32話 苦手
遅くなりました
さらに、今回話が長くなりそうだったんで2分割することになりました
ほのぼのとした場面を書いてみたかったんです
次話で話が進み始めます
次はできるだけ早く投稿するんで、どうかお許しください
あれからさらに10日、つまり依頼を終えてから20日が経過したことになる。
俺はその間、武器の作成、知識の吸収、仲間の指導の他にも力を入れていたことがある。
それは人助けである。
はっきり言って俺の柄ではないのだが、これにはちゃんとした目的、人望を集めるため、というものがある。
人に好かれるというのは重要なことだ。
好かれている人間と、嫌われている人間では、何かをした時に与える印象に天と地ほどの差がでる。
例えば、目の前に1人の老人が居たとする。
その人は重そうな荷物を持っていた。
さてここで、その荷物を持って上げようとしたらどうなるだろうか。
好かれている人間ならばそのそれは素直に受け入れられるだろう。
だが、嫌われている人間ならば?
答えは簡単、絶対に警戒される。
下手したら、厚意で申し出ているにも関わらず持ち物を盗もうとしてるとされ、警備に突き出される。
人望とはあって困るものではない、だから俺は率先して人助けをするようにしている。
と言っても、慈善事業を行うほど人が良くはないので、最小限の金や金品は受け取るが。
もし無償でやったら、それは相手に何か企んでいるのではないかという無用な警戒を与えるし、純粋な厚意であり意図はないと認識されるようになったとしても、そうなると今度は俺を利用しようとするものが現れるようになるだろう、そんなことは御免だからだ。
ネストの冒険者にも、親切に相談にのったり、得た知識を用いて軽く講義のようなことをしているため、今ではこの街の冒険者や民の間では、俺たちはかなり人気者になっている。
初めに徹底的に恐怖を植え付けたため、いきなり親切にされだしたことに困惑するものばかりだったが、あの時の俺と親切な時の俺の大きな落差により、あっさりと皆好意的になっていった。
さっきは嫌われている人間は変な邪推をされると言ったが、俺の場合は嫌われているのではなく畏れられているので、そんなことはなかった。
嫌われてるならば相手に反撃を許してしまうが、畏れられているならばこちらが一方的に行動できるからだ。
いきなり親切にされて混乱してるうちに、さっさと俺の厚意を心に植え付けさせてもらった。
強引だが、損をする人間はいないので構わないだろう。
もっとも、そんなことをしてれば俺を軽く見てちょっかい、具体的にはエルスとルルに粉をかけようとするなど、をかけてくる人間がいる。
当然そういう輩には断固とした手段を取りさっさと消えてもらうようにしている(殺してはいない)。
俺がただ優しい人間ではないということを効果的に示すことが出来るので、実に都合がよかった。
それなりに苦労はしたものの、今ではなかなかの成果を上げることに成功している。
さて、何故俺がいきなりこんなことを語っているのかと言うと。
今、そうしておいて良かったと心の底から思っているからだ。
朝と昼の境、皆でネストへの道を歩んでいる。
その中で俺は、顔が赤くなることを抑えられないでいる。
普段ならば気にしない周りからの視線が、非常に痛い。
周りの目は、エルスに向かい、ルルに向かい、そして最後に俺に向かう。
そして皆、何か納得したような顔をするのだ。
声高に叫びたい。
彼女らの恰好は、俺の趣味ではない!、と。
しかしこのような状況では、そんなことをしても逆効果である。
余計に誤解を深めかねないので、黙っているしかないのだ。
(油断していた・・・)
後悔の念が心を満たす。
それと同時に、俺の目がこの事態を引き起こした張本人に向かう。
つまり、クルスへと。
「そんなに怖い顔しないでくださいよ、目の保養になりませんか?」
「ならん。
むしろ目の毒だ。」
笑顔で言ってくるクルスの言葉を、微塵もためらわずに切る。
似たようなやり取りは、もう何度も繰り返している。
その度にクルスには笑顔で受け流される。
それは普段俺が使っている手なのだが、相手に使われるとこれほど厄介なものだとは。
いや、分かっていたからよく使っていたのだが、だからこそ性質が悪い。
もう何度目か分からない溜息を吐く。
唯一の救いは評判を高めていたことにより、周りから微笑ましいものを見る目で見られることはあっても、否定的な視線を送られることはないことか。
もし誤解を、いや誤解はされているようだから、いかがわしいような誤解をされていたらと思うとぞっとする。
改めて、自分のこれまでの素行のよさに感謝する。
と言っても、多分コイツはその辺も考慮に入れた上でこんなことをしたのだろうが。
恐らく、周りから冗談ととらえられるまで俺の評判が良くなるのを待って居たために、ここまで遅くなったのだろう。
そしてここまでの間何もなかったことで、俺もネストキーパーとの話合いが終わった時に彼らが企んでいたことは、企画倒れになったのだと判断してしまっていた。
実に巧妙な男である。
まさか、俺が足元を掬われるとは。
彼女たちに再度目を向ける。
白い清潔感のある布地
そしてその穢れの無さを守るためにエプロンを着用
布の端にはフリルがふんだんに使われている
向こうの人間の、一部の者が異常なほどの熱意を向けるその服装
街中では間違いなく奇妙な服装であるのに、見た目の麗しさからか不思議と違和感が無い。
彼女たちが着ているのは、紛うことなきメイド服である
早朝、俺は女性陣の部屋に来ていた。
前回はレオンが担当したので、今日は俺。
最初のような賭けは、俺が10連勝したことで飽きたからもう止めた。
よって今は、一日交替の当番制なのだ。
ちなみに、レオンが担当した場合のあいつの致死率は堂々の8割である。
ここまでくるともう何かに憑かれてるんじゃないかと思える。
馬鹿だ。
ともかくそんなわけで今俺はここに居て、さっさと起こそうと思いまずはノックをする。
返事が無い。
再びノックをする。
返事が無い。
これをいつもは5回まで繰り返す。
多いと自分でも思うが、念のためだ。
そしてそれでも起きないときは・・・魔法を使う。
「振動」で目覚まし時計程度の音を起こすのだ、ここまでやれば流石に誰でも起きる。
そして普段であれば、いつも魔法を使うところまで行くのだが・・・
「ど、どうぞ!」
今日は珍しく、というか初めてノックの段階で返事が来た。
こんな些細なことなのに、なにか感心してしまう自分がいることに苦笑する。
・・・何故か、意を決した、というふうな返事であったことが気になったが
まあそんなことはどうでもよかったので、返事が来たからには大丈夫なのだろうと思い扉を開けて―――
―――すぐに閉めた
(おかしい・・・?
妙な幻覚が見えた。)
困惑しながらも、今のは見間違いなのだと言い聞かせて再度開ける。
「あ、あの!
レイ様どうで―」
ドガンっっ
およそ扉を閉めたとは思えない音が響く。
とりあえず俺は深呼吸を繰り返す。
今のままだと、元凶に襲いかかってしまいそうだったからだ。
そうして落ち着いたので、呼ぶ。
「・・・これは、何の真似だ?
クルス。」
「おや、何故僕だと?」
「貴様がそんなところで隠れて笑っているのをみて、これを仕組んだのがお前だと思わない奴はいまい。」
怒りから貴様呼ばわりになってしまった。
もう少し粘るかと思ったのだが、あっさりと廊下の角に隠れていたクルスが姿を現す。
次いでにニヤけたレオンも。
今すぐレオンでこのもやもやした思いを発散したい思いに駆られるが、自制する。
今は話を聞くことが先だ。
そんなことを考えていたのと、外見とは裏腹に動揺しまくっていたために、俺は情けないことに接近してくる2人に気付かなかった。
「うおお!?」
そして見事な連携で、部屋の中に押し込まれる。
直ぐに体制を立て直すが、力のベクトルを変えることはできず、あっさりと部屋の中へ入ってしまう。
そして、メイド服という、嵌ってしまったら人として何か大事なものを失ってしまいそうな服を着た2人が目に入る。
「ご主じ―(2人)」
「よーし、それ以上言うなよ?
いったら俺は何をしてしまうか分からんぞ。
もしかしたらこの街を消してしまうかもしれん。」
再び悪夢が繰り返されそうになったので、言い切る前に何とか止めさせた。
ちなみに冗談ではなく本気であった。
「それで?、何故そんな恰好をしている。
しかも何でよりによってそんな周りの劣情を煽るような服なんだよ・・・」
そう言うと、女性陣は顔を赤くした。
良かった、どうやら羞恥心を捨てたわけではないらしい。
向こうのメイド喫茶にあるようなスカートを短くした代物なので、抵抗なく着ていたら俺は彼女たちから離れていただろう。
とはいえ、その服装で顔を赤らめられると想像以上に可愛らしいのでやめてもらいたい。
いくら俺とて、決して色欲を持ち合わせていないわけではないので、完全に目の毒だ。
顔が赤くなるのを意志の力でねじ伏せる。
「その、クルスがこれを着ればきっとあなたの気が引けるだろう、と。」
「それで私たちあっさり口車に乗せられて・・・」
ルルとエルスが順に答える。
「うん、確かにひけるな。
「引く」ではなく「退く」だけどな。
君らも、俺がそういうものが嫌いなことは知っているだろうに、何故騙されるんだよ。」
「そ、そんな!?」
「クルス、話が違うわ!?」
俺が答えると、2人が悲鳴を上げる。
しかしクルスはどこ吹く風である。
「いえいえ、そんなことはありませんよ。
義兄様も照れ隠しにそんなことを言うなんて酷いですね、そんなに動揺しているのにそんなことを言っても説得力はありませんよ?」
「ぐ・・・」
図星を突かれたために思わず反応してしまう。
はっきり言って、俺はこの手のあざといというか何というか分からないが、とにかくいろんな意味で恥ずかしいものは嫌いだ。
嫌悪していると言ってもいい。
だが、この2人に非常に似合っているというのもまた事実なのである。
動揺してしまったのはそういうことだ。
クルスの言葉と俺の反応から、2人の顔が羞恥と希望の色に染まる。
(求めてるのは、褒め言葉なんだろうな。
しかし、服に縋ってまで容姿を褒めて欲しいものなのかね・・・?)
女心は多少分かるものの、恋心は理解できない俺としては理解に苦しむ。
まあ、言葉で済むのならさっさと終わらせてしまおう。
恥ずかしくてたまらない。
「・・・2人とも良く似合ってる、可愛いよ。」
少し迷ったが、当たり障りの無い言葉を笑顔で口にする。
そうすると2人は喜色満面になる。
まるで夢見る乙女のようである。
・・・いや、その通りなのか?
(何と言うか、この程度の言葉でここまで喜ぶとはね・・・
これからはもっとこまめに褒めるとしよう、こんなことがまたあってはたまらない。)
今回のことを教訓にし、これからはもう少し感想を素直に表すようにしようと心に決める。
だが、それは遅かった。
その後、俺はあれよあれよという間に主導権を握られ、この姿の2人とともに行くことになってしまった。
・・・まあ正直に言ってしまえば、服のおかげで褒められたと勘違いした2人に、いつぞやの昼食時と同じように押し切られただけなのだが
そして今の状態なわけである。
今は指導を終えた4人の慣らしの実戦のために依頼を受けようと、ネストへと向かっているところだ。
4人とも、自分なりの戦いかたの雛形のようなものを作り上げることに成功している。
それを試そうとしているのだ。
だからさっさと依頼を受けてしまい、戦闘用の服を着るように仕向けてしまえ、と考えている。
そう、考えていたのだが・・・
「お願いします!
どうかセフィリアさんとの仲を認めて頂けませんか!?」
「駄目だと言っておるだろうが、糞餓鬼がっ!
さっさと還れ!!」
「そこを何とか!」
「聞こえんかったのか!?
さっさと土に還れ!
そして2度と甦ってくるな!」
「そ、そこまで言いますか!?」
今は早朝とはいかないものの、それなりに早いと言える時間だ。
だというのに今ネスト内の受付で、まったく近所の迷惑を考慮に入れていない大声が響き渡っている。
暴言を吐いているのが、想像通りネストキーパーのディック殿だ。
常人なら竦みあがってしまいそうな剣幕である、流石だ。
だが、彼と口論?している人物は、それを見て冷や汗を流してはいるものの、耐えている。
こちらもなかなかの胆力だ。
その2人を見て、近くにいるセフィリアさんはうんざりとしていた。
「・・・なあ、あれ何なんだろうな。」
「さあ、俺に聞くな。」
「そうだな、お前に聞こうとした俺が完全に間違っていた。
まあ話から察するに、あの男がセフィリアさんに縁談を申し込んだんだろうな。
それをディック殿は断固拒否、話は平行線へ、そんなところか。」
「分かってるなら聞くなよ。
まあいつものことだが。」
俺たちはそれを、ネストの入り口付近でどうしたらいいのか分からずに観察していた。
することもないので、レオンと軽口をたたき合いながら。
「しかし相当人目を集めていますね。
朝からあそこまで大声を出していれば当然ですが。」
「ディックさんもあの方も、周りへの迷惑を考えてくださればいいですのに。」
「まったくね。」
「君らもだからな!?
あれと同じくらい人目も引いてるし、俺にはあれと同じくらいの迷惑をかけてるからな!?
恥ずかしくてたまらないんだよさっきからさ!」
自分のことを棚に上げた発言に、思わず大声を出してしまう。
それと同時に、抑え込んでいた羞恥心がカマをもたげる。
確かにあれはかなり目立つ。
だが、正直あれよりもこっちの方が性質が悪いと思う。
何せ、絶世と言っていいほどの美貌を持っている2人がこんな服装をしているものだから、男の関心のみならず、恐ろしいことに女性の関心まで誘っているのだ。
それを率いているのが俺というのは既に周知の事実、当然俺にも視線が集まる。
(自分がここまでこの手のことに弱いとは・・・)
新たな事実に内心驚愕するしかない。
そこで、顔を赤くして俯く俺に笑いかけてくる2人。
「ふふ、すみません。
顔を赤くするレイ様が新鮮でついやりすぎてしまいました。」
「貴方は滅多に動揺しませんからね。
ですから面白くて。」
「・・・はあ。」
笑顔に毒気を抜かれてしまった。
まあ、理由があるならばまだましか。
そう思うことにして、もうこのことは気にしないことにする。
「ま、2人とも素で綺麗なんだからそんな服に頼らんでも大丈夫だ。
それに別に今日は服のおかげで褒められたわけじゃなく、普段は言う機会がないから言わなかっただけだ。
だから、こういうことはもうやめてくれよ。」
「あ・・・」
「ん・・・」
そう言って2人の頭を困ったような顔をしながら撫でる。
なんかやっといつもの自分が出せるようになった。
2人が顔を赤くしてうっとりとするのを見て、周りが歓声を上げるが無視する。
(さっさと話終わんないかね。
依頼が受けられん。)
そう思いながらネストの中へ目を向ける。
(お・・・)
すると偶然、ディック殿と目があった。
すると彼は考え込み始める。
そして、何かを思いついたらしい。
正直、嫌な予感しかしない。
「皆、ここに居てこれからの成り行きを見守っていてくれ。
俺はちょっと身を隠す。」
「え?(皆)」
返事を待たずにさっさと消える。
今更意味もないと思うが、なんとなくそうした方がいい気がしたのだ。
―――さて、面倒なことにならなければいいが
その思いが叶えられることは無かった