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異世界の愚か『もの』 ~世界よ変われ~  作者: ahahaha
始まり ~生と死の森の中~
3/84

3話 魔法

「グルルルル……」


目の前の虎は血走った目で令を見る。

4本の脚はそれぞれ子供の胴ほどの太さを誇り、その顎は令の頭などひと口だ噛み砕けるだろう。

そして一番の存在感を誇るその刃は、間違いなく人ひとりぐらいなら真っ二つにできると確信できるほどの鋭い輝きを放っている。

しかし彼はそれを見ても怖くはなかった。

いや、恐怖よりもある感情のほうが勝っているためそう感じていた。

それは困惑。


「手負い・・・?」


その獣は誰がどう見ても重傷と断言できるほどの傷を負っていた。

常ならば光を反射して白銀に輝いているであろうその毛皮は血でまみれている。

そして腹は大きく裂け、細かいが、それなりに深いと思われる傷が全身に刻まれていた。


(どういうことだ?

 まさかこの森にはこんな化け物をズタズタにできるような生物がうようよいるのか?)


目の前に在る存在が間違いなく自分よりも強大であるにも関わらず、その存在が今にも倒れそうなほど弱っている事実に、令は動揺を隠せずにいる。

猛獣を前にして彼が無駄な思考をできる余裕があるのは、銃があるからだ。

武器さえあれば、ただでさえ死にかけの目の前の存在などどうとでもなると考えてしまった(・・・・)


「とにかく今はこいつをなんとかしないとな。

 いやはや、これがあってホントによかった。」


そう言い令は軽い気持ちで銃を構え引き金を弾く。

彼は忘れていた、ここが異世界だということを。

的が大きい分、狙いをつけるのは容易かった。

銃口から放たれた凶弾はまっすぐに虎へ向かう。



そして、甲高い音を響かせて容易く弾かれた。



「ンなッ!?」


想定しなかった結果を前にし、思考が一瞬止まる。

それは敵を前にやってはいけない一番の愚行。


「ゴガァァッァァッァ!!!!」


虎は銃弾を意に反さず、令へと飛びかかって来る。

集中してさえいれば令でも何とか避けられる速さだったが、思考が止まっていた彼には脅威でしかない。

幸いにも刃の部分は当たらなく、咄嗟にしゃがみ込むことで直撃は避けられた。

だが、服が爪に絡め捕られ数メートルの距離を弾き飛ばされる。


「がはッ、ごほごほ・・・」


強かと木に叩き付けられ、思わず咳き込む。

今の一撃でTシャツはぼろ雑巾のようになってしまった。

そんな状況でも銃を手放さなかったのは流石といえる。


(これじゃあ駄目だな。

 何とか距離を取り時間を稼がねば・・・)


正直距離を取ったところでどうしようもないのは百も承知だ。

だが、ここで無様に痛みに悶えているよりはましだろう。

令はそのようなことを考え、動いた。

立ちあがり、激痛にしびれる体に鞭打ち駆け出す。


「向かうならあっちだな・・・!」


令はそう言い、下り坂となっている方へ向かう。

何故下り坂?と思う方がいるかもしれないが、虎といった四足動物は重心の関係上、総じて下り坂を苦手とするのである。

追い詰められた状況でよくここまで冷静でいられるものだ。



令はただ走る。

生き延びるために。



「ガアアァァッァァァ!!!」



虎もまた走る。

生きる糧を得るために。









「はあ、はあ、ああくそ・・・

 なんであの傷であんなに動けるんだあいつは。」


令はひとりごちる。

今彼は逃げる途中で見つけた横穴へと逃げ込んでいた。

入口は草に隠れていて外からは見えず、穴の大きさも虎は入ってこれない程度という都合のいいものだった。

その奥で荒い息を落ち着けようと努めている。


「非日常の住人になれたという事実に浮かれすぎていた・・・

 こんな状況になることくらい予想して然るべきだというのに。

 まったく情けないものだ。」


皮肉げな笑みを浮かべるが、頭を振り現状の打破を目指す。


「これが通じないとはな・・・

 結構な自信作だったんだが。

 そして現在これが俺の持ちうる最強の駒である以上、残るは素手か。

 でも人間が素手で対抗できるのは大型犬サイズまでの動物が限界って聞いたな。

 あれはどう見ても大型車ぐらいのサイズがあるわ、そもそも銃弾弾くわで無理。

 罠なんかも時間さえあれば何とかできる自信があるが、その時間がない。

 ・・・・・・詰んでね?」


令は口ではそう言うが、その表情は緩み、笑みさえ浮かべる。

当然、何か手が有るわけでも、気が狂ったわけでもない。

だが、今のこの状況が彼には楽しかった。


(生きるか死ぬかを決める、最も根源的な争い!

 元の世界ではまず味わえない、この極限状態にここまで心躍らされるとは!

 俺って実は戦闘狂だったのか?

 いや違うな、俺はただ、向こうで感じていた「ずれ」が解消されるかもしれないことを喜んでい るんだ。

 いや、今はそんなことはいい。

 この世界を楽しむためには、あの虎をどうにかしないとならないのだから。)


事実、今も横穴の外では虎が令を探して歩きまわっている。

先ほどの一撃で血を流していたので、遠からず匂いで見つかってしまうだろう。


「結論としては、今の俺ではどうしようもできない。

 そう、「今」の俺では生き延びれない・・・」


令は獰猛な笑みを浮かべると、自分のこれからの行動を口にする。


「簡単なことだ。

 「今」の俺に不可能ならば、これからあいつに対抗できるだけの「もの」を身につければい い。」


この夢物語を聞けば、多くの者が正気を疑うであろう。

どうしようもない、ただ死を待つしかない状況になったせいで、狂ったのだと。

そんな「もの」が都合よく在れば、誰も苦労しないのだから。

しかし、彼には確信があった。

この世界に来た時から、感じていた身体の違和感、まるで自分の中に新たな命が芽生えたような感覚。

始めは無視してしまえる程の僅かな感覚でしかなく、異世界に来たことによるものだと勘違いしていたので気づかなかった。

だがそれは、時間が経ち、令が命の危機を強く感じるようになるほど大きくなっていた。

まるで自分を使えと叫ぶかのように。


「使えというなら使ってやる。

 それでどうにかなるというのなら、な。」


普通ならそんな曖昧な感覚を信用するなどありえない。

しかも、自分の命がかかっているのだからなおさらだ。

それでも令は自分の感覚を信じ、その違和感が命じるままに、穴の入口へ銃を構え念じる。


「願うのは槍。

 すべてを貫く槍。

 命を奪い取る槍。

 己の敵を消すための槍!」


令は無意識の内にそんな言葉をつぶやく。

それは自身の創造をより鮮明にするための儀式。

彼は知る筈もないが、今彼が使おうとしている「もの」はイメージが何よりも重要だった。


使用者が望むことを、使用者のイメージの強さに応じて引き起こす奇跡


その技術はこの世界の者たちにはそう認識されている。

その認識は、厳密に言えば細かい間違いがあるが、大筋としては間違っていない。

彼は無意識の内に、その技術を行使するために最適な方法を採っていた。


「グルアアアァァァァ!!」


虎が横穴を見つけ、令を捕まえようと穴に頭と腕を入れてきた。

後わずかに届かないところにまで爪が届き、凄まじい威圧感と殺気を放ってくる。

だが令はそれを意に介さない。

今彼は、まるで自身が人間よりも上位の存在になったかのような不思議な全能感に満たされていた。

自分に敵はいない

まして、目の前の死にかけの存在に遅れをとるなどあり得ない

俺は今、世界の中心にいる

そんなとてつもなく分不相応で不遜な考えが、彼の頭を過ぎる。

彼は自分な中から溢れる感じたことのない力に、冷静さを失っていた。

虎の眉間に照準を合わせ、引き金を弾く。

とたんに彼の中から「何か」が吸い取られていく。

先ほど虎に放ったときとはくらべものにならない程の轟音と閃光。






そしてこれが、この世界で令が初めて「生き物」を殺した瞬間であり、




―――魔法を手に入れた瞬間だった。






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