38話 ただ、欲望のままに
今回最後の方ちょっとグロいシーンがあります。
駄目な方はお気を付け下さい。
あと今回ほとんど説明回です、すみません
前回の質問の結果、上位魔法にはルビを振る形に固定したいと思います
意見くださった方々、大変ありがとうございました!
魔法陣とは何か。
自分で研究を始める前に、この問いをエルスに聞いてみたことがある。
その時の回答は、「魔法を補助するもの」だった。
調べてみたところ、魔法陣の形は使う魔法により決まるものだそうだ。
そして人によってその効果は変わらず、汎用性が高いものとされているらしい。
つまり、火を熾したいと思った時は、皆が同じ「火の魔法陣」を使って火を熾すのだ。
だが、それはおかしい。
魔法を使用する時に使う「魔力」は、人の精神力だ。
人の思考なんてそれぞれ、つまり、普通に考えれば魔力にも個人差が出てくるはず。
実際、これは俺の私見でしかないのだが、俺とエルスとフルートさん、そしてさっきのオルト殿の魔力にも、それぞれ個性のようなものが存在していた。
それが果たして、全て同じ魔法陣で上手く機能するものだろうか?
書物を読んで、魔法陣により行使される魔法について考察を進めるうちに、心の中の疑念はどんどん膨らんでいった。
同時に、この世界の魔法自体にも違和感が出てきた。
俺が使用している魔法とこの世界の魔法は、結果は同じであってもどこか「ずれ」を感じるのだ。
それがなんなのか、直ぐには分からなかった。
そんな疑念を抱きながらも、とりあえず考えを巡らせながら知識を得ていくことにした。
そしてある日、書庫に籠もるようになってから十数日後に、ある「仮説」に行きつく。
それは自分の考えていた「恩寵式」とはかけ離れた、この世界の魔法の姿。
この世界に来た当初に見つけた事実と組み合わせて生まれた、俺の想像を超えた超常現象の可能性。
そして、その仮説を確かめるために、その後はひたすら魔法陣の研究に明け暮れた。
感じた魔法の「ずれ」は、魔法陣が原因だと考えたからだ。
と言っても、決して楽な作業ではない。
俺はさっき言ったように、魔法陣の常識そのものに疑問を感じていたので、全てを1から組み立てる必要があった。
それは、この世界の魔法に携わった過去の魔導師たちに、真っ向から喧嘩を挑む行為。
有史から存在していた、魔法の数千年の積み重ねをぶち壊すもの。
―――まあ、そんなこと知ったことじゃない
そんなわけで、途方もなく地道な作業が始まった。
先ずは紙に、基本であろう円を描く。
それに思いつく限りの線、円、三角などの図形をひたすら描き込んでいく。
描いては魔力を送り検証し、他の思いつく限りの組み合わせを試しては魔力を送り検証し、そして消してまた描くの繰り返し。
はたから見れば、気が狂ったのではないかと取られかねない行為だ。
実際レオンたちに何度も止められそうになり、エルスとルルに1回ずつの計2回、「もう止めて下さい!」と本気で泣きつかれた。
あの時はその泣き顔に危うく止めてしまいそうになったものだ。
それでも続ける内、3日ほど徹夜した時に、ある大きな発見があった。
魔法陣を描いてると、文字通りの胸騒ぎを感じるようになったのだ。
変な言い方なのだが、それしか言い方が浮かばない。
それはある箇所に線を引いた時は感じずに、その箇所に円を描いたら感じた
別の箇所に円を描いた時は感じず、その箇所に四角を描いたら感じた
その胸騒ぎは初めは実に弱いもので、始めはやりすぎて頭がおかしくなったのかと本気で疑った。
しかし試しにその胸騒ぎに従い、感じたものを描くようにしていくと、胸のざわめきはだんだん大きくなっていった。
―――まるで、自分がその図形を描かれた魔法陣を求めているかのように
その思いに突き動かされ、それからは何かに憑りつかれたかのように、作業を進めることが出来た。
その結果生まれたものが、ある1つの魔法陣だった。
そして、その魔法陣を使い検証することで、この世界の魔法の力を正しく理解した。
その時は思わず大笑いしてしまった。
ディック殿の屋敷の外にも届きそうな音量で、そして狂喜の声で。
まったく、よくもまあ「恩寵式」を時代遅れだと皮肉ることが出来たものだ
俺はまったく理解できていなかったのに、あんな賢しらにレオンたちに語ってしまっていた
蓋を開けてみたらどうだ
見方によっては、「究理式」の方が時代遅れではないか
ああ恥ずかしい
だが、そんなことはもうどうでもいい
大きな発見があったのだから
俺の「目的」を、極めて円滑に進めることが出来そうな『鍵』を
もっとも、それはいろいろと問題がありそうなので最後の手段となりそうだ
結果として、俺が発見した魔法陣の効果は2つ。
1つは、魔法のストック。
魔法陣には魔法を込めることが可能で、込めた魔法は魔力を注ぐことで解放される。
例えば、魔法陣で水の魔法を行使したいと考えた場合、先ずはその魔法陣に水魔法を使用するプロセスを具体的に思い浮かべながら魔力をこめる。
後はその魔法陣に念じると、水の魔法を初めに込めた魔力の分だけ起こすことが出来る。
魔力の込められる量は、魔法陣が描かれた物体と、魔法陣自体の形により決まる。
このことは人々に知られていない。
それは、魔法陣とは魔法を使用する時に使うものであり、それに魔法を込めるという発想に至らないということもあるだろう。
だが、それだけが理由であれば長い歴史の中で誰かが気付くはずだ。
最大の理由は魔法陣の理解の浅さにある。
魔法陣は、全ての人間に共通のものではなかったのだ。
―――魔法陣は、1人の人間に最適な魔法陣が1つだけ存在する
それが俺のたどり着いた結論。
その人物の心の状態を具現化した、唯一無二の魔法陣。
自分の相棒とも言えるそれを用いてこそ、人は魔法の真価を発揮できるのだ。
と言っても、俺以外に被験者は存在しないので、向こうから来た住人にのみ言えることかもしれないのだが。
そして2つ目は既に周知の事実である、魔法の補助。
魔法陣を使ったほうが、魔力の削減、イメージのし易さなど、様々な恩恵が得られる。
しかし逆に言えば、その程度の効果しかない。
だが、それは物理と科学の力が存在しないこの世界であればのことだ。
俺にとっては、魔法陣を使って引き起こされる魔法のプロセス自体に莫大な価値があった。
―――そして、それと組み合わせることで俺の「究理式」は「完成形」を迎えた
「《魔天楼》!!!」
そう宣言すると、辺りが突然暗くなる。
それも薄暗いという程度ではなく、まさしく一寸先は闇と言える状態の。
周囲から戸惑いの声が聞こえる。
中にはこれから何が起こるのかの恐怖の声も。
しかしそんな反応も、頭上に存在するものを見るとなくなってしまう。
上空数十m程の高さ。
そこには、光の塊が存在していた
広場を飲み込んでしまえそうなほどの大きさを誇る、太陽のような球体。
だが、それはどこか不気味な存在として皆には映ったことだろう。
光っていないのだ。
光の塊だと一目で理解できるにも関わらず、その光は広場を照らすことなく存在している。
頭上に太陽があるのに地上が照らされることが無いなど、何も知らないものにとっては恐怖を感じることだろう。
そして、その光は突如、巨大な光の柱と化して広場を飲み込んだ。
音も何も無く、光により蹂躙された広場。
辺りは広場の石畳が気化することで生まれた、蒸気に包まれている。
範囲を広場の戦闘区域だけに絞ったので、観客に被害はない。
まあ、直ぐ傍を当たれば致死間違いなしの暴力が通り過ぎたことで大半の人間が腰を抜かしていたが。
俺はその様子を蒸気で見えないので聞くことで推測し、上手くいったとほくそ笑んでいた。
そんな中、混乱した声が届く。
「れ・・・グランドさん!?
こ、これオルトバーン様死、死、死んじゃいましたよ間違いなく!?」
「落ち着いてください、セフィリアさん。
ほら深呼吸。」
「え、あ、はい。
すー、はー、すー、はー・・・」
(本当にやり出しちゃったよ、ほんの冗談だったのに。
まあそれだけ衝撃的だったってことか。)
だとしたら、成功だな。
「ですからグランドさん、貴方初めに殺しはしないと言いましたよね!?
どうするんですか、彼は貴族で、「四家」で、槍使いで――」
まだ混乱してるようだが、これ以上付き合うことに意義を見いだせなかったので止める。
「ええ。
その約束を守って私はちゃんと誰も殺さずに収めましたよ。
ほらあれ。」
「え?
・・・・・・・・・嘘・・・!?」
しばらくして蒸気が晴れる。
俺が指差した先に、オルト殿は無傷で呆然と佇んでいた。
光が直撃した地面は、深さ数mに渡って綺麗な円形に削り取られている。
ただし、オルト殿と俺が居る地面を除いて。
「あれだけの威力のものを食らって何故・・・?」
「いやいや。
地面見れば分かるようにそもそも食らってませんから。
それに私もさっきの範囲の中にいたのに生きてるんですから、そんなに不思議なことではないでしょう?」
さっきの《魔天楼》は俺ごと広場を蹂躙していた。
オルト殿のそれなりに近くに居たのでそうなったのもあるが、別の狙いもある。
「で、ですが確かに光に呑みこまれてましたよ?
あれだけの規模になれば、貴方たちだけに影響を及ぼさないようにすることなんて不可能です。」
確かにね。
魔法は大規模になればなるほど精密な操作が難しくなる。
そのために、総じて大規模の魔法というのはすべて、仲間がいる場面で使われるものではないという認識をされている。
仲間ごと焼き尽くす魔法など、倫理的にも常識的にもとても容認できるものではない。
俺のさっきの魔法もそう言う認識をされたようだ。
現に、この前までの俺だったらその通りだったのだから、その認識で正しいだろう。
「セフィリアさん、私は「完成形」と言いましたよ?
つまり、その問題点は既に解決済みと言うことです。」
完成とは何を指すのか。
それは人によって異なるだろう。
「威力」を求める者、「特殊性」を求める者、「秘匿性」を求める者、様々だ。
そして俺にとっての完成とは、魔法の「完全な制御」だった。
と言うよりは、もう問題点がそれしかなかったというのが正しいか。
「威力」は「究理式」なので当然問題なし、「特殊性」と「秘匿性」など、物理と科学を知らないこの世界の人々にとって完全に未知のものなのだから余りある。
あとは、指定した範囲以外にまったく影響を及ぼさないように「制御」するぐらいしか改良の余地が無い。
それが最も難しいことだったのだが。
上位魔法は頭の演算領域をすべて使う必要がある。
しかし、単純に威力だけを求めるのであればそこまでの負担にはならない。
負担の大部分は、使った時の余波を自分が巻き込まれないよう散らすために、さらに複数の魔法が必要だからだ。
それでも力尽くで強引に抑え込むために、「制御」と呼ぶにはお粗末過ぎる代物だった。
しかしそんな問題も、魔法陣を使うことで解消された。
攻性六芒星《ダビデの新星》
攻撃用の上位魔法専用に組み上げ直した、劣化版の魔法陣。
名前からも分かるように、形は向こうの「ダビデの星」の六芒星を基本とし、自分なりのアレンジを加えたものとなっている。
《グリモワール》の《ダビデ》の名の由来もそれだ。
ダビデの刃には、《ダビデの新星》を刻み込んであり、6本の刃は糸により魔力が繋がれている。
そして地面なり何なりに魔法陣を展開させてしまえば、後は俺の意思ひとつで自由に上位魔法が行使できる。
一度使ってしまえば魔法陣に込められた魔力はすべて消費されてしまい、ただの刃となってしまうが、そんなものは弱点足りえないほどの利便性があるのだ。
因みに糸が斬られた場合でも、数秒程度であれば魔力が繋がったままなので問題が無かったりする。
「・・・まあそこまで説明する義理はないか。」
「何か仰いましたか?」
「いえいえ何も。
ただ私がこういうことが可能な存在だと理解してもらえればいいですよ。
現に出来てるんですから。」
「う~そうなんですけど・・・
やはり気になると言いますか・・・」
知りたくて仕方がないといった様子の彼女に思わず苦笑したくなった。
(本当に好奇心が強いんだな、面白い人だ。
だが教えるのは不味いだろうな、やっぱり。)
これらを教えるとこれからのことに支障が出るし、下手したら世が乱れかねない。
魔法陣に魔法をストックさせるということは、魔法に詠唱が必要と考えられているこの世界の魔法のデメリットが無効になってしまう。
そんなことになったら、大国間の戦力図が塗り替わってしまうだろう。
それに、次の国ではこれに役立ってもらおうと考えてるので尚更だ。
「まあ、気にしないでください。
死にたくなければね。」
「う、は、はい・・・」
だから薄く笑みを浮かべてそう言うことで、軽く脅させてもらった。
セフィリアさんが退いたところで、オルト殿の元へ向かう。
俺とオルト殿が居た場所以外は数m陥没しているので、少し苦労しながらたどり着き、とりあえず身体を縛りあげていた《キキョウ》の糸を外す。
「うわあ!?」
身体を支えていた糸が急に無くなったことで体勢を崩し、落ちた。
頭から。
(なかなか痛そうだな。)
「オルト殿大丈夫ですか?
そうですか大丈夫ですかそれは良かったです。
それでは私は失礼します。」
「待て。
勝手に自己完結して帰ろうとするな。」
さっさと話しを切り上げて帰ろうと踵を返すと、腕を掴まれた。
「ちっ。
何ですかなんか用ですか。
言っておきますが先ほどの魔法については何も答えませんよ。」
「そこまで露骨な舌打ちを私は初めて聞いたよ。
それと、魔法についても教えてもらおうなどとは考えていない。
ただ、言わせて欲しいことがあったのでね。」
「?、なんでしょう。」
俺がそう言うと、彼は姿勢を正して深々と頭を下げてきた。
「ありがとう、私の我儘に付き合ってくれて。
しかもここまで思いっきり打ち負かしてくれたからか、気分も頗る良い。
戦う前の淀んでいた気持ちが嘘のようだ。」
「・・・それこそ気にするようなことではありませんね。
私のしたいようにしただけですから。」
「そうか。」
顔を上げたオルト殿は、実に晴れやかな笑みを浮かべていた。
「もう分かり切ってることだが、改めて言わせてもらおう。
この勝負、私の負けだ。
もうセフィリアさんのことは諦めることを誓う。」
「勘違いするなど阿呆。
誰が何時何処でそんなことを求めた。」
「え?」
驚いた様子の彼に続ける。
「この決闘の趣旨は、勝った方がセフィリアさんの婚約者となる、というものです。
どこに彼女を諦めるという言葉があったんで?」
「いや、そこは普通に考えればそうなるんでは・・・」
「私が貴方を徹底的に叩きのめしたのは、貴方が色々ととんでもない勘違いをしていてむかついたからです。
それがなくなった今の貴方なら別に不満もない。」
「そうなのか?
だが、婚約者がいるのなら諦めなければなるまい。」
「本当に彼女が好きだというのなら、そんなもの気にしないでアタックすればいいじゃないですか。
私としては、彼女が貴方と一緒に居たいと願うのであれば、それを邪魔する気もありませんしね。
頑張ってください。
彼女の意見を捻じ曲げてまで、私はともに居ようとは思いません。」
「・・・そうなのか。
まったく、敵わないよ君には・・・」
「それはどうも。」
俺はそこで今度こそ踵を返し、周囲の人々に向き直る。
「それでは皆さん。
この度の舞台はご満足頂けましたでしょうか。
これでこの序章は終演でございます。
では、これにて御免。」
そう言い一礼すると、魔法でゆっくりと自らの姿を消していく。
それを呆然と人々が眺める中、俺はその場を後にした。
俺が姿を消してしばらくの後、広場に歓声が響いた。
ルッソの街のとある路地裏、そこで俺は魔法を解く。
「ふむ。
これもうまく機能していたな。
まあ《摩天楼》が問題なく制御出来てたから当然か。」
光の「屈折」「回折」「反射」により、姿を消すことのできる利便性の高い魔法。
先ほどの《摩天楼》も同じく、光を利用したものだ。
周囲の光をひたすら集めて固め、それを一気に解放する魔法。
「発光」という、光を発することによるエネルギーの減少すらさせずに集めた純粋の光の奔流は、人の想像を超えた威力を発揮する。
(この暗がりなら大丈夫か。)
そう考え、「偽装」魔法を解除し、付けていた眼帯を外す。
そして笑みを浮かべる。
「・・・かくして、舞台の幕は揚がり切る。
次の演目はもう間もなく。」
俺はどうやら、深く付き合った人間には「良い奴」とか「優しい」といった評価をされやすいようだ。
さっきのオルト殿もそんな反応だった。
こんなことを計画してるというのに。
(そんなわけがないと思うんだがな。)
オルト殿に投げかけた疑問。
縋らなくては生きていけないほど、何かを頼りにしなくては生きていけないほど、お前は、そして人は弱い存在か?
答えは『是』。
人は必ず何かを拠り所とし、それに縋ることで生きていく。
それは当然のこと、俺もそうなのだから。
しかし、俺にとってのそれは他人とは違う。
他の人は常識だったり、友人だったり、家族だったりするのだろう。
俺の拠り所は―――
「よお、兄ちゃん。
こんなところ1人で歩いてると危ないよお?」
「そうそう。
俺らみたいな悪ーい男たちにつかまっちゃうからさ?」
「まあ、もう遅いんだけどね、ギャハハ!」
考え事をしてるところで、耳障りな声がする。
近づいてることは認識してたのだが、もしかしたらただの通りすがりかもしれないので放っておいたのだ。
気が付けば、クズが5ついた。
(こういうことにならないように、評判を上げて、実力を見せてきたんだがな。)
ここは薄暗いし、そもそもコイツらその手の話に疎そうだ。
「おいおい、怖くて声すら出せないってのか?」
「持ち物全部差し出してくれれば何もしないよ?
良心的でしょー?」
その馬鹿さ加減に溜息を吐く。
「一度だけ言っとこうか。
消えろ、死にたくなければ。」
「ああ!?
てめえこの状況が見えね―――」
「はい残念。
それではまた来世、て会いたくもないな。」
言った言葉には責任を持たないとね。
宣言通り、殺すために動く。
「な、なんだこれ!?」
「動けねえ!動けねえよ!?」
「てめえこんなことしてただで済むとでも思ってんのか!?」
「た、助けてくれマッちゃん!」
「無理言うなよ!?
俺もだ!」
「なかなか個性ある面々だな。
それではまずこっちのから行こうか。」
キキョウの糸で縛り上げたクズどもの端、小太りの男に近づく。
「な、何をする気だ?」
表面を取り繕ってはいるが、顔は恐怖で染まっている。
俺は何も言わずにその男の頭を鷲掴みにする。
そして、ゆっくりと力を込めていく。
「お、おい?」
力を込めていく。
「おい!?
止めてくれ、死んじまうよ!?」
力を込めていく。
「頼む!、なんでも言うことを聞くから!?
だからお願いですからどうか、あああアアアアアア!?」
パキョッ
小気味のいい音を上げ、男の頭が砕け散った。
辺りに血と脳漿、頭がい骨が飛び散る。
「何だよ、お前・・・?」
誰かが呆然と呟いた。
俺は吹き出す血を浴びながら。
「さて、次は誰にしようか。」
淡々と作業を続けていった。
「ふむ、若干気が紛れたな。
あんな「もの」でも幾分かは役に立つらしい。」
浴びた大量の血を、以前のように魔法で洗い流しながらひとりごちる。
眼下に、5つの頭の無い死体を目にしながら。
情報収集も兼ねていたので、コイツ等がなんなのか少しは分かった。
人を捕まえて、奴隷として売り飛ばすのを生業としていたようなので、それなりの蓄えがありそうだ。
さっき聞きだした資金の隠し場所に、後で回収に向かうとしよう。
奴隷の方は、既に売り払った後のようらしいので居ないだろうが。
(一応この国では禁止されているはずなのにね。
闇はどこにでもある、と。)
そんなことを考えながら、思考を戻す。
俺の拠り所とするもの。
―――それは『自分』
何のことは無い、ただ全ての行動の起点が「自分」であるだけ。
だから気に入らないことは全力で駆逐する
気に入ることだけをひたすらし続ける
ただ、己の欲望のままに
今までの行動も、全てその信念の基のもの
(さて、果たしてこんな考えの人間が「優しい」などということがあるのかね、皆さん。)
だからこそ俺は今回の決闘を引き受けた。
気に入らないことを排除するために。
その結果、想像以上に有意義なものとなった。
気に入らない糞野郎をぶちのめした
その男の人格を、自分が気に入らないということで改心させた
「グランド」の強さを観客たちに刻み込んだ
「グランド」がまっすぐな気質であることを示した
グリモワールの動作確認が出来た
《ダビデの新星》の効果を実証出来た
上位魔法という脅威を印象付けさせた
その上位魔法に巻き込まれておきながら無傷で居られたことから、「グランド」がそう簡単に傷つけることが出来ない存在なのではないかという疑念を持たせた
最後に、どこかコミカルな印象を与えることでウケを良くした
何より、貴族、それも「四家」というビッグネーム相手に大立ち回りを演じた
(ここまですれば、後は勝手にことが進んでくれる・・・)
そこまで思考を纏めたところで、不吉な笑みを浮かべる。
「さあ、ここに極めて有用な駒がいる。
貴方の立場ならすることは決まってるよな。」
ここにはいない、その人物へと言葉を贈る。
決して届きはしないにも関わらず。
「貴方からのお誘い、楽しみにさせて頂きます。
デルト王、ガイアス・デルト・エルデルフィア様。」
そこで1つ、疑問が浮かぶ。
もし誘いがなかったらどうするか。
愚問だ。
答えなど分かり切ってる。
(その時はこの国が滅びるし、滅びなくてもそんな無能な王など俺が滅ぼす。
ただそれだけのこと。)
そう、ただ、俺の「自分」の欲望のままに
そして、俺は顔を見せないように、決闘が終わったら隠れるように言っておいたレオンたちと合流するために歩き出す。
嫌いなクズ連中だったからという身勝手な理由で生み出した、凄惨な死体を残して。
面白いと思ってくだされば、どうか評価を