11話 誤算
ランキング12位
PV30000突破
もう言葉にならないほど嬉しいです
これからもよろしくお願いします!
『闘気』
それが俺が「魔の森」で身に着けた、いや、身に着けさせられた『魔法』に匹敵する技術。
「魔の森」は魔法だけで生きていけるような環境ではなかった。
森という性質上不意打ちなど日常茶飯事だし、接近されてしまえば魔法の余波で自分まで傷ついてしまう。
今は他の魔法を併用し、その余波を抑え込むこと、もしくは散らしてしまうことなど容易いのだが、当時の未熟な俺には不可能だった。
よって俺は、単純な身体能力を少なくとも不意打ちに対処できる程度までには引き上げる必要があった。
そして、「闘気」を手に入れた。
「魔法」が精神力である魔力を燃料とする「法則」であるのに対して、「闘気」は体力そのものを燃料とする「技術」。
魔力は精神をもとにしている以上、目にも見えず、「魔法」という形にしなければ何も影響を与えることはできない。
それに比べ「闘気」は、物質である肉体の体力をもととするために、物質的な干渉能力を持ち、光として目にもみえる。
具体的には、武器に通したり身体に循環させることで、あらゆる物質を強化できる。
さらに、瞬間的に体の外へ放出することで盾として機能させることも出来るのだ。
だが当然リスクもあった。
「魔法」のリスクは使いすぎによる気力の低下。
そして「闘気」のリスクは当然体力の低下だ。
「魔法」を使い魔獣を切り抜けると気力が無く、動く気になれない。
「闘気」を使い魔獣を切り抜けると体力が無く、動く事が出来ない。
切り抜けられる確率は跳ね上がったものの、死にそうになる確率もまた跳ね上がってしまった。
だが人とはしぶといもので、そのままもの凄いペースで生き死にを繰り替えしているうちに、「魔法」と「闘気」の精度、効率、その他様々な要素が急成長を遂げた。
これにより俺は基礎能力でも並みの魔獣に負けることの無い存在となった。
2分。
それですべて事足りた。
敵、いや、敵にすらなりえなかった「もの」がすべて等しく首をはねられていた。
切り口はすべて真っ直ぐで、まったく繊維をつぶしていない。
首以外は微塵も傷つけること無くことを進めた。
誰もが顔に恐怖といった感情を見せずに、不思議そうな顔をして転がっている。
首だけの無い死体
不思議そうな顔
絡み合った手足
そして、血のプール
見たものに絶大な恐怖と共に、背筋が凍るような暗く澄んだ美しさを与えてくれる、この世のモノとは思えない光景
引き起こしたのは俺の右手の、柄まですべてが血塗られたナイフ。
これは、俺が最初に倒したあの虎の、別の個体の刃を加工したもの。
向こうの軍用ナイフを遥かに超える切れ味をもつ。
いや、物のせいにしては駄目だな。
引き起こしたのは俺だ。
全身を血に浸したかのようにして、死体のオブジェの中心で佇む俺なのだ。
しかし物に責任転嫁するとは、俺も罪悪感を感じてるんだろうか?
・・・まったく実感はしていないが。
魔法で水を生み出し、風を起こして洗濯機のように循環させて血を強引にこそぎ取る。
「闘気」による肉体の強化、強靭な魔物から造った衣服、そして「魔法」のすべてが揃わないとできない荒業だ。
戦闘前と同じ姿になって、覚悟をしてから仲間を振り返る。
―――驚きを隠せなかった
始めこそ彼らは怯えを見せたものの、それも一瞬のこと。
直ぐに仕方のない弟を見るかのような、呆れと微笑みを当分に混ぜた表情を見せた。
・・・クルスとルルにまでそう見られるのは納得できんが
何故?
これだけのことをした俺を、どうしてそんな表情で見られるんだ?
「まったく・・・
何処までも規格外だなお前は。
今の闘気だろ?
あんなことができるなんて初めて知ったぞ。」
「まっっったくです。
本当にレイさんは凄すぎですよ!
この分なら竜でも問題ないでしょうね。」
「私はそろそろ驚き疲れますね・・・
魔力と闘気を同時に扱える人間なんて神話ぐらいでしか聞いたことがありません。
いえ、そもそも人間なんですよねレイ様は?」
「レイさんが規格外なのはもとから分かってたではないですか、兄さん。
今更そんなこと言わないでくださいな。
まあ、お気持ちはよく分かりますが。」
何故?
こんな冷酷な俺に、どうしてそんな声をかけられるんだ?
普通なら怯えて当然だろう?
蔑んで当然だろう?
罵声を浴びせて当然だろう?
避けて当然だろう?
分からない。
俺には分からない。
「そんなに怯えないでくださいレイさん。
私たちは本当にあなたに対して恐れを抱いてなどいませんよ?」
そのルルの発言は俺に更なる衝撃を与えた。
怯えるだと?
君らではなく俺が。
この惨劇を見せられた者ではなく。
この惨劇を引き起こした張本人が。
だが言われて初めて気が付いたが、確かに俺は怯えていた、この想像外の事態に。
なんでこんなおかしな事態になってるんだ。
俺が首だけを狩るなどという猟奇的な殺害方法を採ったのは、今ここでこの4人を見極めておこうと考えたからだ。
俺は個人的にこの4人のことを気に入っている。
だがそれはあくまで俺個人の感情であり、あちらがどう思っているかは分からない。
俺の異常そのものの行動の数々に付き合いきれなくなることも十分に考えられる。
むしろ見限られる望みの方が多い。
この光景を見ても、直ぐに切り替えて先ほどまでと同じ態度で接してくれれば、そのままの関係で居よう、いや、居たい。
そして、動揺をいつまでも隠せないようであれば、適度に世間に慣れるまでは一緒に居て、その後なにかしらの理由をつけて離れよう。
そう考えていたのだ。
自分勝手なようだが、分かり合えないまま一緒に居てもどちらも辛いだけだ。
そう考えていたら、出てきた反応がこれだ。
彼らが見せた反応は俺の予想していた、「順応」でも「動揺」でもない。
俺の行動の異常性を十分知った上で、それを受け入れるという「理解」だった。
そんなことだれが予想できるというのか。
「ふう、まあ、戸惑うのも無理ないだろうがな。
お前、俺たちがこれを見て怯えると思ってたんだろ?
だから体を洗い、俺たちの方を向いたときあんな酷い顔をしてたんだよな・・・」
レオンが俺を悼むように言ってくる。
「これだけのことを平然と行えることについて、うすら寒さを覚えている面は確かにありますよ。
ですが、その冷酷さはあくまであなたの一面に過ぎません。
私たちを救ってくださった、優しさがあることも理解しているんです。」
エルスは俺を励ますように笑顔で言う。
「僕の場合は、ちょっと不謹慎なようですがあなたのそんな面も含めて尊敬の対象なんです。
ですから僕は、最終的にあなたを拒絶するようなことは絶対に無いと断言できます。」
クルスが自信たっぷりに言う。
無理をしている様子が無いので本心なのだろう。
「私は人を見る目には自信があるんですよ。
あなたは確かに戦いを楽しむ面はあるんでしょうが、殺人に快楽を覚えるような性格はしていませんよね?
今回わざわざこんな酷い殺し方をしたのは、何か意図があってのことだと思うのですがどうでしょう?」
ルルに至っては、俺が何かのために意識的に惨劇を起こしたことを察していたようだった。
俺は何かを言おうと口を動かすのだが、言葉にならない。
今の心情をどう言葉にすればいいのだろうか・・・
その様子を見た彼らは、突然笑い出した。
代表してその理由を話したのはレオンだ。
「すまんすまん!
だがお前でもそんな表情をするんだと思ってな!
俺らは会ってまだ1日なのに、今まで散々からかわれたからな。
仕返しが出来たという思いで愉快でたまらないんだよ。」
「本当ですね(3人)。」
レオンがそう言えば3人が笑いながらまったくだとばかりに頷く。
俺はその発言で理解した。
俺は勘違いしていたのだ。
そもそも俺が彼らを試そうとしたこと自体が身の程知らずだった。
いくら強くて世慣れていると言っても、所詮俺は人間に過ぎない。
人間が人間を試そうとした時点でおこがましいことだったのだ。
「あっははははは!!!」
俺は笑った。
いつもの意地の悪い笑みではなく、心から。
楽しさ、爽快さが溢れてくる笑いだった。
こんなに笑ったのは『あの事件』以来初めてだ。
「全く、驚きだよ。
君らを完全に舐めていた、本当に申し訳ない。
まさかこれだけのものを見せられて尚、俺を受け入れてくれるとは思いもしなかった。」
彼らにそう語りかける。
何故かエルスとルルは、俺が笑っているときの顔を見て赤くなっていた。
だが気にせずそのまま語る。
「皆、俺の想像を軽く超えてくれたものだな。
特にルルはすごいものだ。」
「はいっ!?
す、すごいってどういうことですか!?」
「俺の行動に裏があったことを簡単に察してみせただろう?
しかし、君がいれば騙されることなど無かったと思うのだが。
その時はサボっていたのか?」
「サ、サボってなんていません!
その時は逃亡生活で疲れていたんですよ!
それに普段の私はそんな深いところまで理解などできません。
今回できたのは、・・が・・・・・・からです・・・」
最後の言葉はしりすぼみに小さくなったためにうまく聞こえなかった。
その発言にエルスが驚いたような、困惑したような表情を浮かべてルルを見ていた。
だが俺はそれも気にすることはなかった。
今回はいろんな意味で俺の完敗だな。
だが、この上なく気分がいい。
まったく。
この世界に来て初めて、そして最大の『誤算』だな。
―――だが、最高の『誤算』だ
余裕がありましたら、感想・評価をどうかお願いします