21話 親
自分でも引っ張っていると自覚しています
次話に続いてしまいました
飽きずに付き合っていただけると嬉しいです・・・
地面が砕けた
いや、実際には岩とその付近の地面が、魔獣が擬態した姿だったのだ。
経験豊富な彼らと言えど、依頼が終わった後での油断を突かれては対処のしようがなかったのだろう、突然の事態にネスト陣は呆然と立ち尽くす。
魔獣はその鋭い牙が並んだ巨大な顎で、彼らを食い千切ろうと襲いかかる。
(ここから「奴」までの距離おおよそ200m、襲われているのは彼ら)
そんな中、俺は自分がむかつくほど冷静に状況を分析する。
(今までの抑えた身体強化では襲撃前に到達は不可能)
何かしらの魔法を使ったわけでもないのに、周囲の光景が止まって見え、その中でゆっくりと思考を重ねる。
(わざわざ他人を助ける必要などない
自分の責任でもなく、ネストで追求されたとしても、言い逃れは容易)
これがネストに知られても、これは完全に想定外の事態であり、それで責任を負わされるのはネストマスターただ1人。
そのマスターもこのような理由があれば、こちらへ責任転嫁など出来ない。
死人を出したパーティーの一員として悪評もでるだろうが、魔獣との戦闘を生業とする以上、死者など日常茶飯事だ、そう遠くない内に治まるだろうし、そもそもあの街に長居する必要もないので
そうなれば出て行けばいい。
ならばここで無理に本気を出して体力を消耗し、これから始まるであろう俺たちと「奴」との戦闘を不利にする必要もない。
よって下される結論は、見捨てるのが最善
―――彼らが他人であれば、の話だが
思わず使ってしまっていた全力での強化を維持したまま、停止のことを考えず突っ込む。
1秒足らずで奴の眼前に躍り出た。
無理に停止したために、膝にとんでも無い負荷がかかる。
その痛みに耐え、「奴」の前に右手を翳す。
後ろで驚愕する気配を感じるが、例によって無視する。
そしてその鼻先に向けて「点」の障壁を展開、その突進を受け止める。
衝撃で周りに局地的な突風が発生し、信じがたいことに障壁が悲鳴を上げたが、何とか耐え切った。
(こいつとんでもない力だ、障壁を破られそうになるとは!)
「引くぞ!
いつまでもボケッとしてんじゃねえ!」
俺の突然の豹変振りに彼らの硬直が解け、全力でレオンたちの方へと走り出す。
止められるとは思っていなかったのか、意志があるのか分からないがどこか唖然とした様子で止まる「奴」、その急所と思われる眼球を強化した素手の手刀で抉り出す。
「ブオオオオオオ!!!」
痛みでのたうち絶叫を上げている内に、さっきよりも抑えた強化で自分も同じ方向へ走る。
あそこまで強化すると、体力が一気に持ってかれるので普段は使えない。
その途中で振り返り、初めて「奴」の全身を視界に収めた。
一言で言えば恐竜、灰色のティラノサウルスそのもの。
その身体が全て岩で出来ていることを除けば。
全長は7~8m、顎に並んだ牙と2本の腕に生えたかぎづめは、そこらの刃物より余程鋭そうだ。
しかもさっき触った感じでは、そこらの岩石と比べて遥かに硬く、大理石のように滑らかな手触りだった。
あれでは刃を立てることは困難だろう、刃が接触しても滑ってしまう。
それだけでも厄介であるが、何より恐ろしいのはその巧妙な擬態能力
あの森にも一応、擬態して襲ってくる魔獣は居た。
だがこいつのはそれの遥かに上、一種の特殊能力と言ってもいいほどだ。
森での生活により、不意打ちや洞察力には絶対の自信を持っていた俺が、擬態中に移動していたにも関わらず一切気づけなかった。
岩という不動のものになることで、動かないだろうという先入観が無意識に生まれてしまっていたのかもしれないが、それだけではないだろう。
常に相手の裏をかき、密かに近づくことが出来るだけの知能も兼ね備えているはずだ。
そんなことを一瞬で考えて、合流を果たす。
「サムスさん、あれは何か分かりますか。」
また元の年長に対する丁寧な口ぶりに戻ったことに相当混乱していたようだが、質問には答えてくれた。
「あれは「岩砕竜」だ。
その硬さと力だけで言えば、俺が知る限り最強の部類に入る化け物だよ。
まあ実際は小回りが効かず、動きも鈍くて対処しやすいからCの上位に指定されてる。
畜生、何でここにこんな奴が、繁殖地はもっと南のはずなのに・・・」
「C?
そんなにランクが低いとは思えないのですが?」
その俺の問いにはライガンさんが答えてくれた。
「サムスが言った通り、あいつは小回りが効かないうえに動きが鈍い。
並の武器では刃がたたない硬さだが、専門の兵器と闘気を使えば討伐はそれほど難しくはねえ。
ランクが高くないのはそういうことだ。」
なるほど、それなら納得だな。
あの硬さに対抗する術があるのなら、動きが鈍くては格好の標的になる。
しかし、その言葉の意味に気づいたルルが言う。
「あ、あの・・・
それってつまり、えと、今はあれを倒すことって・・・」
「そういうことですね。
そういった道具が無い今の私たちには、あれに対処する術がありません。
ここは逃げるしかないでしょう。」
フルートさんが答えた。
だがその言葉には少し諦めが滲んでいる。
周りも逃げるという対処がほぼ不可能であることに気づいていたので、誰もがそれを咎めることもなく、表情を硬くする。
今あいつはこの岩壁に囲まれた広場の、唯一の出口に陣取っている。
さっき俺が片目を潰しはしたが、あいつは擬態で潜ったまま、獲物を仕留めるのに最適なポジションをとることが出来る、目にはあまり頼っていないだろう。
むしろ怒り狂っている分、逆効果だったと言える。
そんな奴の傍を通り過ぎることなど、出来るとは思えない。
絶望が頭を掠めるのは当然と言える。
「じゃ、私があれを潰して来ます。
あ、何も言わないでくださいね、君らもな。
あいつを誰かが何とかしなくてはならないんですから。」
そんな空気を読めない俺は何でもない風に言う。
実際にあの程度であれば何でもないのだ。
反論をあらかじめ封じる発言をしては居たのだが、面倒なことに喋ってくる奴がいた。
「おいおい、お前1人の問題じゃないんだから俺たちもやるって、数は多い方がいいだろ。
それにランクで言えば俺とネスト連中は奴と同じだし、エルスに至っては上のBだぞ。
十分手伝える。」
笑みを浮かべてレオンがそう言う、どうやらなんか吹っ切れたようだ。
だが俺はこいつがまったく現状を理解していないことを理解した。
「お前、本当にそう思ってるのか?」
イラつきを含んだ、冷淡な口調でそう言う。
レオンだけでなく全員が俺の放つ空気に一歩引いた。
「奴の身体は硬い上に、表面は極めて滑りやすくなってる。
お前とネスト陣の斬撃系統の攻撃はすべて受け流されるだろうさ。
武器の腹を使って殴ったとしても一切効きゃしねえし、お前らの武装強化じゃ武器が折れるだけだ。
フルートの風じゃ火力不足。
エルスは確かにB相当の力を持ってはいるが、火力ではなく水の手数で敵を圧倒するスタイルだ、当然こっちも火力が足らん。
要するにお前らはあいつに対するまともな攻撃手段を持ってないんだよ。
それでどうやって対抗するんだ?」
「だ、だがお前への注意を逸らすことくらいは―」
「それこそ文字通り足手まといだ。
お前らが近くに居ては俺は思い切り戦えん。
それに忘れたか?
俺はここに来る時に、お前らで対処できないような敵が出てきたら、俺が相手するからすぐ下がれと言ったはずだ。
そしてお前らはそれに異を唱えなかった、大人しく従え。」
レオンは尚も粘ったが、非情とも取れる言葉で黙らせる。
そして誰も何も言わなくなった。
「別に心配せんでもあの程度の前座に後れを取ることはあり得ん。
さっさと終わらせて本命と闘らせてもらおうか。」
「どういうこと―」
全速で再び奴のもとに走る、というか跳ぶ。
そしてその勢いを載せて、蹴りを繰り出す。
先ほどのゴブリンの時とは比べものにならない、小さな岩山程度ならば粉砕できるほどの威力の打撃。
凄まじい音が辺りに響き、奴、もとい岩トカゲがたたらを踏む。
だがそれだけ。
直ぐに体勢を立て直し、体当たりをかましてくる。
それを今度は「線」の障壁がきしみながら受け止める。
再び衝撃が巻き起こり砂煙が舞う。
(普通ならこれに突っ込んだら真っ二つになるんだが、こいつ本当にとんでもない硬さだ。
下手したら並の金属より硬い、どんな身体してんだ・・・)
冷静にトカゲの戦力を分析していく。
俺の使う闘気を用いた障壁は3種類、「点」「線」「面」の3つ。
初めて闘気を使えるようになった時、自分の身体を覆うように壁のようなものがつくれないかと思い、テキトウに障壁を展開してみた。
その時は数秒ですべての体力を持ってかれ、数時間身動き1つ取れなかった。
安全をある程度確保した拠点の中でなかったらと思うと、今でも背筋が寒くなる。
そんなわけで改良する必要が出来たわけだが、どうしても上手くいかず何度も諦めようかと思ったものだ。
闘気の障壁は魔法のように使用者の意志に従うようなことはなく、形を制御することが不可能だったのだ。
それでも諦めの悪い俺は何か方法がないかと足掻き続けた。
そうしてある日、形で無いものをイメージしたらどうかという考えに至った。
形でないもの、つまりは「次元」
そして完成したのがこの3種の障壁だ。
0次元の「点」、1次元の「線」、2次元の「面」。
壁という言葉が似つかわしくないものもあるが、便宜上障壁と呼んでいる。
厚みを一切持たないこれらの障壁は、体力の消費効率を格段に下げてくれた。
「点」~「面」へと次元が進むほど体力の消費は著しく多くなるが、一番消費する「面」でもそれまでのものと比べて、数十倍燃費が向上しているのだから凄まじい。
あとで気づいたことだが、それまでの自分、そしてこの世界の他の人間が使っているのは3次元の「立体」の障壁だったようで、さっきの話で考えれば燃費が悪いのも当然だ。
ちなみに身体強化の方は、この世界の人間は殴って攻撃する時は「腕」や「足」を強化している。
それにくらべて俺の場合は、「筋肉」「骨格」「神経」などと言った最小限のものを強化する。
そうすることで強化に割く体力の量も少なくなり、余分を更なる強化や障壁に割くことが出来る。
さらに強化する時に発生する光も皮膚の下のものを強化するので見えなく、不意打ちにも使える実にすばらしいものとなった。
話を戻すが、今は「線」の障壁でこいつの身体を受け止めた。
その気になればダンプカーの突進も止められるだろう代物にきしみを上げさせる力にも驚いたが、それ以上に驚きなのは身体が無事だったことだ。
厚みを持たない純粋な「線」の壁は、日本刀のような切れ味も誇る大変都合のいいものなのだ。
それにぶつかるどころか突撃して無事ということは、やはり斬撃は効かないと考えるのが妥当だろう。
(・・・魔法を併用すれば切れないわけではないし、使わなくても甲殻の間の隙間を狙えば造作もなく潰せる。
だが、せっかくここまで硬い敵が出てきてくれたんだ、肉体の打撃でどこまでの威力が出せるか試してみたい。)
「点」の障壁を足場に跳び、奴の頭上に移動、そのまま踵落とし。
地面に落ちる前に真横に足場をつくってそれを蹴り、噛みつきを躱す。
助走のない、純粋な自分の力だけの打撃ではほとんどひるまないようだ。
(あの加速でも足りなかったから当然か、となると必要な威力は・・・)
まずまた距離をとる。
動きが鈍いというのは本当のようで、音で俺の場所は分かっているようだが体の動きが付いてこれていない。
森の生き物と比べると、あくびが出るほどのろい。
今度は脚を完全に曲げて、力を溜める。
「これでどう、だ!」
声と共に足元で爆発が起きたかのような音を響かせ、一歩で踏みこみ蹴り飛ばす!
言葉通りに、トカゲの巨体が数m吹き飛ぶ。
盛大な土煙が舞い、結果を分からなくさせる。
「あいつ、本当に人間か・・・?」
「まあ一応、たぶん、本当は・・・」
サムスの失礼極まりない発言に、酷く曖昧な返事を返すレオン。
てかレオンその「本当は」の後に何を続けようとした。
まさか「化け物」とかじゃないだろうな。
そんなことを考えてる内に、土煙が晴れる。
「ホント硬すぎんぞ、お前。
まあ流石に無事とはいかなかったみたいだが。」
思わず苦笑しながら、賞賛の言葉を吐いてしまう。
トカゲは蹴られた箇所、わき腹をひび割れせてこちらを怒り一色の表情で睨んでいた。
(この威力なら耐えられないんだな。
これが効かなかったら肉弾戦は無理という結論になったから良かった良かった。)
そして突進してくるトカゲ。
だが笑いが出るほど単調な動きだ。
(恐らく戦い慣れてないんだろうな。
なるほど、そのためにゴブリンを残してたのか。
子供思いなことだ。)
もう終わらせてしまおう。
そう考え、一瞬で再びトカゲの頭上に跳ぶ。
そして逆さになり、足の裏に足場をつくり膝を曲げ踏ん張る。
恐らく周りには俺が空中で逆さのまま静止しているように見えただろう。
「さよなら、なかなかに楽しかったよ「岩砕竜」。
黄泉へのよき旅路を・・・」
脚の筋肉がミシミシと悲鳴を上げるほど力を籠め、一気に爆発させる。
そして縦に回転しながら、隕石のような速度で脳天を蹴りつぶす!
強化した筋力による加速、重力による加速、回転による遠心力。
すべてを組み合わせた一撃は、文字通り頭を割った。
「ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!??」
最初とは比べものにならないほどの絶叫が響き渡る。
トカゲは頭から血を噴き出させながら、数歩歩き続けたところで倒れた。
「・・・悪いことしたとは思わんよ。
先に襲ってきたのはそっちだからな。」
(こう発言している時点で、自分の心情を吐露してるも同然だな・・・
後悔するんならやるんじゃねえよ、まったく。)
自分の割り切っていても、こういう生きるためだけに襲ってくる敵に関してはどこかで非情になり切れない面に、吐き気と怒りとイラつきを感じる。
この言葉は皆に聞こえていたようだ。
もっとも、俺の心情に気付いた人間は見た限りでは居なかったようだが。
「いろいろと言ってやりたいことはあるんだが、混乱しててどう聞いたらいいのか分からんな。
とりあえず、襲われたのはお前じゃないだろ。」
「すごくどうでもいいことを聞いてきますね。」
「・・・自分でもそう思う。
相当混乱してるようだな。」
まあいいや。
サムスさんの問いに素直に答えよう。
「仲間が襲われたんです。
当然でしょうに。」
「はっ!?(ネスト陣)」
「何ですかその反応は。」
「いや、お前、そりゃな・・・」
「あそこまでやっておいて、俺たちを仲間だと思ってるとは思わんだろうに・・・」
「私もそう思います。
せいぜい行動をともにするだけの他人程度にしか思っていないと考えてました。」
「私は一時的であっても行動を共にする相手であれば、どんな人間であっても仲間と思うことにしています。
そういう人相手ならば全力で力になりますよ。
たとえその相手が、嫌いな人間だろうと、敵だろうと、家族の敵だろうとね。」
(まあ嫌いな人間と行動をともにすることはまずないと思うが。
たぶん会ったらさっさと殺してしまうだろうからな。)
思わず最後の言葉に想像以上の力が籠もってしまったが、レオン以外は特に気にしていないようだ。
「あー、それと皆さん、まだ終わってませんよ。」
「は?、あいつはどう見ても死んでるぞ。」
「ではライガンさん、何故あいつはゴブリンを残してたと思います?」
「いや、分からん。」
「単純に食べきる時間が無かったんじゃ?」
「フルートさん、普通なら奴らは安全期間からして3か月もしたら人間を襲うようになってたと思いますよ。
従って奴がきたのは恐らく3か月以上前、そんなに時間があったらとっくに食い尽くしてます。」
「じゃあ何が理由だってんだ?」
サムスさんが言うと、皆が考え込む。
まあ材料が少なすぎるわな、分からなくて無理ない。
「まあ答えを言ってしまうと、あれは狩りの練習用に親が残しておいた獲物なんですよ。」
「・・・・・・・・・親ぁ!?(全員)」
言葉の意味を理解した途端に、全員が驚愕の声を上がる。
「ちょ、ちょっと待て、お前さっきあいつが前座って言ったよな!?
まさかあれが子供なのか!?」
「そういうことだレオン。
さらに言えば子供を殺されたんだ、怒り狂ってそろそろ出てくると思うぞ。」
「そ、そんな冷静でいる場合ですか!?」
「そうですよレイ様、貴方でもあれだけ手こずってた相手の親だなんてどれだけ強いのか分かりませんよ!」
「は、早く逃げませんと、・・・きゃあ!?」
クルスとエルスが焦り、ルルが急かそうとすると、地響きが鳴った。
「来た!!」
喜色を一杯に湛えた声音で俺はそれに答えた。
(子供でもそこそこの強さ、硬さと力に関しては満足出来るほどのものだった。
となると親はどれほど強いというのか!)
「お前ら、絶対に手出しするなよ!
足手まといだし、下手に手を出されたら逆効果になりかねんからな!」
その強さへの期待から言葉が荒くなり、凄絶な笑みを浮かべる。
揺れの強さに周りは聞くどころではなかったかもしれないが。
そして出てきたのは気配が段違いで強く感じられる、見た目はさっきのと変わらない魔獣だった。
「さっきと変わんなくねえか?」
ライガンが馬鹿なことを言う。
「いいや、ちゃんと違うねあれは。
感じられる強さが段違いだ。
それに外見だってな。」
魔法で大量の水を生み出し、それをぶっかける。
攻撃の為でなく、その姿を目に焼き付ける為に。
そしてその本当の姿を晒す。
「綺麗・・・」
思わずと言った様子でエルスが呟いた。
他も同じ気持ちらしく、恐れを忘れ憧憬の表情を顔に現す。
その身体は、穢れを一切見せない、こちらが汚いものに思えてくるほどの美しい銀色だった
面白いと思ってくだされば、どうか評価を