バカラで会いましょう2
「うい。ひいっく」
夜、女性ー天野涼子はふらふら歩いていた。
周りは店の明かりで眩しく、皆、楽しそうにはしゃいだりしている。
しかし涼子だけは俯いて歩いており、すれ違う人が避けるようにしていく。
ー男なんて…!!
悔しくて涙が出でくる。
涼子はもう数軒まわって、酒を飲んでおり、許容範囲を越えていた。
「まだまだだー!! ひいっく!!」
大声で叫び、両手を挙げる。
ますます白い目で見られたり、無視されたりするのだが、酔いのお陰で気にならなかった。
夏の暑さも涼子の騒がしさを嫌ってか、汗をかくことはなかった。
しかしまた喉が渇いてきたので、どこかに入ろうか迷う。
ー自分のお金で飲んだんだもの。他人に迷惑はかけていないわ。
涼子は20代で、事務職についていた。
お給料はそこそこ良く、職場の人間関係も悪くなかった。
…のだが、
「馬鹿野郎!! 私を、私を捨てるなんて」
満月に近い月に向かって吠えると、足をだんだんと強く踏む。
色んなことが順調だと思っていただけに、突然の出来事にショックが大きかった。
壁をつたい、細い道へ入って行く。
楽しそうな人々が羨ましかった。
腕を組んだり、手を繋いだり、皆の楽しみはこれからのような気がした。
ー私も酒を飲んで楽しむぞ!!
先を見れば、一軒の店がある。
ひっそりとしているので、隠れ家的なもののようだった。
明るさに飽きていた涼子は、暗闇の癒やしにつられて、進んでいく。
身体は熱かったが、涼しさを感じる。
「ーバカラ?」
店の看板は青く光っており、ゆっくりとドアを開く。
するとカウンター席のみの狭い店内で、涼子は中にいた人物に注目する。
「ーいらっしゃいませ」
声は包み込むような優しさがあり、悪くはなかった。
歳は涼子と同じくらいだろうか。
バーテンダーの格好、白のシャツにベストを合わせており、なかなかのイケメンだった。
ーもてるんだろうな。くそ!!
涼子は心の中で毒づくと、バーテンダーに言う。
「ーお酒、大量にください!! よろしく、ひっく」
手を上げて大声を出すと、店内に響いた。
しかしバーテンダーは動じず、ゆっくりと様子を見てくる。
「まずは席に座ったら、どうですか?」
「はーい!!」
涼子は小さなバッグを椅子に置き、隣の席に座る。
客は涼子だけのようだった。
ー何が出てくるんだろう? 楽しみ。
そう思える自分がいるだけ、まだましだった。
ピンク色の花柄のワンピースを構い、整えると、バーテンダーに言う。
「あのー!! ちょっと話を聞いてもらえますか?」
「はい、何でしょうか?」
バーテンダーは優しい顔で見つめてくる。
そういえば、エアコンが効いているのか、暑さの陰は見受けられなかった。
ふうと息を吐くと、カウンターに倒れ込む。
「お客様、大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫。私、酔わないから」
確かに頬が赤くなっていなかった。
カウンターの木の温もりは優しく、ふふと涼子は笑い、口を開く。
「その、私、フラれまして。結婚を意識していたのに、突然ですよ、突然。別れようと言われて…!! 聞けば私の他にも女がいたらしくて、妊娠させたとか何とか。あー、悔しい!!」
カウンターを叩くと、バーテンダーは優しく言ってくる。
「そうだったんですか。それはお辛いですね」
「そうなんですよ!! あーもう死にたい!! ずっと本命だと思っていたのにー!! あの人がもう会えないって言うから、うう。悲しい」
ぐすっと鼻をすすると、バーテンダーがグラスを差し出してくる。
「ーはい、どうぞ。プッシー・キャットと言います」
「プッ? 何それ。まあいいや、飲んじゃえ」
涼子はグラスを持つと、豪快に一気飲みする。
するとフルーツの味をたくさん感じ、すっきりしたものだった。
「あー、美味しい!! もう一杯!!」
「はい。作らせていただきますね」
バーテンダーは静かに言ったのだが、涼子は対照的にうるさく叫ぶ。
「あー、もう死にたい。死にたい…!! バーテンダーさん、包丁を貸して」
「駄目ですよ。それに、他にも男性は大勢いるでしょう? その人のことが好きだったのは分かりますが、死んだら終わりです。逆に悔しくありませんか?」
「悔しい…? 何が?」
「だって、そのふった男性は幸せになるのかもしれないんですよ? それなのに、あなただけが死のうとしている。それではつり合わないと思いませんか? 逆に幸せになってやるくらいの気がないと、自分が辛いだけですよ?」
「…なるほど。神様ー!! 私に幸運を!!」
涼子は天井を向くと、大きく叫び出す。
男ならいくらでもいるのは確かだが、どうしても固執してしまうのだった。
「諦め悪いのよね、私!! いつもそう!! 気が強いとか、1人で生きていけるだろうとか、よく言われるんですよ。ひっく」
「それは頼もしいですね。でもそれを言った男性達は見る目がないと思いますよ。あなたは可愛らしい人ですし、必ず運命の相手がいるはずです。ゆっくりいきましょう」
「ゆっくり…。…でもおばあちゃんになっちゃう!! まだ20代だけれど…!!」
カウンターを拳で叩くと、涼子はバーテンダーを見つめる。
次の一杯を作ってくれたようで、差し出してくる。
「ーどうぞ。ダミー・デージーです」
「ダミ? 何だが分からないけれど、いいや。飲んじゃえ」
ごくりと口に含むと、しゅわっとしたソーダの味がまずくる。
それから果物の甘味を感じ、これもまた一気に飲んでいくのだった。
「バーテンダーさん、もう一杯!!」
「はい、次で終わりですよ」
「えー!! そんな、お金なら…」
バッグを取ろうとして、席から転ぶ。
「大丈夫ですか!?」
「痛たたたー!! …な、何とか大丈夫です」
涼子は膝を確認すると、少し赤くなっている程度だった。
ふうと息を吐き出すと、椅子に手をかけ、ゆっくりと立ち上がる。
すると不思議なことに、ふらついていた身体が、何だか軽くなった気がした。
涼子はこめかみを押さえると、バーテンダーが席を指す。
「どうぞ。お座りになって。話をきますから」
「わーい!! ありがとう、バーテンダーさん!!」
涼子は拍手すると、いそいそと椅子に座る。
それからカウンターに肘をつき、バーテンダーに話しかける。
「私、男運がないんでしょうか? 私だって気が強いわけでもないし、淋しい時は淋しいって我慢しているのに…!! どうして、皆、分かってくれないのかしら…?」
「失礼ですが、子どもの頃から、すでに冷めていませんでしたか?」
「え? 子どもの頃…? …そういえば」
周りが子どもに見え、涼子は背伸びしていた気がする。
私だけは先生に褒められようとか、群れで行動するよりは1人でいたほうが楽とか、あとオシャレも皆より早かったような気がする。
早く大人になりたくてしょうがない子ども時代だった気がする。
それをバーテンダーに伝えると、彼はにこりと微笑む。
「大人になってどうですか? 嫌なことは毎日ありますが、楽しいこともありませんか? ずっと大人ぶってきたんでしょう?」
「…それは、そうですけれど…。えっと、でも何だろう。むなしいというか、悲しいというか。仕事がつまらないわけではないんですけれど、その、気を遣ったり、弱いところは見せられないとか考えたり」
「…では、本当のあなたを知っているのは、私だけになりますね」
「!! そういえば…」
バーテンダーには、すんなり告白できるのだった。
この人、不思議な人だなと見ていると、最後の一杯が差し出される。
「ーはい。エンジェル・スペシャルです」
「エンジェル…? 天使のことですか?」
「そうですね。飲んでみてください」
涼子はグラスを手にすると、口をつける。
オレンジの味がまず広がり、甘いのかと思ったが、ほろ苦さを感じ、大人の好む味だと感想をもつ。
「…甘い中に苦いものか。人間の世界が詰まった一杯ですね」
「素晴らしい。例えが美しいですね。ありがとうございます」
バーテンダーが拍手してきたので、涼子は照れて髪を耳にかける。
酔いが冷めてきたのか、それともバーテンダーに話したことですっきりしたのか、頭がしゃっきりしてきた。
「叫んだり、暴れたり、すみません」
「いや、いいんですよ。たまには発散させないと。辛いですから」
「ありがとうございます。あー、この後、カラオケに行こうかな」
「いいですね。大きな声を出しても構わないですし。どうかご自愛ください。辛いこと、悲しいことはたくさんありますが、そう思ったら、またいらっしゃってください」
「バーテンダーさん、うう」
涼子は涙腺を緩めると、子どものように泣きじゃくる。
バーテンダーはすっとハンカチを出してきて、渡してくる。
「す、すみません…。うわーん!! 悔しい!! 良い男をゲットしてやる!!」
「そのいきです。ちなみに」
バーテンダーは秘密を暴くように、小声で言ってくる。
「今日、お出ししたのは、全部、ノン・アルコールなんですよ。気がつきましたか?」
「え…。ノン・アルコール? そうだったんですか?」
「はい。いかがだったでしょう?」
「それはその…。美味しかったです、全部」
涼子はそうか、全部、ノン・アルコールだったのかと知ると、どうりで頭がすっきりしてくるはずだと、納得する。
「ー今度は、本格的なカクテルを飲みに来ます」
「約束ですよ。それでは、良い男性に出会えるといいですね。頑張ってください」
「はい!!」
涼子は晴々とした気持ちで、はっきり答える。
バーテンダーの優しさが胸にじんときて、人間も悪くないなと思う。
「お会計、お願いします」
「はい。ではこちらへ」
涼子はバッグから財布を取り出すと、会計を済ませる。
それからバーテンダーに笑いかける。
「私、今度は彼氏を連れてきますね」
「その調子です。またいらっしゃってください」
「はーい。じゃあ、また」
元気を取り戻りした涼子は、店を出る。
すると途端に熱気に襲われる。
うわっと思いつつも、負けてたまるかと、一歩一歩、確実に進んでいく。
ー私だって、まだやれる!! しっかりしろ、自分!!
両頬を叩くと、涼子はヒールの音を高く鳴らしながら、進んでいくのだった。
「ーようやく元気を取り戻したか」
バーテンダーは独りごちると、首を揺らす。
疲れたわけではないのだが、賑やかだった分、1人になるとつまらなくなる。
「よし、連絡するか。…すずに」
そう言って笑うと、バーテンダーはスマホを引き寄せたのだった。




