035_予想外の決着(前編)
柔道編最終回にして、初めて本格的な柔道の話となりました。
柔道未経験の方には、所々に意味不明な点もあるでしょうが、
柔道なんてそんなものなのか? と割り切ってお読み下さい。
あと、今回はキリのいい処があったので前後編に出来ました。
1/17 :文末の、間違って入ったスペースを抹消しました。
山田戦二行目の改行がおかしくなっていたからです。
日曜日に登校するなんて、何時ぶりだろうか? 記憶に無いから、ひょっとしたら
初めてかも知れない。 小学生の時は授業参観なんかあったけ? 土曜日だった?
・・・・・・・・・
・・・どちらにせよ、家族が学校に来てくれたことなんかは無かったと記憶する。
・・・・・・・・・
でもまぁ、それは仕方のないことだった。 両親揃って、目が回る程に忙しくて、
俺たちに構っている余裕等無かったのだから。 その成果が今の贅沢三昧な毎日。
・・・・・・・・・
そんなこと、今となってはどうでもいい。 大切なのは今現在と明日以降の未来。
・・・そう、今と未来。 特に俺には今こそが大事だから、今を優先すればいい。
・・・そういうこと、きっとそれでいい筈だ。 そして今、日曜日の学校に居る。
・・・・・・・・・
俺は学校が面白い。 恵まれたのだ。 友達とか先生とか。 部活の仲間とかに。
だから学校に来るのが好きだ。 そして今、平日とは違う雰囲気を楽しんでいる。
帝山学園の生徒が少ない代わりに、それ以上に多い他校の生徒で溢れ返っている。
色とりどりといった感じの様々な制服に、私服迄が混じってまるでお祭りの様だ。
帝山祭よりもお祭りっぽい。 何で出店が無いんだ? なんて不満を感じる程に。
これが大阪府高校柔道選手権大会・・・公式大会って、こんなにも賑やかなんだ?
「いや、地区大会はずっと地味。 コレは特別だな」 「特別なのか?」
「多分は神坂が出場するから・・・アレなんか、確実にそれが理由だな」
そういって昂輝が指差す先には、TVカメラを構えた一団が居た。 柔道にTV局?
はっきり言って柔道は、競技人口の割に注目されないマイナー寄りなスポーツ。
TV取材されるのは五輪に出場する選手のみ。 しかも五輪前後の時期に限定だ。
高校生の、しかも地方の大会を、TV局が取材するなんてことは先ず有り得ない。
それなのに、完全装備のTVスタッフが、大型カメラ2台で取材に来ているだと⁉
・・・・・・・・・
これが俺の対戦相手・・・神坂の注目度なのか?
・・・・・・・・・
凄いな・・・何か勝ったら駄目な気がして来た。
・・・・・・・・・
だけどなぁ・・・俺だって負けられないのだよ!
柔道部全員の、異常な盛り上がりを前にしたら。
冷静に考えてみたら、何かどうでもよくなった。
なんて、言える状況ではなくなっていたのだよ。
「・・・試合がどうでもよくなったのか?」 「・・・割と、だけどな」
「どうしてだ?」 「何か卑怯というか、狡い様な、悪い様な気がして」
「卑怯? なのか?」 「そうだよ。 圧倒的に俺有利な条件じゃん!」
「それが勝負だろ?」 「それが勝負でも・・・いや、勝負だからだよ」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ! あんたら二人で一体何を話しているのよ⁉
相手は日本選手権者なんでしょ! 何で美倉が狡いくらい有利な設定なのよ?」
「狡いくらいに俺が有利だからだよ」 突然口を挟んで来た五十嵐に答えてやる。
「先ずは情報の優位、俺は神坂を知ってるのに、神坂は俺のことを全く知らない」
「神坂クラスの選手だったら、割と普通のことだがな」 「昂輝は黙っててよぉ」
「次に柔道スタイルの優位、神坂は自分より大きな相手を想定した柔道だから、
身体の小さな俺は苦手な筈、でも俺は相手の体格を選ばない全方位型だから」
「それはお前が凄いだけで、狡くは無い」 「そうかなぁ? そんなもんか?」
「最後は心理面の優位、俺は負けても失うものは無いが、神坂は連勝記録がSTOP
するとか、周囲からの期待とか、五輪の選考とか色々あるし、何より女みたい
な見た目の俺に負けるなんて、周りも本人自身も容認出来ない事だと思うんだ」
「心理面なんか本人自身の問題だし、見た目で舐めてかかるのは、完全に油断だ」
・・・何か、今日の昂輝はツッコミが多いな? まぁ言ってることは正しいけど。
でもやっぱりそうなるよね。 折角俺の引退試合の場を用意しようと、全員で力を
合わせてくれてるのに、肝心の俺が試合への関心を薄れさせるなんて駄目だよね。
脳内シミュレーションで勝ち確定と、判断出来ただけで満足しちゃいけないよね。
勝負は水物というから、万に一つを想定して、シミュレーションの更なる精度向上
を図っておくべきかな。 用心深くかけ逃げで様子見をされる場合等も想定して。
決勝戦迄、俺の出番迄時間が有るから、のんびり昼寝でもするつもりだったけど、
少しは追加のシミュレーションもしておくとしよう。 万一に備えてしっかりと。
「昂輝、お前の言いたいことは解かった。 俺の驕りだった。 昼寝はそこそこ
に抑えて神坂戦を見直してみるよ。 俺は絶対に勝つから、決勝迄宜しく頼む」
そう伝えてから昂輝と別れることにする。 目指す場所は当然ながら映研部室だ。
◇ ◇ ◇
『昂輝、お前の言いたいことは解かった。 俺の驕りだった。 昼寝はそこそこ
に抑えて神坂戦を見直してみるよ。 俺は絶対に勝つから、決勝迄宜しく頼む』
俺の驕りだった、か?・・・やはり蒼は、俺の本意に気付いていなかったようだ。
・・・やっぱり蒼はそんな奴だ。
柔道を辞めると決めたらすっぱりと割り切る。 それはもう清々しい程鮮やかに。
必死になって習得した技も、工夫に工夫を重ねた連係も、勝利への執着心すらも。
それら全てをあっさりと捨ててしまう、その思い切りの良さこそが蒼らしい処だ。
・・・だから神坂戦に対しては、勝利の方程式が確立した時点で興味を喪失した。
・・・そんなことは、始めから判っていた。 蒼はそういう奴だと解かっていた。
問題は・・・俺が気にしているのは、贄に選ばれた神坂に対して見せた優しさだ。
蒼に負けることで、神坂がどれ程ショックを受けるか? 周りがどれ程変わるか?
・・・蒼はそんなことを気にしていた。 神坂を優しく気遣っていたのだ。
以前の蒼ならそんなことはしない。 敗者は負けるべくして負けるのだと、
冷淡に言い切る・・・自分にも、そして他人にも厳しいのが蒼という奴だ。
その蒼が神坂に見せた、甘さにも見える優しさは、切ない程に不吉だ。
それは未来を失った者が、未来ある若者に対して見せる優しさだから。
完全に自分の未来を捨ててしまった者が、最後に見せる優しさだから。
俺はまだ・・・蒼には全てを諦めて貰いたくない。 全てを捨てて貰いたくない。
健康で強靭な肉体という夢は諦めても、代わりの夢を、希望を求め続けて欲しい。
単に俺の我儘だ。 でも蒼にはもっと生きて欲しい。 ずっと笑っていて欲しい。
もっと食べることに、もっと遊ぶことに、何かを求めることに、それらの全てに、
貪欲でいて欲しい! そして何より、もっと、生きることに貪欲でいて欲しい!!
・・・本当に、もっともっと、強欲でいやらしい奴になって欲しいんだ!!!
・・・だから
「蒼・・・今、絶対に勝つと言ったな⁉ ・・・勝てよ! 絶対にな!!
そうしたら、何でもいい。 お前の望みに応えてやる! 絶対にだ!!」
何の考えも無しに、そんな言葉が口から出ていた。
「だから、しっかり考えておけよ! 何が欲しいのか⁉ 何をして欲しいのか⁉」
・・・本当に、俺らしくもない言葉が出たものだ。
それが、あんな要求に繋がるなんて考えもせずに。
◇ ◇ ◇
「TV局の人たちと何を話していたの?」 部室で寛ぎながら、伊藤に聞いてみる。
部室に来る途中で、TV局の人から声を掛けられたのだ。 伊藤が対応してくれた。
俺たちは面倒事を伊藤に放り投げてから、部室でお茶会の準備を進めていたのだ。
「美倉にインタビューをしたいと頼まれたんだけど、断っても良かったよね?」
「えぇっ⁉」 伊藤の言葉に驚愕する。 俺と神坂が闘うと何処から漏れたんだ⁉
「多分、蒼君の想像とは違った意味でのインタビューですよ」 と、沢瀬は言う。
「ほら、長崎で撮った化粧品のCM、アレ絡みだったよ」 何で? 放送前なのに?
「あんた、本当にネット配信とかには興味が無いわねぇ?」 ネット配信が何か?
「蒼先輩のCMは大好評で、総再生数1億回超えなのです!」 ふ~ん、そうなの?
何か、どうでもいいことでインタビューされる処だったようだ。TV局って暇なの?
「美倉は相変わらずだねえ・・・」 「蒼先輩は昔からマイペースな男の娘です」
「何でこんな奴が、特級の美少女なんかやってるのよ⁉」 「それが蒼君ですから」
何だろうなぁ? 俺、五十嵐に怒られるようなことを・・・何かしたっけ?
伊藤と沢瀬も呆れてるっぽいし? ネット配信に興味が無いと駄目なのか?
・・・・・・・・・
まぁ、そんなことはどうでもいいか。 取り敢えずは、かけ逃げ対策だな。
・・・とはいっても、かけ逃げするような奴だとは、思えないんだよなぁ。
自分よりも大きい相手と闘いたくて、無理して重量級に踏み止まっている。
そんな奴が、姑息を極めたかけ逃げなんか、小兵の俺相手にするだろうか?
・・・・・・・・・
一応は対策を考えておくべき・・・だろうけどさ。
◇ ◇ ◇
「・・・それはそうと、美倉に確認したかったんだけど、柔道スタイルの優位って
いうのがイマイチよく解からなかったのよね? 具体的にはどういうことなの?」
陸太郎おじさんのチーズケーキ半ホールを平らげて落ち着いたのか、お茶を片手に
五十嵐が聞いてくる。 しかし凄いな、俺は見ているだけで胸が一杯になったぞ。
「文字通りだよ。 としか云えないな。 敢えて言うなら、柔道の技には相手との
体格差によって向き不向きが有るんだけど、神坂は自分より大きな相手に向いた
背負い投げという技を得意にしてるんだ。 大きな相手より素早く動いて、懐に
飛び込んでから一気に背負い投げで決める。 というのが神坂の勝ちパターン」
「でもその勝ちパターンは、神坂より素早くて、小柄な俺には通用しない。 それ
に加え神坂って意外と手足が短いんだよ。 小柄な選手が大柄な選手と闘い難い
のはリーチ差があるからなんだけど、それが小さいという事。 俺にとって神坂
は動きが遅いうえにリーチ差も少ない、かなり闘い易い相手ということなんだ」
「でもその神坂って相手も、自分より小さい、美倉みたいな体格の選手にも勝って
いるんでしょ? 小さい相手用の勝ちパターンだって持ってるんじゃないの?」
「うん、そんな試合の動画も見せて貰った。 けど大したこと無かった。 昂輝
や中根の技の方が優れていたし、俺はその昂輝や中根の技を返すことが出来る」
「つまり神坂は、小柄な相手には大して強くない奴なんだよ。 十分な技術を
身に付ける前に、大きな相手に勝つことだけに特化した柔道スタイルの弊害」
「神坂の連勝記録は、偶々強い小兵と当たることが無かったから生まれたのだと、
俺はそう考えているんだ。 小が大を制することの印象の強さが、世間を錯覚
させているのだと、神坂を実力以上に評価させていると、俺はそう考えている」
「勿論、俺が神坂の実力を見誤っている可能性も否定出来ない。 神坂が俺の
分析を超える、予想外の実力を隠し持っている、その可能性は否定出来ない」
「・・・その時は、俺が力不足なだけ。 力不足で俺が負けるだけのことだ」
・・・多分、そんな可能性はかなりに低いだろうが。
・・・無いと断言出来るわけでもない。
何と言っても、中学時代より現在まで96連勝中、全国区で無敗の王者なのだから。
◇ ◇ ◇
昼寝をしていたら昂輝が迎えに来た。 男子は無事に決勝迄勝ち進んだようだ。
女子は準決勝で敗退したようだが、それでも歴代最高の3位。 大健闘だろう。
・・・・・・・・・
かけ逃げ対策はどうなっただと? 対策中に眠くなったのだから仕方ないだろ?
・・・試合中に眠くなったら、それこそ一大事だからな! 睡眠は本当に大事。
「決勝戦は何分後?」 「10分後だ。 軽くアップしておけ」
そういうことなので、校舎と部活棟を結ぶ雨天ランニングコース(学校未承認)を
ぐるぐる回ることにする。 3階から1階迄。 要注意箇所は職員室前だが、日曜日
だから多分大丈夫だろう。 このルートは帝山生徒だけに許された(学校未許可)
スペシャルなルートだ。 今日みたいな好天ではあまりありがたみを感じないが。
◇ ◇ ◇
決勝戦の相手は帝山学園。 少し意外だったが、監督は予想通りだと言っていた。
確かに強い選手は二人居たが、三人目が居ない。 そんな学校だと思っていたが、
メキメキ実力を付けて来たらしい。 今年は西地区一位に迄昇り詰めたのだとか。
・・・まっ、そんなことはどうでもいい。
問題は俺の対戦相手だ。 元から強かった二人の内の一人。 俺と同学年の藤堂。
あいつは本当に強い。 多分大阪では俺に次ぎ、全国でも高校生では五指に入る。
大きな身体のくせして細かな、正確な技を繰り出す相当な難物。 攻撃が読み易い
ので今はまだ勝てるが、将来はどう化けるか判らない。 そんな力を持っている。
・・・今の内に、徹底的に苦手意識を植え付けてやれ! と監督は言っていたな。
苦手意識なんか、そんなに残るようなものなのか? 一晩寝たら忘れたりしない?
寧ろ逆効果になると思うけどな? 俺の気のせいか? ただの思い過ごしなのか?
何か、却って燃え上がらせることになりそうな? ちょっと、そんな感じがする。
・・・まっ、そんなこともどうでもいい。
全力でぶつかって、そして勝つ! それでいい。 それがいい。 実に判り易い。
・・・・・・・・・
さぁ、開始の時間だ。 試合前の礼に並ぶ。 俺の正面に立つ・・・君は誰ですか?
・・・・・・・・・
何かものすっごい美少女が居るんですけど⁉ TV局が来てたからドッキリですか?
・・・・・・・・・
それともTVドラマの撮影ですか? 俺たちいつの間にかエキストラをやってるの?
・・・・・・・・・
・・・あぁ、そんなことは、もうどうでもいい。
撮影の後にサインを貰おう。 《 孝志くんへ ♡ 》と書いて貰って。
◇ ◇ ◇
・・・まさかの対戦相手だった。 美倉って初めて聞く名前ですけど?
実在する生徒? えっ⁉ 40年ぶりの女王様! てっ、女王って何者?
・・・・・・・・・
・・・すっげえ、天才美少女ですか!
そんでもって、男子として選手登録されているんですか?
・・・ジェンダーフリーって、そこ迄フリーなんですか?
「本当にTVドラマの撮影じゃないんですか?」 「そんな話は聞いていない」
・・・ガチで俺とあの美少女が対戦するの? 藤堂は怪我でもしたのか?
元気そうにしているけど? 彼女以外にも、大男の補欠が控えているし。
・・・本当に、何であんな娘と俺が対戦するんだ? わけが解からんぞ?
・・・・・・・・・
もう考えるのは止めだ! 取り敢えずは目の前の試合に集中するしかない。
正直に言って、彼女はあまりに謎過ぎて、俺には理解出来そうにないから。
・・・・・・・・・
試合では、絶対に怪我だけはさせない様に、転がすように投げるしかない。
女の子相手だから、寝技も絶対に駄目だろうな? 極力接触は避けないと。
・・・・・・・・・
おっと、先鋒戦が始まった! 相手は高梁? こんな奴いたっけ? 1年か?
なかなかに上手いな、全体的にバランスがいい。 体幹が優れているのかな?
・・・でも、吉田先輩の敵では無いな。 先輩の足技は本当にいやらしいから。
ほらっ、見事に転ばせた。 有効か、受けも上手いという事だな。 でも先輩は
ここからも凄い。 寝技も上手いんだ・・・あれっ? 先輩の寝技が返された⁉
そのまま横四方固めだと! そんな馬鹿な⁉
あの吉田先輩が、寝技で後れを取るなんて⁉
・・・ふぅ、ぎりぎり技ありで逃げれたか。
・・・だがこのままだと負ける。 技あり以上を取り返さないと判定負けになる!
・・・・・・・・・
・・・よしっ! 技ありを取り返したぞ!! これで有効ひとつ分優勢になった。
・・・・・・・・・
何とか逃げ切ることが出来たか。 しかし吉田先輩があれ程迄に苦戦するとは?
・・・本当に監督の言っていた通りだ。 帝山学園は驚く程に強くなっている。
・・・・・・・・・
次鋒戦の相手は山田か・・・こいつは覚えている。 ローキックと足払いの区別が
出来ていない、荒いなんて表現じゃあ済まないデンジャラスなラフファイターだ。
・・・今年は一応足払いだな。 見た目は足払いになっている、ローキックだ。
・・・当たった時の音が足払いの音じゃない。 アレは堪ったもんじゃないぞ!
宮本が倒れ込んだ・・・寝技に逃げたか。 それが正解だ。 アレを受け続けたら
脚が壊れかねないからな。 問題は宮本が寝技を得意としていないことだが・・・
やはり抑え込まれたか。 ・・・無理だな。 あそこ迄固められたら逃げ様が無い。
・・・一本負けか。 さっきの高梁といい、今の山田といい、帝山は寝技が上手い。
・・・・・・・・・
多分、指導者として、新たに寝技のエキスパートを招聘したのかもしれない。
去年は、寝技が上手いなんて思えなかったからな。 藤堂や中根を含めても。
中堅戦の斎藤、こいつはパワーゴリ押ししかない猪武者だから問題無い筈だ。
芝原先輩なら長いリーチを上手に活かして、自分の間合いを維持するだろう。
・・・えっ?
・・・瞬殺で負けた⁉ 逃げ上手の芝原先輩が! あの暴走猪に!!
何なんだ⁉ あの至近距離での猛ダッシュは! ラグビー選手の様なタックルは!
いや、諸手刈りだが。 あいつ、あれ程の威力を秘めた隠し玉を持っていたのか⁉
・・・・・・・・・
国際試合ルール準拠で練習している俺たちにとって、あの技の威力とキレは脅威。
・・・逃げ上手の、受け上手の芝原先輩が失神を・・・完全KOされてしまう程に。
・・・・・・・・・
これで一勝二敗、有効ひとつに対し一本負けふたつ・・・二連勝以外なら負けだ。
・・・・・・・・・
庄田先輩、勝って下さい! 強敵中根に何としてでも勝って、俺に繋いで下さい!
・・・・・・・・・
よしっ! 勝ったぞ!! 僅差の優勢勝ちとはいえ、勝ち数で並ぶことが出来た。
後は大将戦で俺が勝てばいいだけだ! 俺が勝てば三勝二敗で俺たちの優勝だ!!
・・・そう、後は俺が勝てばいいだけだ。
あの美少女に、怪我をさせない様に、極力身体に触れない様に勝てばいいだけだ。
・・・負けたからって、泣かれたりなんかは、しないよな?
・・・・・・・・・
・・・ええい! もう考えない! 後は出たとこ勝負だと、割り切るしかない!
・・・そう! 割り切るんだ!!
・・・考えるんじゃない!!!
・・・ということで、いよいよ大将戦になったわけだが。
見れば見る程に、空想世界にしか存在しない様な、人間離れしたレベルの美少女。
・・・何でこんな娘と俺が、柔道大会決勝戦の舞台で向かい合っているのだろう?
どれ程考えない様にしようと思っても、場違い過ぎて違和感を覚えざるを得ない。
・・・・・・・・・
試合開始の声が聞こえた。 気がする。 周りの大声援が聞こえる。 気がする。
でもそれら全てのものが、彼女の圧倒的な美しさに、存在感に消飛ばされている。
・・・そんな気がする。 まるで時が止まってしまったかのような、感じがする。
・・・・・・・・・
いつの間にか、俺と彼女の距離が縮まっていた。 手を伸ばせば届く程の距離だ。
俺が自ら歩み寄ったのか? それとも彼女が近付いて来たのか? よく判らない。
だけど、手を伸ばせば届く距離に彼女が居て、そして今は、大事な試合の最中だ。
俺は彼女に勝たねばならない。 彼女を傷付けない様に、触れない様に注意して。
注意して伸ばした右手で左の襟口を、左手で右の袖下を、優しく包むように掴む。
彼女はそれに抗う様子を見せない。 まるで型を演じる様に俺に合わせてくれる。
強引過ぎない様に、軽く舞う様に身を翻して、得意技・背負い投げの体勢に入る。
・・・後は、彼女を、転がす様に優しく、投げるだけだと思ったのだが?
・・・引き手の手応えが無い⁉ おまけに、吊り手の手応えも軽過ぎる!
そして、彼女の美しい顔が、俺の目の前にあった。 回り込まれたのだ!
・・・身体が浮くのを、宙を回るのを感じた。 自分が投げられたことを察した。
何も考えられなかった。 身体が勝手に動いた。 反射的に身体が反応したのだ。
『 技あり!』 審判の声がはっきりと聞こえた。 何とか一本負けは避けられた。
( ・・・俺は、今迄何を考えて・・・何をやっていたんだ⁉ )
日本最強の柔道家である神坂は、そのキャリアの結晶たる本能的な柔道センスで、
審判の『 技あり!』の声を聴くことで、自分が投げられたことを自覚することで、
蒼の悪魔的美貌による呪縛から、恐ろしい魅了状態から覚醒することに成功した。
見た目の可愛らしさに油断したが・・・目が覚めた! 本当の勝負はこれからだ!
最強天然神坂、絶体絶命のピンチに陥ることで、ようやく本気モードに移行した。
かけ逃げ :積極的に攻めているフリをするだけの、返されない程度の浅い攻撃。
主に時間稼ぎや、審判への好印象稼ぎ、相手の技潰しに使われます。
君は誰 :神坂君もネット配信なんか観ません。 だからCMを知らない。
大男の補欠 :八鹿のことです。
諸手刈り :国際試合(IJF)ルールでは禁止、講道館ルールの国内試合ではOK。




