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終章


   終章


「本当に、私でいいのかい?」

 ユリードの隣を歩くゴザーラは、戸惑っているように見えた。

 両脇に花の咲いた街道を、二人は歩いている。花は自然に咲いたものだ。体がかゆくなることはなかった。

「もちろんだ」

 ユリードは微笑みかける。

「あなたには、恩がある」

「え? なんの事?」

「水浸しになった地を、直してくれた」

 ええ、と大声をあげたゴザーラ。

「あれをしたから? あれが理由なの?」

「なにを驚いてるんだ?」

 ゴザーラはうつむく。

「だって、言ったじゃないか。あんたの事は嫌いだって。ただ、人々の迷惑になるから、水を吸う花をたくさん咲かせるんだと。そう、伝えたはず」

「そのセリフが気に入ったんだ」

 ゴザーラが立ち止まったから、ユリードも歩みを止めた。

「な、なんで?」

「事実上、ウルース大地の支配者になった私に媚びるのではなく、民のことを考えてくれた。あなたは立派な人だ」

 ゴザーラは照れたようにそっぽを向いた。

「なんか、あんたのことを勘違いしてたよ。もっと、嫌な奴と思ってた」

「どんな美女になりたい? 理想の顔を教えてくれ」

 ゴザーラはしばし沈黙してから、ぽつりと言った。

「美女にはなりたくない」

「ん? 何故だ?」

「なんか、あんたに言われたことが引っかかってね。美人が嫌いならば、自分が美人でないことを喜べばいい。その言葉を、何度も思い出した。

 もし私が美女になれば、鏡を見るたびに自分を嫌いになる。それに、自分の顔が綺麗になった途端に言い寄って来る男には、嫌悪感しか抱けない。そんな気がするんだ」

 ゴザーラは笑顔を向けてきた。

「だから、平凡な顔立ちの女になりたいな」

「なるほど。あなたは賢い人だな。なにより大事なのは、自分のことを好きでいられるか否か、だからな」

「そんなに褒めなくていいよ」

 ゴザーラはうれしそうだった。

「どんな顔になるかは、今すぐ決めなきゃいけないかい?」

「いいや、時間はたっぷりある。私は、肉体の泉の水を飲んだばかりだ。焦ることはない」

「そう言えば、例の双子はどうしたんだい?」

「ランとルンのことか。ボードゲンは死んだんだ。当然、普通の双子に戻ったさ」

 二人してはしゃいでいたことを思い出す。

「じゃあ、あんたが死ねば私もこの顔に戻る? いや、そんなわけないか」

 与えた能力は消える。でも、変えた顔は戻ることはない。

 当たり前のことだ。

「本当にありがとうね、ユリード。いや、ユリード様と呼んだ方がいい?」

「まさか。私をユリード様と呼んでいいのは、エミリーだけだ。呼び捨てにしてくれ」

 ゴザーラは楽しそうに笑った。

 いい笑顔だ。そう思った。

「じゃあ、なりたい顔が決まったら会いに行くよ」

「分かった」

「またね」

 去っていくゴザーラに、ユリードは手を振った。

 多くの人が見ている中、街道を歩いている自分に話しかける人はいない。なにを言えばいいのか、分からないのだろう。

 下手に話しかけたら、危害を加えられると思っているのかもしれない。

 別に、気にはならなかった。

 人々に好かれたいからボードゲンを倒したわけではない。

 いずれ、キギダンのように慕われる男になれるだろう。

「ユリードさん!」

 背後から声がした。誰かは、見なくても分かった。

「シガースか」

「本当に、妹を助けてくれるのか?」

 眼が血走っている。

「そうでなければ、この道を歩いていない」

「そ、そうか。そうだよな」

 シガースは明らかに平静ではなかった。

「なにを怯えているんだ? シガース」

「急ごう。急に容態がひどくなるかもしれない」

「ギャンラスは、そういう病ではないだろう」

「強盗が入ってきて、殺されるかも」

 かなり可能性の低い想像だ。

 期待が大きいだけに、不安も大きいのだろう。頭がこんがらがっているようだ。

「分かった。走ろう」

「ああ、ユリードさん」

 道を駆け始める。ざわめきが聞こえる。

 シガースは息を荒くして走っていた。ユリードは本気で走ってない。本気なら、シガースはついてこれない。

メリアンヌが待つ家に到着したのは、夕方だった。

玄関のドアを開けると、シガースは叫んだ。

「メリアンヌ、無事か?」

「大丈夫だよ、お兄ちゃん」

 シガースは安堵の思いのためか、座り込んだ。

 ユリードはそのまま廊下を通って、ドアを開ける。

 ベッドの上で上半身を起こしたメリアンヌがこちらを見つめてきた。

「ユリードさん」

「あなたの病を治しに来た。眼を閉じて」

「はい」

 近寄って、メリアンヌの頭に手を置く。そして手で、髪から首、肩から腕の先までなでる。

 メリアンヌは、眼を閉じてじっとしていた。

 それを何度も繰り返す。次第に、メリアンヌは光り出した。

「メリアンヌ!」

 シガースの大声。駆け寄る足音。

 光が次第に、消えていく。

「眼を開けて」

「はい」

 ユリードは微笑む。

「これで、ギャンラスの病は治った」

「じゃあ、運動してもいいの?」

「いや、体力は落ちている。病のせいと寝たきりのせいで。少しずつ、普段の生活に戻っていけばいい」

 シガースの流す涙が、頬を伝って床に落ちていく。

「良かった。本当に良かった! ありがとう、ユリードさん!」

「お兄ちゃん」

「これで、もう何の心配もいらないんだな」

「ちょっと待って」

 メリアンヌはシガースにそう言った。

「ユリードさんに、言わなければいけないことがあるの」

 真剣な顔だった。

「お兄ちゃんは部屋を出て。二人きりで話したいの」


 ■■■ 


 これで全てが解決した。

 ユリードはそう思っていた。

 その思いは、メリアンヌの言葉によって打ち砕かれた。

 ユリードの足取りは重い。すでに暗くなった道を、一人で歩いて行く。

『ユリードさん。人は常に、自分が望むことをするんだよ。あなたの一番の望みは何?』

 メリアンヌの言葉が心に重くのしかかる。

 自分が望んでいたこと。それは決まっていた。男になって、エミリーに自分の子を産ませる。

 幼いころから、ずっとそれを望んでいたんだ。

「ユリード様!」

 彼女の声がした。

「エミリー。どうしたんだ? こんなところで」

 ランプを持ったエミリーが道の真ん中に立っていた。

「心配したんです。帰りが遅いから」

 ユリードは微笑む。

「そうか。すまなかったな」

 恋人の手を握る。

「一緒に帰ろう」

 家につくまで、ユリードは無言だった。

 ボードゲンを倒した後で、エミリーに会いに行ったことを思い出す。

 エミリーは抱きついて、ユリードの胸の中で号泣した。

 ボードゲンに勝ったことを、本心から喜んでくれたんだ。神々に、私の勝利を祈ってくれた。

 本当に、愛しい恋人だと思った。

 心の中には喜びしかないと、思い込んでいた。

 二人の家に戻ると、エミリーは台所に向かった。

「じゃあ、夕飯をつくりますね」

「いや、待ってくれ。話したいことがある」

 テーブルを前にして椅子に座ったユリードは、静かにそう言った。

「はい。何ですか?」

 テーブルの向こうの椅子に腰かけたエミリーの笑顔をじっと見る。

「お前は、隠していることがあるだろう」

 エミリーは息を飲んだ。

「わ、私は――」

「私がボードゲンに勝つこと。それを願い続けていると、そう思っていた」

「はい」

「でも、それは間違いだった」

 エミリーは沈黙した。それが、答えだった。

「本心を、教えてくれ」

 エミリーはうつむいた。

「母に聞いたんですか?」

「リリンさんではない。メリアンヌさんだ」

「その人には、打ち明けていません」

「リリンさんが、メリアンヌさんに伝えた。お前の本心を。私に隠していた本心をな」

 エミリーはうつむいて、黙っていた。

「お前は、女しか愛せないんだな」

 エミリーは静かに、うなずいた。

「だから、私にボードゲンを倒してほしくなかった」

「……はい」

「どうして、言ってくれなかったんだ?」

 エミリーの瞳から、一筋の涙が流れた。

「言えなかったんです。私が、ユリード様の夢を応援しているふりをして、ずっと正反対のことを願っているなんて。そんな、最低の人間だと思われたくなくて」

「馬鹿だな」

 ユリードはテーブルの上でエミリーの手をつかむ。

「私も、男とセックスしろと言われたら虫唾が走る。だから、お前の気持ちは分かる。最低の人間だなんて思わない。でも、言って欲しかった」

「あの、ボードゲンと戦う前に告げるつもりでした。でも、ユリード様はヤージとかいう人の元へ行ってしまって……」

「そうか」

 あの時、エミリーに会うべきだったのか。

 すれ違いだったんだ。

「だから、ボードゲンとの戦いになったら、必死に神様に願いました。ユリード様の勝利を。そして、自分は身を引こう。そう思ったんです」

 エミリーには泣きながら微笑んだ。

「これが運命だったんだと思います。どうか、男になってください。そして、私以外の人と幸せになってください」

「エミリー」

 ユリードはエミリーの手を両手でつつんだ。

 温かい手だ。

「何を言っている。私は、男にはならない」

「えっ!」

「決めたんだ」

「ど、どうして。男になるのが生涯の夢だと、あれほどおっしゃったのに! わ、私のことなんて気にしなくていいです! ユリード様の幸せの方が大事です!」

「そうか。ならば私は、自分の幸せを一番に考える」

「はい!」

「だから、お前と別れるなんて耐えられない」

 エミリーが、食い入るように見つめてくる。

「お前のためではない。私が幸せになるために、お前が必要なんだ」

 ユリードは席を立ち、愛しい人の元へ歩いた。エミリーは立ち上がる。

「私の望みを言おう。私は生涯の夢よりも、愛する人を、お前を選ぶ」

 エミリーの瞳から、涙があふれた。

「ほ、本当ですか? ずっと女性でいてくれるのですか?」

「ああ、聖魂にかけて誓う。私は一生女性だ」

 エミリーはユリードの胸に顔を当てて、声を上げて泣き始めた。

 愛しい人の頭を、ユリードは優しくなでる。

 自分の服がエミリーの涙で濡れるほど、愛しさが増していった。

「夢ではないですよね」

「この温かさは、現実だ」

「ずっと、夢見ていました。ユリード様が女のまま、私を生涯の伴侶にしてくれることを」

「叶ったな、お前の夢が。うれしいぞ」

 エミリーは泣きながら、微笑んだ。

「せっかく肉体の泉の水を飲んだのだ。私にどう変わって欲しい?」

「ユリード様に……」

「もっと美しくなって欲しいか? それとも、一生若い体でいて欲しいか?」

 しばしの沈黙の後で、エミリーは答えた。

「どちらもいりません。ユリード様の外見は完璧だし、老いるのは自然の摂理です。ただ、一つだけわがままを言っていいですか?」

「なんだ? エミリー」

 エミリーは濡れた瞳でユリードを見つめる。

「私のことを、ずっと恋していて欲しいのです。今の私へそそがれる愛情を、失いたくない」

「そうか」

「私を見るたびにときめきを感じる。胸がはずむ。それが一生続くようになってくれますか?」

 脳を少し変えれば、確かに可能だ。

「いいぞ。だが、ただでは駄目だ」

「ええっ! 何をすればいいのですか? なんでも命じてください!」

「お前も私に、ずっと恋してもらう。それが条件だ」

 エミリーは耳まで真っ赤になった。

「当然だろ」

 ユリードはエミリーの耳にそうささやいて。

 生涯の伴侶の体を、思い切り抱きしめた。

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