9.肝だけに
宿の一室
俺は取り敢えず宿に戻った。ギルドやクランにいても仕方ないしな。
「う〜ん、水竜にするか…」
水は火と相性が悪い。が、あの臭い沼地よりかは断然マシである。
「まさか水龍は出ないよな…」
水竜ならともかく、水龍なんか出たら流石に勝てるか分からない。おまけに戦うとなると船上。もし煌江に落ちたら…
水の中で水棲の魔物と戦うなんて愚の骨頂でしかない。『鬼火』があるとは言え、あまり好んで行きたい場所ではない。
「おーい、イフト!」
「あれ、ザック?」
あれこれ考えていたらザックが帰ってきた。精力剤のレシピとやらは聞けたのだろうか?
「いやそれが、流石に薬師からレシピは教えてもらえなかった」
「まあ薬師にも生活があるしな。ほいほい他人に作られても困るか」
「だが、ある素材を取ってきてくれたら精力剤を作って一本だけ無料でくれるらしい」
「おお、それは良かったな」
金欠のザックには願ってもない依頼だ。
「そこで頼むイフト! その素材を取ってきてくれ! 俺のランクだとその依頼が受けれないんだ」
ザックのランクは現在C。強さ的にはBランクはあるザックだが、普段の不真面目な態度のせいか中々ランクを上げてもらえないのだ。
そんなザックが受けれないランクの素材か。つまりBランク以上の依頼。
「まぁ乗りかかった船だし、俺が取れるなら取ってきてやるよ」
「本当か! マジで助かるぜ相棒!」
相棒はやめろ。
や、やめろ!
キスしてくんな!
「分かったから離れろ! それで何の素材だ?」
「おう。『毒竜の肝』らしいんだ。ギルドに聞いたらお前が竜種狩るつもりらしいから丁度いいって」
マジか。よりにもよって。水竜にしようか迷ってた時にこれかよ。
しょうがない。これもまた運命か。
「分かったよ。丁度『毒竜』狩ろうと思ってたから、ついでに取ってくるよ」
「おう、わりーな。あ、それと…」
「?」
「ギルドの職員さんが次、竜の死体を丸々持ってきたらぶっ飛ばすって。解体代、請求するってめちゃくちゃ怒ってたぞ」
肝に銘じます。
♢
翌朝。クラン『王者の剣』本拠地
「それで毒竜か、相変わらず災難に巻き込まれる性質だな」
「笑い事じゃないですよ」
アイリスさんはクスクスと笑っていた。俺は毒竜の依頼を受けると、アイリスさんに報告しに来ていた。
ついでにザックの事もだ。
「アイツは当分Cランクだな」
「本人は金が無いって嘆いてましたよ」
Bランクでも充分通用するザックだ、報奨金が良い方がやる気出そうだけどな。
それにミラさんとの未来を考えるならそろそろザックも変わらないとな。
「まぁミラが協力してくれてザックを煽ってくれればいいが、そこまで彼女に頼むわけにもいかないしな」
「まぁ確かに」
もし振られでもしたら目も当てられない。ザック自身で変わらなければな。
「でも前に遊ばせておく余裕はないって」
「それはSランクの話だ。Bランク以下なら戦力は整いつつある。虹竜の大討伐から数年、西の琉華鳳国と東のアルムド帝国がいつまた戦を起こすか分からん」
数年前。俺が冒険者になる前の話だ。
アルムド帝国と琉華鳳国で大きな戦があった。
両国の間にあるザムスガル王国は、住民や住居を襲わない事を約束するならと、国内での両国の戦争を許可した。確かに王国民を2国が脅かす事はなかったが、代わりに2国は突いてはいけない巣を突いた。
真相はわからないが、2国の争いは虹竜の怒りに触れたのだ。怒った虹竜は、2国だけでなくザムスガル王国をも攻撃してきた。
虹竜の討伐で、王国はSランクを多く失い、2国の精鋭軍は壊滅した。
あれから数年、2国の戦争がまた起こるのではと最近噂されている。王国はあの悲劇が繰り返されないようSランクの育成を急いでいる。
アイリスさんが王族なのにクランリーダーをしているのはその辺りが関係しているみたいだ。
「現在、我が国ではSSランクが2名、イフトがSランクになれば私を含めSランク15名。十分な戦力ではあるが、欲を言えばSSランク3名・Sランク20名は欲しいところだな」
アイリスさんは色々と思案しながら呟いていた。だがその通りだ。
ようやく数年前と似た戦力になりつつあるが、それだともしまた虹竜が現れた際に、また悲劇は繰り返される。
となると、それ以上の戦力は必須だ。
「てか、そもそもザムスガル王国で戦争なんかさせなければ…」
「無理だな。2国が大金さえ積めば国王はまた国内での戦争を許可するだろう。現に前回の戦争で2国が我が国に支払った金でこの国は相当潤っていると言ってもいい」
「そんなにですか?」
「そんなにだ。イフトこれ以上は聞くな。今の情報を話しただけで、私もお前も打ち首ものだ」
怖。
アイリスさんは下がれと手で合図した。
「じゃあ毒竜の件、お願いしますね」
「ああ、こちらで受理しておこう。魔笛の件は明日エルドが帰ってくるそうだからその時に話す」
俺は一礼して部屋を出ようとした。
「あ、イフト」
「はい?」
「毒竜の討伐はいつ頃行く気だ? まさか今日中とは言わないよな?」
「まさか、火竜討伐から未だ2日ですよ。まだ火竜の報奨金も受け取ってませんし、数日は王都でゆっくりするつもりです」
「了解だ。日にちが決まったらこちらから連絡する、それでいいか?」
「はい、それで大丈夫です」
俺は今度こそ本当に部屋を後にした。
♢
次の日。俺は王都をブラブラと歩いていた。
「さてと、何しようかな?」
やる事は幾つかある。
①毒竜討伐の準備。
②ドワーフ2人に接触(再会)。
③火竜討伐の報奨金の受け取り。
④新たな火魔法の習得。
⑤別件の依頼を受け、マイホームを買うための貯金。
先ずは毒竜討伐の準備だな。毒除けのマントに手袋。多少は毒ダメージを軽減できる。後は沼地用の長靴に、毒霧対策のマスクだ。
それを買ったら火竜討伐の報酬を貰って、次がドワーフ2人に会いに行こう。
新規の顧客として愛刀『火鬼丸』を研いでもらおう。まぁ殆ど使わないが。
♢
毒竜討伐準備をし、火竜の報奨金を受け取ると、俺はドワーフ2人の鍛冶場へ向かうことにした。
ちなみに火竜の報奨金はとんでもない額になった。
1頭×20万ドラ。俺は16頭狩ったから、合計320万ドラだ。
Aランクの任務の中でも破格の金額だ。まぁSランクはこれより更に桁が一つ違う。
「ん?」
大通りへ出ると、なにやら人だかりが出来ていた。祭りなんかあったかな?
いや…とんでもない人物を目撃した。
その人と不意に目が合うと、その人物は人混みを掻き分けてこちらへ向かってきた。
その人物が俺の目の前に立つと、俺は一瞬たじろいだ。
「よお、久しぶりだな鬼髪!」
「どうも、お久しぶりです」
「あの日以来か?」
「そうですね、俺が冒険者に登録した日以来ですね」
その人物は懐かしむように豪快に笑っていた。一頻り笑い終えると、その人物は俺を見下ろす。
龍種と同格、いやそれ以上の眼差しを俺に向けながら。俺はまたたじろいだ。
「そろそろ本気を出す気になったか?」
「いや、あの時も本気でしたよ」
「まぁそういう事にしてやろう」
「……」
凄い人と出会ってしまった。王国に2人しかいない SSランクの1人。
アルベルト・ザガード。
二つ名は『大英雄』。




