25話 宣告
長らくお待たせしました!
サークルでしばらくできないわ、物語最新作はやりたいわで忙しかったんです。
しかも今回は主人公視点が無いという異色の構成になっています。
期待してくださっていた方すみません!
―――side ルルライン
重い空気の中、馬車の車輪が砂利を踏む音だけが響く。
その空気の中心の女性は難しい顔をして、必死というよりほかない様子で考え事をしている。
時々とても綺麗なその金色の髪を掻き毟ってしまうので、今は髪が乱れてしまっている。
その様子を私たちは心配しながら見ることしかできない。
ネストの方々は困惑しながら何度か何故こんな様子になったのか聞いてきたのだが、私たちはレイさんに彼らと相談することを止められてしまっているために答えられない。
正確には止められているのはエルスさんであり、会話自体を止められたわけでもないのだが、彼女には彼らと話をしている余裕がなく、私たちもエルスさんの恥になりそうな話を率先して語る気にはなれなかったので、自然とこんな空気になってしまった。
ただ、兄さんが予想外に的確なフォローを入れてくれたので、険悪な空気にだけはならずに済んだのだが。
私は改めて彼女を見る。
普段は血色がよくて誰もが振り向かずにはいられない美貌を誇る彼女が、今は蒼白で何かを恐れるかのように小刻みに震えながら自分を堅く抱きしめていて、10は老いて見えてしまう。
それでも十分美しい姿なのだが、普段の姿を見慣れてしまっている私たちにはかなりの違和感がある。
「ね、姉様、そんなに気にしなくてもいいと思いますよ。
あの人がそんなことをするとは―」
「クルス、そんな自分でも信じていないことを言ってもしょうがないですよ。
声が揺れてしまってます・・・」
その様子に耐えかねたクルスが、思わず励ましの言葉を口にする。
この中でエルスさんと一番親しい人間なので、今の様子は受け入れられなかったのだろう。
だけど、その言葉には説得力が全くなかった。
確かにあの人は、どこかに思いやりを感じるような行動をとることが多いし、優しいと断言できると私、いや私たちは認識している。
しかし、甘くはない。
やると言ったらどんな恐ろしいことでも彼はやってのけるだろう、それこそ何人人が死ぬ結果になろうとも躊躇わず。
そして、その業から目を背けず、すべてを背負って生きていく。
それはなんて強く、気高く、恐ろしく、そして
(なんて、悲しい生き方なんだろう・・・)
今回だってあの人はそうするはず。
もし答えが出なかったり間違ったりしたら、あの人の中では「エルセルス」という人間が消え、代わりに1人の人間を傷つけたという途方もない罪悪感が生まれる。
(誰もが何の得もしない、損しかしない結果。
それでもやるのでしょうね・・・)
そんなもの私は要らない
昨日の昼食や兄さんを弄ってた時みたいに、皆が笑顔の方がいい
クルスはバツが悪そうに黙り込んでしまっていた。
そして、他の人にも動きはない。
私はクルスの代わりにエルスさんと話すために、彼女の近くに移動して視線を合わせた。
迷子の子供のような顔で見つめられる。
「一緒に答えを考えましょうエルスさん。
私にも協力させてください。」
私が今の彼女の立場だと思うとぞっとする。
私たちの気持ちを理解した上で、容赦なく一番傷つく罰をあの人は提示してきた。
それを酷いとは思わない。
従者の立場なのに主人を傷つけてしまう行動を取ったのだ、普通ならその場で切り捨てられてもおかしくなかった。
それなのに猶予をくださったのだから文句をつけられるはずがない。
それで辛さがなくなるわけではないが。
(この人は強い。)
その辛さに押しつぶされながらも、答えを考えることで前に進もうとしている。
私だったら、まったく身動きが出来なくなっていることだろう。
(そして私には、ここまでの強さは無い・・・)
拒絶を恐れていまだ皆に、兄さんにすらも知らせていない隠し事を持っている私なんかより、比べものにならないほどこの人は強い。
―――それがとても悔しく、妬ましい
私は普段からずっとそう思っていた。
この人のようになりたい、強くなりたいと思っていた。
それはとても暗い感情だった。
あの時、その感情に引きずられてしまい、棘のある言い方をしてしまう程に。
そう思っていたはずなのに、今は力になりたいと思っている。
それが何故かは分からない。
でも、この思いはいずれ必ず私の糧となるという確信がある。
だから私はこの欲求に従う。
私が彼女に追いつくために。
「ありがとう、ルル・・・」
そう言って彼女は私を抱きしめてきた。
人とは思えないほど冷たい身体だったが、だんだん熱を取り戻していく。
さっきより幾分か落ち着いた状態になったエルスさんと私は会話を重ねていった。
(勢いだけでは人生そうそう上手くいかないものなんですね・・・)
あれから数時間後の今、私たちは言葉の難しさを目の当たりにしてまた落ち込んでいた。
いくつかの答えのなりそうなものは出てきたものの、それと確信が持てるものは無かった。
「普通に考えれば一番あり得そうなのは、「もう二度と命令には逆らいません」という言葉でしょうか。」
そう独り言のように口にするエルスさん。
それは世間の価値観からすれば、このような場合に間違いなく聞く言葉。
一般人であれば、結果がどうであれそれで満点の正解だろう。
でも。
「レイさんがそんな月並みな答えを期待しているわけがありませんよね・・・」
そのことを十分理解している私たちは同時に溜息をついた。
その言葉もあの人が相手であれば何の意味もなさないだろう。
一般の価値観からあそこまでかけ離れている人間を私は知らない。
普段はその面に助けられていたのだが、こういう時になると厄介極まりない。
普通の答えがすべて間違いに感じられてしまうのだ。
(これでいったいどうしろというのでしょうか・・・)
一瞬、本当に一瞬だけ、私はあの人に不信感を抱いてしまった
正解を出させる気はないんじゃないかと
本当は怒り狂っていて、ただ苦しませたいだけなんじゃないかと
(・・・バカですね、私は)
そんなことをしても、あの人に利点は何もありはしない。
もし怒ってたとしたら、ただ別れると言えばいいだけだ。
そもそもあれだけの目に会ったにも関わらず、彼は怒るどころか気にしてすらいそうに無かったのだ。
戦いの邪魔をされ、魔獣の渾身の一撃を受けたにも関わらず。
いつも暇つぶしにやっている、兄さん遊びをしていたのだから間違いない。
「まあ、まだ時間はあります。
ゆっくり考えましょう。」
「・・・そうね。」
そう言って私はエルスさんを励ますと同時に愚かな思考を切り上げ、相談を再開する。
クルスも仲間に入り、ここからは3人で話し合った。
依頼での異常事態の報告のために夜も走り続けるそうなので、残りは10時間ほど、それまでに何としても答えを探し出す。
こちらの話し合いに参加せず、ネストの方々の相手ばかりしている兄さんを訝しく思いながらも、私たちは話を続けた。
「もう我慢できるかーーーー!!!」
馬車の中に怒声が響く。
近くに居た私たちはその声に耳を痛くしながらも声の主を見る。
つまり、私の兄を。
「・・・・・・」
誰も何も言えない。
驚愕の表情で彼を見ている。
驚いているのは何もいきなり叫ばれたからではない、少しはあっただろうが。
残りの道程が残り2時間ほどになっても答えが出せず、すっかり葬式のような雰囲気に包まれていた空気を、この馬鹿兄が一瞬で壊してしまったことに何よりも驚いたのだ。
そしてそのまま、まくしたててくる。
「お前らはさっきから何そんなことでぐちぐち悩んでんだよ!
そんなに考えなくてもいいだろうが!」
その言葉にエルスさんが生気を取り戻した。
そして兄さんに聞く。
「レオン、あなた答えが分かるの!?」
「分からん!」
「死になさい。」
その答えに怒りで自身の限界を超えたのだろうか、そう端的かつ明快な宣告を口にした途端、無詠唱なのに大馬鹿兄の顔が水に包まれる。
「・・!・・?・・!?」
必死に許しを請う姿を全員が冷徹な視線でたっぷりと眺めた後、水の戒めが解かれた。
「ゲホッ、ゴホッ・・・!
酷い目に会ったぜ・・・」
「酷いのはあなたの頭です。
この大馬鹿兄。」
「る、ルル!
頼む、もっとましな呼び方をしてくれ!」
この人は何を考えて生きているのだろうか。
さっきの空気であんなことを言い出してしまう神経が信じられない。
その上期待させるような発言をしておいて、まったく答えを考えていなかったのだからなおさら信じられない。
私は大馬鹿兄を氷のような視線で眺めながら、笑顔で言う。
「あの空気であんなことをしてぶち壊した上に、期待させといて何も考えていなかったあなたなんて大馬鹿兄で十分です。
いえ、これまで全く発言をしていなかったあなたに期待なんかした私たちが間違っていたようです。
申し訳ありません。」
「本当にルルの言うとおりですね。
すみません大馬鹿兄さん。」
「でもさっきので空気自体は軽くなったからまた考える余裕ができたわ。
それだけは大馬鹿兄さんに感謝してもいいと思うわよ、2人とも。」
こんな大馬鹿は放っておいて話を続けよう。
その方針で意見が一致した私たちは、この後で妙なことを聞いた。
「お、お前らまで・・・
しょうがないだろうが!
俺はあいつに街に近づくまでお前らと話をするなって言われてたんだから!」
「はあ?(3人)」
どういうことだろう。
あいつというのは考えるまでもなくレイさんだ。
何故あの人はこの人と会話をするのを禁じていたんだろうか。
(もしかして、何か答えに近づけそうなことを知っているのかな?)
「それでお前はずっと俺たちの相手をしていたのか?」
「そうだ。
何もしないってのは暇過ぎてな。」
私がそんなことを考えていると、こちらに今まで一切話しかけてこなかったサムスさんがそう聞き、兄さんは肯定した。
とりあえず私は話を聞いてみることにした。
「兄さん、レイさんには他に何か言われたんですか?」
「おお、呼び方を戻してくれたかルル!
・・・でもその質問には詳しく答えられない。
ただ、「お前は時間になれば思うまま行動すればいい」とは言われたな。」
少し引っ掛かりを覚える言い方だったが、私の期待に沿うような答えは得られなかった。
でも、レイさんがそう言うってことは何かあるのだろう。
「兄さん、さっきは何故あんな神経を逆なでするようなことを言ったんですか?
流石に兄さんでもああなりそうなことくらい分かると思いますが。」
よく考えればいくらこの兄とはいえ、何の考えも無くあんな発言をするとは考え難い。
「いや、俺も答えは出していないんだが、そんなに悩むようなことだとは思えなかったんでな。」
「何故です?
現に僕たちはこんなに悩んでいるのに。」
「そりゃあクルス、あいつは「宿題」って言ってたんだぞ。
つまり必ず答えがあって、俺たちにでも答えられなければならないはずだろ。」
「あ・・・」
エルスさんがそういえば、といった様子で反応を示す。
「それなのにお前らが3人で悩んでるにも関わらず答えを出せていなかったから、あんなことを言ってしまったわけだ。」
なるほど、確かにその通りだ。
もしかして私たちはすごく検討違いな考え方をしてしまっていたのかもしれない。
エルスさんも同感のようで、考えこんでいた。
そんなことを考えてると、さらに追撃をかけてくる。
「それにいくらあいつがひねくれてるとはいえ、俺は今回はかなり簡単な答えだと思うぞ?」
「どういうこと?、レオン。」
「お前、あいつが本心からお前を無視したいと考えてるのか?」
「兄さん!、それは―」
それはエルスさんが一番気にしていること。
もしかしたら自分をただ捨てたいだけで出した難題なのではないか、と彼女を蝕む非情な考え。
だから私はその言葉を咎めようとした。
「そんなことはありえない。」
だが、絶対の自信を滲ませた声音で彼は断言する。
それはこちらの否定の言葉を一切受け付けないほどの強固さを感じさせた。
「あいつはお前と離れたいなんて考えちゃいない。
今回のだって主人と従者って立場上仕方無く言っただけだろうさ。
絶対に簡単で誰もが分かるような答えのはずだ。」
「・・・何故、そんなことが断言できるの?」
「勘だ。」
「・・・・・・(全員)」
再び沈黙が下りる。
(こ、この大馬鹿兄は・・・!)
私の心中は穏やかではなかったが。
「疑問ももっともだが、間違ってはいない。
絶対に。」
だが、そう言われた途端に怒りが収まった。
何故か信じられるような気がしてしまったのだ。
他の2人も同様らしい。
「・・・姉さま、僕もそう思います。
今までのあの人の行いからして間違いないと思いますよ。」
「・・・ありがとう。」
クルスもそう言うと、エルスさんの顔に自信の色が戻った。
もうさっきまでの自信のない様子は微塵も感じられない。
「実を言うとこれじゃないかというものはあったんだけど、こんな簡単な答えでいいのか自信が持てなかったの。
でも、さっきの言葉のおかげで自信が持てたわ。
自分の考えにではなく、私自身に。
ちょっとは自分のことを信じてみるわね。」
笑顔でそう言う。
私はそれを見て、安心すると同時に悔しさを感じていた。
(私は、役に立てなかった・・・)
エルスさんに自信を取り戻させたのは私以外の2人、いや実際は兄さん1人だろう。
最初にこの人の力になりたいと思っていながら、私は何もできなかった。
(なんて情けないんだろうな・・・)
と、そう考えていたら突然暖かいものに包まれた。
「え、エルスさん!?」
気が付くといつの間にかエルスさんに抱きしめられていた。
そして笑顔で語りかけてくる。
「ありがとうルル。
今回はあなたに一番助けられたわね。」
どういうことだろう、私はむしろ一番役に立てなかったはず。
その考えを見越したのか、言葉を続ける。
「あなたに最初に励まされるまで、私は結構限界だったのよ?
もう少しで何もかも諦めてしまっていたかもしれない。
でもそんなところをあなたに救われたの。
もしあれがなかったら私はさっきの2人の言葉も受け付けられなかったはず。
だから、あなたは私の恩人なの。
本当にありがとうね。」
そう言われた途端、私の心は温かさに包まれた。
(何故、最初に励ましていたはずの私が励まされてるんだろう・・・)
でも、悪い気なんかしない。
私はその暖かさにしばらくの間浸っていた。
そして、馬車は目的地に着いた。
―――side out
―――side エルセルス
街に着くとレイ様に連れられて、今は人どおりの少ない路地裏に居る。
そして、簡潔に聞いてくる。
「さ、宿題の答えを教えてくれ。」
冷静そのものの様子でそう聞いてくる。
「分かっているだろうが答えられなかった場合、その瞬間俺は宣言通り君をいないものとして扱うからそのつもりで。」
次に出てきたその言葉は、その様子にまったくそぐわない深刻なものだったが。
その様子に、さっきまでの自信がぐらつくのを感じる。
レオンの言っていた言葉は検討違いのことではないかと疑いを抱いてしまう。
だけどその考えを私は頭を振って飛ばす。
ここまで来てそんなことを考えてもしょうがない。
ならば、私の考えを自信を持って告げてしまえばいい。
それはきっとこの人にとって好ましい姿だろう。
これで終わりになるのなら、最後は毅然とした姿でいたほうがいいに決まっている。
(もし不正解だったら、ストーカーにでもなんでもなってやるんだから!)
そんな物凄く後ろ向きなことを考えたりもしていたが。
「・・・何か一瞬、身の危険を感じたんだが?」
「気のせいです。」
笑顔でそう言うと納得していない様子だったが気を取り直し、こちらの答えを待っていることを態度で示してきた。
私は目を閉じる。
クルスは、肉親として親身になって相談に乗ってくれた
レオンは、私に自信を取り戻させてくれた
そして何よりルルは、恋敵のはずの私を負の思考から救い出してくれた
これで、答えを間違えるわけにはいかない
まだ、この5人で一緒に居たいのだから
決心をして目を開ける。
「・・・決心はついたようだな。
答えを。」
深呼吸して、私は自分の答えを告げる。
「『強く』、なります。」
何故今回のようなことが起きたのか?
それは私が弱かったから。
あの魔獣に太刀打ちする術を持たなかったから。
自分の心を制御仕切る力がなかったから。
レイ様が私に力が無いと分かっていたから。
あれも、これも、それも。
今回のすべての負の出来事は、『強く』ありさえすれば回避できたことなのだ。
だから私は強くなる。
目の前の人物に自分の力を認めさせて、あんなことを絶対に起こさないようにする。
それが私の答え。
「・・・そうか」
その私の答えに対して、彼は表情に満足の色を浮かべた。
同量の悲しみを含めて。
―――何故、そんな表情をするのですか
もしかして間違ってしまったのだろうか。
「れ、レイ様?
もしかして、わ、私は・・・」
それ以上は言葉にならなかった。
自分の想像が、私にとって耐えられないものだったから。
しかし、彼はそれを否定した。
「違う。
それでもいいよ。
不安にさせてしまってすまなったな。」
「・・・・・・・・・はふう・・・」
その言葉に一気に力が抜けてしまい、崩れ落ちる。
すると、レイ様が一瞬で近づいて支えてくれた。
―――まるで抱きかかえるような恰好で
「ふえあ!?
あ、あうう・・・」
その出来事にすごい声を出してしまった。
一気に身体に熱が戻ったのだが、腰が抜けてしまい動かすことができない。
「そのままでいるといい。
楽にしなさいな。」
そう言ってレイ様は苦笑を浮かべる。
(そ、それはものすごく嬉しい提案ではあるのですが・・・!?)
この状況でいたら私は意識を失ってしまう自信がある。
もちろん嬉しさで。
そのため、必死になにか別のことを考えようとしたところで、都合よく気になることを思いついた。
「れ、レイ様!
ところでさっきの言い回しですと私の答えは満点ではなかったようなのですが、いったいどのような答えならば正解だったのでしょうか!?」
さっきこの人は「それでもいい」と言った。
まるでそれ以上の答えが存在するような言い回しだ。
「ああ、正解ね。」
だが、次の言葉に私は割と本気で殺意が湧いた。
「そんなもの無いぞ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・もう一度お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、正解ね。
そんなもの無いぞ。」
「一字一句変えずに答えてくださってありがとうございます。
では死んでいただけないでしょうか?」
腰の剣を抜き、自分でも信じられない速さでその首を薙ぐ。
だが、その手首をあっさりと抑えられた。
「危ないじゃないか。
それにだなエルス、俺は確かに「宿題」だとも「答え」をだせとも言った。
だが「正解」が存在する、なんて一言も言ってはいない。
あのときだって、君は「答えられなかった」時のことを聞いてきただけだったろ。
俺は罰を与えるのは、「正解」でなかったら、「答え」が「間違い」だったら、という時だとは言ってないはずだが。」
思い返してみる。
確かにその通りだった。
でも。
「それなら、それなら・・・!!
馬車での私の苦しさは全く意味がなかったということではありませんか!!??」
あの苦しさが、あの辛さが、まったくの無意味だったなんて!
こんな酷い人だったなんて・・・!
私は悲しかった
この人が、こんなことをする人だったことが
「無意味なんかではない。」
でもその言葉に私は彼の顔を見た。
そこにはとても真剣な表情があった。
「君は「答えを出す」という前へと進む行動を起こした。
俺の出した罰の重圧に耐えてな。
それはとても尊いものなんだぞ?
これで君は、答えを出すまえより確実に強くなった。
それに「宿題」には、ちゃんとと言ってはなんだが落第の条件もちゃんと存在する。」
ここでいったん言葉を切る。
「それは、「分からない」と答えることだ。」
その言葉に私は聞き入っていた。
「それは進歩を拒絶する考え。
すべてを諦めたものの言い訳。
前に進むことを忘れた愚か者の選択。
俺はそんな「もの」と一緒に行動しようなんて思うほど酔狂な人間ではない。」
ただ黙って聞いていた。
「君は前へと進むことで、俺に自分の素晴らしさを教えてくれた。
俺はそれを確かめたかったんだ。
傷つけてしまったならすまなかった。」
私にとって、重要なことのように思えたから。
「さて、君はこれでもまだ無意味だったと思うか?」
「いえ、納得とまではいきませんが、理解はしました。」
だから私は彼を許すことにした。
どこか釈然としない気持ちが残りはしたが。
そこまで口にしたところで、レイ様はいきなり私の頬に触れてきた。
「あ、あの!?」
「・・・こんな短期間でこんなになるまで悩んでいたんだな。
ここまで悩むとは思わなかったよ。」
そこで彼が何を気にしているのか気が付いた。
さっきまでのストレスで肌は荒れてしまい、髪はぼさぼさ、正直あまり見られたい姿ではなかった。
すると彼は目を閉じて、私の体を抱きしめてきた。
「ちょっ!?
れ、レイ様!?」
戻っていた顔の赤みが一気に再発する。
(嬉しいのだけどこんなところでなんて!?)
そんな考えが頭をよぎるが、それも一瞬のこと。
「ん、んあああぁぁあ!!??」
身体をいきなり強烈な快楽が襲う。
まるで自分の中のあらゆる不純物が浄化されるかのような筆舌に尽くしがたい心地よさ。
収まった時、私は肩で息をしていた。
身体がすっかり熱くなり、まともに思考ができない。
ただ自分の身体がどうなったのかは理解した。
さっきまで荒れていた私の肌や髪、その他あらゆるものが元通り、いやそれ以上に張りや潤いを取り戻していた。
いったいどんな手品を使ったのだろうか。
「本当にすまなかった。
謝って済むとも思わない。
だが、せめてこれだけはさせてくれ。」
(・・・ずるいです、レイ様。)
蕩けた思考の中で思う。
あそこまで徹底的に精神を痛めつけたあとに、こんな優しい言葉をかけてくるなんて。
そしてそれが不快なものだとは一切思えない。
―――もう、私はこの人から離れられないだろう
私は今のこの幸せに浸ることにした。
そのまま緩やかに時か進むのを待つ。
しかしそんな思考は抱きしめられたまま数分してからの、耳元で告げられた言葉に打ち消された。
「そのまま聞け、エルセルス。」
それは、一切の拒絶を許さない主人としての言葉。
私はさっきまでの浮ついた気分が吹き飛び、厳粛な思いで聞いた。
「強いというのは時にひどく理不尽なことだ。
強いということは、同時に弱いということでもある。
誰よりも強いものは誰よりも弱い存在。
そんな哀れなものなんだ。」
私にはその言葉の意味が全く分からなかった。
でも、ひどく大事なことに思えたので黙っていた。
「弱いものは強さを求めるだろう。
だが、強いものは弱さを求めるものだ。
この2つは似ていることのように思えるがまったく違う。
弱いものは強くなることで弱さから逃げることができる。
だが、強いものはその強さから逃げることはできない。
たとえ筋肉を断ったとしても、腕をもいだとしても、自分の強さから逃れることはできない。」
まだ分からない。
「強くなるというのは簡単なことだ。
ただひたすら前に進み続ければいいのだから。
だが、いつか本当の強さが試される瞬間が必ず来る。
そしてその時こそ君の真価が問われることだろう。」
ここで私はようやく、これがさっきのこの人の、満足と悲しみの表情の原因なのだと気付いた。
よく分からないが、おそらく今私は忠告を、いや宣告をされているのだ。
「今はわからなくてもいい。
今の君では理解できる内容ではないのだから。
だがこの言葉を理解できたとき、君はすでに強さを得た後で、手遅れだろう。
そしてもうそれから逃れることはできない。」
私は何も言えない。
「今ならば君は「強くならない」という進歩を選ぶことができる。
言ってもしょうがないことだとは思う。
でももう一度、よく考えてみてくれ。」
そして、この話は終わりを迎えた
すべてを理解していた者と、なにも分かっていなかった者を残して
なにも分かっていなかった者、私が、この言葉の意味を思い知らされるのはまだ先の話だった
―――side out
余裕があり面白いと思ってくだされば是非評価を