけてるな。」
まあ殺したし、資金も貴族からではないが巻き上げたので否定しようがないんだが。
因みにあの後回収したクズどもの資金は金貨で13枚。
かなりの臨時収入となった。
もっとも、それは俺が密かに行っていた研究にもう半分使い切ってしまったが。
そのおかげで、なかなか面白いものがいくつかできた。
今は関係ないのでそれは後に置いといて、倒れたレオンを無視して皆で備え付けられたソファーに座る。
ここは2人部屋なのだが、ソファーは人が何とか寝られるぐらいの大きさのものが2つ備えられている。
そして俺が片方に座ると、当然のようにエルスとルルが両隣に陣取る。
よって向かいのソファーはクルス1人が悠々と使っている。
もう慣れたので何も言うまい。
好かれて嬉しくないわけでもないのだし。
そして話を再開する。
「ただ、王都への招集令がかかっただけだ。」
「へえ、つまりやはり貴方を捕まえに来たということでしょうか?」
「違う、ルル。
そもそもそれだとわざわざ王都から来なくても、ここの兵士に捕まえさせればいいだろ。
それに招集がかかったのも俺ではなくグランドだ。
君らにレイが呼ばれた、と伝えたのはディック殿だろうが、彼は君らに分かりやすいようにそう言ったんだろ。
だからそんな剣呑な空気を出すな、今の君が暴れたらそこそこの実力者が出張らなきゃならん。」
もしそうなら兵士に対して実力行使も辞さない、ということを態度で示すルルを苦笑しながら宥める。
今の彼女ならCランカー以上でないと相手にもならないだろう。
まあ、実際のところは実戦経験が不足してるので、そう上手くはいかないだろうが。
しかしそれでも、この辺ではなかなかの脅威だ。
「王都への招集の目的は王が会いたがってるから。
それにより、デルト王国正規軍中央部第五部隊の隊長が、部下数人を引き連れてついさっきネストまで来ていた。」
「王様がですか!?
王が直接、一介の冒険者に会おうとするなど前代未聞です。」
エルスが驚きを隠せない様子で言う。
王はこの世界において、絶対の存在だ。
それがただの冒険者に興味を持つなど普通はありえないことだ。
「・・・ついさっきということはつまり、僕たちが貴方から買い物を頼まれた時と同じころですね。
気付いてて僕らを会わせないようにしましたね?」
クルスが拗ねたように言ってきた。
可愛い反応をしてくれる。
「お察しの通り。
もし居たら俺がグランドでも過剰に反応するかも知れなかったからな。
悪いがあれらと君らを離させてもらった。」
「もう少し私たちを信用してくれてもいいではありませんか。
少し悲しくなります。」
「ふむ、別にこれは信用がどうこうという話ではないぞ。
だからそう落ち込むな。」
悲しそうに言うエルスの頭を撫でる。
これだけで機嫌が大抵良くなるから楽でいい。
目論見通り、釈然としてはいなさそうだがエルスは嬉しそうな顔をする。
「それで、いつ招集に応じるのですか?
まさか明日にでも出るのでしょうか。」
ルルが王都に行く日を聞いて来た。
それに対して俺はなんでもないように答える。
「ああそれなんだが、予定通り拒否した。」
「え!?(レオン含む全員)」
「だから拒否したんだよ。
もとからそのつもりだったし。」
これに最も反応したのはレオンだった。
「どういうことだよそれ!?
お前以前言ってたことと話が違うぞ!」
いつの間にか復活していたレオンが詰め寄ってくる。
俺はとりあえず向かいのソファーに座らせる。
レオンにはこれからの大まかなシナリオを予め伝えてある。
その時、王と会話することを当面の目的としてることも言ってあったので、俺の今回の行動は矛盾してるように感じたようだ。
「勘違いするなよレオン。
前言った通り、王に会うのが今の目標なのは変わらん。
だが、それには前提条件があるんだ。」
「前提条件ですか?
というか僕らはそんな目的を持ってたことを初めて聞きましたが。」
クルスが聞いてくる。
「俺の目論見を達成するには、王とは対等の立場で会話しなければならない。
招集令という「命令」に従ってしまえば、二度と対等な関係を築くことは不可能となる。」
「命令」とは言うまでも無く、下位の立場の者に対するものだ。
それに従うということは、自覚があろうとなかろうと、その人物の下に位置することを認めたと公言することになる。
そうなってしまえばもう挽回出来ない。
だから、絶対に応じるわけにはいかなかったのだ。
「でもそれだと、王と会話することがほぼ不可能になりませんか?
王族は事実、その国で最も地位が高い者たちです。
彼らが、レイ様はその認識でいいのかはわかりませんが、平民を立場が自分と同じだと認めるとは思えません。」
「そこを認められる者を器量の大きい者というんだよ。
俺が求めるのはそういう王だ。
そうでないのならこっちがお断りだね。」
エルスの発言に、不敵な笑みを浮かべ答える。
平民という先入観で物事を杓子定規にしか見れない王など、必要ない。
―――俺にも、そして世界にも
「ですが、それを相手にどうやって伝えるのですか?
話をしようがない以上、そもそも貴方がそういうことを望んでることを知らせることも出来ないのでは?」
「その点は心配いらない。
ネストに来た隊長殿にしっかりと手紙のお使いを頼んだからな。
いずれ、良かれど悪しかれどなんらかのアクションがあるはずだ。」
ルルが尤もなことを聞いてくる。
それについては手紙をあいつに渡すという方法で解決しておいた。
「隊長が?
俺みたいな田舎の隊長ならともかく、デルトのような大国の隊長ともなれば相当増長してると思ってたが。
よく引き受けてくれたな。」
「・・・義兄様、まさか・・・」
レオンがズバリ本当のことを言うと、クルスが俺がどうやって引き受けさせたのかの想像が出来たらしい。
表情に呆れの色が見える。
「ああ、お前の予想通り相当なクズだったぞ。
「恐れ多いことにも下賤な貴様のような者に陛下がご下命してくださった。」とか。
「さっさと用意を整えろ、このノロマが!」とか。
「まったく、何故私のような選ばれた者が役立たずの平民の招集などを・・・」とか散々言ってくれたからな。
クルスはもう分かってるようだが、ちょっと弄らせてもらった。」
「げ。」
「やっぱり・・・」
「別に良いと思いますよ。
貴方にそんなことを言う愚か者など、どうなろうと文句は言えません。」
「貴方らしいと言えば貴方らしいですね。」
笑顔でそう言うと、それぞれ思い思いの感想を述べる。
レオンが顔を顰め、クルスが軽く溜息を吐き、エルスが笑みを浮かべながら俺を擁護し、ルルが楽しそうな顔をする。
「具体的には、そのクズの周りに居た兵士をまず《グリモワール》で縛り、そしてクズを素手でねじ伏せた。
最初はギャーギャーうるさかったんだが、指の骨を一本一本潰していったら情けないことに5本で根を上げたんだよな。
まったく根性のない。
最後に地面にうつ伏せに倒れた「それ」の頭を踏みつけて、素直に尻尾巻いて帰って王にこの手紙を渡すか、今この場で生ゴミになるかを選べって言ったらペコペコしながらすごい低姿勢で馬より早く帰って行った。
最後に治療してやった上に、ディック殿の協力もありあれには箝口令が敷かれたから証拠もないし、報復はあまり心配しなくてもいいだろう。」
「外道ですね。」
クルスが苦笑しながらそれだけを言った。
まさしくその言葉が、その時の俺の印象を最も的確に表してるだろう。
ネスト内の人たち、皆物凄い恐怖の目で見てたからな。
クズは愚かにもセフィリアさんに声かけてたから、ディック殿からはむしろ声援をもらったが。
そして、こっちの女性陣もどうやら悪感情を感じてはいないようだった。
苦笑してはいるが、嫌悪の感情は見えない。
因みにあのクズは貴族だった。
デルト王国の隊長格の者たちは、ほとんどが貴族で占められている。
これは別に贔屓とかそう言うことは無く、単純に奴らが強いからだ。
この国に限らず、貴族は家伝統の技術や武器、固有魔法を持ってることが多いので、自然と上の者たちは貴族の比重が高くなる。
この国は実力主義で平民でも登用される機会が多いので、まだましな方だが。
話を戻す。
「褒め言葉どーも。
それに、まだ準備も整って無かったんでね。
たとえ今回のが命令で無かったとしても、まだしばらくはこの街に留まることになっただろう。」
「準備って何だ?」
「一番重要なのが、レイという人間の始末だな。
グランドがしばらく王都に行ってる間ずっとレイが消えていたら、怪しまれるかもしれない。
だからディック殿に頼んで、長期の依頼に出ている、という形に偽装してもらえるようにして置いた。
それも誰にも気取られないよう、秘密裏に。
それには後2、3日かかるようなんでな。
後は、色々と入用のものを揃えようと。
《グリモワール》を内密に運べるように服を改造したり、《アロンダイト》に使えそうな巻き布を用意したり。」
「アロンダイトって何です?」
クルスが耳慣れないその言葉に反応する。
「あれ。」
俺は部屋の隅に置いてある武器を指差す。
全員がそれには入ってきた時から気づいてただろうが、改めてそれを見て困惑した顔をする。
「・・・あれって・・・武器の分類としては何なんでしょう?」
エルスが聞いてくる。
それに俺は、少し考えてから答える。
「むう、・・・剣?」
「何で疑問形なんですか。」
ルルが呆れたように言う。
「じゃあ君らに逆に聞こう。
あれは何に見える?」
「・・・・・・剣?(全員)」
「だろう?」
「成程、納得です。」
「まあ、グリモワールと違ってあれは見た目通りの機能しかないからそう答えるしかないんだよな。」
ルルが納得出来たようなので、これでその話はお終い。
「ところで、エルス、ルル、そのネックレスを少し貸してくれないか。」
「これですか?」
「どうしてです?」
急に不安そうな顔をする2人。
「別に返せというわけじゃない。
確かめたいことがあってな。」
俺がそう言って安心させると、ネックレスを渡される。
それらを手で弄って調べてから一言。
「・・・君ら、これをどれだけ大事にしてるんだよ。」
ここまでのものとは正直思っておらず、呆れてしまう。
たったひと月足らずでここまでになるものなのでろうか。
「?、どういうことですか?」
「何か問題でも?」
「まあ問題と言えば問題だろうが。
嬉しい誤算だからいいけど。
ちょっと数日貸して欲しいんだがいいか?」
「ええ。」
「後で返して頂けるのなら。」
「ありがとう。」
ネックレスをしまい、今度は護符のような紙を4枚取り出す。
「さて次だ。
レオン、これを持って外に出てくれ。」
そう言って、俺は2枚の護符を渡す。
「何だこれ?
さっき2人からネックレスを預かったことと何か関係でもあるのか?」
「いや、まったくの無関係だ。
とにかく外に出てくれ、なるべく周りの人がいないところがいい。」
「ん、分かった。」
不思議そうにしていたが、指示に従ってくれる。
そして数分が経ち、頃合いになった。
「実験開始。」
そう言い俺は、残った2枚の護符に魔力を籠める。
すると描かれた魔法陣が光り出し。
『うわ!?
なんだいきなり!』
「え!?」
「ひゃっ!?」
「誰ですか!?」
いきなり聞こえた声に驚く3人。
それを見て笑いを押えるのに苦労する。
「心配するな。
さっきの声はこれからだよ。」
『な、その声はレイか!?
何なんだよこれ!』
「見ての、いや聞いての通り、遠くの者と会話が出来る道具だ。
お前の持ってる声が聞こえる方が「受信」、逆の方が「送信」を担当している。
しかし想像以上に上手くいったものだ。」
『・・・軽くいうものじゃないぞ。
これにどれだけの価値があるか・・・』
「兄さんの言うとおりです!
これはすごいですよ!」
「これがあれば何時でも好きな時に会話が出来るということですか。」
「軍ではその需要が計り知れませんね。
連絡に時間がかかることは大きなネックでしたから。」
レオンが向こうから呆然とした声で、ルル、エルス、クルスが目を丸くして答える。
電話が無いこの世界では、遠くの人と会話が出来るという発想が無いのだろう。
火を出す、という漠然としたイメージでは、1つの魔法陣に込められる魔法は1つだ。
だが、籠めるものを「燃焼」や「放電」といった、細かい現象に絞ることで、籠められる魔法の数は増える。
この護符に描かれているものには、それぞれが電話の送信機と受信機として機能するように、複数の魔法を籠めた。
これで、離れて行動することが可能となる。
通信範囲は詳しくは分からないが、知識を総動員してかなり弄ったから、それなりに広いと考えていいだろう。
今までは「奴」を警戒してなかなか離れて行動できなかったからな。
「とりあえず実験は成功だ。
帰ってきてくれ。」
『ええーもう少し遊びたいんだが。』
「阿呆。
これは遊びのために造ったんじゃないんだよ。
早くしろ。」
『はいはい。』
魔力を籠めるのを止めると、光が収まる。
再び数分後、レオンが帰ってきた。
「凄いなこれは。
初めての経験だったぜ。」
「そうか。
何はともあれ、これで君らと俺の別行動が可能になったわけだ。」
そう言うと、全員の動きが止まり、一気に捲し立ててきた。
「レイ様、どういうことですかそれは!?」
「まさか別れるつもりなんですか!?」
特に過剰に反応してきたのは女性陣2人。
冷静な声で諭す。
「落ち着け、別にずっとってわけじゃない。
王が判断を下して、俺が王都に行った場合の話だ。
精々長くても1月にも満たない。」
「それにしたって決して短いわけではないだろう。
別に俺たちもお前についていけばいいだけじゃないか。」
「そうですよ。
僕も王都に行ってみたいですし。」
レオンとクルスの意見に、エルスとルルも必死に頷いている。
(本当に別れたくないんだな。)
そんなことを思いながら、理由を説明する。
「これにはちゃんと理由がある。
1つは例によって、グランドのカモフラージュ。
同時に行動したら怪しまれかねん。」
「それだけでばれるとは思えませんが。」
クルスが言う。
「そうだな。
だが、まだある。
2つ、最近はマシになってはいたが、レオンを除いて君らは俺に頼りすぎだ。
この辺りで自分たちで行動して、俺無しでも動けるようになっておけ。」
これは自覚があったらしく、レオン以外は黙り込んだ。
彼らの行動の起点は常に俺だ。
今はいいが、世の中なにが起こるか分からない。
もし俺と離れてしまって、無いとは思うがパニックにでもなられたら目も当てられない。
だから、しばらく俺と別行動を取ったほうがいい。
そうすれば、また彼らは成長するだろう。
「・・・分かりました。
そう言うことであれば仕方ありませんね。」
「ええ、私たちのことを思ってくださった結果のことであれば、文句などありません。」
「僕らは僕らで頑張ります。」
エルスが言うと、他の2人も納得してくれる。
(これで、彼ら関係で済ませておくべきことは後1つだけ。)
そう考えながら、ルルを見る。
(果たして、素直に教えてくれるかね。)
そこでレオンが気付いたことを聞いてきた。
「ところでレイ。
お前王都なんて場所に行って大丈夫なのか?
あそこはかなり広いから土地勘のないおまえじゃどうなるか。」
最もな質問だったので、素直に答える。
「それについては心配いらない。
セフィリアさんがついてきてくれることになってるからな。
彼女にいろいろと頼む予定だ。」
そして、言ってからそれが爆弾だったことに気付く。
両隣から両腕をがっしりと掴まれる。
目を向けてみると、2人が実に綺麗な笑みを浮かべていた。
背筋が凍るような笑みを。
「へえ、私たちを捨ててセフィリアさんを連れて行こうというのですか。」
「それは酷くありませんか?
私たちはこんなに貴方を慕っていると言うのに、他の女に手を出そうなんて。」
「・・・・・・」
色々と突っ込みたいことがある。
捨てるってどういうことだ、とか、他の女ってなんだよ、とか。
とりあえず、これからに遺恨を残さないよう穏便に場を納める方法をゆっくりと考えることにした。
夜中。
あの後、何とかあの場を収め、しばらくの間雑談に花を咲かせた。
そして今、いつも通り宿屋近くの木の上に陣取り、人を待っていた。
そして耳が足音を捉える。
「レイさん、話とはなんでしょう?」
「先に言っておくが、浮ついた話ではないからな。」
「・・・・・・・・・分かってましたよそんなことは。」
「・・・それにしちゃ随分と長い沈黙だったな。」
そして木から降り、向き合う。
銀髪が月光に照らされ、どこか幻想的な美しさを感じる。
一瞬見惚れそうになったがなんとか自粛する。
「これから聞くことは、君のプライベートに大きく入り込むものだ。
怒ってくれても、蔑んでくれても構わない。
だが、嘘だけは吐かないで欲しい。」
「・・・分かりました。」
俺の言葉に顔を引き締め、まっすぐ俺を見る。
そんなルルを、しばらく瞑目してから真っ直ぐ見つめ、問う。
「君は、『憑き人』か?」
ルルの身体が、大きく震えた。
面白いと思ってくだされば、是非評価を