22話 偶然
とうとう累計ランキングに載りました!
みなさんどうもありがとうございます!!!!!
・・・恩を仇で返すようで大変恐縮なのですが、まだ終わりませんでした。
次で終わらせますんで、どうか見捨てないでください!
お願いします!
―――『銀』
こちらの世界では分からないが、向こうでは最も神聖な物質と言っても過言ではない。
西洋では霊的な存在、怪異の存在、そのような異質なものに対して、絶対的な優位を持つ物質だと信じられていた。
有名な話では、狼男を倒すには銀の弾丸を使わないと倒せないといった言い伝えがある。
それだけ人にとって、昔から神聖視されているものなのだ。
これまではその考えを大げさなものと考えてきたが、これを見せられてはそう笑っても居られない。
今目の前にいる存在の外見、その魔獣という言葉がまったく似つかわしくない神聖さは、見る者を残らず魅了してやまない。
それでいながらこの相手することが途方もなく恥知らずな行為に思えてくる、巨大な山を前にしたかのような威圧感。
生命として一種の完成形といってもいいのでは、そんな思いすら頭を過ぎる。
「なあ、いっそのこと懇願してみたら見逃してもらえるんじゃないか?」
レオンが冷静な表情でとち狂ったことをほざく。
しかも呆れたことに、それに誰も異論を唱えない。
その様子に戦いに向けて高揚していた心が急速に冷めてしまった。
思わず溜息が漏れる。
(完全に全員呑まれてやがる。
だが、それもしょうがないか。
あれだけの存在感があったら、思わず話が通じるんじゃないかと夢想してもおかしくない。)
だが、それはあり得ないことだ。
もし仮に話が通じたとしても子供が俺たちを殺そうとしても止めなかったのだし、人間の生き死にに対して無関心であることは明白。
さらにその子供を殺されたのだ、俺たちを殺さない理由の方が存在しない。
「阿呆、話が通じたとしてもあれだけ怒り狂ってるのにこちらの話を聞くわけがないだろ。
それに綺麗ではあるが行動に知性が感じられない。
つまりあれは本質はそこらの魔獣と変わらんのだ、正気に戻れ。」
窘め、冷静に奴、トカゲさん(仮)を観察する。
名前をサムスさんに聞いとこうかと思ったが、この様子からして知ってるはずが無い。
見た目だけで言えば確かに魔獣ではなく、むしろ聖獣といった言葉の方が適しているだろう。
しかしその怒りに燃え、足踏みと唸りを繰り返している姿は獣そのもの。
威圧感だって巨大ではあるものの、それは「強い敵」に対するものであり、神のような「上位の存在」に対して抱くものではない。
見た目に惑わされなければ、恐れは抱いても、決して畏れを抱くほどの存在ではないのだ。
「ですが、とても人間に倒せる存在には思えません・・・」
「私たちでは無理では・・・」
弱弱しい声でルルが、エルスが言う。
(駄目だ、弱気にもほどがある。
これはこれからの課題だな、この程度のことは人生において何度もあるんだ。
これで心が折れているようでは話にならない。)
だが感心なことに絶望から立ち直った者が居た。
「あなたなら、倒せるんですね。」
クルスだ。
出てきた言葉は昨日のレオンと同じ、疑問ではなく確認。
この中で唯一折れた心を立て直していた。
それは恐らく俺の強さに依存した無責任なもの。
だがそれでも、立ち直ったという事実はこれからの人生で同じ場面に直面した時、自分を保ち続けることの一助となる尊く貴重なものだ。
「ああ。」
だから俺は、その言葉が嬉しかった。
今ここでこの少年が成長したという事実に、微笑みが漏れた。
そしてそれを見たクルスの顔に安心と自信、そして悔しさが浮かぶ。
「では、ここはお願いしますね。
出来れば僕もご一緒したいのですが、足手まといであることぐらいは自覚しています。
・・・こんな無責任なお願いしか出来ない自分が情けないです。」
悔しさが表情だけでなく言葉にも滲み出ている。
そしてそれも、俺が彼らに望んでいたものの1つだった。
だからその頭をわしゃわしゃと撫でまわす。
「うわわ。」
「合格。」
「え?」
きょとんとするクルスだが、次の言葉に呆然とし、そして。
「自分の今出来ることを理解し、模索すること。
今俺が君らに求めていることはそれだった。
そして君は自分が出来る最善の手、何もしないということを選んだ。
これは簡単なようで難しい。
目の前で命がけで自分たちの為に戦っている(実際はどうあれ)のにそれをただ見るというのは、途方もないストレスと罪悪感を生む。
それに耐えきれた者だけがこの選択をすることが出来る。
罪悪感もなく、守られるのが当然と考える輩には生きる価値が無い。
レオンのように、身の丈に合わない行動をしようとする奴は悪意が無い分、そこらのクズより余程性質が悪い。
そのことを君は意識的であれ無意識であれ理解してくれた。
誓って言う、君は臆病者なんかじゃない、もっと自分に自信を持て。」
「・・・・・・」
「君は臆病者ではない、この中で一番俺のことを理解してくれている大切な仲間だ。」
「・・・はい、はい!、ありがと、ございます・・・!」
感極まったという風に涙を流した。
その様子に再び微笑みを漏らす。
「ご褒美に帰ったらお前の言う望みを出来る範囲で叶えてやるよ。
だからそんな泣くな。」
「ちゃ、茶化さないでください!」
最後にはそう言いながらも喜んでいた。
周りはこんな状況で和やかに会話している俺たちを呆然と見ていた。
状況の整理が追いつかないんだろう。
そして俺は頭を闘争心で再び満たす。
「じゃあ行ってくる、いつまでも待たせては悪いしな。
お前らは絶対に手出しするなよ、リズムが崩されたら堪らん。」
「えっと?
とにかく手出ししなければいいんですね、分かりました。」
恐らく理解されていないだろう言葉を残して走る。
だがこれくらいのことは分かり難くてもよく考えれば予想できてもらわないと困る。
「キュアアァァァァァ!」
改めて今甲高い声で叫んだトカゲさんを見る。
なぜか今まで攻撃して来なかったが今は動き始めていた、親切なことだ。
とりあえず小手調べと行こう。
そう考え、例によって速度を載せた蹴りを放つ。
こちらの動きに反応して尻尾をハンマーのような勢いで横に振るが、それを勢いを出来る限り保てるように最少限の動きで避ける。
そして爆発したかのような甲高い音が響く。
「がっ!!?」
だがダメージを受けたのはこっちだった。
蹴った右脚が痺れを訴える。
強化が甘かったら間違いなく骨がいかれてた。
トカゲさんは何事もなかったかのように微動だにせず、今度は尻尾を縦に振ってくる。
それを俺は障壁で受け止め―――ようとして止め、受け身を考えずに全力で後ろに跳ぶ。
天が落ちたかのような轟音が響き、地面が割れた
生じた罅はこの直径500mほどの広場の端から端までにおよび、爆心地では巨大なクレーターが出来ていた。
(洒落にならんぞこれは!
それに身体も硬いだけならまだしも、なんであんなに柔軟性があるんだ!?)
あいつらの方を見るが、慌ててはいたが被害はなかった。
だが、こちらとしてはなかなか不味い。
さっきの一撃で、見た目は同じでもトカゲさんの身体はさっきと同じ方法では決して壊せないことが分かったのだ。
奴の身体は信じられないほど硬い金属で、しかも粘りがある。
普通硬いものというのは、その分脆いものだ。
ダイヤモンドやルビーは向こうでは最も硬いと言われているものだが、それでも金槌を使えば割れてしまう。
しかしこいつの身体はそれらより遥かに硬くありながら、柔軟性、つまり粘りも十分という物質としての法則を無視した、金属として理想的な存在だった。
(あれじゃあ打撃を与えても衝撃を吸収されるから砕くのは不可能。
そして斬撃も効かないから、残るは魔法か。)
とりあえず、思いつく限りの下位魔法を使う。
爆発、放電、火炎、氷、土、風、水、・・・驚くほどまったく効かなかった。
特に放電が効かないのは驚いた。
普通金属は電気を通すものだが、トカゲさんの身体はどうも絶縁体の不純物を適度に含んでいるようで、電気を通さなかった。
だが収穫は2つあった。
1つは奴に身体は恐ろしく重いということ。
さっきの蹴りでも、暴風を起こしても、地面を持ち上げようとしても、微動だにしなかった。
さっきの一撃の破壊力は身体の硬さ、筋力、そして重さが揃っていたがゆえだったようだ。
もう1つは、甲殻の間を縫った攻撃すら封じられてしまうこと。
何度か試したのだが、切れ味に相当の自信があったナイフが、隙間にあったゴムのような柔軟性のある皮に阻まれた。
まるで「刃虎」の毛皮を相手にしているような感じだった。
・・・つまり、俺の収穫とはどれだけ自分が不利なのかということを再認識させるものだけだった
「キュア!!」
声とともに丸太のような尻尾を振ってくる。
どうやらこいつの主な攻撃手段はこれのようで、何度も同じことを繰り返していた。
だが鉄壁の防御力がある以上、それ以上に有効な手は存在しない。
向こうはダメージを受けず、こちらだけが避けることで疲弊する状況。
向こうも動いてはいるが、人間と魔獣の体力差など考えるのも馬鹿馬鹿しいというものだ。
その状況ではただひたすら振るだけでいつかは―――
「まずっ!??」
―――避けられない時が来る。
空中で実験の魔法を使った直後を突かれた。
縦振りの一撃が直撃コースで迫る。
やけに周りの状況が鮮明に分かり、遠くであいつらが叫んでいるのが判る。
体勢が悪く避けることは不可能。
無情に時が過ぎていく。
そしてその一撃は、
ズドムッッッッ!!
もう何個目か分からないクレーターを創り上げた。
膨大な土が舞い、トカゲさんの視界を覆う。
「キュアアアアアアアア!!!」
勝利の雄叫びを上げる奴は次の敵へと顔を向け―――
―――先ほど殺したはずの人間が目の前にいるのを目撃した。
その間抜け面に溜飲が下がる思いをする。
「あっぶねえ、もう少し判断が遅かったら手遅れだったぞ。
死んだらどうしてくれんだこの野郎。」
言葉ではそう言うが、さっきのは縦振りだったので正直それほど脅威ではなかった。
さっき俺は「線」の障壁を尻尾と垂直に、角度の急な滑り台のようになるように数枚配置し、尻尾の動きを逸らして自分の真横に打ち付けさせたのだ。
その衝撃で吹っ飛び転がったが、頑丈な服と闘気で強化した肉体には大して意味は無かった。
そして再び、戦闘が始まる。
蹴り、殴り、尻尾、体当たりを巧みに避けながら、頭の片隅で戦う算段を練る。
(これで基本的な攻撃手段はほとんど潰された。
となると残ったので一番手っ取り早いのは、さっきの様子を見るに中位魔法も効かないだろうから上位魔法。)
だがその選択肢はすぐさま脳から消去する。
効かないからではない、あれらはほとんどが仲間のいるような場面で使用できる代物ではなかったからだ。
下手したら周囲1kmは焦土と化すような戦術破壊級の代物もある。
さらに俺の一般的な敵に対する切り札でもあるので、おいそれと使いたくも無かった。
(となると、やはりこれか。)
こんなところで早くも使うことになるとは思わなかったが、試して見たくもあったので丁度いい。
ナイフを両方抜き、闘気を纏わせ、「振動」魔法を起動する。
「全員耳をふさげ!」
広場全体に、黒板を引っ掻いた音を数百倍不快にしたかのようなノイズが響き渡った
全員顔をしかめていたが、遠いし叫びが聞こえていて耳を塞いだため特に問題ない。
だがトカゲさんは違う。
「キイイ、アアァアァァ、キュウゥゥゥ!!??」
明らかに悶え苦しんでいる。
この至近距離な上、こいつらは地面に潜って擬態したまま動くために恐らく聴覚が相当発達しているはずだ、地獄の苦しみだろう。
だが、当然ただ雑音をまき散らすだけのものではない。
「せあッ!!」
気合を入れ、苦しみ動きが鈍っていたトカゲさんに切りかかる。
こちらの様子を見ていたが、特に動きを見せない。
自分の装甲に絶対の自信を持っているのだろう。
―――だがその余裕は、直ぐに味わったことの無い苦しみ、痛みへと変わる
トカゲさんに触れた俺のナイフは、バターのように易々とその身体を切り裂いた。
「キアアアアアアアアアア!!????」
その叫びには困惑が多く含まれていた。
なぜこうも容易く切られたのか理解できていないのだろう。
切られた箇所、右腕が地面に落ち、トカゲさんは数歩後ろに引いた。
俺のナイフはよく見ないと分からないほど高速で震えている。
『魔闘技』、≪震鳴刃≫
普通ならば武器に上乗せできる魔法は、せいぜい全体を軽い火で覆う程度のものしかない。
これは武器そのものの性能が魔法という超常的な力に耐え切れないからだ。
それは「刃虎」の刃から造られた武器といえど例外ではない。
そこらの魔導士であれば問題ないだろうが、俺の魔法は出力が強すぎてこれでも耐え切れなかった。
だがそれも、闘気を通わせればある程度解消できる。
上位は無理だったが、中位の中までなら何とか耐えられることがこれまでの実験結果から分かっている。
・・・この実験のために貴重な「刃虎」の刃がいくつ犠牲になったか
そしてこの、魔法と闘気を組み合わせた近接戦闘用の技術を俺は『魔闘技』と呼んでいる。
今回は闘気で強化したナイフを、「振動」魔法で超高速振動させた。
これにより物体であれば、理論上はどんなものでも切り裂くことが出来る。
さらに振動により凄まじいノイズが発生し、それだけで相手の集中力を削ぐことが、上手くいけば倒してしまうことが可能というほどだ。
ただ今回は相手が相手でどうなるか分からなかったので、かなりホッとした。
これで、この「魔闘技」の有用性が再確認できた。
ちなみに「振動」は中位の中なので、≪震鳴刃≫は「魔闘技」としては最上位のものだ。
これほどの隙が出来て放っておくほど御人好しでも無いので、怒涛の勢いで切り付ける。
何度も何度もナイフを振り、その度に鮮血が舞う。
といってもどれも浅いもので、しかも急所への攻撃は経験の差か、巧みに避けられる。
その最少限の動きでこちらの攻撃の結果を、的確にこちらの予想より小さくするその知能には、素直に感嘆した。
だが、状況は完全に俺に有利なものとなっていた。
ノイズで動きが鈍ったトカゲさんには、俺の攻撃を避けることしか出来ず攻撃する余裕などない。
そして、とうとう決定的な隙が出来た。
たたらを踏み、奴のわき腹ががら空きになったのだ。
それを見逃さず、すぐさま奴の脇へと向かい、到達する。
「魔闘技」まで使わされるとは思っていなかったが、それももう終わり。
結果から言えば俺の圧勝に見えるかもしれないが、かなり手こずったし、実は危ない場面もそれなりにあったのだ。
十分満足のいく戦いだった。
感謝の思いを込めて、全力でこの戦いの幕を引こうとした。
―――後で思えば俺は油断していたのだろう
―――いや、余りに1人での戦いに慣れすぎて忘れていたのだ
―――この場にいるのは俺だけではないということを
―――人の感情の複雑さを
ドゴオォォォン!!
「なッ!??」
トカゲさんの身体が衝撃を受け、ずれた。
そしてその動きにより、俺の渾身の一撃は奴の身体を浅く切り付けただけに留まった。
奴の身体を動かしたものは、―――大量の水だった。
(エルスっっっ!!!!)
初めて憎しみとも言えるほどの負の思いを込めて犯人の名を想う。
その量は明らかに彼女が全力を出して、そして時間をかけなければ生み出せるものではなかった。
恐らくさっきから準備していて、つい先ほど完成した魔法なのだろう。
本人は俺の危機を見ていていてもたったも居られず思わずやってしまったのだろうが、何もかもが悪すぎる。
俺がトドメの一撃を放った瞬間というタイミング
ちょうど奴の身体を動かすだけの絶妙な威力
その身体を動かした向き
どれもが悪魔のイタズラのような最悪の偶然。
そして最悪の結果を生み出してしまった。
トカゲさんは、俺の渾身の一撃を放った直後の大きな隙を見逃さなかった。
切り方が浅かったためにほとんど怯まなかった奴は、直ぐに攻撃のモーションに入っていた。
だが俺は冷静だった。
正直な話、先ほどのような障壁を使った防御法は得意中の得意で、針の穴を通すような偶然であるやり方で攻撃して来ない限り、確実に防ぎきる自信があったからだ。
そして直ぐにもう一度トドメの一撃を見舞ってしまおうと考え、身構える。
―――悪い偶然は重なるものだということを忘れて
「!!!!!!!!!!」
トカゲさんの動作を、そして繰り出された一撃を見た途端、頭が警鐘を全力で打ち鳴らす。
それは、俺が唯一恐れていた攻撃手段そのもの。
今までの戦いで一度も使って来なかった戦法。
槍のように尖った尻尾の先端を使った刺突
俺の障壁は、3種で耐久力は変わらない。
それなのに消耗の少ない「点」の障壁だけにしないのは、「面」の障壁以外は防御不可能な攻撃方法があるからだ。
「面」の障壁は基本的にすべての攻撃を防げる万能の型だ。
だが、「線」の障壁は槍の刺突などの「点」の攻撃を、「点」の障壁は「点」の攻撃に加えて斬撃などの「線」の攻撃も防ぐことが出来ないのだ。
消耗を抑えるための、厚みの無いがゆえの欠点が発生していると言ってもいい。
「点」ならば30枚の障壁が張れ、どんな攻撃も防げる自信がある。
「線」でも、14枚は張れるのでこの場は防ぐことが出来ただろう。
だが、「面」では3枚しか張ることが出来ない。
果たして、それでこの攻撃を防げるだろうか。
無駄な思考を止め、直ぐに3枚の「面」の障壁を張る。
さらに、風の魔法で体勢を立て直す間も惜しんで自分を吹き飛ばそうとする。
必勝を確信してしまった瞬間を突かれ、思考に余裕の無かった俺にできたのはそれらと小さな悪あがきだけ。
―――紙のように障壁が破られ、腹に獣の獰猛な槍が突き刺さった
面白いと思っていただけましたらどうか評価を!