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廃墟世紀ルネサンス  作者: 芭瀬乃ふうせん
第一章 透き通るネガイ
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第一話 記念日

燃え盛る業火の最中、

使命感の傍ら男はこんな想いを反芻していた。


自身の命の意味、その意味の幻想と空虚、

連綿たる生命のリレー、抗えぬ絶対的な秩序。


これから迎えるであろう生命の揮発に対し、半ば狂気に似た高揚感を抱いた。


愛する人を守る為、未来を繋げるために

僕が居るのなら、君が「居た」と言ってくれるなら。

きっとこれは正しい選択だったと。




「お疲れさまでしたー、お先に失礼します!」


今日の訓練と作業を無事終え、

男は急いで自宅に向かった。


「間も無くNN-05 市内行きが到着します」


山間の訓練所と自宅のある都市部を繋ぐ周遊ベルトのコンコースに、無機質なアナウンスが響いた。


深い黒褐色のサビを蓄えた無骨な車両に乗り込む。

このガラガラの3号車の右方、前方から2つ目のシートの端が彼の勝手な指定席だった。


緊急災害ロボットチーム「モイズ」のプロンプトオペレーターとして十余年勤務している男は、

今やチーム内でも時期リーダーとして期待される存在だ。


帰宅途中、この右方の車窓からは一つ小さな河川が見える。


帰り道、その川は夕陽で鮮やかに彩られる。

淡く細やかに乱反射する妖精のような光たちは、困憊した身体に一服の清涼を与えてくれていた。


かつてはきっと鮮やかなブルーであっただろう綿布の座席に腰を下ろし、男はすぐさまモバイルデバイスを開いた。


今日は彼のパートナーであるビスの誕生日だ。


男は以前から今夜の為にどんなプレゼントがいいかを考えていた。


ビスは無類の考古学フリークであり、とりわけ旧西暦時代のニホン文明に熱を上げていた。


彼女のため、男は数ヶ月前にある旅行の申し込みに応募していた。

なんの因果かその結果発表が、当日である今日の夕刻だったのだ。


一日の疲れを浄化してくれる夕陽を楽しみながら、恐るおそる当選発表のサイトを開いた。




「ただいまー!今日も無事にプリンセスを迎えにあがりましたっ!」


いつもよりやや高めのテンションで、愛するパートナーへ帰宅を知らせた。


高鳴る胸の鼓動を慎重に抑え、しかし足元だけは跳ねる様に廊下を進んだ。


リビングのドアを開けるといつも通り、ソファの右端に透き通った白銀色の髪が見えた。


遺伝の影響からかビスの髪と眉毛は白とも銀とも言えない幽遠な色をしている。


彼女の落ち着いた雰囲気も相まって、時に白い狐の様な神々しさすら感じた。


「あら、ずいぶん上機嫌ね?何か良いことでもあったの?それともこれから何かのパーティーかしら?」


聡明なビスは、ムミカの芝居がかったその凱旋をユーモラスにあしらった。


しかしムミカには、幼子を諭すようなビスの呼応をひっくり返す逆転のサプライズがあった。


ムミカはビスの顔をまっすぐ見つめ、慣れない真剣な面持ちで話し始めた。


「ねぇビス、万が一なんだけどね、、、

例えばさ、あのー、もし旅行へ行けるとしたらどこに行きたい?」


もはやムミカの表情は、その興奮と秘密を隠し切れてはいなかった。


言い終えるか否か、ムミカの小鼻がほんの少し広がった、その一瞬の機微をビスは見逃さなかった。


「まさか、ホントに?あのチケットが手に入ったの!?」


予想通り、いや予想以上のビスの興奮に、ムミカは用意していた三文芝居をやめた。


「そう!ニホンへのグラントリップが当選したんだ!」


感動と歓喜が混じる静かな戸惑いに浸るビスの目頭には熱を帯びた水分がにじんでいた。


「ムミカありがとう・・・、こんなにしてくれるなんて・・・信じられない!」


ビスは涙を浮かべなが笑顔でムミカに抱きついた。


想像以上のリアクションに少したじろいながらもムミカはビスと一緒に喜んだ。


「ムミカ、ありがとうね。本当に、まさかあのニホンの世界に行けるなんて!」


ビスはその喜びを噛み締めるかのように言葉を絞り出した。


今や旧西暦時代のニホン行きのグラントリップチケットは希少だ。


「さぁ、記念すべきビスの誕生とニホン旅行を祝ってパーティーを始めよう!」


「嬉しいわ、でも何を準備すればいい?」


「ケーキとスパークリングワインを買ってきたんだ、だから何も準備はいらないね」


“記念日を祝う”という行為をする現代人は今や絶滅危惧種に近い。


徹底的に無駄が排除され、効率化に最適化を重ね進化した人類にとって、

ある特定の日を記念日として意識する事はほとんどない。


そんな記念日に時間と労力を費やすビスとムミカは、古典崇敬派の中でも特に変わったカップルであった。


「えー嬉しい!本当のところケーキは期待していたけれど、スパークリングワインまで?

天然のアルコールなんで何年ぶりかしら!よく手に入ったわね?」


「そうなんだ、モイズの上司がツテで手配してくれたんだ、しかもあのヤマナシ産だよ!?」


「全く今夜はニホン尽くしになったのね!こんなにいっぺんに幸せがやってきたら、明日からが心配になるわ」


「それだけじゃないんだ、その心配まだ膨らませてもいいかな?」


「なに?まだ何か良いお知らせがあるの?」


「そうなんだ、試験に合格してモイズの現場リーダーに昇格したんだ!」


「凄いじゃない!グッドニュースばかりでもう卒倒しそう」


収まった涙を軽く拭きながらビスは満面の笑みを浮かべた。


「ねぇ聴いて、そう言えば今日ね!」


歓喜と共に幕を開けたビスの誕生日、二人の話は尽きることがなかった。


またグラントリップのガイドブックを声を出し読み合っては

旅行への想像を膨らませその記念日をゆっくり過ごした。

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